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第一章
突然の訪問者
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扉が勢いよく開いた。冷たい風と一緒に、まぶしい光が差し込む。
「おーい、リセル! やっぱりここにいたな。今日もまた本の虫になってるかと思って来てやったぞ」
その声に私は目を細めながら振り返る。案の定、カイルだった。風に靡く栗色の髪、片手にぶら下げた包み、そしていつもの軽い笑顔。まるで自分の家にでも来たみたいに、ずかずかと部屋の中に入ってくる。
「……カイル。いきなり入ってこないでよ。心臓に悪いんだから」
「お前のことだから、どうせ本棚に埋もれてると思ったんだよ。はい、これ。お土産の焼き菓子、うちの店の新作だって」
私が苦笑しながら立ち上がると、カイルは当然のように包みを手渡してきた。いつもの調子に、つい口元が緩む。
「ありがとう。でも、せめてノックして」
「ノックして返事がなかったら入るけどな?」
「それはノックの意味ないでしょ……」
そんなやり取りの最中、ふとカイルのグリーンの瞳が見開かれる。
「……あ?」
一瞬、空気が変わった。彼の表情が固まる。奥にいたノクと、目が合ったのだ。
「……誰? 知らない顔だけど」
警戒を隠そうともしない声音。私はとっさに、言葉を選びながら答えた。
「えっと、紹介するね。ノクって言うの。お母さんの昔の知り合いの息子で、少しの間ここにいるの」
カイルは目を細めた。
「ふうん。おばさんの知り合い……そんな話、聞いたことないな」
「カイルがうちのこと全部知ってるわけじゃないでしょ」
つい語気が強くなる。でもカイルの視線はノクから逸れない。すると、ノクがゆっくりと立ち上がった。静かに、だが鋭くカイルを見返す。
「……なんだよ、その目。まるで俺が招かれざる客みたいな表情じゃないか」
「誰だって、知らない奴がいきなり入ってきたら警戒するだろ」
ノクの声は低く落ち着いていたが、わずかな棘がある。カイルは何かを言いかけたが、そのまま飲み込んだ。
気まずい沈黙。私は咄嗟に話題を変えようとした。
「ねえ、カイル。今日は町から?」
「ああ、そうそう! それでな、リセル。今うちにセレナが遊びに来てるんだ。だからうちに来ないか?」
「セレナ様が?」
一瞬、息をのんだ。辺境伯のお嬢様のセレナ様は、私みたいな平民が簡単に関わっていい相手じゃない。
「私は、遠慮しておく。セレナ様に失礼だよ」
「なんでだよ。セレナはそんな堅苦しい子じゃない。友達が少なくて退屈してるんだ。リセルが来たら、きっと喜ぶって」
「でも……やっぱりやめておく」
「本当に? 少しだけでも顔出してくれたら……」
私はそっとノクの方を見た。彼は無言で目を伏せていた。それが気になって、私はゆっくりと首を振った。
「ごめんね。今日はちょっと、読みたい本があるの」
「そっか、まあ……そう言う気はしてたけどな」
カイルは苦笑して肩をすくめると、踵を返して扉の方へ歩き出す。そして出る直前、ちらりとノクを一瞥した。
「じゃあ、また来てやるよ。リセル、変な奴には気をつけろよ」
最後の一言に、刺すような棘があった。ノクは黙ってそれを見送った。
扉が閉まると、部屋がしんと静まり返った。私はため息をついてそっと言う。
「……カイル、普段はもうちょっとマシなんだけど。悪気はないんだよ、本当に」
「……あいつは何なんだ」
ノクの低い声。背後から聞こえてきて、私は思わず振り返る。
「ただの幼馴染だよ。家も近くて両親同士も仲良かったから、小さい頃からよく遊んでて」
「やけに馴れ馴れしかったな」
皮肉のような響きに、私は肩をすくめた。
「そういう人なの。誰にでもあんな感じで。でも今日はちょっと、私も驚いた」
ノクはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。
「……リセルには怒ってないよ」
「え?」
「ただ……リセルがあいつといるときの方が、楽しそうに見えたから。なんか、やだなって」
その言葉に、思わずそわそわしてしまう。私は照れくさくなって、わざと明るい声を出した。
「何それ。そんなふうに見えた? でもノクと一緒のときの方が私は楽しいよ」
そう言って、一冊の分厚い本を取り出した。
「ね、今日はこの古代文字の続き、訳してみよう? 昨日の文献、すごく面白かったよね」
「うん」
ノクが静かに私の隣に腰を下ろし、そっと覗き込むようにして本に目を落とした。
その黒髪がふわりと揺れて、頬にかすかに触れる。そのあまりの近さに、心臓が跳ねた。
窓の外では、雪解けの水が静かに流れ、小さな川をつくっていた。
ノクと過ごすこのひとときは、それを上回るほどあたたかく、愛おしく感じられた。
「おーい、リセル! やっぱりここにいたな。今日もまた本の虫になってるかと思って来てやったぞ」
その声に私は目を細めながら振り返る。案の定、カイルだった。風に靡く栗色の髪、片手にぶら下げた包み、そしていつもの軽い笑顔。まるで自分の家にでも来たみたいに、ずかずかと部屋の中に入ってくる。
「……カイル。いきなり入ってこないでよ。心臓に悪いんだから」
「お前のことだから、どうせ本棚に埋もれてると思ったんだよ。はい、これ。お土産の焼き菓子、うちの店の新作だって」
私が苦笑しながら立ち上がると、カイルは当然のように包みを手渡してきた。いつもの調子に、つい口元が緩む。
「ありがとう。でも、せめてノックして」
「ノックして返事がなかったら入るけどな?」
「それはノックの意味ないでしょ……」
そんなやり取りの最中、ふとカイルのグリーンの瞳が見開かれる。
「……あ?」
一瞬、空気が変わった。彼の表情が固まる。奥にいたノクと、目が合ったのだ。
「……誰? 知らない顔だけど」
警戒を隠そうともしない声音。私はとっさに、言葉を選びながら答えた。
「えっと、紹介するね。ノクって言うの。お母さんの昔の知り合いの息子で、少しの間ここにいるの」
カイルは目を細めた。
「ふうん。おばさんの知り合い……そんな話、聞いたことないな」
「カイルがうちのこと全部知ってるわけじゃないでしょ」
つい語気が強くなる。でもカイルの視線はノクから逸れない。すると、ノクがゆっくりと立ち上がった。静かに、だが鋭くカイルを見返す。
「……なんだよ、その目。まるで俺が招かれざる客みたいな表情じゃないか」
「誰だって、知らない奴がいきなり入ってきたら警戒するだろ」
ノクの声は低く落ち着いていたが、わずかな棘がある。カイルは何かを言いかけたが、そのまま飲み込んだ。
気まずい沈黙。私は咄嗟に話題を変えようとした。
「ねえ、カイル。今日は町から?」
「ああ、そうそう! それでな、リセル。今うちにセレナが遊びに来てるんだ。だからうちに来ないか?」
「セレナ様が?」
一瞬、息をのんだ。辺境伯のお嬢様のセレナ様は、私みたいな平民が簡単に関わっていい相手じゃない。
「私は、遠慮しておく。セレナ様に失礼だよ」
「なんでだよ。セレナはそんな堅苦しい子じゃない。友達が少なくて退屈してるんだ。リセルが来たら、きっと喜ぶって」
「でも……やっぱりやめておく」
「本当に? 少しだけでも顔出してくれたら……」
私はそっとノクの方を見た。彼は無言で目を伏せていた。それが気になって、私はゆっくりと首を振った。
「ごめんね。今日はちょっと、読みたい本があるの」
「そっか、まあ……そう言う気はしてたけどな」
カイルは苦笑して肩をすくめると、踵を返して扉の方へ歩き出す。そして出る直前、ちらりとノクを一瞥した。
「じゃあ、また来てやるよ。リセル、変な奴には気をつけろよ」
最後の一言に、刺すような棘があった。ノクは黙ってそれを見送った。
扉が閉まると、部屋がしんと静まり返った。私はため息をついてそっと言う。
「……カイル、普段はもうちょっとマシなんだけど。悪気はないんだよ、本当に」
「……あいつは何なんだ」
ノクの低い声。背後から聞こえてきて、私は思わず振り返る。
「ただの幼馴染だよ。家も近くて両親同士も仲良かったから、小さい頃からよく遊んでて」
「やけに馴れ馴れしかったな」
皮肉のような響きに、私は肩をすくめた。
「そういう人なの。誰にでもあんな感じで。でも今日はちょっと、私も驚いた」
ノクはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。
「……リセルには怒ってないよ」
「え?」
「ただ……リセルがあいつといるときの方が、楽しそうに見えたから。なんか、やだなって」
その言葉に、思わずそわそわしてしまう。私は照れくさくなって、わざと明るい声を出した。
「何それ。そんなふうに見えた? でもノクと一緒のときの方が私は楽しいよ」
そう言って、一冊の分厚い本を取り出した。
「ね、今日はこの古代文字の続き、訳してみよう? 昨日の文献、すごく面白かったよね」
「うん」
ノクが静かに私の隣に腰を下ろし、そっと覗き込むようにして本に目を落とした。
その黒髪がふわりと揺れて、頬にかすかに触れる。そのあまりの近さに、心臓が跳ねた。
窓の外では、雪解けの水が静かに流れ、小さな川をつくっていた。
ノクと過ごすこのひとときは、それを上回るほどあたたかく、愛おしく感じられた。
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