劣化の最強魔術師 ~学園最弱の魔術師がゴミスキル『劣化コピー』で人知を超えた魔術をコピーした結果~

山外大河

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一章 覚醒の日

7 最悪で最高の戦い方

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 アイリスの術式を発動した瞬間、自分の生きている世界が変わったのではないかと錯覚するような強い力が湧き上がってきた。

 発動したのはシンプルな強化魔術。
 身体能力や肉体の強度、動体視力に至るまで、人間のスペックを著しく向上させる汎用魔術の中でも比較的ポピュラーな術式。
 その上位互換。

 例えそれが著しく劣化した代物でも、目の前のゴーレムを一撃で粉砕できる確信がある。

 だがそれはしない。
 正攻法は取らない。
 これから俺は最悪な戦い方をしようと思う。

 正面から、ゴーレムの拳が迫る。
 この状況で取るべき真っ当な手段は思いつく限り三つ。

 ①機動力を生かして拳を躱す。
 ②強化された筋力を生かして拳で迎え撃つ。
 ③強化魔術と共にアイリスから劣化コピーした結界術で受け止める。

 そうした手段を行使して攻撃を防いで、その後胴体に一撃をぶち込んで終わらせる。
 それが真っ当な戦い方。
 秒でこの追試を終わらせられるやり方。
 だけどそれらは全て破棄して……防ぐ素振りも見せず、俺は一歩も動かない。

「な……ッ!?」

 その一撃を、微動だにせず受け止める。

「……」

 痛くも痒くも無い。何も動じない。そして俺の体に触れて止まっているゴーレムの拳を、右手の人差し指で押し返す。
 それから指に力を込めて。
 拳の中心に向けて。

 デコピンとかいう舐め腐った攻撃を打ち込んだ。
 それだけでゴーレムの腕は胴体から引き千切れ弾き跳ぶ。

「まずは片腕」

 呆然とした表情を浮かべるハゲに向けてそう言って、煽るような言動を更に続ける。

「次はもう片方の腕を貰います」

「い、一体何が……ッ!」

「あの論文に書かれていた魔術を、どうしようもない程に劣化させて得た力でちょっと弾いただけですよ」

「ば、馬鹿な……そんな筈は……ッ」

 良いぞ悩め考えろ、今目の前で何が起きているのかを。
 観客席で見てる馬鹿共もだ。
 この力がどういう物かを理解しろ。

「じゃあ時間もあまりないんで、次行きましょうか」

 言いながら思うけど……ほんと性に合わない。
 自分で実践して肌で感じてやはりこういう戦い方は最悪だと再認識する。

 何かを成し遂げられる実力があるならさっさと決めてしまえば良い。
 それを態々回りくどく、気が済むまで自分の力を見せつけるような。
 そうやって力を誇示してイキリ散らすような戦い方。

 それをましてや貰った力で。盗んだ力で実行したんだ。
 最悪以外の何物でもない。外野で見せつけられると腹が立つ、俺が嫌いなやり方だ。

 だけど今はそれで良い。自分の好き嫌いなんて持ち出すな。
 俺はひとまず、この追試を突破できればそれでいい。

 故に考えるべきはアイリスの事。
 それが最優先。

 だからイキリ散らして。
 貰った力を我が物顔で見せびらかして。
 目立って目立って悪目立ちして。

 見せられるものを見せられるだけ見せて、俺の友達は凄いんだって事を証明するんだ!

 そして地を蹴り追撃を開始。
 次の瞬間、俺は意味も無くゴーレムの背後に回り込む。

 ああ、そうだ。
 正面から叩き潰せるのだから、戦術的にはなんの意味もない無駄な動き。

 ただ早さを見せ付けるだけの、無駄な動きだ。

 ゴーレムはあくまで試験用だからな。
 派手にやるだけじゃいくらでも難癖をつけられそうだし、シンプルに早い動きもできるって所を見せておきたい。

「っらあッ!」

 そしてそのままゴーレムの腕を全力で蹴り上げる。
 そして激しい衝突音と共に砕かれ崩壊したゴーレムの腕は上空へと弾き飛ばされた。

 ……ああ、いい的だ。丁度良い。

 そう判断して、右手にアイリスの魔術で黒色の球体……魔力弾を作り出す。
 それを上空に俟っている腕の残骸に向けて撃ち放つ。
 着弾までの時間は一瞬。
 その一瞬で到達した魔力弾は激しい爆砕音と共にゴーレムの腕を粉々に砕く。

 明らかな火力過多。
 オーバーキル。
 ただ見せ付ける為の一撃。

「……ッ! 図に乗りおって貴様ァ!」

 次の瞬間、ゴーレムの首が180度後ろへ周り、目が発光。
 俺に向けて魔術の光線を打ち込んでくる。

 そんなもん他の連中の試験で使って無かっただろ……完全にブチギレてるな。
 まあそりゃそうか、ここまでコケにされたらブチギレるのも分かる。

 だけどそんな事を冷静に判断できる位には余裕はあって。

「よっと!」

 飛び込み滑るようにゴーレムの股の下を潜って回避。
 そしてすぐさま態勢を立て直して地面を蹴って、態々遠距離の攻撃を誘うように距離を取る、とこちらが望んだ物を放ってくる。
 再び首を180度回転させ、先の光線をもう一撃。

 ……まあ普通に躱せる。
 直で受けてもなんとかなるとは思う。

 だけどそれらはもうやったから、まだ見せていない正攻法を見せびらかしておこう。

 正面に術式を展開。
 そうして現れたのは半透明の黄緑の結界。
 その結界はゴーレムの光線を傷一つ負う事無く受け止める。

 凄いよな、ほんと。
 無茶苦茶劣化してんのに、とんでもねえ硬度だ。

 ……で、次はどうするか。

 俺の劣化コピー固有魔術は無限に術式をコピーできる訳じゃない。
 だから今の自分が持てる限界は精々三つ。その三つをひとまず使い切っている状態にある。
 それでもまだ派手に見せられるようなやり方って何かあるのだろうか。
 一応正面を警戒しながらそんな事を考えていると、ハゲの怒号が響き渡った。

「貴様ァ! さっきから何だその舐め腐った戦い方は! 突然水を得た魚のように好き放題やりおって! 図に乗り過ぎだぞ!」

 ごもっともなキレ方だ。突然こんなイキった戦い方をされたら、立場が逆なら俺も多分イライラする。こういう奴嫌いだし。

「それが自分の力ならまだしもお前の使っているのは人の努力を掠め取った物だろう! 断じてお前が凄い訳ではない! 何を勘違いしているのかは知らないが、お前という人間の無能さは何一つ変わっていないぞ!」

 ごもっとも。
 俺がこんなイキった戦い方をする事を可能にしているのは全部アイリスだ。

 努力したのもアイリス。
 形にしたのもアイリス。
 凄いのはアイリスだ。

 対する俺はこんな碌でもない固有魔術が刻まれる程の碌でもない人間性の、一人では何もできない無能だ。
 ハゲの言う事は正しい。何も間違っていない。

「そうだ! それはお前の力じゃない!」

「お前は俺達と同じフィールドに居る価値の無い無能だ!」

「調子乗んなよボケェッ!」

 だからそんな風に連中から俺へと届く罵詈雑言も全部正しい。

「そうですね。俺は変わらず無能だし、振るったのは俺の力じゃない。人の努力を劣化させてまで掠め取って形にした、褒められた力じゃない代物です」

 認める。
 だけどコイツらの言っている事が正しいという事はだ。

「だからそうやって普通成り立たない程に劣化させてでも無能がイキリ散らせるだけの力を与えてくれたアイリスの術式は凄いって事で良いですよね」

「……そ、それは……ッ!」

「俺が凄い訳じゃねえなら、アイリスが凄いって事で良いよなぁ!」

 言いながら、叫びながら、まだやれる事を少し考えた。
 だけど今即興で思いつく目立つ派手なやり方はもう思いつかなくて。
 ……だったら最後はもうシンプルに決めよう。

「そんな訳で!」

 俺は再び床を全力で蹴って距離を詰める。

「アイリスは追試合格って事でよろしく頼んます!」

 そしてゴーレムの胴体に全力の拳を叩き込み、そして貫いた。
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