その力で人の身を焼く“悪魔”の聖女にしか、第三王子は救えない

カズヤ

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31.絶体絶命

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 クライヴは忙しない様子で大広間の全景を見渡していた。
 3階大広間は、叙勲式のために人が埋まっている。
 
(父上はやはりいないか)

 叙勲式の壇上で待つクライヴは、来席者の中に父の姿があるか確認していた。
 だが今回もその姿は見えない。
 落胆の息をついた。母の故郷の魔物を倒したことは父にとって何か伝わるものがあったはずだ。
 もしかすると今度こそ、という期待もあった。

(しかし。あいつ、それにあいつもそうか)

 王を探すべく階上を見渡したクライヴはふとした違和感を感じた。

「……やけにベルナルド家の関係者が多いな?」

 来席者の人選にどうも偏りがある。
 参列する関係者は皆、ベルナルド家とかなり懇意の人間ばかりだ。
 流石にもう少しバラけるものなのだが、今回はベルナルド家の演者が目立つ。

「まあ王宮に影響力がある家だからこうもなる、か」

 微かな違和感に首をひねったクライヴだったが、流石に気づかなかった。
 クライヴは完全にここで襲われるということは想定していなかった。
 強大な利権が集中する王家だが、異なった思惑の勢力がいくつも存在するためそれぞれ牽制しあって安全が産まれていた。
 王宮に入るためには厳しいボディチェックが必要だし、王宮づとめの聖女がおり事件があればすぐに対応してくれる。
 さらにクライヴとて腕に自信がある。多少の危機なら乗り越える自負があった。

(ちょうどいい、ベルナルド家が多いならリディアとの関係を周知させてやる)

 それにクライヴには気にすることが他にも多く余裕がなかった。
 リディアとの婚姻を成立させること。
 カインに任せた家中の暗殺者の始末。
 そういった思考を割かれることの多さが現状への思索を甘くした。

「それでは式を開始します」

 そして壇上で厳かに告げられた開幕の挨拶でその思考を途切れさせた。
 これから行うことへの段取りに思考を持っていくクライヴの脳内で、違和感は溶けて消えていった。

「特にこの度、クライヴ・ヴァルヘルム王子の功績はめざましく――」

 粛々と式が進んでいるその時だった。

「なんだ?」

「外が騒がしいが」

 不意に入口に近い場所がざわめき始める。
 クライヴもそちらを見て、たしかに慌ただしい音や声が聞こえるのを耳にした。

「む……」

 気を取られたクライヴがそちらを振り返ったときだった。

「クライヴ様――っ!」

 ばん、と扉が開かれた。
 同時に女の声が響く。
 一斉にそちらのほうに視線が集中する。

「逃げてください! 謀です! 第二王子の手勢が貴方を狙っています!」

 クライヴにとってそれは聞き慣れた声だった。
 振り向いたクライヴはその声の主を見て呆然と声を上げた。

「リディア!?」

 駆け寄ってくるのは見知った少女だった。
 息を切らせるその顔には見慣れた角がある。

「謀だと! この会場すべてが!?」

「はい! だから逃げてください!」

 クライヴが慌てて周囲に視線を巡らせる。
 会場全体がざわめきながらクライヴを取り囲むように動きつつある。
 その隙間を縫って、リディアはクライヴの胸に抱きついた。
 ――その時。

「――なぁんて、ね」

(違うっ、リディアじゃない!?)

 違和感が突き抜けた。
 声の感じ、ずっと一緒にいたクライヴは微かな違和感を感じ取った。
 だが遅かった。
 周囲の状況に気を取られたクライヴは振り払うことができなかった。

「がっ!」

 クライヴの心臓のあたりを冷たい感触が貫いた。
 リディア――と誤認した少女の手に握られた匕首がクライヴの胸を深々と貫いていた。

「どうですクライヴ様――姉妹よく似てるって言われますのよ。血はつながってないのにね」

 高らかに吐き捨て、額からつけ角をむしり取るように捨てながら、ミズリーが甲高い笑い声を上げた。

「ぐっ……ぐあ……ミズリー……貴様……! リディアに化けて……」

 それを睨みつけ、クライヴは胸を抑えて怒気を発した。
 修道院の制服を着て、頭をフードで隠しニセの角をつけたミズリーは一瞬クライヴの目を欺くほどリディアに似ていた。
 この混乱した状況で判断が遅れたというのもある。

「いまだクライヴを囲め! 絶対外に出すな!」

 さらに周到な計画がクライヴを追い詰める。
 よろめくクライヴの横合いから鋭い声が響いた。

「兄上!?」

 その声の主にクライヴが思い当たると当時に、会場の列席者全員がその声に従いクライヴを囲み始めた。

「ははっ! シェルザス様!」

 完全に包囲され、胸に深手を負ったクライヴはその中心に釘付けにされた。

「くっ……この会場全部が敵なのは本当か……こんな大掛かりな……」

 クライヴは周囲を見渡しながら胸元を押さえ、苦しそうにあえいだ。

「あははは! 詰みだなあクライヴ」

 よろめくクライヴの横合いから、哄笑が響いた。
 そちらを向くとそれは舞台の上からの声だった。

「全くすごいよミズリー! あのクライヴがこんなにたやすく刺されるとは」

 舞台の袖口から愉快そうに肩を震わせながらシェルザスが現れた。
 シェルザスは、壇上に続く階段を降り、クライヴの眼前へと歩いてくる。

「ふふ、言ったでしょ。縋りつきたくなるような嘘に、人間は必ず引っかかるって」

 近づいたシェルザスに寄り添ったミズリーは腕によりかかりながら追従した。

「シェルザス! よく顔を見せたな! 今そこに行ってやる!」

 クライヴは、激昂しシェルザスに殴りかかろうとした。
 だが拳に力を込めた瞬間、足元がふらつきクライヴはがっくり膝をついた。

「うぐっ……なんだ……?」

 クライヴの全身に痺れが走っていた。
 匕首は深々と刺さった故に抜かれなければ出血はひどくない。
 ならばこの全身を襲うしびれは別の要因だ。 
 クライヴの脳裏に最悪の可能性がよぎる。

「効くでしょう。その匕首に塗った毒は、聖女シリルが貴方に飲ませるはずだったものでしてよ」

 その可能性は数瞬後、ミズリーによって証明された。  

「この毒……そうか、シリルも……貴様らの差し金か……」

 訳知り顔で話すミズリーにクライヴは直感した。
 誰が病院に聖女シリルとあの暗殺者を送り込んだのか。

「そうだよ。高い前金を積んだのに失敗されてね」

 シェルザスが肩をすくめて肯定する。

「だから知ってるでしょ? 聖女の力でも取り除けない毒よ」

 勝ち誇ったようにミズリーは笑みを浮かべた。
 その言葉が真実だと示すように、刺された匕首の箇所からクライヴの全身へと痺れが回っていく。

「クライヴ。貴方はもう確実に死ぬ」

「くっ……!? がっ……」

 そうミズリーが告げると同時だった。
 クライヴはついに膝だけで立っていられなくなり手を地面についた。

「利用価値が出たら懐柔しようとし、取り込めなかったから殺す……か。いかにも貴様らの考えそうなことだ……」

 それでもなおクライヴは倒れ込まない。
 なお体を起こし周囲をにらみつける。
 
「なんてやつだ……数分で死ぬ毒なんだろ?」

 シェルザスは不気味なものを見る目でクライヴから体を離す。
 手負いの獣のようなクライヴの形相に、誰もとどめを刺しに行かない。
 その隙なんとか活かそうと、体の力が入らないか腕に懸命に力を込める。
 しかし……。

(せめて拳の一発だけでもあいつらに……無理かっ……)

 だが毒の効果は恐ろしかった。
 全身から流れ出るように力が抜けていく。
 気が焦れば焦るほど体の力が失われていった。
 ミズリーはそんなクライヴの眼前まで近づき、見下すように立つ。

「諦めなさい。……仮に暴れても、この多勢に無勢。貴方が死ぬのは確定してるの」

 心を折るのはお手の物――とミズリーは淡々と事実を突きつけせせら笑った。
 そんなミズリーを真っ向から見返しなおもクライヴは笑った。

「いいのかミズリー」

 体を駆け巡る毒は尋常ではない速度でクライヴの生気を奪っていく。
 だがそれでもクライヴの声はよく通る。

「俺と結婚したいんじゃないのか? シェルザスはキープなんだろ?」

「……キープ? 僕が?」

 せめてもの皮肉で冷笑し、クライヴはちらりとシェルザスを見た。
 シェルザスはぽかんとしミズリーを見た。
 庭園でクライヴにコナをかけたのをやはりシェルザスは知らなかったらしい。
 シェルザスは不信感のこもった目でミズリーを見た。
 この女ならやりかねない――といった目だった。
 そんな意趣返しともいえない挑発はミズリーには覿面だった。
 彼女は顔を真赤にした。

「このっ……クライヴ……貴方が私を拒むから……!」

「がっ……」

 怒り狂ったミズリーはクライヴの頭をヒールで思い切り蹴りつけた。
 毒により全身の痛みと相まってクライヴはうめき声を上げる。

「お、おいミズリー何を……」

 シェルザスがその狂奔したようなミズリーの行動を流石に見とがめ制した。
 だがそれは遅かった。

「だから貴方の屍と結婚して、すべてを奪ってあげるわよ!」

 ミズリーはクライヴの頭を蹴り、仰向けにさせた。
 そして仰向けにしたクライヴの胸に刺さった匕首に手をかける。

「死になさいよッ!」

 ミズリーはクライヴの胸元から、ナイフを抜き放った。
 せき止められていた鮮血が吹き上がり、ミズリーの手と顔に掛かった。
 そしてその血が会場の絨毯を濡らしていく。

「ぐあああああっ!」

 激痛に身を捩らせクライヴは叫んだ。
 それを見てミズリーは狂ったような笑みを浮かべる。
 
(血が抜ける……だめだ……もう……意識が……)

 クライヴは落ちていく意識に、もうここで目を閉じれば二度と目覚めることがないと直感してあらがった。
 だが全てが絶望的な状況だった。
 毒に身を蝕まれ、出血はひどく敵に囲まれている。
 
「ひっ……血……血が……」

「うっ……すでに死に体の王子に……なんてことを……」

 一方、囲いの貴族も動揺を発していた。
 匕首が抜き放たれたことで噴き出る血に、シェルザスや周囲を囲む貴族たちは一斉に目を背けた。

「お、おい……ミズリーやりすぎじゃ」

 そしてシェルザスはそんなミズリーの凄惨な顔を見て後退った。

「あははは! いい気味! 終わりよクライヴ!」

 だがミズリーは返り血をあびてなおクライヴを見下して笑う。
 その地獄のような様子にミズリーを見て取り巻く貴族たち全員が眉をひそめた。
 
(リディア……すまない……)

 頭上からミズリーの声が響く。
 抗えずクライヴの意識は真っ暗な深淵へと落ちていく。
 急速に薄れゆく意識の中でクライヴの脳裏に、最後に浮かんだのはリディアの姿だった。





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