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6章【世界事件、俺が引き起こすっしょ?】
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ポテトは、もう長らく独房にいた。
規律違反の罰として、他者との接触がほぼない環境に置かれていた。
誰かの声を聞くことも、顔を見ることも、触れることもない。
唯一の会話相手は、コンクリートの壁と、自分自身。
しかし、彼の中では、“世界”はまだ続いていた。
「ガチで言うけど、そろそろ俺の名前、再浮上してね?」
独房の隅で、新聞の切れ端を睨みながらつぶやく。
「“伝説のネット男”として再評価される流れ、そろそろ来るんだよな……しらねけど」
脳内では、自分のことがネット記事になっている妄想が膨らんでいた。
《【社会】服役中の“ポテト”、未だ話題を集め続ける男の真相とは?》
《【特集】「お前の知らないやつ」から塀の中へ。ポテトの哲学に迫る》
彼は自作の紙片に、架空の見出しをボールペンで書き続けた。
「ポテト記事収集ノート」と題したそのメモ帳は、汚物の匂いが染み付いた破れた封筒だった。
—
一週間後。
彼は“声明文”を提出した。
「この国の不平等とメディア操作に対する抗議文」と銘打たれた便箋5枚の手書き。
内容は、自己正当化、意味不明な陰謀論、そして「ネットでバズらせてくれ」の一言で締められていた。
職員はそれを読んで、黙ってファイルに綴じた。
——“精神崩壊が始まっている”
診察結果には、そう記されていた。
—
ポテトは、さらに“計画”を立てていた。
「俺のメモ帳、出所後に出版すっから。タイトルは“ポテトの思考”。売れる、絶対」
「あと、手紙も送る。“りゅうへ”。俺が正しかったって、証明してやんの」
しかし、手紙は届かなかった。
宛先は、数年前に引っ越していて無効だった。
それでもポテトは、何通も書き続けた。
返事は一通も来なかった。
—
塀の外では、ポテトの存在を知る者は、もうごく一部になっていた。
ネットの記事も削除され、動画は“無断転載”として報告されて消えていた。
「でも、それが逆に“伝説”っぽくね?」
ポテトは嬉しそうに笑った。
「伝説ってさ、忘れられた頃に戻ってくるもんだから」
でも、戻ってくる気配は、どこにもなかった。
—
ある夜、ポテトは独房の天井を見上げながら、ふと思った。
「……俺がいなくなっても、誰かは思い出すよな。“あの時の、うざい奴”って」
でもその顔には、もう自信はなかった。
——うざい奴。
——臭い奴。
——滑稽な奴。
そして、誰にも必要とされなかった奴。
「なぁ、そろそろ……取材とか来ても良くね?」
独房の中、ポテトはメモ帳を握りしめながら、天井に向かって語りかけていた。
「俺がここまで“考えてる”って、もう誰か気づいてるっしょ?」
言葉に一切の疑いはなかった。
信じることでしか、自我を保てなかった。
—
ある日、ポテトは看守にこう言った。
「正直言っていい? 俺、今、頭の中で“革命案”練ってる。国家規模のやつ」
「……?」
「俺、ここ出たらまずYouTubeで“ポテト塾”始める。で、借金の正当性とか語る。んで、それをベースに“逆ギレ型社会構造”を提唱する」
「逆ギレ……?」
「そう。“怒られる前にキレる”ってスタンス。それが令和の防御術だから。マジで。ガチのガチで」
看守は一言も返さなかった。ただ無言でノートを取り出し、「妄想性誇大」とだけ書いた。
—
夜、ポテトは手紙を書いていた。
宛名は「PHK」「テレビポテト」「ポテト新聞」など十数通。
内容はすべて同じだった。
「私はここにいます。現代の黙示録、“お前の知らないやつ”の正体が、私です。取材、待ってます」
だが、その手紙はすべて「差出禁止物件」として返却された。
返ってきた封筒の束を前に、ポテトはぶつぶつと呟いた。
「……しらね。お前らが無視しても、俺は消えないから。むしろ、無視されることで神格化されるっしょ」
その言葉が、本気だったことが、何よりも恐ろしかった。
—
精神科医との面談が設定された。
診察室で、ポテトは開口一番こう言った。
「ガチで、最近、俺の声がネットで拾われてる気がすんのよ」
「ネットにアクセスはできませんよね?」
「いや、でも“感じる”っしょ?あの、共鳴的な、言霊的な。……あ、これ今メモっといた方がいいよ?」
医師は静かに言った。
「大湯さん、あなたが今おっしゃっていることは、明確に妄想に分類されます」
「妄想じゃねぇし。お前の知らない世界では、俺、普通に神だから」
「大湯さん、現実に戻ってきてください」
その言葉に、ポテトは黙った。
しばらくして、笑いながらこう言った。
「……いや、俺、現実とか“卒業”したから」
—
面談記録にはこう記された。
【症状】慢性誇大妄想/現実との識別困難
【対応】隔離処置検討対象、社会復帰不可の可能性
—
ポテトは再び独房に戻った。
そこで、ひとり、声を出して笑い続けた。
「俺、マジで伝説になる。世界事件、起こすから。しらねけど、俺が引き起こすっしょ、これ」
それを聞いていた隣の独房の男が、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。
「……こいつ、もう終わってんな」
独房の壁に、ポテトは指でなぞった跡を残していた。
「ここが、俺の玉座。しらねだろ、でも王ってのは孤独なんよ」
声はかすれ、笑みは痙攣のように引きつっていた。
壁一面には、指の跡で描かれた“しらね”の文字が無数に刻まれていた。
その下には、「俺が世界を変える」「お前らの知らない神」「ポテト=革命体」など、意味不明な落書きが並んでいる。
看守が覗いた瞬間、言葉を失った。
——“この人間は、もう帰ってこない”。
—
数日後、ポテトは申請書を出した。
タイトル:「国家改革構想案」
その内容は、完全に支離滅裂だった。
・すべての法律を「しらね法」に置き換える
・義務教育を「ポテトのタメ口哲学」に変更
・通貨の単位を「ガチ」にする(例:100ガチ=1メシ)
看守は黙って回収した。誰にも見せなかった。見せる意味がなかった。
—
その夜、ポテトは裸足で独房を歩き回っていた。
「おい、俺の演説、始まるぞ」
誰もいないのに、誰かが聞いているふりをしていた。
「俺は、この世界の矛盾を、ぜんぶぶっ壊す。
お前の知らないやつ、もう終わらせる。次は、“お前の知ってるやつ”が支配する。つまり、俺」
笑いながら、独房の壁に拳を打ちつけた。
「革命は、始まってる。ここから、“神の再構築”が始まる」
—
医療棟では、ポテトの記録が日々更新されていた。
【状態】自我の神格化、周囲との識別不能、自己と他者の境界崩壊
【処置】刺激排除環境への長期移行を検討
つまり、“外部からの刺激が一切届かない空間”へと移される計画が進行していた。
誰にも会わず、誰にも話しかけられず、言葉すら響かない場所。
“王”には、ふさわしい玉座だった。
—
その翌日。ポテトは「宣言」を書いた。
便箋10枚に渡って綴られたその文字列は、ほとんどが“しらね”“ガチ”“お前”“俺”だけで構成されていた。
最後の1行だけが、やけに丁寧に書かれていた。
「本件は、私、神=ポテトによって引き起こされました。歴史に記せ。」
—
職員はその紙を丁寧にシュレッダーにかけた。
何も、残らなかった。
静寂。
その部屋には、声も、音も、匂いもなかった。
光は一切入らず、時計もなく、ただ人工的な空気だけが循環していた。
ポテトはその真っ白な部屋の中央に、座っていた。
「……ガチで、始まったな。これが“神の空間”か……しらねけど」
呟きはもはや、言葉ではなかった。
それは、“思念”に近かった。誰かに届ける必要もなく、ただ自分の内側を巡回しているだけのもの。
⸻
ここは“刺激排除環境”。
音は遮断され、壁には一切の模様がなく、誰も話しかけてこない。
飯は黙って出され、黙って回収される。
つまり、“何も起こらない”。
ポテトの中では、逆に“すべてが起こっている”ようだった。
「俺がここにいるってことは、世界が終わる直前ってこと。
ガチで、歴史ってやつは、最後に“俺”を中心に回るんよ」
誰も聞いていない。
壁は答えない。
目の前の空間は、ただの無地。
「お前らが認めなくても、俺が俺を認める。
俺は間違ってない。ずっとそうだった。
全部、お前らが間違ってた。ずっとな」
—
その日の記録:
【行動記録】終日無言で部屋内にて反復運動。
【独言記録】「しらね、しらね、しらね……」を500回以上繰り返す。
【処置継続】会話・文通・接触一切遮断中。反応性著しく低下。
—
一週間後。
ポテトは壁に向かって、こう呟いた。
「俺がいなくなったら、お前ら、マジで困るからな。
この空間が終わるとき、“世界事件”が発動する。……覚えとけよ」
自分でも、何を言っているか分からなかった。
けれどそれでよかった。意味は不要だった。
意味が生まれる前に、全てが無価値になる世界に、自分はふさわしいと信じていた。
—
その夜。
ポテトは、自分が誰だったかを一瞬だけ忘れた。
名前。生年月日。なぜここにいるのか。
何をして、誰と関わって、なぜここまで来たのか。
「……あれ……?」
喉が詰まりそうになる。
一瞬、過去の誰かの顔が浮かんだ。
タバコの煙の向こうにいた、りゅう。
ゲーセンで笑っていた、かもめ。
いつも喧嘩していた、りょう。
だが、その顔はすぐに霞んでいった。
代わりに残ったのは、ただ一つの言葉だけだった。
「しらね……」
—
この日、ポテトという存在は、物理的には生きていたが、記憶から消え始めていた。
誰も彼を話題にせず、誰も彼を思い出さなかった。
壁に囲まれた真っ白な世界で、彼は最後の言葉を繰り返していた。
「俺が、世界事件……」
だがその声は、誰にも届かなかった。
——なぜなら、誰ももう“ポテト”という存在を必要としていなかったからだ。
規律違反の罰として、他者との接触がほぼない環境に置かれていた。
誰かの声を聞くことも、顔を見ることも、触れることもない。
唯一の会話相手は、コンクリートの壁と、自分自身。
しかし、彼の中では、“世界”はまだ続いていた。
「ガチで言うけど、そろそろ俺の名前、再浮上してね?」
独房の隅で、新聞の切れ端を睨みながらつぶやく。
「“伝説のネット男”として再評価される流れ、そろそろ来るんだよな……しらねけど」
脳内では、自分のことがネット記事になっている妄想が膨らんでいた。
《【社会】服役中の“ポテト”、未だ話題を集め続ける男の真相とは?》
《【特集】「お前の知らないやつ」から塀の中へ。ポテトの哲学に迫る》
彼は自作の紙片に、架空の見出しをボールペンで書き続けた。
「ポテト記事収集ノート」と題したそのメモ帳は、汚物の匂いが染み付いた破れた封筒だった。
—
一週間後。
彼は“声明文”を提出した。
「この国の不平等とメディア操作に対する抗議文」と銘打たれた便箋5枚の手書き。
内容は、自己正当化、意味不明な陰謀論、そして「ネットでバズらせてくれ」の一言で締められていた。
職員はそれを読んで、黙ってファイルに綴じた。
——“精神崩壊が始まっている”
診察結果には、そう記されていた。
—
ポテトは、さらに“計画”を立てていた。
「俺のメモ帳、出所後に出版すっから。タイトルは“ポテトの思考”。売れる、絶対」
「あと、手紙も送る。“りゅうへ”。俺が正しかったって、証明してやんの」
しかし、手紙は届かなかった。
宛先は、数年前に引っ越していて無効だった。
それでもポテトは、何通も書き続けた。
返事は一通も来なかった。
—
塀の外では、ポテトの存在を知る者は、もうごく一部になっていた。
ネットの記事も削除され、動画は“無断転載”として報告されて消えていた。
「でも、それが逆に“伝説”っぽくね?」
ポテトは嬉しそうに笑った。
「伝説ってさ、忘れられた頃に戻ってくるもんだから」
でも、戻ってくる気配は、どこにもなかった。
—
ある夜、ポテトは独房の天井を見上げながら、ふと思った。
「……俺がいなくなっても、誰かは思い出すよな。“あの時の、うざい奴”って」
でもその顔には、もう自信はなかった。
——うざい奴。
——臭い奴。
——滑稽な奴。
そして、誰にも必要とされなかった奴。
「なぁ、そろそろ……取材とか来ても良くね?」
独房の中、ポテトはメモ帳を握りしめながら、天井に向かって語りかけていた。
「俺がここまで“考えてる”って、もう誰か気づいてるっしょ?」
言葉に一切の疑いはなかった。
信じることでしか、自我を保てなかった。
—
ある日、ポテトは看守にこう言った。
「正直言っていい? 俺、今、頭の中で“革命案”練ってる。国家規模のやつ」
「……?」
「俺、ここ出たらまずYouTubeで“ポテト塾”始める。で、借金の正当性とか語る。んで、それをベースに“逆ギレ型社会構造”を提唱する」
「逆ギレ……?」
「そう。“怒られる前にキレる”ってスタンス。それが令和の防御術だから。マジで。ガチのガチで」
看守は一言も返さなかった。ただ無言でノートを取り出し、「妄想性誇大」とだけ書いた。
—
夜、ポテトは手紙を書いていた。
宛名は「PHK」「テレビポテト」「ポテト新聞」など十数通。
内容はすべて同じだった。
「私はここにいます。現代の黙示録、“お前の知らないやつ”の正体が、私です。取材、待ってます」
だが、その手紙はすべて「差出禁止物件」として返却された。
返ってきた封筒の束を前に、ポテトはぶつぶつと呟いた。
「……しらね。お前らが無視しても、俺は消えないから。むしろ、無視されることで神格化されるっしょ」
その言葉が、本気だったことが、何よりも恐ろしかった。
—
精神科医との面談が設定された。
診察室で、ポテトは開口一番こう言った。
「ガチで、最近、俺の声がネットで拾われてる気がすんのよ」
「ネットにアクセスはできませんよね?」
「いや、でも“感じる”っしょ?あの、共鳴的な、言霊的な。……あ、これ今メモっといた方がいいよ?」
医師は静かに言った。
「大湯さん、あなたが今おっしゃっていることは、明確に妄想に分類されます」
「妄想じゃねぇし。お前の知らない世界では、俺、普通に神だから」
「大湯さん、現実に戻ってきてください」
その言葉に、ポテトは黙った。
しばらくして、笑いながらこう言った。
「……いや、俺、現実とか“卒業”したから」
—
面談記録にはこう記された。
【症状】慢性誇大妄想/現実との識別困難
【対応】隔離処置検討対象、社会復帰不可の可能性
—
ポテトは再び独房に戻った。
そこで、ひとり、声を出して笑い続けた。
「俺、マジで伝説になる。世界事件、起こすから。しらねけど、俺が引き起こすっしょ、これ」
それを聞いていた隣の独房の男が、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。
「……こいつ、もう終わってんな」
独房の壁に、ポテトは指でなぞった跡を残していた。
「ここが、俺の玉座。しらねだろ、でも王ってのは孤独なんよ」
声はかすれ、笑みは痙攣のように引きつっていた。
壁一面には、指の跡で描かれた“しらね”の文字が無数に刻まれていた。
その下には、「俺が世界を変える」「お前らの知らない神」「ポテト=革命体」など、意味不明な落書きが並んでいる。
看守が覗いた瞬間、言葉を失った。
——“この人間は、もう帰ってこない”。
—
数日後、ポテトは申請書を出した。
タイトル:「国家改革構想案」
その内容は、完全に支離滅裂だった。
・すべての法律を「しらね法」に置き換える
・義務教育を「ポテトのタメ口哲学」に変更
・通貨の単位を「ガチ」にする(例:100ガチ=1メシ)
看守は黙って回収した。誰にも見せなかった。見せる意味がなかった。
—
その夜、ポテトは裸足で独房を歩き回っていた。
「おい、俺の演説、始まるぞ」
誰もいないのに、誰かが聞いているふりをしていた。
「俺は、この世界の矛盾を、ぜんぶぶっ壊す。
お前の知らないやつ、もう終わらせる。次は、“お前の知ってるやつ”が支配する。つまり、俺」
笑いながら、独房の壁に拳を打ちつけた。
「革命は、始まってる。ここから、“神の再構築”が始まる」
—
医療棟では、ポテトの記録が日々更新されていた。
【状態】自我の神格化、周囲との識別不能、自己と他者の境界崩壊
【処置】刺激排除環境への長期移行を検討
つまり、“外部からの刺激が一切届かない空間”へと移される計画が進行していた。
誰にも会わず、誰にも話しかけられず、言葉すら響かない場所。
“王”には、ふさわしい玉座だった。
—
その翌日。ポテトは「宣言」を書いた。
便箋10枚に渡って綴られたその文字列は、ほとんどが“しらね”“ガチ”“お前”“俺”だけで構成されていた。
最後の1行だけが、やけに丁寧に書かれていた。
「本件は、私、神=ポテトによって引き起こされました。歴史に記せ。」
—
職員はその紙を丁寧にシュレッダーにかけた。
何も、残らなかった。
静寂。
その部屋には、声も、音も、匂いもなかった。
光は一切入らず、時計もなく、ただ人工的な空気だけが循環していた。
ポテトはその真っ白な部屋の中央に、座っていた。
「……ガチで、始まったな。これが“神の空間”か……しらねけど」
呟きはもはや、言葉ではなかった。
それは、“思念”に近かった。誰かに届ける必要もなく、ただ自分の内側を巡回しているだけのもの。
⸻
ここは“刺激排除環境”。
音は遮断され、壁には一切の模様がなく、誰も話しかけてこない。
飯は黙って出され、黙って回収される。
つまり、“何も起こらない”。
ポテトの中では、逆に“すべてが起こっている”ようだった。
「俺がここにいるってことは、世界が終わる直前ってこと。
ガチで、歴史ってやつは、最後に“俺”を中心に回るんよ」
誰も聞いていない。
壁は答えない。
目の前の空間は、ただの無地。
「お前らが認めなくても、俺が俺を認める。
俺は間違ってない。ずっとそうだった。
全部、お前らが間違ってた。ずっとな」
—
その日の記録:
【行動記録】終日無言で部屋内にて反復運動。
【独言記録】「しらね、しらね、しらね……」を500回以上繰り返す。
【処置継続】会話・文通・接触一切遮断中。反応性著しく低下。
—
一週間後。
ポテトは壁に向かって、こう呟いた。
「俺がいなくなったら、お前ら、マジで困るからな。
この空間が終わるとき、“世界事件”が発動する。……覚えとけよ」
自分でも、何を言っているか分からなかった。
けれどそれでよかった。意味は不要だった。
意味が生まれる前に、全てが無価値になる世界に、自分はふさわしいと信じていた。
—
その夜。
ポテトは、自分が誰だったかを一瞬だけ忘れた。
名前。生年月日。なぜここにいるのか。
何をして、誰と関わって、なぜここまで来たのか。
「……あれ……?」
喉が詰まりそうになる。
一瞬、過去の誰かの顔が浮かんだ。
タバコの煙の向こうにいた、りゅう。
ゲーセンで笑っていた、かもめ。
いつも喧嘩していた、りょう。
だが、その顔はすぐに霞んでいった。
代わりに残ったのは、ただ一つの言葉だけだった。
「しらね……」
—
この日、ポテトという存在は、物理的には生きていたが、記憶から消え始めていた。
誰も彼を話題にせず、誰も彼を思い出さなかった。
壁に囲まれた真っ白な世界で、彼は最後の言葉を繰り返していた。
「俺が、世界事件……」
だがその声は、誰にも届かなかった。
——なぜなら、誰ももう“ポテト”という存在を必要としていなかったからだ。
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