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36.求める完璧の代償3
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「どうして、って。だって、僕が惚れたのは心の底から楽しそうな顔をする絆だったからね」
「はっ……。なに、それ」
なにその顔。懐かしむような、過去へ想いを馳せた柔らかい微笑み。桎月はなにを見てる?
あ、でも。
なんだ。そういうことか。
「ぷはっ、桎月はやはりさ、俺のこと。見てないじゃん」
俺のことは見てるか。でも、落ちぶれた俺を通して、完璧な俺の理想像を見ている。どこにもいない、作り上げた幻想の俺を。
いつまでも俺は子どもじゃない。桎月の大好きな天才らしい完璧さは、持ち合わせていないんだよ。本当は、ずっと。ただ完璧に焦がれているだけで。
本当なら、それで良かったんだけどさ。俺がちゃんと完全無欠の天才、桎月の憧れでいられなかったから。もし、理想の俺で居続けられたならどれほど良かったか。
黒い手袋に覆われた手のひらへ爪を押し当てたって何も痛みは得られない。拳に入れた力をすぐに抜けば、そのまま全身の力まで抜けて膝から崩れ落ちるかと思った。結局は、名残惜しいのか執着なのか、舞台上から続く板の上に立ち続けているわけだけど。
そもそも、今の俺のことなんか見ていない桎月に分かるわけがないよね。だって、あいつはずっと記憶の中で美化された俺を見ている。
舞台に立ち楽しむことなんか、とっくの昔に忘れた。
母に勧められるがまま舞台に立って、才能があると持て囃されてここまで来てしまった。一時は確かに、舞台へ立つことに楽しさを見出していたけれど。
それもきっと、思い込みでしかないんだろ。値札を貼ってもらえることに喜んで尻尾を振っていただけの話。あるいは馬鹿になった頭が恐怖や重圧を快感と捉えたか。
そんな一過性の時間はあったかもしれないけれど、俺は、楽しんでいるだけじゃ舞台から蹴落とされてしまうから。
「舞台の上で楽しむ? なにバカなこと言ってるわけ? そんなことしてたら俺は完璧でいられない。でも、そっか。桎月は楽しそうに演じるからね。羨ましいくらい。だからそれを俺にも望むってこと? 桎月にできることは全部できるって言ってやりたいけどさ。あ、っはは……。桎月の理想は高いから、もう、今の俺なんかじゃさあ——」
「絆。それは違う」
遮られた言葉に口角は歪に持ち上がったまま動けなくなった。
「好きな人には楽しそうに笑ってて欲しいと思うのは、そこまでおかしい話ではないと思うんだけどな」
「は……?」
「それに」
一度噤まれた口のせいと言うか、おかげと言うか。舞台袖の向こう側。何からも邪魔されず光を浴びることのできる舞台上からはまるで聞こえなくなっていた賑やかな声がふと鼓膜を叩いた。
その声にはっとした。もう出番がくる。
次はマロンとのシーンだから、桎月も出ないといけないのに。離せと念じて一歩距離を取ってもその一歩より大きな歩幅で距離を詰められてじっと見上げてくる目を睨む。
「僕が舞台でマロンを演じるのが楽しいと思うのは、絆と舞台に立ててるから。……そんなに分かりたくないなら、嫌って言いたくなるくらい僕が教えてあげるよ。絆にも、観客たちにも」
次に使う細剣を心臓の上へ押し付けられて、桎月から逸らそうとした目はどうしてか今も闘志を宿す琥珀色を見つめるばかりだった。
「絆はちゃんと、どうしようもないくらい舞台が大好きなんだってね。腕が鳴るな。一等星も霞むくらい、僕が絆のことを輝かせてみせるよ。今度は、隣にいられるから」
勝手に決めつけてくるし、自信過剰、キザったらしい。
ひったくるように細剣だけ受け取ればそのまま伸ばした手を掴まれた。衣装がシワにならないようにか簡単に振り解ける力加減で。
行くよ、なんて俺の手を引く桎月はなぜか、ひどく大人びて見えた。
○
「はっ……。なに、それ」
なにその顔。懐かしむような、過去へ想いを馳せた柔らかい微笑み。桎月はなにを見てる?
あ、でも。
なんだ。そういうことか。
「ぷはっ、桎月はやはりさ、俺のこと。見てないじゃん」
俺のことは見てるか。でも、落ちぶれた俺を通して、完璧な俺の理想像を見ている。どこにもいない、作り上げた幻想の俺を。
いつまでも俺は子どもじゃない。桎月の大好きな天才らしい完璧さは、持ち合わせていないんだよ。本当は、ずっと。ただ完璧に焦がれているだけで。
本当なら、それで良かったんだけどさ。俺がちゃんと完全無欠の天才、桎月の憧れでいられなかったから。もし、理想の俺で居続けられたならどれほど良かったか。
黒い手袋に覆われた手のひらへ爪を押し当てたって何も痛みは得られない。拳に入れた力をすぐに抜けば、そのまま全身の力まで抜けて膝から崩れ落ちるかと思った。結局は、名残惜しいのか執着なのか、舞台上から続く板の上に立ち続けているわけだけど。
そもそも、今の俺のことなんか見ていない桎月に分かるわけがないよね。だって、あいつはずっと記憶の中で美化された俺を見ている。
舞台に立ち楽しむことなんか、とっくの昔に忘れた。
母に勧められるがまま舞台に立って、才能があると持て囃されてここまで来てしまった。一時は確かに、舞台へ立つことに楽しさを見出していたけれど。
それもきっと、思い込みでしかないんだろ。値札を貼ってもらえることに喜んで尻尾を振っていただけの話。あるいは馬鹿になった頭が恐怖や重圧を快感と捉えたか。
そんな一過性の時間はあったかもしれないけれど、俺は、楽しんでいるだけじゃ舞台から蹴落とされてしまうから。
「舞台の上で楽しむ? なにバカなこと言ってるわけ? そんなことしてたら俺は完璧でいられない。でも、そっか。桎月は楽しそうに演じるからね。羨ましいくらい。だからそれを俺にも望むってこと? 桎月にできることは全部できるって言ってやりたいけどさ。あ、っはは……。桎月の理想は高いから、もう、今の俺なんかじゃさあ——」
「絆。それは違う」
遮られた言葉に口角は歪に持ち上がったまま動けなくなった。
「好きな人には楽しそうに笑ってて欲しいと思うのは、そこまでおかしい話ではないと思うんだけどな」
「は……?」
「それに」
一度噤まれた口のせいと言うか、おかげと言うか。舞台袖の向こう側。何からも邪魔されず光を浴びることのできる舞台上からはまるで聞こえなくなっていた賑やかな声がふと鼓膜を叩いた。
その声にはっとした。もう出番がくる。
次はマロンとのシーンだから、桎月も出ないといけないのに。離せと念じて一歩距離を取ってもその一歩より大きな歩幅で距離を詰められてじっと見上げてくる目を睨む。
「僕が舞台でマロンを演じるのが楽しいと思うのは、絆と舞台に立ててるから。……そんなに分かりたくないなら、嫌って言いたくなるくらい僕が教えてあげるよ。絆にも、観客たちにも」
次に使う細剣を心臓の上へ押し付けられて、桎月から逸らそうとした目はどうしてか今も闘志を宿す琥珀色を見つめるばかりだった。
「絆はちゃんと、どうしようもないくらい舞台が大好きなんだってね。腕が鳴るな。一等星も霞むくらい、僕が絆のことを輝かせてみせるよ。今度は、隣にいられるから」
勝手に決めつけてくるし、自信過剰、キザったらしい。
ひったくるように細剣だけ受け取ればそのまま伸ばした手を掴まれた。衣装がシワにならないようにか簡単に振り解ける力加減で。
行くよ、なんて俺の手を引く桎月はなぜか、ひどく大人びて見えた。
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