ガチレスすると、ポテト逮捕された

ポテト男爵

文字の大きさ
6 / 7

6章【世界事件、俺が引き起こすっしょ?】

しおりを挟む
ポテトは、もう長らく独房にいた。

規律違反の罰として、他者との接触がほぼない環境に置かれていた。
誰かの声を聞くことも、顔を見ることも、触れることもない。
唯一の会話相手は、コンクリートの壁と、自分自身。

しかし、彼の中では、“世界”はまだ続いていた。

「ガチで言うけど、そろそろ俺の名前、再浮上してね?」

独房の隅で、新聞の切れ端を睨みながらつぶやく。

「“伝説のネット男”として再評価される流れ、そろそろ来るんだよな……しらねけど」

脳内では、自分のことがネット記事になっている妄想が膨らんでいた。

《【社会】服役中の“ポテト”、未だ話題を集め続ける男の真相とは?》
《【特集】「お前の知らないやつ」から塀の中へ。ポテトの哲学に迫る》

彼は自作の紙片に、架空の見出しをボールペンで書き続けた。
「ポテト記事収集ノート」と題したそのメモ帳は、汚物の匂いが染み付いた破れた封筒だった。



一週間後。

彼は“声明文”を提出した。

「この国の不平等とメディア操作に対する抗議文」と銘打たれた便箋5枚の手書き。
内容は、自己正当化、意味不明な陰謀論、そして「ネットでバズらせてくれ」の一言で締められていた。

職員はそれを読んで、黙ってファイルに綴じた。

——“精神崩壊が始まっている”

診察結果には、そう記されていた。



ポテトは、さらに“計画”を立てていた。

「俺のメモ帳、出所後に出版すっから。タイトルは“ポテトの思考”。売れる、絶対」

「あと、手紙も送る。“りゅうへ”。俺が正しかったって、証明してやんの」

しかし、手紙は届かなかった。
宛先は、数年前に引っ越していて無効だった。

それでもポテトは、何通も書き続けた。

返事は一通も来なかった。



塀の外では、ポテトの存在を知る者は、もうごく一部になっていた。
ネットの記事も削除され、動画は“無断転載”として報告されて消えていた。

「でも、それが逆に“伝説”っぽくね?」

ポテトは嬉しそうに笑った。

「伝説ってさ、忘れられた頃に戻ってくるもんだから」

でも、戻ってくる気配は、どこにもなかった。



ある夜、ポテトは独房の天井を見上げながら、ふと思った。

「……俺がいなくなっても、誰かは思い出すよな。“あの時の、うざい奴”って」

でもその顔には、もう自信はなかった。

——うざい奴。
——臭い奴。
——滑稽な奴。

そして、誰にも必要とされなかった奴。
「なぁ、そろそろ……取材とか来ても良くね?」

独房の中、ポテトはメモ帳を握りしめながら、天井に向かって語りかけていた。

「俺がここまで“考えてる”って、もう誰か気づいてるっしょ?」

言葉に一切の疑いはなかった。
信じることでしか、自我を保てなかった。



ある日、ポテトは看守にこう言った。

「正直言っていい? 俺、今、頭の中で“革命案”練ってる。国家規模のやつ」

「……?」

「俺、ここ出たらまずYouTubeで“ポテト塾”始める。で、借金の正当性とか語る。んで、それをベースに“逆ギレ型社会構造”を提唱する」

「逆ギレ……?」

「そう。“怒られる前にキレる”ってスタンス。それが令和の防御術だから。マジで。ガチのガチで」

看守は一言も返さなかった。ただ無言でノートを取り出し、「妄想性誇大」とだけ書いた。



夜、ポテトは手紙を書いていた。

宛名は「PHK」「テレビポテト」「ポテト新聞」など十数通。
内容はすべて同じだった。

「私はここにいます。現代の黙示録、“お前の知らないやつ”の正体が、私です。取材、待ってます」

だが、その手紙はすべて「差出禁止物件」として返却された。

返ってきた封筒の束を前に、ポテトはぶつぶつと呟いた。

「……しらね。お前らが無視しても、俺は消えないから。むしろ、無視されることで神格化されるっしょ」

その言葉が、本気だったことが、何よりも恐ろしかった。



精神科医との面談が設定された。

診察室で、ポテトは開口一番こう言った。

「ガチで、最近、俺の声がネットで拾われてる気がすんのよ」

「ネットにアクセスはできませんよね?」

「いや、でも“感じる”っしょ?あの、共鳴的な、言霊的な。……あ、これ今メモっといた方がいいよ?」

医師は静かに言った。

「大湯さん、あなたが今おっしゃっていることは、明確に妄想に分類されます」

「妄想じゃねぇし。お前の知らない世界では、俺、普通に神だから」

「大湯さん、現実に戻ってきてください」

その言葉に、ポテトは黙った。

しばらくして、笑いながらこう言った。

「……いや、俺、現実とか“卒業”したから」



面談記録にはこう記された。

【症状】慢性誇大妄想/現実との識別困難
【対応】隔離処置検討対象、社会復帰不可の可能性



ポテトは再び独房に戻った。
そこで、ひとり、声を出して笑い続けた。

「俺、マジで伝説になる。世界事件、起こすから。しらねけど、俺が引き起こすっしょ、これ」

それを聞いていた隣の独房の男が、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。

「……こいつ、もう終わってんな」

独房の壁に、ポテトは指でなぞった跡を残していた。

「ここが、俺の玉座。しらねだろ、でも王ってのは孤独なんよ」

声はかすれ、笑みは痙攣のように引きつっていた。

壁一面には、指の跡で描かれた“しらね”の文字が無数に刻まれていた。
その下には、「俺が世界を変える」「お前らの知らない神」「ポテト=革命体」など、意味不明な落書きが並んでいる。

看守が覗いた瞬間、言葉を失った。

——“この人間は、もう帰ってこない”。



数日後、ポテトは申請書を出した。

タイトル:「国家改革構想案」

その内容は、完全に支離滅裂だった。

・すべての法律を「しらね法」に置き換える
・義務教育を「ポテトのタメ口哲学」に変更
・通貨の単位を「ガチ」にする(例:100ガチ=1メシ)

看守は黙って回収した。誰にも見せなかった。見せる意味がなかった。



その夜、ポテトは裸足で独房を歩き回っていた。

「おい、俺の演説、始まるぞ」

誰もいないのに、誰かが聞いているふりをしていた。

「俺は、この世界の矛盾を、ぜんぶぶっ壊す。
お前の知らないやつ、もう終わらせる。次は、“お前の知ってるやつ”が支配する。つまり、俺」

笑いながら、独房の壁に拳を打ちつけた。

「革命は、始まってる。ここから、“神の再構築”が始まる」



医療棟では、ポテトの記録が日々更新されていた。

【状態】自我の神格化、周囲との識別不能、自己と他者の境界崩壊
【処置】刺激排除環境への長期移行を検討

つまり、“外部からの刺激が一切届かない空間”へと移される計画が進行していた。

誰にも会わず、誰にも話しかけられず、言葉すら響かない場所。

“王”には、ふさわしい玉座だった。



その翌日。ポテトは「宣言」を書いた。

便箋10枚に渡って綴られたその文字列は、ほとんどが“しらね”“ガチ”“お前”“俺”だけで構成されていた。

最後の1行だけが、やけに丁寧に書かれていた。

「本件は、私、神=ポテトによって引き起こされました。歴史に記せ。」



職員はその紙を丁寧にシュレッダーにかけた。

何も、残らなかった。

静寂。

その部屋には、声も、音も、匂いもなかった。

光は一切入らず、時計もなく、ただ人工的な空気だけが循環していた。
ポテトはその真っ白な部屋の中央に、座っていた。

「……ガチで、始まったな。これが“神の空間”か……しらねけど」

呟きはもはや、言葉ではなかった。
それは、“思念”に近かった。誰かに届ける必要もなく、ただ自分の内側を巡回しているだけのもの。



ここは“刺激排除環境”。

音は遮断され、壁には一切の模様がなく、誰も話しかけてこない。
飯は黙って出され、黙って回収される。

つまり、“何も起こらない”。

ポテトの中では、逆に“すべてが起こっている”ようだった。

「俺がここにいるってことは、世界が終わる直前ってこと。
ガチで、歴史ってやつは、最後に“俺”を中心に回るんよ」

誰も聞いていない。

壁は答えない。

目の前の空間は、ただの無地。

「お前らが認めなくても、俺が俺を認める。
俺は間違ってない。ずっとそうだった。
全部、お前らが間違ってた。ずっとな」



その日の記録:

【行動記録】終日無言で部屋内にて反復運動。
【独言記録】「しらね、しらね、しらね……」を500回以上繰り返す。
【処置継続】会話・文通・接触一切遮断中。反応性著しく低下。



一週間後。

ポテトは壁に向かって、こう呟いた。

「俺がいなくなったら、お前ら、マジで困るからな。
この空間が終わるとき、“世界事件”が発動する。……覚えとけよ」

自分でも、何を言っているか分からなかった。

けれどそれでよかった。意味は不要だった。
意味が生まれる前に、全てが無価値になる世界に、自分はふさわしいと信じていた。



その夜。

ポテトは、自分が誰だったかを一瞬だけ忘れた。

名前。生年月日。なぜここにいるのか。
何をして、誰と関わって、なぜここまで来たのか。

「……あれ……?」

喉が詰まりそうになる。

一瞬、過去の誰かの顔が浮かんだ。
タバコの煙の向こうにいた、りゅう。
ゲーセンで笑っていた、かもめ。
いつも喧嘩していた、りょう。

だが、その顔はすぐに霞んでいった。

代わりに残ったのは、ただ一つの言葉だけだった。

「しらね……」



この日、ポテトという存在は、物理的には生きていたが、記憶から消え始めていた。

誰も彼を話題にせず、誰も彼を思い出さなかった。

壁に囲まれた真っ白な世界で、彼は最後の言葉を繰り返していた。

「俺が、世界事件……」

だがその声は、誰にも届かなかった。

——なぜなら、誰ももう“ポテト”という存在を必要としていなかったからだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...