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【第4章】ファイ、バグの名を持つ転校生
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夕方の須田ヶ原学園。
校門の前に立つ少女――ファイは、風で揺れる金色の髪を手で抑えながら、淡々と景色を見つめていた。
その姿は、どこか“新入生”らしい初々しさを残しながらも、制服の着こなし、立ち方、目線の動かし方に一切の隙がない。
彼女は、“この世界に転校してきた”という設定を持ちながら、最初からここにいたかのように存在していた。
だが、彼女の視線の先にいたのは――
学園の外、道路の向こう、電柱の陰にしゃがみこんでいるポテトだった。
ボサボサの髪に色あせたブレザー、パジャマズボンにサンダル。
口元にはポテスピ、目は据わり、身体はやや汗ばんでいる。
「……また、そこにいるんだね」
ファイはポツリと呟いた。
その声に、当然ながらポテトは気づかない。
だが、彼は見ている。常に校門のほうを“監視”しているように見える。
それは、“ヒロインの出入り口”に執着するように。
ファイは、スマホ型の端末を取り出し、操作を始めた。画面には見慣れた赤い点が、いくつも浮かび上がる。
その中心――点滅を続ける一点が、ポテトを示していた。
「やっぱり……君はここに存在してしまうんだ」
その時、通りかかった生徒が言った。
「あれ、まだいたんすか? あの人。怖……」
「先週警察来たんでしょ? さすがにやばくね?」
ファイは、その言葉を聞いても、特に反応を示さなかった。
だが、画面の点はなぜか強く光り出した。
「……観測だけでは、済まされない段階に来てる」
彼女は端末を閉じ、道路を横断した。
そして、ポテトの真正面に立つ。
「君は、“存在すること”そのものが干渉なんだ」
ポテトは視線を上げ、面倒そうにファイを見た。
「……また来たの? マジで俺に惚れてる説ない?」
「違う。“記録されている”から来ただけ」
「……俺のストーリー、誰がログ取ってんの?」
「私。私は君を観測する。それが、ここにいる理由」
ポテトはポテスピをくわえ直しながら、ニヤつく。
「正直言っていい? お前、俺のエンド作るために転校してきたとか、あーね、それしかないよな」
ファイは首を横に振った。
「いいえ。私は、“君の存在がこの世界にどう影響を与えるか”を記録し、修正するために来た。君は、選ばれないバグじゃない。バグを作る発信源」
「……俺が、原因?」
ファイは頷いた。
「そしてそれは、世界にとって、もう無視できない現象になってる」
ポテトはしばらく黙った。が、数秒後にはいつもの調子で言う。
「……俺って、ヤバくね?」
「ヤバいよ。君はもう、“放っておけない存在”になってしまった」
その瞬間、ポテトの顔に浮かんだ笑みは――
誰にも愛されず、誰にも選ばれなかった男が、“必要とされた”という幻想に触れた、歪んだ笑みだった。
その夜、ポテトは久々にパソコンの電源を入れていた。
画面には、エロゲ風のUIを模した自作メモ帳アプリ。そこに彼は、適当なBGMを流しながら、キーボードを叩く。
【POTETO ROUTE:ver0.92β】
ヒロイン:ファイ(観測者・転校生)
目的:選ばれない主人公が、選ばれなくてもヒロインに干渉できるかを検証する
攻略方針:無視されてもへこたれず、勝手に物語を妄想し続ける
「完璧すぎる。なにこれ、神ゲー?」
ポテトは鼻息を荒くしながら、ポテスピを吸う。部屋の空気は最悪だったが、彼のテンションは異様に高い。
「お前の知らないやつだけど、俺さ、最近わかってきたんだわ。ヒロインのストーリーって、関与しなくても“監視”してるだけで影響与えられるんよ」
その論理がどう破綻しているかなんて、ポテトは一切考えない。
むしろ、自分の「視線」や「存在感」こそが、物語を左右するトリガーだと本気で思い込んでいた。
翌日。
彼はまた学園の裏手にいた。制服姿。サンダル。寝癖。
完全に不審者だが、彼自身は「そろそろみんなが俺の正体に気づく頃」と確信している。
そこに、ファイが現れた。
「おはよう」
「うい。てかお前さ、転校してきてどのくらい?」
「三日」
「なのに俺とこうして喋ってるって、ガチで運命じゃね?」
「そうは思わない」
即答だった。
だがポテトは引かない。
「……あーね、ツンデレか。もういいよそういうの慣れてるから。お前の知らないやつだけど、俺、過去に告白されて“無言で逃げられた”女もいるから」
「……それは告白されてないのでは?」
「うっせ。お前は黙ってろ」
ポテトはファイの横に並ぶと、少し距離を詰めて言った。
「てかさ、お前、俺の行動ログとか取ってんだろ? じゃあ今日から“ポテトログ”って名前つけろ。俺が公式になるわ」
ファイは無言で端末を取り出し、何かを記録した。
「君の行動が、世界の演算処理に遅延を生んでる。それは事実」
「ほらな。俺の存在が計算狂わせてんの。“公式じゃない主人公”って、逆においしくね?」
「……つまり、君は“認識されないまま干渉し続けたい”ってこと?」
「違う。“認識されざる干渉者”になりたいの」
ファイは、しばらく黙ったあと、ぽつりと呟いた。
「君のロジックは、常に間違ってる。でも、世界のルールは君の存在を無視できていない」
「だろ? 俺、物語じゃなくて“世界のバグ”なんだって」
そう言って、ポテトは笑った。
その笑顔は、誰からも愛されていないくせに、誰かの物語に爪痕を残せると信じて疑わない男の顔だった。
その週、学園の内部で妙な噂が流れ始めていた。
「裏門に、毎日同じ制服着たおっさんが立ってる」
「誰かの親かと思ったけど、タバコくさいし、視線がキモい」
「話しかけられたらルート消えるらしいよ、“踏んだらバッドエンド”系のNPCってやつ?」
ポテト――彼は知らぬ間に、“都市伝説”としての地位を獲得しつつあった。
が、本人はそれに気づいていない。
「なぁファイ、俺最近“神話”になってね? てか正直言っていい? 存在が逸話になりつつあるよね」
ファイはその日の放課後、学園の裏手でポテトの横に立っていた。
彼女の顔は、前よりも少し疲れているように見えた。
「君の影響で、ヒロインたちの“分岐”が安定しない。選ばれたはずの相手とのイベントが、君の出現でキャンセルされる」
「それな。最近“俺のせいで恋愛失敗してる”って気配、あちこちから感じてるわ。お前の知らないやつだけど、俺の存在って一種の制御装置だからな」
「……その自覚、もう少し早ければ良かったのに」
ポテトはポテスピをくわえ、煙の代わりに言葉を吐いた。
「けど俺、いちプレイヤーとして思うんだよね。“全員に影響与えてる”なら、主人公じゃなくても勝ちじゃね?」
「違う。“君が全員を未完にしている”だけ」
「……は?」
ファイは静かに言い放った。
「誰も完結しない。君が関わることで、ヒロインたちは“迷い”を生む。“未決”のまま進行が止まる。選ばれない君が、選ばれようとする圧だけで、ストーリー全体の動作が詰まってる」
ポテトの口からポテスピが落ちた。
「あのさ、それ、マジで俺“迷惑”ってこと?」
「うん。はっきり言えば、存在そのものが“世界の処理落ち”」
数秒の静寂。
ポテトは口を開くが、すぐに閉じる。
けれど、すぐに思い直したように言い放った。
「それ、超カッコよくね?」
「……え?」
「“処理落ち”って、つまり演算処理が追いつかないほどの存在感ってことだろ? 俺、世界の処理限界超えたってことじゃん?」
ファイはついに、口を押さえて顔を背けた。
「……やっぱり、君の思考バグってる」
「は? ガチレスすると、お前がバグなんじゃね?」
「……否定できないのが辛い」
彼女は少しだけ笑った。
ポテトは、誰かの感情を“動かした”気配に、小さくガッツポーズをとった。
それが本物の感情か、演算のゆらぎか。彼にとってはどちらでもよかった。
“記憶に残るノイズ”こそが、ポテトの求める存在理由だった。
数日後、学園では“ある変化”が起きていた。
それは小さな歪みだった。
ヒロインたちのスケジュールが微妙にズレ、待ち合わせの時間がかぶり、偶然のはずのイベントが中止になり――誰もが、気づかないうちに**“進行しなくなっていた”。**
そしてその中心には、ポテトがいた。
彼は変わらず学園周辺に出没していた。
だが、それはただの徘徊ではなかった。
彼は“ルートの交差点”を把握していた。
そして、“誰と誰が、どこで、どのタイミングでイベントを起こすのか”を完全に記憶していた。
ポテスピを片手に、彼はスケジュール通りに“配置”されていた。
「……正直言っていい? この動き、ガチでラスボスだから」
その日も彼は、学園横の花壇の前に座っていた。
この時間、ここを通るのは――ナツキとその彼氏。
最近少しぎくしゃくしているという噂を聞いたばかり。
ポテトはナツキが近づいてくると、わざと咳払いし、彼女の視界に“偶然”入るように姿勢を変える。
「あ……ポテトくん?」
「おう、お前まだその彼と付き合ってんの?」
「……え、うん……」
「へぇ~。てか正直言っていい? お前、前より笑ってないよな」
ナツキの彼氏が睨みつける。
「何なんすかあんた。つきまといとかマジで警察呼びますよ?」
「しらね。お前の知らないやつだけど、俺、学園のOBな。公式な」
「卒業して4年も経ってる奴が制服着てウロついてるのが“公式”って、意味わかんねーだろ!」
ナツキが慌てて彼氏をなだめながらその場を離れた。
ポテトはポテスピをくわえ直しながら、遠ざかる二人の背中を見て言った。
「はい、また一組バッドエンド候補。ってか、俺が視界に入るだけで不安になるって、もうそれ“攻略対象”じゃね?」
その後、ポテトはファイと再び対面する。
「君、ルート妨害行動、五件目」
「うるせえ。俺がそこに“いただけ”だし。てか、なんで“存在してるだけで世界が壊れる”って、俺、最強じゃね?」
ファイは深いため息をついた。
「君、まるで……“エロゲ界の黒死病”みたいだよ」
「褒めてる?」
「……もうどっちでもいいよ」
ポテトは満足げに笑った。
彼は、自分の存在が“選ばれた結果”ではなく、“選ばれなかった事実”から生まれた現象であると信じていた。
そして、その事実を武器に、物語の構造そのものを揺るがせていた。
夜。ポテトは、自分の部屋の窓を開け放ったまま、スマホのライトも点けずに布団に潜っていた。
布団の中には、ボロボロになったノートがある。
それは、彼が自作している“ルート妄想メモ帳”。
ページの間には、誰にも渡していない“イベント未遂”の記録。
話しかけようとしてやめたあの子。
見かけただけで空気が凍ったその日。
後ろ姿に「声をかければよかった」と1日引きずったこと。
それらすべてが、“ポテトの中のエンディング候補”だった。
彼はそれを一つひとつ、“未遂”のまま残している。
なぜなら――それが一番、美しい敗北だから。
「正直言っていい? 選ばれなかったことが、俺の物語を作ってんの」
その言葉を吐いた時、スマホが振動した。
送信者は――ファイ。
《明日、選択肢を提示する。君が“このままでいるか”を選んでほしい》
ポテトはしばらくそれを見つめた後、寝返りを打った。
「は? 選ばれねぇのに“選ぶ”権利あるとか、神展開じゃん」
それが何を意味するか。どれだけ大きな分岐か。
そんなもの、ポテトにとってはどうでもよかった。
「“選ばれる”以外の方法で、“物語を終わらせる”手段がついに提示された」――それがすべてだった。
翌朝。
ファイは学園裏門でポテトを待っていた。
彼女の手には、例の端末。そして、表示されたログにはこうあった。
《選択肢:大湯がこの世界に“干渉し続ける”/“離脱する”》
それは、ルートの解放でも、ヒロイン攻略でもなかった。
ただ――
“ポテトが、世界に残るかどうか”
その一点だけが問われていた。
そして、ポテトはゆっくりと歩いてきた。
いつものボロい制服、寝癖、サンダル、ポテスピ。
その姿に、ファイは小さく口を開いた。
「選択は……今ここで下して」
ポテトはニヤリと笑う。
「ガチレスすると、俺は――」
光が一瞬、世界を飲み込んだ。
選ばれない男が“選ぶ”物語は、
ここから先、誰のログにも残らない。
校門の前に立つ少女――ファイは、風で揺れる金色の髪を手で抑えながら、淡々と景色を見つめていた。
その姿は、どこか“新入生”らしい初々しさを残しながらも、制服の着こなし、立ち方、目線の動かし方に一切の隙がない。
彼女は、“この世界に転校してきた”という設定を持ちながら、最初からここにいたかのように存在していた。
だが、彼女の視線の先にいたのは――
学園の外、道路の向こう、電柱の陰にしゃがみこんでいるポテトだった。
ボサボサの髪に色あせたブレザー、パジャマズボンにサンダル。
口元にはポテスピ、目は据わり、身体はやや汗ばんでいる。
「……また、そこにいるんだね」
ファイはポツリと呟いた。
その声に、当然ながらポテトは気づかない。
だが、彼は見ている。常に校門のほうを“監視”しているように見える。
それは、“ヒロインの出入り口”に執着するように。
ファイは、スマホ型の端末を取り出し、操作を始めた。画面には見慣れた赤い点が、いくつも浮かび上がる。
その中心――点滅を続ける一点が、ポテトを示していた。
「やっぱり……君はここに存在してしまうんだ」
その時、通りかかった生徒が言った。
「あれ、まだいたんすか? あの人。怖……」
「先週警察来たんでしょ? さすがにやばくね?」
ファイは、その言葉を聞いても、特に反応を示さなかった。
だが、画面の点はなぜか強く光り出した。
「……観測だけでは、済まされない段階に来てる」
彼女は端末を閉じ、道路を横断した。
そして、ポテトの真正面に立つ。
「君は、“存在すること”そのものが干渉なんだ」
ポテトは視線を上げ、面倒そうにファイを見た。
「……また来たの? マジで俺に惚れてる説ない?」
「違う。“記録されている”から来ただけ」
「……俺のストーリー、誰がログ取ってんの?」
「私。私は君を観測する。それが、ここにいる理由」
ポテトはポテスピをくわえ直しながら、ニヤつく。
「正直言っていい? お前、俺のエンド作るために転校してきたとか、あーね、それしかないよな」
ファイは首を横に振った。
「いいえ。私は、“君の存在がこの世界にどう影響を与えるか”を記録し、修正するために来た。君は、選ばれないバグじゃない。バグを作る発信源」
「……俺が、原因?」
ファイは頷いた。
「そしてそれは、世界にとって、もう無視できない現象になってる」
ポテトはしばらく黙った。が、数秒後にはいつもの調子で言う。
「……俺って、ヤバくね?」
「ヤバいよ。君はもう、“放っておけない存在”になってしまった」
その瞬間、ポテトの顔に浮かんだ笑みは――
誰にも愛されず、誰にも選ばれなかった男が、“必要とされた”という幻想に触れた、歪んだ笑みだった。
その夜、ポテトは久々にパソコンの電源を入れていた。
画面には、エロゲ風のUIを模した自作メモ帳アプリ。そこに彼は、適当なBGMを流しながら、キーボードを叩く。
【POTETO ROUTE:ver0.92β】
ヒロイン:ファイ(観測者・転校生)
目的:選ばれない主人公が、選ばれなくてもヒロインに干渉できるかを検証する
攻略方針:無視されてもへこたれず、勝手に物語を妄想し続ける
「完璧すぎる。なにこれ、神ゲー?」
ポテトは鼻息を荒くしながら、ポテスピを吸う。部屋の空気は最悪だったが、彼のテンションは異様に高い。
「お前の知らないやつだけど、俺さ、最近わかってきたんだわ。ヒロインのストーリーって、関与しなくても“監視”してるだけで影響与えられるんよ」
その論理がどう破綻しているかなんて、ポテトは一切考えない。
むしろ、自分の「視線」や「存在感」こそが、物語を左右するトリガーだと本気で思い込んでいた。
翌日。
彼はまた学園の裏手にいた。制服姿。サンダル。寝癖。
完全に不審者だが、彼自身は「そろそろみんなが俺の正体に気づく頃」と確信している。
そこに、ファイが現れた。
「おはよう」
「うい。てかお前さ、転校してきてどのくらい?」
「三日」
「なのに俺とこうして喋ってるって、ガチで運命じゃね?」
「そうは思わない」
即答だった。
だがポテトは引かない。
「……あーね、ツンデレか。もういいよそういうの慣れてるから。お前の知らないやつだけど、俺、過去に告白されて“無言で逃げられた”女もいるから」
「……それは告白されてないのでは?」
「うっせ。お前は黙ってろ」
ポテトはファイの横に並ぶと、少し距離を詰めて言った。
「てかさ、お前、俺の行動ログとか取ってんだろ? じゃあ今日から“ポテトログ”って名前つけろ。俺が公式になるわ」
ファイは無言で端末を取り出し、何かを記録した。
「君の行動が、世界の演算処理に遅延を生んでる。それは事実」
「ほらな。俺の存在が計算狂わせてんの。“公式じゃない主人公”って、逆においしくね?」
「……つまり、君は“認識されないまま干渉し続けたい”ってこと?」
「違う。“認識されざる干渉者”になりたいの」
ファイは、しばらく黙ったあと、ぽつりと呟いた。
「君のロジックは、常に間違ってる。でも、世界のルールは君の存在を無視できていない」
「だろ? 俺、物語じゃなくて“世界のバグ”なんだって」
そう言って、ポテトは笑った。
その笑顔は、誰からも愛されていないくせに、誰かの物語に爪痕を残せると信じて疑わない男の顔だった。
その週、学園の内部で妙な噂が流れ始めていた。
「裏門に、毎日同じ制服着たおっさんが立ってる」
「誰かの親かと思ったけど、タバコくさいし、視線がキモい」
「話しかけられたらルート消えるらしいよ、“踏んだらバッドエンド”系のNPCってやつ?」
ポテト――彼は知らぬ間に、“都市伝説”としての地位を獲得しつつあった。
が、本人はそれに気づいていない。
「なぁファイ、俺最近“神話”になってね? てか正直言っていい? 存在が逸話になりつつあるよね」
ファイはその日の放課後、学園の裏手でポテトの横に立っていた。
彼女の顔は、前よりも少し疲れているように見えた。
「君の影響で、ヒロインたちの“分岐”が安定しない。選ばれたはずの相手とのイベントが、君の出現でキャンセルされる」
「それな。最近“俺のせいで恋愛失敗してる”って気配、あちこちから感じてるわ。お前の知らないやつだけど、俺の存在って一種の制御装置だからな」
「……その自覚、もう少し早ければ良かったのに」
ポテトはポテスピをくわえ、煙の代わりに言葉を吐いた。
「けど俺、いちプレイヤーとして思うんだよね。“全員に影響与えてる”なら、主人公じゃなくても勝ちじゃね?」
「違う。“君が全員を未完にしている”だけ」
「……は?」
ファイは静かに言い放った。
「誰も完結しない。君が関わることで、ヒロインたちは“迷い”を生む。“未決”のまま進行が止まる。選ばれない君が、選ばれようとする圧だけで、ストーリー全体の動作が詰まってる」
ポテトの口からポテスピが落ちた。
「あのさ、それ、マジで俺“迷惑”ってこと?」
「うん。はっきり言えば、存在そのものが“世界の処理落ち”」
数秒の静寂。
ポテトは口を開くが、すぐに閉じる。
けれど、すぐに思い直したように言い放った。
「それ、超カッコよくね?」
「……え?」
「“処理落ち”って、つまり演算処理が追いつかないほどの存在感ってことだろ? 俺、世界の処理限界超えたってことじゃん?」
ファイはついに、口を押さえて顔を背けた。
「……やっぱり、君の思考バグってる」
「は? ガチレスすると、お前がバグなんじゃね?」
「……否定できないのが辛い」
彼女は少しだけ笑った。
ポテトは、誰かの感情を“動かした”気配に、小さくガッツポーズをとった。
それが本物の感情か、演算のゆらぎか。彼にとってはどちらでもよかった。
“記憶に残るノイズ”こそが、ポテトの求める存在理由だった。
数日後、学園では“ある変化”が起きていた。
それは小さな歪みだった。
ヒロインたちのスケジュールが微妙にズレ、待ち合わせの時間がかぶり、偶然のはずのイベントが中止になり――誰もが、気づかないうちに**“進行しなくなっていた”。**
そしてその中心には、ポテトがいた。
彼は変わらず学園周辺に出没していた。
だが、それはただの徘徊ではなかった。
彼は“ルートの交差点”を把握していた。
そして、“誰と誰が、どこで、どのタイミングでイベントを起こすのか”を完全に記憶していた。
ポテスピを片手に、彼はスケジュール通りに“配置”されていた。
「……正直言っていい? この動き、ガチでラスボスだから」
その日も彼は、学園横の花壇の前に座っていた。
この時間、ここを通るのは――ナツキとその彼氏。
最近少しぎくしゃくしているという噂を聞いたばかり。
ポテトはナツキが近づいてくると、わざと咳払いし、彼女の視界に“偶然”入るように姿勢を変える。
「あ……ポテトくん?」
「おう、お前まだその彼と付き合ってんの?」
「……え、うん……」
「へぇ~。てか正直言っていい? お前、前より笑ってないよな」
ナツキの彼氏が睨みつける。
「何なんすかあんた。つきまといとかマジで警察呼びますよ?」
「しらね。お前の知らないやつだけど、俺、学園のOBな。公式な」
「卒業して4年も経ってる奴が制服着てウロついてるのが“公式”って、意味わかんねーだろ!」
ナツキが慌てて彼氏をなだめながらその場を離れた。
ポテトはポテスピをくわえ直しながら、遠ざかる二人の背中を見て言った。
「はい、また一組バッドエンド候補。ってか、俺が視界に入るだけで不安になるって、もうそれ“攻略対象”じゃね?」
その後、ポテトはファイと再び対面する。
「君、ルート妨害行動、五件目」
「うるせえ。俺がそこに“いただけ”だし。てか、なんで“存在してるだけで世界が壊れる”って、俺、最強じゃね?」
ファイは深いため息をついた。
「君、まるで……“エロゲ界の黒死病”みたいだよ」
「褒めてる?」
「……もうどっちでもいいよ」
ポテトは満足げに笑った。
彼は、自分の存在が“選ばれた結果”ではなく、“選ばれなかった事実”から生まれた現象であると信じていた。
そして、その事実を武器に、物語の構造そのものを揺るがせていた。
夜。ポテトは、自分の部屋の窓を開け放ったまま、スマホのライトも点けずに布団に潜っていた。
布団の中には、ボロボロになったノートがある。
それは、彼が自作している“ルート妄想メモ帳”。
ページの間には、誰にも渡していない“イベント未遂”の記録。
話しかけようとしてやめたあの子。
見かけただけで空気が凍ったその日。
後ろ姿に「声をかければよかった」と1日引きずったこと。
それらすべてが、“ポテトの中のエンディング候補”だった。
彼はそれを一つひとつ、“未遂”のまま残している。
なぜなら――それが一番、美しい敗北だから。
「正直言っていい? 選ばれなかったことが、俺の物語を作ってんの」
その言葉を吐いた時、スマホが振動した。
送信者は――ファイ。
《明日、選択肢を提示する。君が“このままでいるか”を選んでほしい》
ポテトはしばらくそれを見つめた後、寝返りを打った。
「は? 選ばれねぇのに“選ぶ”権利あるとか、神展開じゃん」
それが何を意味するか。どれだけ大きな分岐か。
そんなもの、ポテトにとってはどうでもよかった。
「“選ばれる”以外の方法で、“物語を終わらせる”手段がついに提示された」――それがすべてだった。
翌朝。
ファイは学園裏門でポテトを待っていた。
彼女の手には、例の端末。そして、表示されたログにはこうあった。
《選択肢:大湯がこの世界に“干渉し続ける”/“離脱する”》
それは、ルートの解放でも、ヒロイン攻略でもなかった。
ただ――
“ポテトが、世界に残るかどうか”
その一点だけが問われていた。
そして、ポテトはゆっくりと歩いてきた。
いつものボロい制服、寝癖、サンダル、ポテスピ。
その姿に、ファイは小さく口を開いた。
「選択は……今ここで下して」
ポテトはニヤリと笑う。
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