“Z”ループ ~タイム・オブ・ザ・デッド~

鷹司

文字の大きさ
28 / 70
第5章 フォース・オブ・ザ・デッド パートⅡ

その7

しおりを挟む
「先生、流玲さんは? 流玲さんは無事なんですか?」

 必死の体で逃げてきたので息も絶え絶えの状態のキザムであったが、今は自分のことよりも流玲の安否の方が気がかりだった。

「あっ、土岐野くん、今宮さんは──」

 先に保健室に入っていた沙世理がなぜかキザムの前方に立ち塞がり、行く手を遮るような素振りを見せた。

「あ、先生、大丈夫です。流玲さんのことは自分で捜しますから」

 流玲の姿を捜すのに夢中のキザムは空返事だけすると、沙世理の脇を抜けて、保健室をぐるりと見回した。しかし、流玲の姿はどこにも見当たらない。

「流玲さん? 流玲さん? どこにいるんだ? 隠れているの? もう出てきても大丈夫だよ」

 流玲からの声はどこからも返ってこない。

「あっ、そうか。そこに隠れているんだね」

 仕切りになっている白いカーテンが目に入った。保健室の中でまだ一ヶ所捜していない場所があることに気が付いたのだ。

「あっ、土岐野くん、そこはダメ! 開けたらダメよ!」

 沙世理が掛けてくる声を無視して、キザムはカーテンに手をやった。そこで違和感が走った。真っ白いカーテンの所々に真っ赤な点々が付着しているのだ。

 背筋にひんやりとした氷の冷気が走り抜けた。沙世理の顔の方に思わず目を向けた。

「土岐野くん……今宮さんはね……」

 沙世理は今まで見たこともないような硬い表情をしている。

「先生……まさか……流玲さんは……流玲さんは……」

 キザムは沙世理の表情から何か良くないことが起きたのだと察した。

「うそですよね……? 先生、うそなんでしょ……? ここに流玲さんはいるんでしょ?」

 沙世理は答えずに、静かに頭を振るのみ。それが意味していることは──。

「うそだ……うそだ……。そんなはずない……。流玲さんはここにいるはずなん……。ここで待っていてくれているはずなんだ……」

 キザムは震え出しそうになる手でしっかりとカーテンの端を掴むと、意を決して思い切り強く引き開けた。

 カーテンレールがカタカタと耳障りな音を立てる。大きく開かれたカーテンの先に見えてきたものは、キザムが昼食を食べた後で必ず休息用に使っているベッド。いつもはしっかりときれいに三台並んで置かれているはずなのに、今はベッドの位置が大きくずれていた。斜めになったベッド。横に転がってしまっているベッド。もうひとつのベッドは完全に裏返ってしまい、ベッドの底が丸見えになっている。プロレスの乱闘騒ぎでも起きなければ、こんなにベッドが移動することはない。

 異変はベッドの移動だけではなかった。

 シーツがグチャグチャに丸まって床に落ちてしまっている。無理やり切り裂かれたようなシーツもあった。枕は無造作に投げ飛ばされでもしたかのように、あちらこちらに散乱している。

 さらに大きな異変があった。ひと目でそれと分かるくらいの大きな異変だ。

 本来は真っ白いはずのシーツにも、同じく真っ白いはずの枕にも、真っ赤な液体がべちゃりと付いていたのである。ゴミひとつ落ちてないくらいに清潔に保たれている保健室の床にも、真っ赤な液体が大量にブチ撒かれていた。壁には現代アートさながらの真っ赤な血飛沫模様の絵が描かれていた。

 そして、何よりもキザムの目を奪ったものがあった。それは──。

「こ、こ、これって……これって……ま、ま、まさか……」

 ベッドの周辺に散らばる赤黒い物体の数々。小さいものだと消しゴムサイズのものから、大きいものでは人の拳大のものまで、形も大きさもバラバラの物体がそこかしこに散らばっている。

 よくよく目を凝らして見れば、それらの物体には血管の一部が絡み付いていたり、白い骨が顔を覗かせていたりしていた。人体模型で見たことある、臓器の形をしているものもあった。

 そう、それらは紛れもなく人間の身体の一部だったのである。切れ味の悪い鉈で力任せに切り刻まれたかのように細かく裁断された人間の肉片が、床やベッドの上などありとあらゆる所に大量に散乱していたのだ。

「う、う、うぐっ……げ、げごっぼっ……うげっ……」

 キザムの喉の奥から酸っぱいものが込み上げてきた。慌てて両手で口を塞ぐ。しかし、肉片から視線だけは離すことが出来なかった。


 こ、こ、この肉片の正体は……無造作に切り裂かれたような、この肉片の正体は……。


 不意に頭がぐらぐらしてきた。前後左右に体が大きく揺れ出す。意識を正常に保つことが出来ない。余りにも凄惨極まりない光景を見て、精神が不安定になってしまったのだ。そのまま膝から力が抜けて、床に崩れ落ちそうになった。

「おい、キザム! 大丈夫か? しっかりするんだっ!」

 すぐ近くでカケルの呼ぶ大きな声が聞こえた。

「カケル……流玲さんが……流玲さんが……ゾンビに食べられて……食べられて……」

 キザムは朦朧とした意識の状態でうわ言のようにつぶやいた。

「キザム! おい、キザム!」

 カケルが倒れそうになるキザムの体を両手で支える。

「キザム、お前がしっかりしないでどうするんだよ? こんなところで倒れている場合じゃないだろう!」

 カケルの叱咤する声が聞こえるが、今のキザムにはもうどうでもいいことだった。保健室に来た目的は、流玲の無事を確認する為だった。その流玲がゾンビの餌食になってしまった以上、もう目的は果たせないのと同じである。


 流玲さんを助けられなかったのならば、この世界で生きていても何も意味はないじゃないか……。


 意識が絶望の深い闇に飲み込まれそうになった。それほどまでに流玲の存在というのが、キザムの中で大きな部分を占めていたのである。そのことに今さらながらにキザムは気が付いたのだった。そして、そんな大切な思いに気が付くのが、余りにも遅すぎたと言わざるをえない状況だった。


 もうこの世界に用はない……。流玲さんがいない世界なんて薄っぺらな紙切れも同じだ……。ぼくはこれからどうしたらいいんだろう……。


 だがそのとき、天啓のように一縷の希望の光が頭に閃いた。


 いや、待てよ……そうか! その『手』があった! 流玲さんがいない世界ならば、『自分の手』でこの世界を変えればいいんだ!


 最悪な方法ではあるが、確実にこの状況を変えうる方法をキザムは探り当てた。

「──なあ、カケル、今すぐぼくを殺してくれよ!」

 それが絶望の底から現実に帰ってきたキザムが吐き出した、最初の言葉だった。

「──キ、キ、キザム……おまえ、いきなり何を言い出すんだよ!」

 カケルもキザムの狂ったような発言を聞いてびっくりしている。

「だって、ぼくが死ねばまた時間がループして、流玲さんが生きている世界に逆戻り出来るはずだろう? 単純なことだったんだよ。ぼくが死ぬだけで良かったんだ。ゲームをリセットするようなもんだよ。──だからカケル、ぼくを殺してくれよ! 今すぐ殺してくれよ!」

 キザムはすがりつくようにカケルの身体を両手で掴んだ。だが、カケルはといえば──。

「それはダメだ!」

 カケルは言下に強い口調で否定した。

「どうしてだよ? まさか、カケルはこの世界のままで良いっていうのか? 流玲さんが殺されたままで良いっていうのか? せっかく流玲さんを生き返らせる方法があるのに、なんで反対するんだよ? なんでぼくの気持ちを分かってくれないんだよ!」

「違う! キザム、そうじゃない! そうじゃないんだ……」

 カケルの顔にはなぜか苦悩の表情が浮いていた。

「それじゃ、どういうことだよ──」

「いいか、お前の身に起きているタイムループ現象は、たしかにお前が死ぬことによって発現している。それはおそらく間違いないことだ。でもな──」

「でも、何だって言うんだ?」

「でも、今回の世界は違うだろう? お前がオレに教えてくれたんだぞ!」

「えっ? ぼくがカケルに教えた……?」

 気持ちの勢いのままカケルに言葉をぶつけていたキザムだったが、カケルの返事を聞いて初めて頭に疑問符が浮かんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」

(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。 王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。 風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...