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プロローグ
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「先ほどファンヒとおっしゃりましたね、どこかの貴族だとしても、そのような名称はあまり聞きません」
妃なんて名称を使うのは、後宮ぐらいしか思いつかない。
「……それから、ユン様が先ほど」
私がそこまで言ったところで、ユンが声をあげる。
「あぁ、アタシとか他の侍女連中に様はいらないぞ」
話を遮ってまで、言う事ではないのではと思わなくもない。そんな事を思いつつ、私は「わかりました」と頷いて見せる。気を取り直して、話を再開した。
「ユンが先ほど自己紹介した時……護衛と言いました」
「あぁ言ったな、それが?」
「はい、ユンは気づいてなかったかもしれませんでしたが、チュウさんが自称護衛とこっそり訂正していました」
「え?! 自称じゃないぞ! アタシは護衛だ」
ユンは後ろに控えていたチュウに振り返って訴える。チュウはその訴えを「それは置いておくとして」と受け流す様に微笑む。それから私をジッと見つめてきた。
「……聞こえていたんですね、呟いただけのつもりでしたが」
自分でも驚いた。これが話に聞いていた獣憑きの能力らしい。ユンが「置いとくなよ」と騒いでいるけど、私はそれを無視して続ける。
「聞こえてました、チュウさんの言葉を信じるなら」
「いや、私の言葉を信じろよっ」
ユンがたまらなくなったという感じで、話に割って入ってくる。それに対してすかさずミンズーが「いいから」とユンの口を押さえにかかった。私は気にせずに続ける。
「自称護衛と言われてしまうという事は、その仕事を満足に出来ていないという事です……見た感じユンは弱そうには見えませんから、残りの可能性は護衛が必要ないほどここは安全という事、市内であればそれはありえません」
市内なら護衛を雇う余裕があるのなら、雇っておいた方が良い。いるにこしたことは無い。そのくらいの治安だ。後宮であれば、警備がガチガチで個人が護衛を置く必要はまずない。
「それから、メイユー様が医官という単語を使いました」
「……そうだったかしら?」
メイユーが首を傾げながら呟く。それくらい馴染んだ言葉という事だ。その特殊な言い方に馴染んでいるというのが、後宮という特殊な場所にいるという証明になる。
「はい、説明するほどの事ではないかもしれませんが、市内では医官ではなく医者と呼びます」
「言われてみればそうですね」
チュウが頷いた。メイユーも納得したように頷く。
「もう一つも、メイユー様がおっしゃいました」
「私が? 何を言ったかしら?」
楽しくなってきたのか、メイユーが嬉しそうに問い返してくる。これも何気なく使った言葉だから、覚えていないのだろう。
「市内に情報収集者を送っていると言っていました、市内ではない別の場所にいるという意識が無ければ出てこない言葉でしょう」
「あぁ確かにそうね」
ウンウンとメイユーが何度か頷いた。
「それから」
「まだあるのか」
驚いたようにユンが声をあげる。もうこれくらいにした方が良いだろうか。そう思ったところで、メイユーが「せっかくだし最後まで聞きたいわ」と話の続きを促してくれた。ここまで来たら、全部話してしまいたいから助かる。私はメイユーに頷いて見せると言葉を続ける。
「それから、商館の下働きをしていたおかげで、色々な事を見聞きする機会がありました……その中に獣憑きを保護しているもの好きな側妃が後宮にいると聞いた事があります」
「あぁ、私って、もの好きって言われてるのね」
メイユーが面白そうに笑う。失礼と言うほどでもないと思うけど。もう少し言葉を選ぶべきだっただろうか。
私は一度言葉を切ると、まとめに入る。
「ここは護衛がいらないほど安全、ファンヒと名乗った獣憑きを保護する貴婦人、医官という言い方、色々な状況をふまえると、後宮のどこかと判断するのが妥当かと考えました」
少し長くなってしまったが、これが私の考えだ。間違っていないとは思う。それにこれだけ得意げに説明しておいて、後宮ではなかったら恥ずかしすぎる。
「……混乱してると思っていたら、冷静だったわね、しかもかなり聡い」
メイユーが嬉しそうにそう告げた。しかし最後のは言い過ぎである。
「いえ、聡いなど買いかぶりです、そこまでの事は」
「いや、すごいよ、言われてみれば確かにそうだなって納得だし」
ミンズーが納得する様に深く頷いている。メイユーが「本当にそうよ」とそれに同意する声をあげた。
「勿体なきお言葉です」
ちょっと嬉しい。下働きをしている時なら、こんな事をすれば出しゃばるなと叱られてしまう場面だ。顔が少し熱くて、誤魔化すために軽く頭を下げて見せる。
「……ところで」
顔をあげて、そう切り出す。話も終わった事だし、ずっと気になっていた事を切り出す事にした。
「そちらの方はどちら様で?」
「あぁ、気になった? カイレンだと思う、足音からして」
「あぁ? カイレン? 盗み聞きか?」
私の言葉に反応したメンズ―が教えてくれる。次いでユンが顔を歪めて声をあげていた。よく見るとメンズ―も良い顔はしていない。
「……盗み聞きのつもりはなかったのだが」
とてもよく通る声を響かせて、閉められていなかった扉から男が姿を見せた。
妃なんて名称を使うのは、後宮ぐらいしか思いつかない。
「……それから、ユン様が先ほど」
私がそこまで言ったところで、ユンが声をあげる。
「あぁ、アタシとか他の侍女連中に様はいらないぞ」
話を遮ってまで、言う事ではないのではと思わなくもない。そんな事を思いつつ、私は「わかりました」と頷いて見せる。気を取り直して、話を再開した。
「ユンが先ほど自己紹介した時……護衛と言いました」
「あぁ言ったな、それが?」
「はい、ユンは気づいてなかったかもしれませんでしたが、チュウさんが自称護衛とこっそり訂正していました」
「え?! 自称じゃないぞ! アタシは護衛だ」
ユンは後ろに控えていたチュウに振り返って訴える。チュウはその訴えを「それは置いておくとして」と受け流す様に微笑む。それから私をジッと見つめてきた。
「……聞こえていたんですね、呟いただけのつもりでしたが」
自分でも驚いた。これが話に聞いていた獣憑きの能力らしい。ユンが「置いとくなよ」と騒いでいるけど、私はそれを無視して続ける。
「聞こえてました、チュウさんの言葉を信じるなら」
「いや、私の言葉を信じろよっ」
ユンがたまらなくなったという感じで、話に割って入ってくる。それに対してすかさずミンズーが「いいから」とユンの口を押さえにかかった。私は気にせずに続ける。
「自称護衛と言われてしまうという事は、その仕事を満足に出来ていないという事です……見た感じユンは弱そうには見えませんから、残りの可能性は護衛が必要ないほどここは安全という事、市内であればそれはありえません」
市内なら護衛を雇う余裕があるのなら、雇っておいた方が良い。いるにこしたことは無い。そのくらいの治安だ。後宮であれば、警備がガチガチで個人が護衛を置く必要はまずない。
「それから、メイユー様が医官という単語を使いました」
「……そうだったかしら?」
メイユーが首を傾げながら呟く。それくらい馴染んだ言葉という事だ。その特殊な言い方に馴染んでいるというのが、後宮という特殊な場所にいるという証明になる。
「はい、説明するほどの事ではないかもしれませんが、市内では医官ではなく医者と呼びます」
「言われてみればそうですね」
チュウが頷いた。メイユーも納得したように頷く。
「もう一つも、メイユー様がおっしゃいました」
「私が? 何を言ったかしら?」
楽しくなってきたのか、メイユーが嬉しそうに問い返してくる。これも何気なく使った言葉だから、覚えていないのだろう。
「市内に情報収集者を送っていると言っていました、市内ではない別の場所にいるという意識が無ければ出てこない言葉でしょう」
「あぁ確かにそうね」
ウンウンとメイユーが何度か頷いた。
「それから」
「まだあるのか」
驚いたようにユンが声をあげる。もうこれくらいにした方が良いだろうか。そう思ったところで、メイユーが「せっかくだし最後まで聞きたいわ」と話の続きを促してくれた。ここまで来たら、全部話してしまいたいから助かる。私はメイユーに頷いて見せると言葉を続ける。
「それから、商館の下働きをしていたおかげで、色々な事を見聞きする機会がありました……その中に獣憑きを保護しているもの好きな側妃が後宮にいると聞いた事があります」
「あぁ、私って、もの好きって言われてるのね」
メイユーが面白そうに笑う。失礼と言うほどでもないと思うけど。もう少し言葉を選ぶべきだっただろうか。
私は一度言葉を切ると、まとめに入る。
「ここは護衛がいらないほど安全、ファンヒと名乗った獣憑きを保護する貴婦人、医官という言い方、色々な状況をふまえると、後宮のどこかと判断するのが妥当かと考えました」
少し長くなってしまったが、これが私の考えだ。間違っていないとは思う。それにこれだけ得意げに説明しておいて、後宮ではなかったら恥ずかしすぎる。
「……混乱してると思っていたら、冷静だったわね、しかもかなり聡い」
メイユーが嬉しそうにそう告げた。しかし最後のは言い過ぎである。
「いえ、聡いなど買いかぶりです、そこまでの事は」
「いや、すごいよ、言われてみれば確かにそうだなって納得だし」
ミンズーが納得する様に深く頷いている。メイユーが「本当にそうよ」とそれに同意する声をあげた。
「勿体なきお言葉です」
ちょっと嬉しい。下働きをしている時なら、こんな事をすれば出しゃばるなと叱られてしまう場面だ。顔が少し熱くて、誤魔化すために軽く頭を下げて見せる。
「……ところで」
顔をあげて、そう切り出す。話も終わった事だし、ずっと気になっていた事を切り出す事にした。
「そちらの方はどちら様で?」
「あぁ、気になった? カイレンだと思う、足音からして」
「あぁ? カイレン? 盗み聞きか?」
私の言葉に反応したメンズ―が教えてくれる。次いでユンが顔を歪めて声をあげていた。よく見るとメンズ―も良い顔はしていない。
「……盗み聞きのつもりはなかったのだが」
とてもよく通る声を響かせて、閉められていなかった扉から男が姿を見せた。
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