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理屈では片付けられない「何か」
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食事を全て綺麗に平らげた後、ワイングラスとチーズを盛った皿を持ってリビングのソファへと移動した。
「美味かった」
「そう? 喜んでもらえて良かった」
「映画でも見るか?」
「いや……今日は千晃と話がしたいかな」
「……わかった」
そこで、なんとなく会話が止まった。いつもはない、緊張感の漂う沈黙だった。無理やり閉じ込めていた先ほどの嫌な予感が、再び鎌首をもたげてきた。
話がしたいと言ってきたにもかかわらず、誉はワイングラスを手で弄んでしばらく黙っていた。しかし、覚悟を決めたかのように顔を上げると、千晃の方を向き、口火を切った。
「千晃」
「……何?」
「……俺……そろそろ新居を探そうかと思って」
「…………」
「いつまでも千晃に世話になるのは悪いし」
もう、1人でも大丈夫だと思うから。そう続けて、誉がニコリと笑顔を見せた。
すぐには返事ができなかった。もちろん、自分たちは付き合っているわけでもないし、家族でもない。一時的に一緒に暮らしているだけだ。だから、誉が出ていきたいと言い出すのは当たり前と言えば当たり前だ。
だが。
そんな理屈では片付けられない「何か」がある。
それを、そんな「何か」を、誉に伝える時ではないだろうか。誉の気持ちはわからない。独りよがりかもしれない。伝えるのが怖くて、長い間しり込みをしてきた。しかし、ここで誉を手放したら、誉を行かせたら、もう二度と誉を手に入れる機会はない予感がする。諦めたくない。誉だけは。
「ここにいたらいい」
「え……?」
誉が驚いたようにこちらを見た。
「別に……出ていくことはない」
「だけど……」
「俺が……いて欲しいんだ」
今だ。もう、はっきりと言ってしまおう。
「……好きだから」
「…………」
これでもかと言うくらい大きな瞳を見開いて、誉が千晃を凝視した。数秒の沈黙の後、恐る恐る確認してくる。
「……今、「好き」って言った?」
「言った」
「嘘だろ……」
「嘘言うわけないだろう。この状況で」
「だけど……」
「だけどなんだ」
「……千晃、触ってこなかっただろ」
「は?」
「今まで、めちゃくちゃチャンスあったのに。ぜんっぜん俺に触ってこなかったじゃん」
「いや、それは、誉が避けていたから」
「避けてない」
「避けてた。そういう雰囲気になるとさりげなく誤魔化してただろ」
「違う。千晃がぜんっぜん興味なさそうだったから、俺が暴走しないように抑えてたんだって」
「ぜんっぜん」の部分を強調しながら、若干膨れっ面で誉が言い返してきた。
ちょっと、待て。
ということは。別に誉は触れられるのが怖いとか、嫌だとかで避けていたわけではなくて。千晃と全く同じように、自分が抑えられなくなったらまずいと思って自制していたということか。つまりそれは。
「……誉」
「ん?」
「誉はどうなんだ?」
「…………」
そう尋ねると、誉は一瞬、迷ったような表情を見せた。が、千晃をじっと見据えると、はっきりと答えた。
「俺も好き」
「…………」
「本当は……千晃にふさわしい人間になってからちゃんと言おうと思ってた。それまでは黙っとこうって。だけど……千晃と一緒に住んでから……その……気持ちがどんどん大きくなって……もうこれ以上は抑えられないなと思った。だから家を出る決心したんだけど」
「……なんだ、それは」
「え?」
「『ふさわしい』って。なんでそうなる」
「だけど、千晃は立派な医者だし。俺はほぼ娼婦みたいな生活してたし……」
「止めろ」
「…………」
千晃は怒りを滲ませて、誉の言葉を遮った。
また、こいつの悪い癖が出ているなと思う。顔をぐっと誉に近づけて誉の瞳を覗き込んだ。
「俺にとって、お前はもったいないくらいのやつだ。誉のおかげで色々と救われたし、俺は……今の、そのままのお前がいい」
「千晃……」
「自分を高めようとするのはいい。だからって、今のお前が出来損ないみたいに言うな。違うんだから」
そう強くはっきりと言うと、誉が瞳を潤ませてこちらを見返してきた。その泣きそうな顔に慌てて付け加える。
「悪い……そんなキツく言うつもりじゃなかった……」
自分も大概学ばないやつだ。また、苛々が先に出て、誉に強く言いすぎた。しかし、誉はふるふると首を振って千晃の言葉を否定した。
「違う……千晃……」
「え?」
「俺、自分を下に見るの止めようって決めたんだけどさ。まだたまにそういう言い方しちゃうみたいで。はっきりと言ってくれて、そのままの俺でいいって言ってくれて嬉しかった」
「…………」
「俺……本当に千晃と会えて良かった……」
「…………」
「ありがとう」
「誉……」
「凄ぇ好き」
誉が笑った。向日葵のような笑顔で。
「誉……」
「ん?」
「嫌だったら言って欲しい。触ってもいいか?」
「……いいよ」
「意味わかってるか?」
「わかってるよ」
「怖くないか?」
矢継ぎ早に質問すると、誉がはははと笑って答えた。
千晃だったら、絶対大丈夫。
「美味かった」
「そう? 喜んでもらえて良かった」
「映画でも見るか?」
「いや……今日は千晃と話がしたいかな」
「……わかった」
そこで、なんとなく会話が止まった。いつもはない、緊張感の漂う沈黙だった。無理やり閉じ込めていた先ほどの嫌な予感が、再び鎌首をもたげてきた。
話がしたいと言ってきたにもかかわらず、誉はワイングラスを手で弄んでしばらく黙っていた。しかし、覚悟を決めたかのように顔を上げると、千晃の方を向き、口火を切った。
「千晃」
「……何?」
「……俺……そろそろ新居を探そうかと思って」
「…………」
「いつまでも千晃に世話になるのは悪いし」
もう、1人でも大丈夫だと思うから。そう続けて、誉がニコリと笑顔を見せた。
すぐには返事ができなかった。もちろん、自分たちは付き合っているわけでもないし、家族でもない。一時的に一緒に暮らしているだけだ。だから、誉が出ていきたいと言い出すのは当たり前と言えば当たり前だ。
だが。
そんな理屈では片付けられない「何か」がある。
それを、そんな「何か」を、誉に伝える時ではないだろうか。誉の気持ちはわからない。独りよがりかもしれない。伝えるのが怖くて、長い間しり込みをしてきた。しかし、ここで誉を手放したら、誉を行かせたら、もう二度と誉を手に入れる機会はない予感がする。諦めたくない。誉だけは。
「ここにいたらいい」
「え……?」
誉が驚いたようにこちらを見た。
「別に……出ていくことはない」
「だけど……」
「俺が……いて欲しいんだ」
今だ。もう、はっきりと言ってしまおう。
「……好きだから」
「…………」
これでもかと言うくらい大きな瞳を見開いて、誉が千晃を凝視した。数秒の沈黙の後、恐る恐る確認してくる。
「……今、「好き」って言った?」
「言った」
「嘘だろ……」
「嘘言うわけないだろう。この状況で」
「だけど……」
「だけどなんだ」
「……千晃、触ってこなかっただろ」
「は?」
「今まで、めちゃくちゃチャンスあったのに。ぜんっぜん俺に触ってこなかったじゃん」
「いや、それは、誉が避けていたから」
「避けてない」
「避けてた。そういう雰囲気になるとさりげなく誤魔化してただろ」
「違う。千晃がぜんっぜん興味なさそうだったから、俺が暴走しないように抑えてたんだって」
「ぜんっぜん」の部分を強調しながら、若干膨れっ面で誉が言い返してきた。
ちょっと、待て。
ということは。別に誉は触れられるのが怖いとか、嫌だとかで避けていたわけではなくて。千晃と全く同じように、自分が抑えられなくなったらまずいと思って自制していたということか。つまりそれは。
「……誉」
「ん?」
「誉はどうなんだ?」
「…………」
そう尋ねると、誉は一瞬、迷ったような表情を見せた。が、千晃をじっと見据えると、はっきりと答えた。
「俺も好き」
「…………」
「本当は……千晃にふさわしい人間になってからちゃんと言おうと思ってた。それまでは黙っとこうって。だけど……千晃と一緒に住んでから……その……気持ちがどんどん大きくなって……もうこれ以上は抑えられないなと思った。だから家を出る決心したんだけど」
「……なんだ、それは」
「え?」
「『ふさわしい』って。なんでそうなる」
「だけど、千晃は立派な医者だし。俺はほぼ娼婦みたいな生活してたし……」
「止めろ」
「…………」
千晃は怒りを滲ませて、誉の言葉を遮った。
また、こいつの悪い癖が出ているなと思う。顔をぐっと誉に近づけて誉の瞳を覗き込んだ。
「俺にとって、お前はもったいないくらいのやつだ。誉のおかげで色々と救われたし、俺は……今の、そのままのお前がいい」
「千晃……」
「自分を高めようとするのはいい。だからって、今のお前が出来損ないみたいに言うな。違うんだから」
そう強くはっきりと言うと、誉が瞳を潤ませてこちらを見返してきた。その泣きそうな顔に慌てて付け加える。
「悪い……そんなキツく言うつもりじゃなかった……」
自分も大概学ばないやつだ。また、苛々が先に出て、誉に強く言いすぎた。しかし、誉はふるふると首を振って千晃の言葉を否定した。
「違う……千晃……」
「え?」
「俺、自分を下に見るの止めようって決めたんだけどさ。まだたまにそういう言い方しちゃうみたいで。はっきりと言ってくれて、そのままの俺でいいって言ってくれて嬉しかった」
「…………」
「俺……本当に千晃と会えて良かった……」
「…………」
「ありがとう」
「誉……」
「凄ぇ好き」
誉が笑った。向日葵のような笑顔で。
「誉……」
「ん?」
「嫌だったら言って欲しい。触ってもいいか?」
「……いいよ」
「意味わかってるか?」
「わかってるよ」
「怖くないか?」
矢継ぎ早に質問すると、誉がはははと笑って答えた。
千晃だったら、絶対大丈夫。
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