その力で人の身を焼く“悪魔”の聖女にしか、第三王子は救えない

カズヤ

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27.一人の朝は嫌だな

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 結局あれから治療院にいるわけにも行かず、リディアは修道院寮の自室へと戻ってきていた。
 執事カインが提案した通り、クライヴの叙勲式が終わるまで寮にいる手筈になっている。
 部屋に返ってくるなり懐かしさに襲われた。
 ここ数ヶ月、クライヴの治療でほとんど戻る暇がなかったからだ。

「ちょっと前まで忙しくて……帰ってただ寝るだけ……だったもんなぁ……」

 忙しくて掃除する暇がなかった窓枠に埃がつもっていた。
 ゆっくりとこうして部屋を眺めたのは久しぶりだ。
 その感慨に襲われたリディアはぼーっと天井を見上げながら考え事をした。

「……ミズリーと直接……話かぁ」

 シスター・ヴィエラに相談したことで気付かされたミズリーとの対話だったが、結局のところまだ踏ん切りがつかずに居た。
 同じ学園寮に居たにも関わらず、一度もミズリーの部屋を訪ねことはない。
 それほどまでに疎遠な関係だった。

「ふぁ……」

 悩んでいると考えがループし、猛烈な眠気が襲ってきた。
 少し横になろう――とベッドに寝転んだ瞬間、ぐわっと眠気が襲ってきた。
 
(あ、いけない……また意識失うみたいな……こういう寝方……)

 眠気が襲いかかり、リディアは眠りの世界に落ちた。
 二日前、クライヴの家にいく途中の馬車で寝たときと同じような眠り方だ。
 あの時は肉体的な疲れだが、今回は気疲れだろう。
 リディアは――夢を見た。
 これまでクライヴと過ごしてきた時間の夢だった。
 それが断片的に思い起こされていく。

「ちち、うえ……!」

「はい。お父様にもきっと会えます! だから頑張って――!」

 初めてクライヴと会った時に交わした言葉。
 それが映像を伴い映写されるように脳裏を駆ける。
 そして――走馬灯のようにクライヴと交わした言葉が思い起こされる。

「リディア、俺の前で角を恥じるな。俺も母が南方の出で、その特徴を受け継いだ。だがそれを恥じてはおらん」

「悪魔よ……! おまえに俺のすべてをくれてやってもいい……!」

「早く食べさせてくれ。俺はこの通り手足が動かんのだぞ? 一人で食事できぬに決まっているだろう」

「良い、治療を続けろ! 俺は嬉しいぞ、痛みであれど手に感覚がある――ッ!!!」

「自愛せよ。お前は信頼できる聖女だ。時間がかかろうとお前に治療を頼みたい」

「心残りはない。危険に彼女を巻き込まずに済んだ。それで良い」

「だから……父上がその気なら、手柄を上げて目の前に引っ張り出してやろうと決めた」

「俺はその願いで……リディア、君との婚姻を願うつもりだ」
 
「リディアの角だってそうだ。あの角は聖女の才能の象徴のはずだ。それを貴様らのようなやつが迫害した!」

「俺ももう……一人じゃない。だから、これから王都にも味方は増やしていくつもりだ――リディアがそう教えてくれたからな」

 リディアは夢の中で走馬灯のように今までのクライヴとの思い出を垣間見た。
 一つ一つが輝いていて愛おしかった。
 そんな思い出を噛み締める思考力がもどってくると同時に――眠りから解き放たれた。
 目覚めたリディアは、隣にクライヴが居ないことを思った。

「ひとりの朝は……嫌だな……」
 
 クライヴと一日だけでも生活をともにし、寝起きを共にした。
 朝起きたらクライヴがそばにいて、微笑みかけてくれた。
 ――そんな毎日が、抗わなければ消えてしまう。
 そばにクライヴが居ない生活。
 まるで、世界から色が抜け落ちたかのような灰色の世界に感じられた。
 それに比べれば妹への恐れなど些細なことのように思えた。

「……出来ることをしよう」

 リディアは身体を起こした。その瞬間覚悟が決まった。
 身支度を整えたリディアは、部屋の扉を開けた。
 瞬間、二人の人間の気配が左右から感じ取られた。
 同時に驚きが伝わってきた。

「え、あ。おはようございます……リディア様!? どこへ行かれるんですか?」

「お待ち下さい。クライヴ様の叙勲式である今日は特に危険です! なるべく外出を控えていただいたほうが……!」

 扉を開けた瞬間、二人の男が話しかけてきた。
 若い男と、壮年の男が二人だ。
 それはクライヴから付けられたガーヴェイ公爵家の護衛だった。
 彼らはクライヴに害をなした聖女シリルの素行の詫びにと、公爵家当主が送ってきた兵である。

「すみません通してください。私、妹と大事な話をしなきゃいけないんです」

 二人の男の静止に全くひるまずにリディアは断言した。
 覚悟が完全に決まっていた。
 その気勢に男二人は押されて及び腰になってしまう。

「妹さんって、ここの生徒ッスか?」

 若い護衛はまだ敬語に慣れておらず少し親しげな語尾が特徴にある。
 そんな彼が当惑して情けない問いかけをする。

「そうです。敷地の外には出ませんから、ミズリーの元に行かせてください」

 ミズリーの寮はすぐそこだ。
 同じ修道院の生徒であるミズリーとリディアは目と鼻の先――同じ敷地に住んでいた。

「今じゃないといけませんか?」

 頭をかきながら壮年の護衛が難色を示す。
 こちらは道に入った言葉遣いである。
 リディアは申し訳なく思った。
 彼らの立場としては、なるべく大人しくしてくれたほうが良いだろうと想像はできる。

「はい。どうしても。積もりに積もった色んなことに決着を付けなきゃいけないんです」

 だがリディアはここで引く気はなかった。
 二人を押しのけてでもミズリーのところに向かう腹積もりでいる。
 完全に覚悟は決まっていた。

「あの、いや、そう言われてもおれ……いや私達も仕事が……あるッスから」

 若い護衛が気勢に押され、しどろもどろになる横で。

「わかりました。行きましょう」

 ことの成り行きを聞いていたもう壮年の護衛が唐突にリディアに賛同した。
 突然の裏切りに驚いて若い護衛は同僚を見る。

「ええ!? まじッスかハンクさん? 本当に外に出すの!?」

 壮年の男の名前の呼びながら若い護衛は悲鳴を上げた。

「リック……お前にゃまだわかんだろうがな、家族と話はしっかりしておいたほうがいいんだ」
 
 壮年の護衛――ハンクは腕組みをしながらうんうんと頷いていた。
 40代なかばに見える風貌の彼には思うところがあるらしい。
 
「……妹君はこの寮の敷地内にいらっしゃるんですよね?」

 ハンクは話を進めるように質問を促した。
 リディアは頭を下げミズリーの寮を指し示した。
 
「はい、あっちの寮です」

「わかりました。では寮の前までお供させていただきます」

 それでも職分を忘れぬよう、念押しする壮年の護衛にリディアは手を指し示した。
 三人は連れ立ってミズリーの寮の前に移動を開始した。

「あーいいのかな……知らないっすよ……俺は……」

 若い護衛――リックは最後尾につきながらキョロキョロとあたりを見渡しながら情けないため息をつく。
 ミズリーの寮の前についたその瞬間、リディアはある異変に気づいた。

「……? あんな警備の人いたかな?」

 寮の前に、見知らぬ物々しい雰囲気の男が複数いる。
 どこかで顔を見たことがあるような気配あり、小首をかしげるリディアだったが、考えても仕方がないと思い足を踏み出した。

「この寮にご用事ですか?」

 瞬間だった。護衛の人に呼び止められた。
 そして露骨に身体を扉の前にねじ込まれ、通せん坊された。
 
「はい。家族に会いに来たのですが」

「申し訳ありませんが、現在この寮には立入禁止でして」

「えっそんな。大事な話があるんです。騒がしくしませんので、なんとか入れませんか?」

 強硬な制止にリディアは驚きながらもお願いする。

「申し訳ありませんが、今日は、特殊な警備上の問題で誰であろうと通せないんですよ」

「そんな……」

 遮る男には取り付く島もない。
 完全に道を塞がれ途方にくれるリディアの後ろで不意に声がした。

「リディア様。見張りの注意が逸れたら行ってください」

(え、ハンクさん……!?)

 そんな囁きと同時に、壮年の護衛がリディアを遮るように前に出た。

「おい! ヨハンネスじゃないか! なんだよ王室所属のお前が、今日は女子寮の警備なんて――」

 壮年の護衛は、身分が一番高そうな正面門を守る男に話しかけた。
 それに反応した男はぎょっとした。

「なっ……てめえハンク!? 公爵家の近衛がなんでここにいるんだよ」

「安心しろガーヴェイ公爵様はいねーよ、別件だ。カード仲間と会える幸運につい口が出ちまった」

「あん? なんだ、この前大負けした俺に喧嘩売ってんのか?」

 兵士同士の世界の話が弾み始め、リディアから視線を外れる。
 
「隊長あの、公務中にそういう話は」

 さらに騒がしさに目くじらを立てた他の護衛が隊長にむけて注意するために集まってきた。

「つまりヨハンネス。今晩、またお前をカードでカモりたいんだよ」

「てめぇハンク……良いぜ! おいお前ら、隊長が行くんだから当然来るだろ?」

 壮年の護衛は話をつなげ、盛り上がった寮の護衛の全員がハンクに意識を集中し始める。
 リディアは完全にマークの外になった。
 そんな会話の隙を縫うように壮年の護衛が振り返り、首で寮の入り口を指し示した。

(今のうちに早く行って)

 そう言っているように見えた。
 若い護衛――リックも慌ててリディアを自分の影に隠すようにハンクの隣に立つ。

(……っ。ありがとうございます!)

 リディアは心のなかで二人の護衛に礼を言ってミズリーのいる寮の扉をくぐった。
 幸運にも背から呼び止める声はない。

「ミズリーは最上階だ」

 リディアは寮の階段を駆け上がった。
 踏みしめる足に迷いはない。
 自分がこんなにも前向きに目の前に事に向き合えるようになるなんて数ヶ月前には思いもよらなかった。
 きっとそれはクライヴとの出会いによってもたらされたことなのだ。
 それを守るために、ミズリーと対峙する。

「はぁ……ハァ……」

 寮内は不気味なほどに静まり返っている。
 警備の状況からしても、特殊な状況らしい。
 最上階にたどり着いたリディアは息を整え前を向いた。
 ミズリーのいる部屋の扉が目の前にあった。

「ついた!」

 意を決して扉に手を伸ばした瞬間だった。
 聞き知った男の声がミズリーの部屋から聞こえてきて、リディアはノックする手を寸前で引き止めた。

「なぁミズリー。本当にやるつもりなのか? やはり危険だと思うんだが」

(シェルザス王子!? ミズリーと一緒に!?)

 この声は忘れるはずもない。
 クライヴの異母兄である第二王子――シェルザス・ヴァルヘルムの声だ。
 なぜこの寮が異様に厳重な警備をされているかのわけがわかった。
 第二王子の警備だったのだ。

「ふふ。シェルザス様は小心者ねえ。結局のところ、リスクを背負わずに得られるものはないのよ?」

 硬直していると、ミズリーの声が聞こえた。
 その声はいつも以上に毒気が強い。なにかの決意に満ちた声だった。
 思わず耳をそばだてたリディアの耳に、次の瞬間、信じられない言葉が飛び込んできた。

「ええ、私はやるわ。今日、叙勲式で……クライヴ・ヴァルヘルムを殺します」



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