27 / 33
27.一人の朝は嫌だな
しおりを挟む結局あれから治療院にいるわけにも行かず、リディアは修道院寮の自室へと戻ってきていた。
執事カインが提案した通り、クライヴの叙勲式が終わるまで寮にいる手筈になっている。
部屋に返ってくるなり懐かしさに襲われた。
ここ数ヶ月、クライヴの治療でほとんど戻る暇がなかったからだ。
「ちょっと前まで忙しくて……帰ってただ寝るだけ……だったもんなぁ……」
忙しくて掃除する暇がなかった窓枠に埃がつもっていた。
ゆっくりとこうして部屋を眺めたのは久しぶりだ。
その感慨に襲われたリディアはぼーっと天井を見上げながら考え事をした。
「……ミズリーと直接……話かぁ」
シスター・ヴィエラに相談したことで気付かされたミズリーとの対話だったが、結局のところまだ踏ん切りがつかずに居た。
同じ学園寮に居たにも関わらず、一度もミズリーの部屋を訪ねことはない。
それほどまでに疎遠な関係だった。
「ふぁ……」
悩んでいると考えがループし、猛烈な眠気が襲ってきた。
少し横になろう――とベッドに寝転んだ瞬間、ぐわっと眠気が襲ってきた。
(あ、いけない……また意識失うみたいな……こういう寝方……)
眠気が襲いかかり、リディアは眠りの世界に落ちた。
二日前、クライヴの家にいく途中の馬車で寝たときと同じような眠り方だ。
あの時は肉体的な疲れだが、今回は気疲れだろう。
リディアは――夢を見た。
これまでクライヴと過ごしてきた時間の夢だった。
それが断片的に思い起こされていく。
「ちち、うえ……!」
「はい。お父様にもきっと会えます! だから頑張って――!」
初めてクライヴと会った時に交わした言葉。
それが映像を伴い映写されるように脳裏を駆ける。
そして――走馬灯のようにクライヴと交わした言葉が思い起こされる。
「リディア、俺の前で角を恥じるな。俺も母が南方の出で、その特徴を受け継いだ。だがそれを恥じてはおらん」
「悪魔よ……! おまえに俺のすべてをくれてやってもいい……!」
「早く食べさせてくれ。俺はこの通り手足が動かんのだぞ? 一人で食事できぬに決まっているだろう」
「良い、治療を続けろ! 俺は嬉しいぞ、痛みであれど手に感覚がある――ッ!!!」
「自愛せよ。お前は信頼できる聖女だ。時間がかかろうとお前に治療を頼みたい」
「心残りはない。危険に彼女を巻き込まずに済んだ。それで良い」
「だから……父上がその気なら、手柄を上げて目の前に引っ張り出してやろうと決めた」
「俺はその願いで……リディア、君との婚姻を願うつもりだ」
「リディアの角だってそうだ。あの角は聖女の才能の象徴のはずだ。それを貴様らのようなやつが迫害した!」
「俺ももう……一人じゃない。だから、これから王都にも味方は増やしていくつもりだ――リディアがそう教えてくれたからな」
リディアは夢の中で走馬灯のように今までのクライヴとの思い出を垣間見た。
一つ一つが輝いていて愛おしかった。
そんな思い出を噛み締める思考力がもどってくると同時に――眠りから解き放たれた。
目覚めたリディアは、隣にクライヴが居ないことを思った。
「ひとりの朝は……嫌だな……」
クライヴと一日だけでも生活をともにし、寝起きを共にした。
朝起きたらクライヴがそばにいて、微笑みかけてくれた。
――そんな毎日が、抗わなければ消えてしまう。
そばにクライヴが居ない生活。
まるで、世界から色が抜け落ちたかのような灰色の世界に感じられた。
それに比べれば妹への恐れなど些細なことのように思えた。
「……出来ることをしよう」
リディアは身体を起こした。その瞬間覚悟が決まった。
身支度を整えたリディアは、部屋の扉を開けた。
瞬間、二人の人間の気配が左右から感じ取られた。
同時に驚きが伝わってきた。
「え、あ。おはようございます……リディア様!? どこへ行かれるんですか?」
「お待ち下さい。クライヴ様の叙勲式である今日は特に危険です! なるべく外出を控えていただいたほうが……!」
扉を開けた瞬間、二人の男が話しかけてきた。
若い男と、壮年の男が二人だ。
それはクライヴから付けられたガーヴェイ公爵家の護衛だった。
彼らはクライヴに害をなした聖女シリルの素行の詫びにと、公爵家当主が送ってきた兵である。
「すみません通してください。私、妹と大事な話をしなきゃいけないんです」
二人の男の静止に全くひるまずにリディアは断言した。
覚悟が完全に決まっていた。
その気勢に男二人は押されて及び腰になってしまう。
「妹さんって、ここの生徒ッスか?」
若い護衛はまだ敬語に慣れておらず少し親しげな語尾が特徴にある。
そんな彼が当惑して情けない問いかけをする。
「そうです。敷地の外には出ませんから、ミズリーの元に行かせてください」
ミズリーの寮はすぐそこだ。
同じ修道院の生徒であるミズリーとリディアは目と鼻の先――同じ敷地に住んでいた。
「今じゃないといけませんか?」
頭をかきながら壮年の護衛が難色を示す。
こちらは道に入った言葉遣いである。
リディアは申し訳なく思った。
彼らの立場としては、なるべく大人しくしてくれたほうが良いだろうと想像はできる。
「はい。どうしても。積もりに積もった色んなことに決着を付けなきゃいけないんです」
だがリディアはここで引く気はなかった。
二人を押しのけてでもミズリーのところに向かう腹積もりでいる。
完全に覚悟は決まっていた。
「あの、いや、そう言われてもおれ……いや私達も仕事が……あるッスから」
若い護衛が気勢に押され、しどろもどろになる横で。
「わかりました。行きましょう」
ことの成り行きを聞いていたもう壮年の護衛が唐突にリディアに賛同した。
突然の裏切りに驚いて若い護衛は同僚を見る。
「ええ!? まじッスかハンクさん? 本当に外に出すの!?」
壮年の男の名前の呼びながら若い護衛は悲鳴を上げた。
「リック……お前にゃまだわかんだろうがな、家族と話はしっかりしておいたほうがいいんだ」
壮年の護衛――ハンクは腕組みをしながらうんうんと頷いていた。
40代なかばに見える風貌の彼には思うところがあるらしい。
「……妹君はこの寮の敷地内にいらっしゃるんですよね?」
ハンクは話を進めるように質問を促した。
リディアは頭を下げミズリーの寮を指し示した。
「はい、あっちの寮です」
「わかりました。では寮の前までお供させていただきます」
それでも職分を忘れぬよう、念押しする壮年の護衛にリディアは手を指し示した。
三人は連れ立ってミズリーの寮の前に移動を開始した。
「あーいいのかな……知らないっすよ……俺は……」
若い護衛――リックは最後尾につきながらキョロキョロとあたりを見渡しながら情けないため息をつく。
ミズリーの寮の前についたその瞬間、リディアはある異変に気づいた。
「……? あんな警備の人いたかな?」
寮の前に、見知らぬ物々しい雰囲気の男が複数いる。
どこかで顔を見たことがあるような気配あり、小首をかしげるリディアだったが、考えても仕方がないと思い足を踏み出した。
「この寮にご用事ですか?」
瞬間だった。護衛の人に呼び止められた。
そして露骨に身体を扉の前にねじ込まれ、通せん坊された。
「はい。家族に会いに来たのですが」
「申し訳ありませんが、現在この寮には立入禁止でして」
「えっそんな。大事な話があるんです。騒がしくしませんので、なんとか入れませんか?」
強硬な制止にリディアは驚きながらもお願いする。
「申し訳ありませんが、今日は、特殊な警備上の問題で誰であろうと通せないんですよ」
「そんな……」
遮る男には取り付く島もない。
完全に道を塞がれ途方にくれるリディアの後ろで不意に声がした。
「リディア様。見張りの注意が逸れたら行ってください」
(え、ハンクさん……!?)
そんな囁きと同時に、壮年の護衛がリディアを遮るように前に出た。
「おい! ヨハンネスじゃないか! なんだよ王室所属のお前が、今日は女子寮の警備なんて――」
壮年の護衛は、身分が一番高そうな正面門を守る男に話しかけた。
それに反応した男はぎょっとした。
「なっ……てめえハンク!? 公爵家の近衛がなんでここにいるんだよ」
「安心しろガーヴェイ公爵様はいねーよ、別件だ。カード仲間と会える幸運につい口が出ちまった」
「あん? なんだ、この前大負けした俺に喧嘩売ってんのか?」
兵士同士の世界の話が弾み始め、リディアから視線を外れる。
「隊長あの、公務中にそういう話は」
さらに騒がしさに目くじらを立てた他の護衛が隊長にむけて注意するために集まってきた。
「つまりヨハンネス。今晩、またお前をカードでカモりたいんだよ」
「てめぇハンク……良いぜ! おいお前ら、隊長が行くんだから当然来るだろ?」
壮年の護衛は話をつなげ、盛り上がった寮の護衛の全員がハンクに意識を集中し始める。
リディアは完全にマークの外になった。
そんな会話の隙を縫うように壮年の護衛が振り返り、首で寮の入り口を指し示した。
(今のうちに早く行って)
そう言っているように見えた。
若い護衛――リックも慌ててリディアを自分の影に隠すようにハンクの隣に立つ。
(……っ。ありがとうございます!)
リディアは心のなかで二人の護衛に礼を言ってミズリーのいる寮の扉をくぐった。
幸運にも背から呼び止める声はない。
「ミズリーは最上階だ」
リディアは寮の階段を駆け上がった。
踏みしめる足に迷いはない。
自分がこんなにも前向きに目の前に事に向き合えるようになるなんて数ヶ月前には思いもよらなかった。
きっとそれはクライヴとの出会いによってもたらされたことなのだ。
それを守るために、ミズリーと対峙する。
「はぁ……ハァ……」
寮内は不気味なほどに静まり返っている。
警備の状況からしても、特殊な状況らしい。
最上階にたどり着いたリディアは息を整え前を向いた。
ミズリーのいる部屋の扉が目の前にあった。
「ついた!」
意を決して扉に手を伸ばした瞬間だった。
聞き知った男の声がミズリーの部屋から聞こえてきて、リディアはノックする手を寸前で引き止めた。
「なぁミズリー。本当にやるつもりなのか? やはり危険だと思うんだが」
(シェルザス王子!? ミズリーと一緒に!?)
この声は忘れるはずもない。
クライヴの異母兄である第二王子――シェルザス・ヴァルヘルムの声だ。
なぜこの寮が異様に厳重な警備をされているかのわけがわかった。
第二王子の警備だったのだ。
「ふふ。シェルザス様は小心者ねえ。結局のところ、リスクを背負わずに得られるものはないのよ?」
硬直していると、ミズリーの声が聞こえた。
その声はいつも以上に毒気が強い。なにかの決意に満ちた声だった。
思わず耳をそばだてたリディアの耳に、次の瞬間、信じられない言葉が飛び込んできた。
「ええ、私はやるわ。今日、叙勲式で……クライヴ・ヴァルヘルムを殺します」
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる