その力で人の身を焼く“悪魔”の聖女にしか、第三王子は救えない

カズヤ

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26.会って話しなさい

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「……何かあったの? リディア」

 クライヴの退院証明の書類に目を通しながら、シスター・ヴィエラが問いを発した。
 午後の院長室の執務机を挟んで二人は対峙していた。
 手紙を見た後にリディアは浮かない顔で退院手続きの書類を作り、病院に届けに来た。
 受付に渡して終わりにも出来たが、ヴィエラに直接頼まれたため本人に渡しにいった。
 なんとなくヴィエラを訪ねたい気分になっていたのもある。
 
「入ってきてからずっと浮かない顔。クライヴ様と何かあった?」

 黙りこくるリディアを見たヴィエラは、書類を見る手を止めてさらにもう一度問う。

「いえ……シスター・ヴィエラ……そんな、クライヴ様とは何も……」

 もじもじと手を動かしながらリディアは言いにくそうにした。
 そんな姿を見てヴィエラは苦笑して話をリードし始めた。
 教員としてこういうところが評判の良いところでもあった。

「そう。じゃあ、屋敷の人に、何か言われたりした?」

「いえ、そういうわけでも……カインさんにとても良くしていただきましたし」

 その話を聞いた時、ヴィエラの眉が驚きに動いた。

「へええ。あの堅物がねえ。じゃあもうあの屋敷で悪く言われることは無さそうね」

 少し意地悪そうに微笑みながらヴィエラは気安げにカインのことを語る。
 その後にペンを机に置き、肩をすくめてからリディアの目を見つめた。
 そして両手を上げて空気を和らげるように明るい声を出す。

「降参よ。分かんない。何に悩んでるのかしら? 生気を失った顔してるんだもの、よほどのことでしょ」

 手のひらに顎を乗せながら首を傾げるヴィエラに、リディアは申し訳無さそうにぽつぽつと話し始めた。

「私なんかがクライヴ様に選ばれるのか、自信が無くなってしまって」

 そう言った瞬間、リディアの目からは涙がついに溢れた。
 ただならぬ様子に流石にシスター・ヴィエラは顔色を変えて立ち上がった。

「何があったの、リディア……?」

 優しい口調にリディアはついに口を開いた。
 ここまで話そうか話すまいか悩んでいた。話してしまえば巻き込むことになる。
 だが一人で抱えるのも限界だった。

「お父様が私ではなくミズリーを……クライヴ様の妻にしたいと」

 リディアは意を決してこれまでのことを話し始めた。
 クライヴの屋敷で見つけた手紙に書いてったことをすべて話した。
 四大公爵家のうち2つの署名があったことなどを聴き、ヴィエラは難しい顔つきになった。

「それは……クライヴ様はなんと?」

「断って私との縁談を進めるつもりとおっしゃってくださいました。でも……」

 そこでリディアは言葉を切って、手で顔を覆った。
 ミズリーとクライヴの婚姻を進める手紙を見てから、リディアはずっともやもやした感情を胸に抱えていた。
 クライヴを信じていないわけではない。
 これはリディアの問題で、ミズリーに勝てる気がしないのである。

「ミズリーと比べられた時、一度も私が選ばれたことはないんです。成績も、お父様への愛情もずっと負けてきた」

 連れ子として入ってきてすぐに父は優秀なミズリーにすぐに首ったけになり、夜会への手紙を全て回すようになった。
 最初のうちは悔しさもあった。
 けどそれはすぐに無力感に変わった。
 確かに妹は大口をたたけるくらいに努力をして、他人を蔑むだけの結果を出した。
 自分は出来ているのだから、という理屈に裏打ちされているのである。
 それは一本筋が通っていた。
 だからこそ――リディアは悔しさを覚えながら受け入れるしか無いと思えた。

「ミズリーはベルナルド公爵家の後見人を得てるんです。私に出来ることなんて……もう……」

 今回の件も、ミズリーは四大公爵家に作った人脈を使い自分を売り込ませた。
 それはミズリーの培ってきた力だった。
 そのカードを切られた以上、返す札は何一つとして持っていない。

「それは違うわ。まだ貴女にできることはあるじゃない」

 そんなリディアを見て、一つ小さくため息を付いたヴィエラは肩に手をおいた。
 そしてリディアの目をまっすぐに見て断言した。

「いい機会だわ。ミズリーと直接話しなさい」

「ミズリーと? 私が?」

 それは考えても見ない選択肢だった。
 だが言われてみればそれはまるで当たり前の帰結である。
 どれだけバックに強力な後楯がいても、仕掛けているミズリー本人はまだなんの権威もない。
 話ができるはずだ。
 それを考えられなかったのは――無意識のうちに避けていたからだ。

「こんな女性関係のトラブルはこれから度々起こるわ。……あなたは明日の叙勲式を経てクライヴ様がどういう立場になるか理解している?」

 ヴィエラの問にリディアは思案を巡らせて答えた。

「英雄勲章を受け将軍に……なられると」

「そうよ。そんな立場のクライヴ様を狙う女性はこれからいくらでも現れる」

 ヴィエラは苦笑しながら諭すようにそ告げた。
 それにリディアははっとする。
 クライヴは権威を持つ。そんな立場の人にうんざりするほど沢山の女性が群がってくるだろう。

「妻になる貴女は、そんな女性たちの処遇を任せられたりする場合もあるのよ?」

「あ……」

 ヴィエラの指摘にリディアは呆然と固まった。
 ミズリーの件は結局のところこれから続くことへの始まりに過ぎないのだ。

「厳しい言い方になるけど、この程度で動揺していてはクライヴ様の隣に立つ資格はないわ」

 ヴィエラの言葉が重く心にのしかかる。
 ――そうこの人は、厳しい言葉が必要なときはいつだって背中を押してくれる。
 クライヴの治療を悩んでいた時も、ヴィエラの言葉で一歩踏み出した。

「シスター・ヴィエラ……私は……」

「そんな顔しないで、貴女なら大丈夫よ」

 ヴィエラは惑うリディアの頭に手を乗せた。
 そして目を細めて言葉を紡いだ。

「貴女はクライヴ様の治療を経てずいぶん立派になったわ。ミズリーに負けないくらい強くなった」

「強い……ですか? 私が?」

 リディアは戸惑った。
 シスター・ヴィエラの回復結界がなければ結局のところ制御できない悪魔の力は健在だ。
 そんな自分が強いなどと実感がわかない。
 だがヴィエラは確かな確信を持って自分を褒めてくれているのは伝わってきた。

「一度まっすぐにぶつかってみなさい。今の貴女なら大丈夫よ」

 そう告げたヴィラは椅子から立ち上がり、部屋の出口へとすたすたと歩いていく。
 虚を疲れたリディアは叫んだ。
 だがもうその時はもうヴィエラは手が届かないほど遠くにいた。

「え、あ、まってください! シスター・ヴィエラ」

「ミズリーと会って話しなさい。いいわね? それじゃ私は仕事に戻るから」

 そして部屋を出る直前、ヴィエラは最後にそう告げて院長室を後にした。。
 引き留めようとするがその後姿は止まらない。
 彼女はそういう人だ。結論を出したら無駄な話はしない。
 呆然とリディアは見送ることしかできなかった。


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