だからお前はいつも外してるんだ

あおいまとか

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喧嘩

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 結局先に折れたのは、オレだった。
 宮岡からは最低限の連絡しか来なかったのだ。互いの休みである週末の前日に「今夜どうする?」と一行だけ、トークアプリでメッセージが送られてくる。オレが返さなけばそれで終了だった。それが数週間続き、涼しい風が吹く週末の夜、ついにその一行のメッセージさえこなくなった。
(んだよ。もっとちゃんと反省しろよ)
 自分のアパートで発泡酒を飲みながらスマートフォンの画面をにらみつける。
 だが酒を飲み進めるにつれて次第に不安になってきた。
(もしかしてもう新しい男ができたのか?)
 それを思いつくと居ても立っても居られず、薄手のパーカーをはおり外に出た。最近は一気に冷えて、昼間とはまるで温度が違う。宮岡のアパートへ向かう途中、肌寒ささえ感じさせる風が全身を包んだ。
 真夜中と言える時間帯だった。宮岡のアパートのドアのチャイムを鳴らした。
 こちらの顔を確認した気配の後、すぐにドアが開いた。その事実にほっとする。誰かいたらこんなにすぐは開けないだろうから。
「んだよ。こんな夜中に」
半分開けた玄関のドアから顔をのぞかせた宮岡は仏頂面だった。
「なんだよその顔。オレのほうからきてやったのに」
「来てやった? やったってなんだよ」
ドアを開けたまま宮岡の声が大きくなる。
「おい」
 他の部屋が並ぶアパートの外廊下に視線をやると、宮岡ははっとした。一人用の安普請のアパートは廊下でさわぐとその音が他の入居者の室内まで響く。
「入れろよ」
 そういうと宮岡は顔を歪めながら半身をずらして、オレをアパートに招き入れた。靴が二~三足しか置けない狭い玄関には宮岡の靴しかなかった。ワンルームしかないアパートは、靴を脱ぐスペースのすぐ横にトイレと台所が並び、そのままドアもなくローテーブルとベッドが置いてある部屋になる。
(誰もいない)
 もう一度それを確認し、ホッと息をついた。わざとトークアプリで事前に連絡を入れないかったのは、もしも誰かいたなら逃げられないように、突然尋ねてやろうと思ったからだった。
 靴を脱いだオレに宮岡はつかみかかってきた。
「いまごろ来やがって! お仕置きってなんだよ」
「あ?」
 宮岡は俺の襟首をガツっと掴んで台所の小さめの冷蔵庫に押し当てた。冷蔵庫の上に置かれた電子レンジがオレの体が当たった衝撃で揺れた。
「お前がオレに突っ込んでるから、お前が上の立場か? お前が優位でお前が偉いのか?」
「いったい、なんの話だ」
「お前が言ったんだろ、お仕置きって! 自分の子どもを叱る親みたいに、お前は俺に仕置きすんの? 俺は! お前より下なのか?」
 宮岡は俺の襟首をキリキリと掴み上げ、一気にしゃべった。台所のスペースは狭く、ガスコンロは一口しかなく、横。幅の狭い流しと冷蔵庫や電子レンジで、台所はギュウギュウだ。流しには汚れた鍋や皿が積み上げてあった。
(珍しいな)
 宮岡の剣幕にも驚いたが、流しにも驚いた。宮岡は食べ終わったら洗い物までその日のうちにすます性格で、アパートはいつも片づいていた。オレのアパートが散らかるたびに、宮岡から叱られていたのに。宮岡は普段こんなに家事をため込む性格ではない。
 宮岡は思い詰めた顔をしていた。いつものオレの提案におずおずと「わかった」と頷く顔ではなかった。
「そんな、つもりはない」
 掴まれた襟首が詰まって、息苦しさを感じながらそう答えた。
「お前の考えの奥底にそんなつもりが少しあるから、お仕置きなんて言葉が出るんだろうが!」
「考え、すぎだ」
「考えすぎじゃねぇよ。じゃなかったら来てやったなんて言葉は出ない」
「……来てやったと言ったのは、喧嘩の話だ。オレが意地の張り合いに折れたからここにきたんだろ」
「……お前、オレと喧嘩してたの? お仕置きじゃなくて」
 ほうけたように宮岡は言った。
「そのつもりだったが? お前がもっと謝るまで許さんと思ってた」
 宮岡はオレの襟首をやっと離した。
「来いよ」
 リビングのローテーブルそばに座るよう促される。リビングはテーブルとベッドで占められ、ソファを置くスペースはない。オレは定位置の低反発の丸いクッションの上に座った。宮岡もベッドにもたれて色違いの丸いクッションに座る。
 ローテーブルの上には缶のチューハイが何本か転がっていた。サキイカやナッツの乾き物のつまみの袋が乱雑に開いて置いてあった。まったく几帳面な宮岡らしくなった。いつもはせっせと片づけながらこいつは飲むのだ。
「飲んでたのか?」
「お前が来ないから一人酒だよ。悪酔いするから嫌いなんだよ一人酒は」
 宮岡はイライラした様子を隠さずそう言った。
「そうだな。お前がそういうから、週末飲む時にはお互い誘うようになったんだっけな」
 この習慣ができた頃のことを思い出す。
「で、お前はなんでお仕置きって言って、こっちの連絡無視しておいて、喧嘩とか言ってんの」 
「なんでって……発端はおまえだろ? デート」
 話を振り返されてオレは憮然として答えた。
「アレはデートじゃねぇって言ったし! 飲み会がたまたま二人になっただけだろ!」
 宮岡はさっきの剣幕を盛り返して言った。全然頭は冷えていないらしい。
「でも可愛い後輩に告白されでもしたら、酒飲んだお前はほいほいついて行くだろ? オレの時みたいに!」
「告白……オマエ、頭、ダイジョウブ?」
 宮岡はオレのセリフに一気にひいた様子を見せた。
「あっ?」
 内心傷つきつつ、そう返す。
 オレはなにもおかしなことは言ってない。
 だがそんなオレに宮岡はゆっくり子どもに言い聞かせるように説明しはじめた。
「いまの、日本では、ゲイは珍しくて、鳴りを潜めて生きてんの。わかる?」
「でも最近はオープンに生きてるやつもいるだろ」
「それは一部。俺は親にもカミングアウトしてない派。だから後輩も俺がゲイだと知らないし。つうか俺がゲイだと知ってんのはお前だけ」
(え? 宮岡がゲイって知ってんのオレだけなんだ?)
 その事実にじんわりと胸が温かくなる。 
「あと大部分の男は男を好きにならない。簡単に抱きもしない。性対象は異性。だから、告白とかあるわけないだろ、バーーカ!」
 最後のバーカは力いっぱいバーカと言われた。なんなら飲みながら、後輩の彼女の話とか聞いたわ。バーカ。と宮岡はもう一度言った。心底こちらを馬鹿にしてる、バーカだった。
 ムカついた。 
「俺はお前のそのバカな思い込みのせいで、1カ月以上も無視されたのか? お仕置きで?」
「バカバカ言いすぎだろ! あとお仕置きにこだわりすぎ」
「そりゃそうだろ。お仕置きって上下関係あるからな。お前が俺のこと下にみてると思ったから、絶対下手には出ないと決めた」
「そんなつもりは……なかった」
 あの時の自分の心境を思い出しながら言った。宮岡が自分より立場が下だとか思ったことはなかった。だが、たしかに思い知らせてやりたいとは思ったのだ。あの時はオレが受けた焦燥感を宮岡にも味合わせてやりたいという考えで、オレの頭はいっぱいだった。
 ふと宮岡はじっと自分の足元あたりのフローリングを眺めながら言った。 
「……オレの親父厳しくてさ」
「? 酔った時ときどき話してるな。厳しいから帰りたくないって」
「なんかミスすると、お仕置きだって言って、帰ってくるなって家から出すんだよ。靴も履かせてもらえないし。冬の寒い時が最悪でさ。裸足の足から冷えてほんとに体がガタガタ震えんの。おふくろが親父が落ち着いたタイミングで家に入れてくれるんだけどさ」
 まったく知らない話だった。宮岡とは長くつるんで、知らないことはないぐらい話をしたと思っていたのに。
 きっと宮岡の心の奥底に沈められて、そのお仕置きは口にすら出せない出来事だったのだ。
「あーー。全面的にオレが悪かった。お仕置きという言葉のチョイスは最悪だった。ごめん」
「俺、お前のそういうとこはいいなと思ってる。悪いと思ったらすぐ謝るとこ」
 少しうるんだ瞳で宮岡はそう言った。この世界に対する諦めを載せた微笑み。
「ほんの10分ぐらいなんだけどさ。もしかしたらこの家のドアはずっと開かないかもしれないと思いながら待つと子どもには長いんだよ」
「ごめん。赦してくれ」
 知らなかったとはいえ、オレは宮岡がもっとも嫌がっている単語をクリティカルに選んでしまったらしかった。そして既読スルーも辛かったに違いない。それは開かないドアに似ている。
「とりあえずこれから先、俺に向かってお仕置きって言葉使わないでくれる?」
「わかった。肝に命じる」
「頼むよ。喧嘩ならいくらでもするからさ。お互いムカついたら喧嘩しようぜ。お仕置きは疲れる」
 そう言って、宮岡は手元にあったチューハイをあおった。これだけ長く話したのだ。缶チューハイは気が抜けて、ぼんやりとした味になってるだろう。
「オレ、お前を後輩とか、とにかく他の男にとられたくなくて。ごめん」
「や、ゲイやバイってそんなにワラワラいないから」
「でもさ。お前簡単にオレに抱かれたじゃん。そん時に誰でもいいんだっておも……」
「はっ?」
 宮岡の眉間に皺が寄る。
「簡単なわけねぇだろ? 尻の穴に異物入れるんだぞ、軽い気持ちでできるかバカ」
 どうやらオレはめでたく今晩二つ目の宮岡の地雷を踏み抜いたようだ。
「だけど、あの時友達って言っただろ」
「どの時だよ?」
 険しい顔のまま宮岡は尋ねた。 
「初めて寝た時だよ! 親友じゃなくて友達って言っただろ!」
「あのときは……お前がゲイの俺をからかうために寝たのかとまだちょっと疑ってて」
 モゴモゴと宮岡は答えた。
「で? 友達かって聞いたのか? 親友じゃなくて」
「……こだわるな親友」
「オレ、お前とは親友だと思ってたのに、酒に酔っでついうっかりみたいに男が好きだって言うし。言ったあとはしまったみたいな顔してたし。アレがなかったら、あんだけ長く一緒にいたオレにも秘密にしておくつもりだったんだろ。それがちょっとショックで」
「え? じゃあ抱いてやろうかって憐れみで言ったんじゃないの?」
 宮岡は目を丸くしている。
「違う。どっちかと言えばお前と一番親しいのはオレだと思い知らせたかった。オレはお前の特別だと思ってたのに、全然違うように扱われてイヤだった」
「お前……オレのことセフレだと思ってんじゃ?」
「親友だと思ってるし、お前にも親友だと思って欲しい」
 宮岡はなぜか「あー……」とうなりながら頭を抱えた。
「飲み過ぎか? 気持ち悪い?」
「や。違う。違う。佐竹。俺はさ、お前とちゃんと恋人になりたいんだけど」
「こいびと……」
 新しい視点だった。恋人。恋人か。それは一番の特別だろうか。
「俺たちもう一年近く寝ちゃってるし、関係を言葉にするならセックスフレンドか恋人とかパートナーだと思うんだよね」
 でもすぐに答えは出さなくていいよと宮岡は言った。  
「あとお前少し自覚したほうがいいよ。親友ポジションがいいぐらいの気持ちじゃ、男は抱けない。お前はバイ」
 オレにむかってそう宣言する。
「佐竹、お前鈍すぎ。俺もうちょい、いろいろ考えてること話すことにするわ」
 だからお前ももっと自分の気持ちを話せと宮岡は言った。そのあとは二人で宮岡の家にあった酒を全部飲みつつ、つまみも食べて、この1カ月のお互いの近況を話した。話し尽くして、二人で狭いベッドでいつも通りくっついて寝た。久しぶりの熟睡だった。
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