完璧主義な学園の嫌われ令息が、仮面を捨てて腹黒幼馴染み様へ跪くまで

笹井凩

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34.求める完璧の代償

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●●●

 本番は思ったよりもずっと順調に進んでいた。
 足がもつれることも、場面にそぐわない演技をすることもなく大きなミスもせず中盤まで駆け抜けた。それは観客を圧倒するような演技もまた、できてはいないということだけれど。

 それでも少しずつ調子を取り戻してきた気がする。特に、桎月と演じるシーンは呼吸を合わせやすくて自然と体が動き出すような場面も何度かあった。
 今日はいつもの俯瞰して見た演技ではなくて、桎月に褒められた俺の持つ感情を役に乗せるやり方でここまできた。
 ひょっとしたら、できるかもしれない。このままの調子で後半をやり切って、かつ、寄せられた期待に応えることが。

 良好な仲を築くかと思われたオペラとマロンが、オペラの王としての姿勢に対して揉めたあと。我慢の限界を迎えたオペラが細剣を構えたことを合図に、打ち合わせる剣と剣。

 失望と挑発の言葉を口にしようとして、ふと、観客席の一角が目に留まった。気のせいか、目が合ってひらりと振られた手。

「な、で……」

 思わず、取り落としそうになった細剣を力の抜けかけた手でなんとか握りしめる。
 目は逸らせないままだ。薄桃色の短髪に、俺が元々通っていた小中高一貫校の馴染みある制服を身に、まとった……。

「『ははっ、あなたはまた、よそ見ばかりだ。僕ごときが相手と舐めていたら、足元を掬われますよ!』」

「っ!」

 台本上にないセリフ。桎月のアドリブか。本来なら俺が喋るはずの場面で動きを止めてしまったせいだ。早く、返さないと。なんとか口を動かして、それにまたマロンの言葉が返ってきて。劇の流れは止めずに済んだ。

 でも、なんで。どうしてあの人が。
 布顛に呼ばれて来た? 弟の活躍を見るために? それとも、俺がまたこうなってるって、布顛に言いふらされたとか? 過去に主役を幾度も任されて、監督たちに気に入られている俺が気に食わないと怒鳴ったあの人なら、俺の滑稽な姿を見れるとなれば喜んで足を運ぶのかもしれない。

 客席のちょうど真ん中辺りに座るのは、布顛の兄。記憶の中の姿より大人びていたけど、彼が俺から、初めて完璧さを奪った人で違いないだろう。遠目に見てもなぜか映ってしまう、どこか猟奇的な色の滲む微笑み。あの顔を見間違うことはない、と思う。

 あの人がいるなら、少しも隙を見せられない。完璧にやらなきゃ。今度こそ、もう、足元を掬われないように。期待以上の成果を出して。
 桎月の優しさに溺れて、甘えたらだめだ。弱さを見せないようにしないと。じゃないと、また、大切なものを全て奪い去られてしまう。

 作らないようにと思っていたのに、また作ってしまった大切なもの。今となっては唯一の。もし、桎月が取られてしまったら?
 ああ言ってはくれたけど、俺の演技に失望するとか。きっかけはいくらでもある。過去をいつまでも引きずって、あまつさえそれを原因に舞台を台無しにしてしまったら。桎月が理想とする俺とかけ離れた俺を見続けて、引きずりおろしたいと思わせるほどの憧憬という色眼鏡を取り去ってしまったら。

 視界が大きく回る。そのまま倒れ込んで耳も目も塞いでしまいたかった。けれど、できない。だって、もっと観客を圧倒するような演技をしないといけないから。

●●●

 戻った舞台裏で汗を拭い、喉を潤して次のシーンについて考えていると蓮斗に肩を叩かれた。

「絆くん、どうしたんだ? 無理にアドリブは入れなくて問題ない。それに、あれは桎月くんだからついていけているだけだ。それでも最後まで体力が保つかどうかも分からないだろう。前半と同じ要領でやれば——」

「それじゃだめなんだって!」

 潜められた優しい声色はいつもと変わらない。けれど、その声にはどこか怒りに似た強張った色が滲んでいる。

 布顛の兄を見つけてしまってから、調子を取り戻してきたと思った演技はまたぼろぼろと崩れていってしまった。かろうじて繋いでいるけど、目も当てられない状態かもしれない。
 だからアドリブを入れて派手さを意識してみたり、桎月みたいな楽しげで活き活きとした演技を意識してみたりしたのに。

 俺も譲れない。迷惑をかけてるのは分かってる。分かってるけど、迷惑をかけたままただぼうっと役を演じて無難に終わらせるよりも、こっちのほうがずっと良いはずなんだ。

「蓮斗、お願い。ちゃんとやるから。あと少しで感覚も掴めそうだから、そうしたら僕さ、ちゃんとみんなの期待に応えられるから」

「だが……」

 言い淀む蓮斗にあと一歩、説得の言葉を口にしようとした。けれど、突然どこからか伸びてきた手に掴まれた両頬のせいで開いた口はねえ、と言葉を発さず口の中で声は溶けてしまった。


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