水の流れるところ

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直感

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「ただいま」

 疲れがにじむ声で挨拶しながら、ドアを開けてリビングへ入る。今日は昼勤で早く帰れる予定だったのだが、帰る直前に急患が入り、自宅に戻ることができたのは夜の10時過ぎだった。約束していた誉とのジム行きも諦めなくてはならなくなった。しかも今日は普段あまり身に着けないスーツを着なくてはならない日だったので、慣れない格好のせいで余計疲労がまった気がした。

「お帰り。お疲れだったな」

 誉がキッチンから顔を出した。

「まあ、急患はしょうがないな」
「そうだな。千晃を頼りにしてる人が沢山いるからな」

 ふと、ダイニングテーブルに視線を移すと、夕食が置いてあった。

「作ってくれたのか?」
「うん。食べる時間もなかったんじゃないかと思って。今、温めるから」
「凄ぇ、腹減ってる」
「良かった。ハンバーグにしたんだけど」
「誉は? 食べたか?」
「まだ」
「先に食べれば良かっただろ」
「うん、でも、一緒に食べたかったからさ」

 温め直して用意された夕食は、手作りのトマトソースがかかった洋風ハンバーグだった。人参のソテーが添えられており、ご飯にコーンスープ、サラダもあった。同居を始めた頃は、食事を作ると言われて正直あまり期待はしていなかった。千晃は料理が全くできないし、男の料理に少なからず偏見があったからだ。

 ところが蓋を開けてみたら、千晃が過去に料理を振る舞われたどの女たちよりも誉は上手かった。シンプルなメニューが多かったが、どれも美味しかった。聞いたところ、母親のいない生活の中で半ば強制的に料理ができるようになったという。

「ワインもあるよ」
「そうなのか?」

 誉がキッチンからワイングラスとワインボトルを持って戻ってきた。続けて高級そうなチーズの盛り合わせも運んでくる。

「豪華だな、今日」
「ちょっとな。バイト代も貯まってきたし、千晃に世話になってるお礼の気持ちも込めて買ってきた」
「……そうか」
「ん」

 直感した。なんとなく誉の様子がいつもと違う。嫌な予感が走る。いや、でも。本当に礼がしたいだけなのかもしれない。今までも「一緒に食べたかったから」と食事に手をつけずに遅くまで千晃を待っていたこともある。ただの、勘だし。気のせいかもしれない。

「千晃?」

 誉がテーブルの向こうからワインボトルを傾けたまま、怪訝けげんな顔でこちらを見ている。

「ああ、悪い」

 急いでグラスを持つと差し出した。誉がなみなみと赤ワインを注いだ。

 そう、きっと気のせいに違いない。

 千晃はその予感を無理やりに仕舞い込んだ。今は、誉が作ってくれた食事を楽しみたい。

「乾杯」

 誉が軽く微笑んでグラスを持ち上げた。千晃のグラスを誉のグラスへと重ねる。ちん、と小さな音が鳴る。誉に微笑み返した。

「乾杯」
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