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 家に帰り、落ち着いた所でフリッツが心配そうにこちらによってきた。
 
「アルミア、大丈夫だったか? 怪我はしていないだろうか」

 可哀想なくらい心配そうな表情だった。
 それが先ほど、眉1つ動かさずに現役の騎士を倒した人とは思えないくらい可愛くて、くすりと笑ってしまった。
 
「ええ、ガルドに握られた所もそんなに……ずっと貴方が守ってくれたから。あ、でもいただいたドレスに土が跳ね上がっちゃったかも」

 そう告げた私の言葉を確認するように怪我を調べたフリッツは安堵のため息を付いた。

「そうか……安心したよ」

 安心して少しずつ宮廷魔術師としての仮面をかぶり始めるフリッツについ、私はもう少し地を見たくなっていじわるをした。

「随分心配してくれるのね」

 突っ込まれると思ってなかったのだろう、動揺したフリッツは所在なさ気に目を白黒させ早口になった。

「……明後日きみをタリスマン家に送り返すまで、俺には責任があるからな」

 その言葉に今度は私がどきりとした。
 そうだ。この関係は私の身体を治すために続いている。
 完治してしまえば私とフリッツに接点が無くなるのだ。
 そのことを想像して胸に穴があくような感覚を覚えた。
 
「ねえフリッツ、あの……」

 私は何かに押されるように口を開き、フリッツの目を見た。
 
「ねえ……ガルドに殴られそうになって、貴方が反撃した時……」

「ああ」

「私から取った呪い、全部使っちゃったんでしょ」

「……そうだ。あれは本来あいつが受けるべきものだ」

「で、でもそれって……ここに来た報酬を全部無償で使っちゃったってことでしょ。どうしてそんな」

 そこまで言って私は酷く自分が卑怯なことを言っているような気がしてきた。
 もういい加減気づいている。
 はっきりと自分の気持にも、そして相手の気持にも。
 でも言い出すのが怖くて遠回りをしているのだ。

「俺が君を助けたのは、呪いが、力が欲しいからじゃない……」

 フリッツはため息を付いて、一歩前に踏み出した。
 そして私の目をそっと見返す。
 切ない感情が彼の目にはあった。

「……君が、欲しいからだ」

 私はそれにすぐに言葉を返せなかった。
 だが身体が素直に反応した。
 私は応じるように一歩、彼に近づいた。それがいい加減、答えを私に理解させた。
 呼吸がふれあうほどの距離になる。
 
「3年前、君がダウナード家に嫁ぐと聞いた時、俺は君を止めたかった」

 フリッツは少し遠い目をして滔々と語る。

「だがそのとき俺は一介の呪術師だった。君を本当に幸せにする自信もなかった。だから見送るしかなかった」

 そして――手をそっと握られた。
 私はそれを受け入れた。

「でも今は違う、力もある。俺は君を幸せに出来ると想う」

 フリッツは手を離し、今度は私の背に手を回した。
 ぎゅっと抱きしめられ――私はそれも受け入れた。

「……ええ。ええ」

 私の目頭が熱くなった。
 ああ、嬉しくて泣くことができるなんて、思いもよらなかった。
 少し前まで私はガルドの奴隷のような生活を続けるしか無いと思っていた。
 けど今はこんなにも嬉しい。

「だからアルミア、治療が終わって、家に挨拶をしてそれから……俺と一緒に王都に来てくれ」

 私はその言葉を聞いて、無言で顔を彼の胸板に押し付けた。
 彼と一緒に王都で暮らす。それは、本当に輝かしいことだと感じる。

「あんな酷い婚約があったアルミアに、すぐにこんなことを言い出すのはどうかと思っていた。けど……君と離れることに耐えられそうにない」

 ついに私はこらえ切れなくなって口から言葉が出た。

「……私もよフリッツ。離れるなんて絶対嫌。貴方といっしょに行く。好き、本当に大好き」

 フリッツはにこりと笑い、身体を少し離し――そっと顔を寄せる。
 唇が、触れ合った。
 幸せに包まれながら私は思っていた。
 もし、私の能力を使い集めた呪いをフリッツが扱えば――彼はもっと上にいけるだろう。
 私たちの前途は明るかった。
 




 それから5年後のことである。
 王都に新しく宮廷魔術師長がひとり誕生した。
 ――フリッツ・ウィルカース宮廷魔術師主任が、その類まれな能力を評され、満場一致で昇格した。
 彼が抜きん出たのは結婚をしたすぐ後からであり、名細君を取ったと貴族たちは噂をしたものだった。
 
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