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16 家族でも恋人でもないけれど

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「公園、行く?」

 と大輝が言ったのは、それからしばらくの後だった。
 きっと、私が黙ってしまったからだろう。
 大輝に申し訳なさが募り、同時に何もできない自分にいら立つ。

 颯麻は「こーえん!」と大声で叫ぶ。

「よし、行くか!」

 大輝がそう言って、立ち上がった。

「覚えてるか? 高校の頃、梓桜が俺んちから帰る時、まだ別れたくないなーって時に寄った公園」

「……うん」

 大輝は、私との思い出を今も大切にしていてくれる。
 それなのに、私は――

 ダメだ、そんなこと。
 今は、大輝の優しさを無下にしちゃいけない。

「しゅー、ある?」

 颯麻に訊かれ、大輝の方を振り向く。

「滑り台、まだあるかな?」

「あるある! 何なら遊具新しくなってて綺麗だぞー」

 大輝は言いながら、仏壇の火の始末をしていた。

 *

 もうすぐお昼だと言うのに、その小さな公園は近所の子供たちなのか小さい子たちで賑わっていた。
 公園までは抱っこをせがんでいた颯麻は、公園に着くや否や「やったー!」と私の腕から降りる。
 そして、新しくなったというカラフルな遊具に向かって一目散に走っていく。

「わ、ちょっと颯麻待ってよ!」

 と言った私の隣。

「颯麻くん、元気だなー」

 すぐに大輝が、笑いながら颯麻を追いかけ始めた。

 私もすぐに二人を追いかける。
 見たところ、遊具には階段が無い。
 代わりに、ボルタリングの壁のような突起がついた坂がついていた。

「しゅー、やる!」

 大輝はそう言う颯麻の両脇を軽々と抱き上げて、遊具の上に持ち上げる。

「ちょっと待ってな」

 そう言うと、自分も颯麻と同じように遊具の上に身軽に登る。

「よし、しゅーするか!」

 大輝はすでに颯麻語を習得したらしい。
 滑り台の上で、颯麻を膝に乗せるとそのまま二人でしゅーっと降りてきた。

「おかえり」

 滑り台の下で待っていた私。笑顔の二人にそう言うと、「おかーり!」と颯麻が言う。

「ただいま、だろ!」

 颯麻を抱きかかえたまま、大輝が颯麻にツッコむ。
 ケラケラ笑ながら、颯麻が「ただーま!」と言う。
 そんな二人の髪の毛が、静電気でふわっと上がっていて思わずふふっと笑ってしまった。

「だーち、もっかい!」

 颯麻がそう言って、走っていく。
 それを大輝が追いかけていく。

 そんな二人は、この公園の親子連れになじんでいる。
 まるで親子のよう。

 もしも大輝が、この子の父親だったら。

 そんなたらればを考えて、ため息を零した。
 私がなりたいのは、ちゃんと一人で立っていられる、独立した大人。
 そうならないと大輝の隣に立てないと、自分で決めたのに。

「あ、あ゛ーーー!」

 突然、息子の泣き声が聞こえてはっとした。

 見れば、颯麻は尻餅をついている。
 颯麻よりもすこし大きな女の子が、おろおろしながら「ごめんね」と颯麻に声を掛けている。
 どうやら、颯麻と女の子がぶつかってしまったらしい。

 慌ててその場へ行くも、大輝が先にさっと息子を抱きかかえる。
 それから、息子を手に抱いたまましゃがんだ。

「おー、謝れるのか。君は偉いなー」

 颯麻をあやすように、その背中をよしよしと撫でながら大輝は女の子にも笑みを向ける。

「大輝!」

 駆け寄ると、颯麻がこちらを見上げて「ママ―!」と手を伸ばす。
 その必死な泣き顔に、私は颯麻を抱き上げた。

「ママとパパ? ごめんなさい、私があっち見てたから――」

 女の子が大輝に向かって言う。
 すると、「すみませーん!」と慌てた声が飛んでくる。
 だっだと走ってきたのは、初老の女性だ。

「ばあば! あのね、私、この子とぶつかっちゃった……」

 言いながら、女の子は泣き出してしまう。
 すると大輝は立ち上がった。

「ちゃんとすぐに謝れる、とても素直な子ですね」

 女性に向かって、二カッとお日さまみたいな笑みを向ける。
 そんな大輝を見ていると、自分の子供のことで精一杯な私はまだまだだな、と思う。

「颯麻、いたいいたい?」

「だーじょーぶ!」

 腕の中の颯麻はそう言うと、「まだあそぶー」とおろせおろせアピールを始めたのだった。


 しばらく遊んでいると、大輝が不意に「げっ」と声を漏らす。
 その視線の先を辿ると、そこには赤い車両が見えた。

「ポンプ車!」

 颯麻が言う間にも、その消防車両に気づいた子供たちがわらわらと公園の端の方へ向かう。
 もちろん、颯麻も例外ではない。
 颯麻がそこに着く頃には、消防ポンプ車は公園の真横で停まっていた。

「あー、この辺の点検日、今日だったか……」

 颯麻の後ろ姿を追う私の隣で、大輝がそう零した。

「点検?」

「そ。消防設備の点検。平日だとやってない店があって、日曜にやる変則的地域だったの忘れてた」

 大輝はそう言いながら、そっと私の影に入る。
 その意味が最初は分からなかったけれど、消防士さんたちがポンプ車から降りてきて、思い知った。

「わー、消防士さんだー!」

 そんな歓声に応えるように、降りてきた紺色の隊服の彼らは公園内に向かって手を振る。
 そんな中。

「あ、隊長と元カノさん」

 と、誰かが口走り。

「はぁー」

 と、大輝が盛大にため息を漏らしたのだ。

 ――あ、これ、見つかっちゃったら面倒くさいやつ!?

 と、私も思うも時既に遅し。
 大輝はさっと公園を出て、ポンプ車の方へ向かってゆく。

 私は颯麻が飛び出さないように抱きかかえて、「ポンプ車ー!」と連呼する息子に「かっこいいね」と声をかけていた。

 けれど、どうしても大輝と消防士さんたちの会話が気になってしまう。
 だから、そっと聞き耳を立てた。

「だから既婚者狙っちゃダメだって言ってるでしょ」

 なんて声が聞こえて、私は思わず苦笑いを浮かべた。


「聞こえてた?」

 しばらくして公園に戻ってきた大輝が、ため息交じりにそう言った。
 取り繕っても仕方ないので、こくりと頷く。

「ごめんな、梓桜」

「あー、うん。別に大丈夫」

「アイツらもアイツらだよな。こんなところで堂々と俺が不倫してるみたいな言い方しなくても……はぁ」

 大輝は言いながら、まだ「ポンプ車ー!」と無邪気に喜ぶ息子に視線を向けた。

「そういうの、話しやすい雰囲気なんでしょ?
 いいじゃん、大輝らしい」

 私が言うと、「でも俺的にはなんかヤダ」とまたため息をついた。

「だって、梓桜のこと好きだし。
 友達しちゃ、距離近いって思われると不審だろ?」

 そうか、消防署内では私は大輝の『元カノ』で『友達』なんだ。
 私がシングルマザーだと言っていないのは、あの日、私が大泣きしてしまったからだろう。
 でも、今はもう、大丈夫。

 だから。

「あの――」

 私はそこにいた、消防士さんに声を掛ける。
 振り向いたのは、橋本さんだった。

「あ、元カノさん!」

 大輝は「言い方、言い方」と小声で橋本さんをバシッと叩く。
 それを、「いいよ」と制して。

「――私、シングルマザーなんです。
 だから、大輝のこと浮気だとか既婚者とか、そんなふうに言わないで欲しくて」

 大輝が悪く言われるのが嫌だから。
 素直に、そういう気持ちだった。

 なのに。

 突然、ぐっと腰を引かれた。
 その反動で、抱っこしていた颯麻がぐいっと身体をねじる。
 面白かったのか、キャッキャと笑っている。

 けれど、大輝の腕が私の腰にしっかりと回って、それで私の心臓は先ほどの2倍も3倍も早く打ち始める。

「で、俺が今アタック中なの」

「え!?」

 堂々と宣言した大輝に、私はそんな声を漏らしてしまった。

 消防ポンプ車が去って行った後。
 大輝の腕から解かれた私は、ほう、と安堵の息をついていた。

 さっきまで、冬だと言うのに顔は汗が出るほど熱かった。
 というのも、橋本さんが戻ってきた他の消防士さんたちに「彼女、フリーなんですって」と、状況を説明。
 すると大輝が、私の腰をよりぐっと抱き寄せて。

「梓桜は俺がアタック中なの。
 だから他の男は彼女を見るの禁止ー。
 ほら、帰った帰った」

 なんて言うから、消防士さんたちに「ひゅーひゅー」とはやし立てられてしまい。

「変な勘違いされるより、堂々としてた方が仕事しやすいから」

 大輝はそう言って、私を開放してくれたのだ。

 ――こんなの、あの頃以来かも。

 ふと、脳裏に浮かんだのは高校の頃の思い出。
 手を繋いで校門を出たところで、友達にはやし立てられた。
 けれど、大輝は「俺がベタ惚れなの」と言い張り、繋いでいた手を掲げて見せてくれた。
 それで、私は真っ赤になって、でもすごく嬉しかった。

 今も、嬉しい気持ちは変わらない。
 けれど、違う。

 私はまだ、大輝の隣に立てるようになってない。
 だから今は、この愛を受け取れない。

 まだせわしなく働く心臓が早く凪ぐように、深呼吸をした。
 颯麻がそんな私の真似をして、すうっと大きく息を吸い込む。

 今は、それだけ。
 それだけで、幸せだ。

 そう、思ったのに。

「というわけで、アタック中の俺から梓桜に提案があります」

「え、何!?」

「今度、デートに行きませんか?
 あ、もちろん颯麻くんも一緒に!」
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