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第二章
147話 埋伏の毒
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「随分大所帯で来たな、レオ=ウィルフリードよ」
「はっ! 陛下。全て本日の議題に必要な人物です」
私は皇帝の前へ他の者より一歩進んだところで跪いた。
皇帝は玉座に君臨し、数段高いところから肩肘をつきながら私を見下ろしている。
その横には皇后も座っているが、相変わらず顔は見えない。
そして今日は皇子たちはいなかった。
皇女が庭を散歩していたのだから彼らがいなくともなんら不自然ではない。
「まずは陛下、遅参をお許しください。何らかのトラブルにより伝達ミスがあったようで私たちも急いで駆けつけたのです」
「それは良い。それよりあの者たちの態度はなんだ」
「は……?」
私は後ろを振り返る。
私の後ろのハオランたち代表団は仁王立ちで皇帝と相対する構えだった。
「……ご説明させて頂きます。ですが陛下のお時間を取らせる訳にはいきません。先に本題に参りましょう。それと関係があります。──先の戦争の結果を陛下はなんと聞いているのでしょうか」
「……我が帝国の圧倒的な勝利、と」
大方予想はついていた。
上司に物事を伝える時は良いように良いようにと伝言ゲームで伝わっていき、一番上に行く頃にはかなりズレたものになるものだ。
「だからお前の連れてきたその者たちは帝国の植民地として国の今後を案じて直訴しに来たのかと思ったが……、まさか違うというのか?」
皇帝の私を見る目は凄みがあり、思わず怖気付いてしまいそうになる。
だが、真実こそ唯一正しいものなのだ。皇帝に戦争の真実を伝えなければならない。私は間違ったことなどしていないのだから。
「此度の戦争に勝者はいません。我ら帝国は亜人・獣人たちと手を取りより強大な敵と立ち向かう時が来たのです。戦争は勝敗を決すことなく、互いの被害を抑えて同盟を結ぶことで終戦と為しました」
「我らは盟友。されば例えこの国の王であろうと我らと対等な立場よ。我らから頭を下げることはない」
人型であっても、竜人族の族長たるハオランの堂々としたその出で立ちは威厳を感じずにはいられない。
「戯け! 何故完膚なきまで叩きのめさなかった!」
皇帝は肘掛けを拳でドスンと叩いた。
叩きのめすまでの戦力を用意せず地方領主たちだけで戦わせ、弱ったところで最後に自ら主力を出した人間の言動とは思えなかった。
とんだ演技派である。
「陛下! 最前線で戦った私は彼らの強さを誰よりも知っているつもりです! 今は争うときではない。それよりも王国や魔王領への兵力を残すべきでしょう。更に言えば協商連合に経済を握られているのも問題です! 私たちは外より内側を見るべきなのです! 亜人や獣人たちの力を借りれば帝国はずっと良くなるはずです!」
私は大袈裟な身振りと共にそう訴えた。
「ふっふっふ……。そう熱くなるな。お前の国を思う気持ちは伝わった。確かに周辺国は厄介事を持ち込むし、魔王領での動きもきな臭いものがあるのも事実だ」
突然不気味に笑いだしたので、その緩急に惑わされる。そして皇帝はやけに小声で話す。
これも何かの心理戦なのだろうか。
「であれば陛下……」
私も先程までの勢いを削がれ、つられたように小声で応じる。
「うむ、お前の作った条文はなかなか良くできていた。戦争で勝ったら欲しかったものを、勝たずに手に入れたのだから、文句はないのだ」
「…………!」
皇帝は突然立ち上がり、宝剣を抜いた。
そしてゆっくりと剣を私の肩に乗せる。
一瞬首が飛ぶのかと思ったが、それはただの臣従儀礼であった。
「褒美を取らそうではないか。レオ=ウィルフリードよ、確かお前は今年で十四であったな?」
「……は? はい、そうです……」
何故皇帝が私なんぞの年齢を知っているのか。それはすぐに分かった。
「余の娘も同じ歳なのだ」
「は、存じ上げておりますが……」
「丁度いい。娘をお前にやろう」
「……は。──え? い、今なんと?」
「我が娘、エルシャをお前にやろうと言っているのだ。十四の今は婚約とし、両者が十五となり成人した日には結婚だ」
「…………え、あ、……ん?」
突拍子もないその内容に私の脳は完全にフリーズした。
まるで戦争の結果などどうでもよかったかのようにすぐ話を切り上げられ、いきなり皇女と婚約……?
孔明と用意してきた亜人・獣人たちと帝国の今後に対する展望の答弁が全ての無駄になり、全く想定外の話題に切り替えられた今、私は一般人以下の反応しかできなかった。
「よもや断るなどとは言うまいな」
「はっ! で、ですが、……あまりに身に余る光栄と申しますか……」
「この宝剣も授けよう。それを公爵の証とするが良い」
皇帝は私に考える隙も与えず、宝剣を鞘に収めわざわざ腰を屈めてまで私に差し出す。
「つっ! つつつ──謹んで拝領致します……?」
私は目の前に差し出された宝剣を両手で受け取る。
宝石が散りばめられ、金で装飾されたそれはやたらと重く実用性に欠いていることは明らかだった。そしてその宝石や金が射し込む光をキラキラ反射して眩しい。
と、このように目の前のことにしか集中できないほどに混乱していた。
「そ、それで亜人・獣人らについては……?」
「ああ、その者たちの無礼は許そう。条約もお前のものそのままでいい。細かい話はまとめて政務官の方に出せ。元老院も賛成するだろう」
「そ、それなら良いのですが……」
これで一安心、なのか……?
目の前の白髭を蓄え冠を被ったこの男のことを、私はどこまで信用していいのか決めあぐねていた。
「では此度の件、その一切をこのカイゼル=フォン=プロメリトスの名のもとに決した! 以後変更は認めない!」
こうして、私がただダラダラと汗を流しその場の雰囲気と皇帝の勢いに呑まれている内に、帝国の、そして私の将来を大きく左右する聖断が下されたのだった。
「はっ! 陛下。全て本日の議題に必要な人物です」
私は皇帝の前へ他の者より一歩進んだところで跪いた。
皇帝は玉座に君臨し、数段高いところから肩肘をつきながら私を見下ろしている。
その横には皇后も座っているが、相変わらず顔は見えない。
そして今日は皇子たちはいなかった。
皇女が庭を散歩していたのだから彼らがいなくともなんら不自然ではない。
「まずは陛下、遅参をお許しください。何らかのトラブルにより伝達ミスがあったようで私たちも急いで駆けつけたのです」
「それは良い。それよりあの者たちの態度はなんだ」
「は……?」
私は後ろを振り返る。
私の後ろのハオランたち代表団は仁王立ちで皇帝と相対する構えだった。
「……ご説明させて頂きます。ですが陛下のお時間を取らせる訳にはいきません。先に本題に参りましょう。それと関係があります。──先の戦争の結果を陛下はなんと聞いているのでしょうか」
「……我が帝国の圧倒的な勝利、と」
大方予想はついていた。
上司に物事を伝える時は良いように良いようにと伝言ゲームで伝わっていき、一番上に行く頃にはかなりズレたものになるものだ。
「だからお前の連れてきたその者たちは帝国の植民地として国の今後を案じて直訴しに来たのかと思ったが……、まさか違うというのか?」
皇帝の私を見る目は凄みがあり、思わず怖気付いてしまいそうになる。
だが、真実こそ唯一正しいものなのだ。皇帝に戦争の真実を伝えなければならない。私は間違ったことなどしていないのだから。
「此度の戦争に勝者はいません。我ら帝国は亜人・獣人たちと手を取りより強大な敵と立ち向かう時が来たのです。戦争は勝敗を決すことなく、互いの被害を抑えて同盟を結ぶことで終戦と為しました」
「我らは盟友。されば例えこの国の王であろうと我らと対等な立場よ。我らから頭を下げることはない」
人型であっても、竜人族の族長たるハオランの堂々としたその出で立ちは威厳を感じずにはいられない。
「戯け! 何故完膚なきまで叩きのめさなかった!」
皇帝は肘掛けを拳でドスンと叩いた。
叩きのめすまでの戦力を用意せず地方領主たちだけで戦わせ、弱ったところで最後に自ら主力を出した人間の言動とは思えなかった。
とんだ演技派である。
「陛下! 最前線で戦った私は彼らの強さを誰よりも知っているつもりです! 今は争うときではない。それよりも王国や魔王領への兵力を残すべきでしょう。更に言えば協商連合に経済を握られているのも問題です! 私たちは外より内側を見るべきなのです! 亜人や獣人たちの力を借りれば帝国はずっと良くなるはずです!」
私は大袈裟な身振りと共にそう訴えた。
「ふっふっふ……。そう熱くなるな。お前の国を思う気持ちは伝わった。確かに周辺国は厄介事を持ち込むし、魔王領での動きもきな臭いものがあるのも事実だ」
突然不気味に笑いだしたので、その緩急に惑わされる。そして皇帝はやけに小声で話す。
これも何かの心理戦なのだろうか。
「であれば陛下……」
私も先程までの勢いを削がれ、つられたように小声で応じる。
「うむ、お前の作った条文はなかなか良くできていた。戦争で勝ったら欲しかったものを、勝たずに手に入れたのだから、文句はないのだ」
「…………!」
皇帝は突然立ち上がり、宝剣を抜いた。
そしてゆっくりと剣を私の肩に乗せる。
一瞬首が飛ぶのかと思ったが、それはただの臣従儀礼であった。
「褒美を取らそうではないか。レオ=ウィルフリードよ、確かお前は今年で十四であったな?」
「……は? はい、そうです……」
何故皇帝が私なんぞの年齢を知っているのか。それはすぐに分かった。
「余の娘も同じ歳なのだ」
「は、存じ上げておりますが……」
「丁度いい。娘をお前にやろう」
「……は。──え? い、今なんと?」
「我が娘、エルシャをお前にやろうと言っているのだ。十四の今は婚約とし、両者が十五となり成人した日には結婚だ」
「…………え、あ、……ん?」
突拍子もないその内容に私の脳は完全にフリーズした。
まるで戦争の結果などどうでもよかったかのようにすぐ話を切り上げられ、いきなり皇女と婚約……?
孔明と用意してきた亜人・獣人たちと帝国の今後に対する展望の答弁が全ての無駄になり、全く想定外の話題に切り替えられた今、私は一般人以下の反応しかできなかった。
「よもや断るなどとは言うまいな」
「はっ! で、ですが、……あまりに身に余る光栄と申しますか……」
「この宝剣も授けよう。それを公爵の証とするが良い」
皇帝は私に考える隙も与えず、宝剣を鞘に収めわざわざ腰を屈めてまで私に差し出す。
「つっ! つつつ──謹んで拝領致します……?」
私は目の前に差し出された宝剣を両手で受け取る。
宝石が散りばめられ、金で装飾されたそれはやたらと重く実用性に欠いていることは明らかだった。そしてその宝石や金が射し込む光をキラキラ反射して眩しい。
と、このように目の前のことにしか集中できないほどに混乱していた。
「そ、それで亜人・獣人らについては……?」
「ああ、その者たちの無礼は許そう。条約もお前のものそのままでいい。細かい話はまとめて政務官の方に出せ。元老院も賛成するだろう」
「そ、それなら良いのですが……」
これで一安心、なのか……?
目の前の白髭を蓄え冠を被ったこの男のことを、私はどこまで信用していいのか決めあぐねていた。
「では此度の件、その一切をこのカイゼル=フォン=プロメリトスの名のもとに決した! 以後変更は認めない!」
こうして、私がただダラダラと汗を流しその場の雰囲気と皇帝の勢いに呑まれている内に、帝国の、そして私の将来を大きく左右する聖断が下されたのだった。
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