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最終章【牢獄、そして誰も見ていなかった】
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湿気のこもった部屋に、ぐしゃぐしゃの布団。
その中で、ポテトはぴくりと体を動かした。
目が開いた。
まぶたの裏に焼きついていた白い壁が、現実には存在していなかったことに、最初は気づけなかった。
「……は?」
見慣れた天井。
雨の染みと、ガムテープの跡。
「……しらね、え?」
身体を起こすと、脂っぽいシャツが体に張りつく感触があった。
口は乾いていて、舌がネトネトする。
視界はぼやけ、足元にはポテトチップスの空き袋とペットボトルの墓場。
——夢だった。
いや、夢というには、あまりにもリアルで、記憶の奥深くに焼きついている“塀の中”。
あの白く閉ざされた部屋。
神になった気分。
誰にも見られず、ただ“自分だけが真理を知っている”という絶望的な陶酔。
だが、ここは違った。
ゴミだらけのアパートの一室。スマホの画面には未読LINEが1件もない。通知はゼロ。
「……おい」
ポテトは声に出してみた。
ガサついた、枯れた音。タバコの吸いすぎで擦れた声。
「ガチで、ここどこ……俺、いつ寝た?」
記憶はなかった。
ただ、体が重く、意識が濁っている感覚だけが残っている。
起き上がって、空き缶を踏みながら冷蔵庫を開けた。
中には腐ったウインナーと、賞味期限が3ヶ月前のヨーグルト。
しらね、と呟いてウインナーをかじったが、すぐに吐き出した。
「……でもさぁ……俺、マジで“いける気”してんだよね」
根拠のない自信だけは、いつものように戻ってきていた。
ポテスピがない。
吸いたい。
部屋中を漁った。
煙草の吸い殻。焦げたティッシュ。ほこりまみれの茶葉。
拾い集めて、指先で丸める。
「正直言って、これが“ポテスピ・ツー”なんだわ」
ボールペンの芯を加工して、吸い口に詰める。
火をつけた瞬間、ジュッという音とともに、強烈な煙がポテトの顔を包んだ。
「げほっ!! ……ガチで神の煙すぎてやば」
咳が止まらない。涙が出る。喉が焼ける。
だがポテトは、その痛みに満足げな顔をしていた。
「これよ……これが俺。世界を動かすやつってのは、こういう“再誕”から始まるから」
⸻
そして、スマホを取り出す。
画面に表示されたLINEの一覧。
りゅうの名前を見つけて、指を止める。
「金ある?」
たったそれだけを打ち込み、既読がつくのを待つ。
5秒、10秒、30秒。
既読はつかない。
だが、ポテトは構わず口にタバコをくわえ直した。
「ま、あいつが貸さなくても、しらね。誰かしら貸すし。俺って、ガチで人脈えぐいから」
実際、誰ももう貸してはくれない。
かもめは金を貸してくれない
りょうは煽ってくるから関わりたくない
りゅうは返事が来ない
それでも、ポテトは信じていた。
「俺は間違ってねぇ。たまたま世界が俺を見逃してるだけ。今に見とけよ」
—
部屋には異臭が立ち込めていた。
ゴミの山、腐ったカップラーメン、湿ったマットレス。
窓は閉め切られ、換気もされず、ただ“世界から隔離された小さな牢獄”が出来上がっていた。
そこに、タバコの煙が漂い続ける。
——ポテスピ・ツー。
誰にも吸われず、誰にも評価されず、誰にも届かない。
ただ、ポテトだけが、自分の煙に酔っていた。
「俺が世界を引き起こす。お前の知らないやつ、俺しかいねぇから」
その言葉が最後に届いたのは、空っぽの灰皿だった。
完
その中で、ポテトはぴくりと体を動かした。
目が開いた。
まぶたの裏に焼きついていた白い壁が、現実には存在していなかったことに、最初は気づけなかった。
「……は?」
見慣れた天井。
雨の染みと、ガムテープの跡。
「……しらね、え?」
身体を起こすと、脂っぽいシャツが体に張りつく感触があった。
口は乾いていて、舌がネトネトする。
視界はぼやけ、足元にはポテトチップスの空き袋とペットボトルの墓場。
——夢だった。
いや、夢というには、あまりにもリアルで、記憶の奥深くに焼きついている“塀の中”。
あの白く閉ざされた部屋。
神になった気分。
誰にも見られず、ただ“自分だけが真理を知っている”という絶望的な陶酔。
だが、ここは違った。
ゴミだらけのアパートの一室。スマホの画面には未読LINEが1件もない。通知はゼロ。
「……おい」
ポテトは声に出してみた。
ガサついた、枯れた音。タバコの吸いすぎで擦れた声。
「ガチで、ここどこ……俺、いつ寝た?」
記憶はなかった。
ただ、体が重く、意識が濁っている感覚だけが残っている。
起き上がって、空き缶を踏みながら冷蔵庫を開けた。
中には腐ったウインナーと、賞味期限が3ヶ月前のヨーグルト。
しらね、と呟いてウインナーをかじったが、すぐに吐き出した。
「……でもさぁ……俺、マジで“いける気”してんだよね」
根拠のない自信だけは、いつものように戻ってきていた。
ポテスピがない。
吸いたい。
部屋中を漁った。
煙草の吸い殻。焦げたティッシュ。ほこりまみれの茶葉。
拾い集めて、指先で丸める。
「正直言って、これが“ポテスピ・ツー”なんだわ」
ボールペンの芯を加工して、吸い口に詰める。
火をつけた瞬間、ジュッという音とともに、強烈な煙がポテトの顔を包んだ。
「げほっ!! ……ガチで神の煙すぎてやば」
咳が止まらない。涙が出る。喉が焼ける。
だがポテトは、その痛みに満足げな顔をしていた。
「これよ……これが俺。世界を動かすやつってのは、こういう“再誕”から始まるから」
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そして、スマホを取り出す。
画面に表示されたLINEの一覧。
りゅうの名前を見つけて、指を止める。
「金ある?」
たったそれだけを打ち込み、既読がつくのを待つ。
5秒、10秒、30秒。
既読はつかない。
だが、ポテトは構わず口にタバコをくわえ直した。
「ま、あいつが貸さなくても、しらね。誰かしら貸すし。俺って、ガチで人脈えぐいから」
実際、誰ももう貸してはくれない。
かもめは金を貸してくれない
りょうは煽ってくるから関わりたくない
りゅうは返事が来ない
それでも、ポテトは信じていた。
「俺は間違ってねぇ。たまたま世界が俺を見逃してるだけ。今に見とけよ」
—
部屋には異臭が立ち込めていた。
ゴミの山、腐ったカップラーメン、湿ったマットレス。
窓は閉め切られ、換気もされず、ただ“世界から隔離された小さな牢獄”が出来上がっていた。
そこに、タバコの煙が漂い続ける。
——ポテスピ・ツー。
誰にも吸われず、誰にも評価されず、誰にも届かない。
ただ、ポテトだけが、自分の煙に酔っていた。
「俺が世界を引き起こす。お前の知らないやつ、俺しかいねぇから」
その言葉が最後に届いたのは、空っぽの灰皿だった。
完
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