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一章 覚醒の日
9 術式を刻むに至るまで
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怒号を背に競技場を出た俺は、出入り口まで迎えに来てくれたアイリスと合流する。
「お疲れ、ユーリ君」
「おう。お疲れ」
そう言って二人で軽くハイタッチ。
……元々、二人でこの関門を突破したいとは思ってはいたんだ。
だけどアイリスから魔術を劣化コピーするまでは、とてもじゃないがこういう風に気楽にハイタッチとかをやれる状況が来るとは思えなくて、なんか感慨深い。
「しっかし凄い戦い方だったね」
「目立ってただろ?」
「良くも悪くもね……全く、意図が読めなきゃ印象最悪だよあの戦い方」
「………………意図、読めました?」
「なんで不安になってるんだい?」
いや、だってああいう戦い方するって事前に言ってなかったし!
だからその、なんというか……不安じゃん!
いやまあ読めてるからそういう事言ってくれたのは冷静になれば分かるんだけどさ。
「ま、まあ伝わったなら良かったよマジで……伝わってた?」
「しつこいな。その辺は安心してくれ。ボクはキミのご家族の次位にはキミの事を理解している自信がある」
……家族の次、か。
アイリスには、俺が家でどういう扱いだったのかは話していない。
この学園に一緒に通っている兄貴の事を含めてだ。
態々空気が重くなるような話はしたくないし。
俺達の間位は気楽な会話が溢れている位が丁度良いと思うんだ。
だからまあ、アイリスは俺の家族の事も良く知らない訳で。
「いや、アイリスが一番俺の事を理解してくれてるよ。ありがとう」
実際、アイリスが一番俺の事を見てくれている。
知ろうとしてくれている。
目を背けないでいてくれる……だからその点に関しては冗談抜きでアイリスが一番だよ。
「そ、そっか……あはは、えっと、どういたしましてで良いのかな……」
そう言ってアイリスは少し顔を赤らめて視線を反らす。
……っていうか俺結構恥ずかしい事言ってなかった!?
というかアイリスが言ってくれた言葉も相当……えーっと……照れるわ改めて考えたら。
……まずいまずい変な勘違いすんなよ俺。
俺達は友達だから。
変な勘違いして踏み込んだら、唯一の友達が居なくなるぞ。
と、とにかく話題を変えよう。
意識を別の話題に向けないとアイリスの顔が見れない。
「そ、それにしても凄かったのは俺の戦い方云々よりお前の魔術だって。なんだアレ。十分の一程度に劣化してあれだけの力が出せんだぜ? 凄すぎだろ」
「そ、そうだろう?」
気分良さそうに胸を張るアイリス。本当に気分が良さそうだ。
まあ当然と言えば当然だと思うよ。
今まで頑張って来たよな。だけど頑張ってきた事、誰からもちっとも評価してもらえなかったもんな。
俺だってお前が頑張っている事は分かっても、頑張ってやって来た事そのものを褒めたりなんて、殆どしてやれなかったもんな。
だからそりゃ……少し褒めて貰えるだけでも嬉しいのは分かる。
……俺だって昔褒められたら嬉しかった。
「ああ。お前は凄い奴だよアイリス」
だからそういう事はちゃんと言葉にしていきたい。
頑張ってる奴は応援したいし、凄い事やった奴には褒めてやりたいし、何か悪いことがあった時には慰めてやりたい。それが友達なら。アイリス相手なら尚更だ。
「……ありがとう」
そう言ってアイリスは笑う。
……ほんとさ、笑って此処を出られそうで良かったよ。
そして一拍空けてからアイリスも言う。
「あの……ユーリ君も凄かったよ」
そんな結構嬉しいことを……だけどだ。
「いや、別に俺は凄くなんてねえよ。凄い事はやったのかもしれねえけど、俺自身は何も凄くはねえんだ」
アイリスが凄いから無能の俺も一緒に凄いように見えている。ただそれだけなんだよな。
だけどアイリスは俺の目を見て言う。
照れだとか、満足そうな表情とか。そういう感情は表情から消えて。
「そう言うと思うから。そんな事を考えていると思ったから言葉にして言っているんだ」
とても真剣な眼差しで。
「ユーリ君はさっきの追試中に言ってたよね。自分は無能だって。固有魔術だって褒められた力じゃないって。アレだって煽る為だけじゃなくて、実際自分でもそう思ってるんじゃないのかい? 今の言葉だってそうだ。前々から思ってはいたけど、ユーリ君は時々自己評価が低くなる時がある」
「低くねえよ。実際正しいだろ。言い方とかはマジで腹立つけど、俺に限って言えばハゲの下した評価は間違ってねえんだ。俺が才能の無い無能なのは変わらなくて、追試を突破できたのもお前の頑張りのお零れを貰っただけに過ぎねえ。俺が凄くなった訳じゃねえよ」
「そんな事ない」
アイリスは俺の目を見て言う。
「ボクの力を引き出させたのは紛れも無いキミの力だ。そしてその力をキミに刻ませたのは他でもないキミの人生の歩みなんだよ。キミがあれだけ戦えたのも、ボクが術式を託せたのも他力本願なんかじゃない。キミが一つ一つ積み上げてきた事が実った結果の筈なんだ。それは……それはキミ自身が凄くなったという事だろう?」
俺自身が……か。
「……でもお前以外からはまともな力を引き出せないんだけど」
「それでもボクの力を振るえるのはユーリ君だけなんだ。他の誰にもできない。キミだけができる。胸を張ったっていいんだ」
「胸を張る……ね」
そう思っても良いのだろうか?
確かに固有魔術は価値観や人間性が反映されて魂に刻まれる。故に俺だからこそ劣化コピーの固有魔術が刻まれ、俺だからこそアイリスの力を引き出せた。それが俺でなければできない事で……結果が着いて来ているのだから、胸を張っても良いのだろうか?
「……やっぱ胸を張れるような事ではねえよ」
「中々強情だね」
「そりゃ強情にもなるって。中々受け入れがたいんだ」
そもそもこの力が強いか弱いか。この力を得た俺が有能か無能か以前の話。
「あのハゲも言ってたけど、このスキルは他人が積み上げた努力を掠め取る。やってる事は誉められた事じゃなくて……まあ、そういう力が刻まれるってのがどういう事かを考えると、あんまり良い気分じゃねえよな」
俺がそういう人間だから、そんなスキルが刻まれた。
それで胸を張れるかと言われれば俺は張れない。
寧ろ凄い凄くないよりもこれが酷く重い。
だけどアイリスは言う。
「ユーリ君はアレだね。自分の事を良く理解していないんじゃないかな?」
「理解……してるつもりなんだけどな」
「いや、出来てないよ……少なくともキミにそういうスキルが刻まれるに至った理由は、キミが考えているようなネガティブな理由じゃない筈だ」
「そう……かな?」
「そうだとボクは思ってる」
そう言って貰えて、アイリスがそう言うならそんな気がして。
そう思いたくて。
だけど俺の一体どういう所が反映されてこの力が刻まれたのだろうかと。
そんな事を考え始めた所で、アイリスが自分なりの根拠のような物を述べだす。
「ユーリ君はさ、魔術の才能が無いよね」
「なんで俺急にディスられてんの?」
「いや、別に悪口言ってる訳じゃなくてね……あ、いや、これ駄目だ。どう聞いても悪口にしか聞こえない! ごめ、あの、そういうのとはちがくて……とにかくごめん!」
「あ、いや、分かる! それは分かる分かってる! いや、緩急鋭すぎるからちょっと動揺したけどその辺は分かる! なんか、なんかあるんだよな!」
「あ、うん……まあ、そんな感じ」
「だ、だよな」
逆にそうじゃなかったら困る。後で一人で泣いちゃうよ?
「それで……俺の魔術の才能がどうした?」
「あ、うん……そうだね。じゃあ……改めて」
改めてアイリスは言う。
「まあ……えーっと……」
「俺に魔術の才能が無い。それで?」
「……それでも、ユーリ君はこの学園に入学してきた。知ってると思うけど結構倍率高いんだよ? それでも才能ある優秀な人達を押しのけて補欠合格にまで漕ぎ着けた。それは相当な努力をしないと絶対に出来ない事だと思う。それこそそれ相応のね。そして今だって頑張っているのをボクは知っている」
「……」
「例えどれだけ時間が掛かっても。やるだけやって思うような感じにならなくても。それでもユーリ君は最低限形にしてきた。今だって人よりも誰よりも必死にそういう事をやっている。例えうまく行かなくても。うまく行かなくても。うまく行かなくても諦めずのに誰よりもだ。ボクはそれを知っている」
そして、とアイリスは言う。
「既存の魔術を覚えるって言うのは模倣だよ。先人のコピーだ。それをうまく形に出来なくてもそれでも最低限形にするのは、ある意味劣化コピーと言っても良いのかもしれない」
そして纏めるように、アイリスは言う。
「良い意味で劣化コピーはキミの頑張ってきた証じゃないのかい?」
「……」
実際の所、アイリスが言ってくれた言葉が正しいかどうかは分からない。
才能があろうとなかろうと、誰でも各々がやれる範囲での努力は積み重ねている筈で。
俺がやって来た事は別に、俺だけがやってきた特別な事ではないから。
有り余る才能がある兄貴ですらやっているような、やれるまでやるという当たり前の努力を積み重ねてきただけなのだから。
だから不十分だ。
ただそうだったら良いなというような話。
希望的な仮説止まり。
それでこの固有魔術が刻まれたのかどうかなんてのは分からない。
そもそもきっと答えは存在するのだろうけど、その答えを俺達が知る事は出来ないんだから、どれだけ推測しようとも、仮説を立てようとも、そこから先へ進む事は出来ない。
……それでも。寧ろ、はっきりとした事が分からないからこそ。
「もう一度言う。ユーリ君はちゃんと凄いよ。だから卑屈になるな。堂々としていこう。ボクの友達は凄いんだって、ボクにも胸を張らせてくれ」
そう思う事にしようって、前向きな事を考える事ができた。
俺の卑屈な考えよりも。
正論のように聞こえるハゲやあの連中の言葉よりも。
俺の事をちゃんと見てくれている、俺が信じたい友達の言葉を受け入れようと思った。
受け入れたいと思った。
それはもしかするとただの現実逃避なのかもしれないけれど……それでも。
それでもそれが逃避だとしても、きっと悪い物では無いと思う。
そんな事を言って貰えた。言わせるくらい心配を掛けているんだ。
「そっか……お前がそう言ってくれるならそうなんだろうな。よし! そういう事にしとこう! 折角色々うまく行ったんだ。暗い事考えんのは終わり!」
前向きに受け入れて頑張っていかないと、アイリスに失礼だ。
だからちゃんとアイリスにとって自慢できる友達でいたいと思う。
「俺はすげえって事で。堂々とドヤっていくよ」
そう言って俺はアイリスに向けてピースサインを出す。
当然虚勢だ。頑張ってそう振る舞っているだけ。だけどそれでいい。
それでいいんだ。
「よし、その調子だ。いつもの感じに戻ったね」
「お前のおかげだよ」
「どういたしまして」
そう言って笑うアイリスの笑顔だけは裏切りたくない。
だから一体どんな代物をどんな理由で刻もうとも、この感情はより深く刻み込め。
その為にも俺は凄いんだって思い込む努力をしよう。
「……さて」
一通り俺の沈んでいた気持ちを引っ張り上げる為のやり取りを終えたアイリスは言う。
「とりあえずボクの術式とキミのスキルでボク達は追試を突破した……まあ色々と揉めてた感じだけど、多分大丈夫だろう」
「だな。で、ブルーノ先生だったよな? あの先生も言ってたけど、いくらでも立証が可能なんだ。最悪もうちょっと揉めてもゴリ押せるだろ」
「だね。つまりボク達の大勝利って訳だ」
「そういう事。文句の付けようのねえ大勝利だよ」
「だったら祝勝会しないとね」
「祝勝会?」
「おいおいすっとぼけるなよ。キミが最初に言い出したんだぞ」
「あぁ……言ったな。言ってたわ」
なんかもう色々と大変な状況だったからさ、そんな事言ってたのすっかり忘れてた。
「っしゃあ! じゃあ祝勝会すっか!」
「おー!」
正直具体的に何処で何をするとかは全く考えていないけれど、ちゃんと祝っておかないとな。
折角アイリスが認められたんだからさ。
それと……自分も凄いから勝ったんだと少しでも思い込む為にもさ、何かやっておいた方が良い。
「で、どうする? どっか良い感じの所に飯でも食いに行く?」
「いいね。でも料理作るだけ作って部屋でゆっくり祝勝会ってのも良くないかい?」
「確かに。外で飯食ってて顔会わせたくねえ連中と鉢合わせたりしたりしてもやだしな……これ部屋でやった方が良いか」
競技場を後にしながら、今日これからの事を二人で話していく。
とりあえずは主に祝勝会の話だ。
「じゃあそれでいこうか」
「あ、でもちょっと待ってくれ。俺料理できねえから手伝える事以外基本アイリスに任せる感じになるんだけど、なんつーか、祝勝会なのにお前大変じゃねえ?」
「いや、ボク趣味料理だし大丈夫……なんて事言ってもキミは気にするだろうしね。よし、買い物したら荷物は八割程持ってくれ」
「全部じゃなくて良いのかよ」
「料理の方少し手伝ってくれるんだろう? これで良い感じにバランス取れるじゃないか」
「なるほど、天才じゃん」
「天才だろう?」
そう言って少しドヤって胸を張るアイリスと、そのまま買い出しへと向かう事にした。
結局そうして決められたバランスの取れた役割分担は、いざその後時間を潰してから買い物に行った時、自然な流れで俺が全部荷物持ってた辺りで崩壊したし、その後の調理もそもそも手伝う隙が無かったりしてた訳で、完全に無駄になった訳だけど。
……まあ、バランスは取れてた訳で。
そんな風にこれからも持ちつ持たれつ行こうと思うよ。
「お疲れ、ユーリ君」
「おう。お疲れ」
そう言って二人で軽くハイタッチ。
……元々、二人でこの関門を突破したいとは思ってはいたんだ。
だけどアイリスから魔術を劣化コピーするまでは、とてもじゃないがこういう風に気楽にハイタッチとかをやれる状況が来るとは思えなくて、なんか感慨深い。
「しっかし凄い戦い方だったね」
「目立ってただろ?」
「良くも悪くもね……全く、意図が読めなきゃ印象最悪だよあの戦い方」
「………………意図、読めました?」
「なんで不安になってるんだい?」
いや、だってああいう戦い方するって事前に言ってなかったし!
だからその、なんというか……不安じゃん!
いやまあ読めてるからそういう事言ってくれたのは冷静になれば分かるんだけどさ。
「ま、まあ伝わったなら良かったよマジで……伝わってた?」
「しつこいな。その辺は安心してくれ。ボクはキミのご家族の次位にはキミの事を理解している自信がある」
……家族の次、か。
アイリスには、俺が家でどういう扱いだったのかは話していない。
この学園に一緒に通っている兄貴の事を含めてだ。
態々空気が重くなるような話はしたくないし。
俺達の間位は気楽な会話が溢れている位が丁度良いと思うんだ。
だからまあ、アイリスは俺の家族の事も良く知らない訳で。
「いや、アイリスが一番俺の事を理解してくれてるよ。ありがとう」
実際、アイリスが一番俺の事を見てくれている。
知ろうとしてくれている。
目を背けないでいてくれる……だからその点に関しては冗談抜きでアイリスが一番だよ。
「そ、そっか……あはは、えっと、どういたしましてで良いのかな……」
そう言ってアイリスは少し顔を赤らめて視線を反らす。
……っていうか俺結構恥ずかしい事言ってなかった!?
というかアイリスが言ってくれた言葉も相当……えーっと……照れるわ改めて考えたら。
……まずいまずい変な勘違いすんなよ俺。
俺達は友達だから。
変な勘違いして踏み込んだら、唯一の友達が居なくなるぞ。
と、とにかく話題を変えよう。
意識を別の話題に向けないとアイリスの顔が見れない。
「そ、それにしても凄かったのは俺の戦い方云々よりお前の魔術だって。なんだアレ。十分の一程度に劣化してあれだけの力が出せんだぜ? 凄すぎだろ」
「そ、そうだろう?」
気分良さそうに胸を張るアイリス。本当に気分が良さそうだ。
まあ当然と言えば当然だと思うよ。
今まで頑張って来たよな。だけど頑張ってきた事、誰からもちっとも評価してもらえなかったもんな。
俺だってお前が頑張っている事は分かっても、頑張ってやって来た事そのものを褒めたりなんて、殆どしてやれなかったもんな。
だからそりゃ……少し褒めて貰えるだけでも嬉しいのは分かる。
……俺だって昔褒められたら嬉しかった。
「ああ。お前は凄い奴だよアイリス」
だからそういう事はちゃんと言葉にしていきたい。
頑張ってる奴は応援したいし、凄い事やった奴には褒めてやりたいし、何か悪いことがあった時には慰めてやりたい。それが友達なら。アイリス相手なら尚更だ。
「……ありがとう」
そう言ってアイリスは笑う。
……ほんとさ、笑って此処を出られそうで良かったよ。
そして一拍空けてからアイリスも言う。
「あの……ユーリ君も凄かったよ」
そんな結構嬉しいことを……だけどだ。
「いや、別に俺は凄くなんてねえよ。凄い事はやったのかもしれねえけど、俺自身は何も凄くはねえんだ」
アイリスが凄いから無能の俺も一緒に凄いように見えている。ただそれだけなんだよな。
だけどアイリスは俺の目を見て言う。
照れだとか、満足そうな表情とか。そういう感情は表情から消えて。
「そう言うと思うから。そんな事を考えていると思ったから言葉にして言っているんだ」
とても真剣な眼差しで。
「ユーリ君はさっきの追試中に言ってたよね。自分は無能だって。固有魔術だって褒められた力じゃないって。アレだって煽る為だけじゃなくて、実際自分でもそう思ってるんじゃないのかい? 今の言葉だってそうだ。前々から思ってはいたけど、ユーリ君は時々自己評価が低くなる時がある」
「低くねえよ。実際正しいだろ。言い方とかはマジで腹立つけど、俺に限って言えばハゲの下した評価は間違ってねえんだ。俺が才能の無い無能なのは変わらなくて、追試を突破できたのもお前の頑張りのお零れを貰っただけに過ぎねえ。俺が凄くなった訳じゃねえよ」
「そんな事ない」
アイリスは俺の目を見て言う。
「ボクの力を引き出させたのは紛れも無いキミの力だ。そしてその力をキミに刻ませたのは他でもないキミの人生の歩みなんだよ。キミがあれだけ戦えたのも、ボクが術式を託せたのも他力本願なんかじゃない。キミが一つ一つ積み上げてきた事が実った結果の筈なんだ。それは……それはキミ自身が凄くなったという事だろう?」
俺自身が……か。
「……でもお前以外からはまともな力を引き出せないんだけど」
「それでもボクの力を振るえるのはユーリ君だけなんだ。他の誰にもできない。キミだけができる。胸を張ったっていいんだ」
「胸を張る……ね」
そう思っても良いのだろうか?
確かに固有魔術は価値観や人間性が反映されて魂に刻まれる。故に俺だからこそ劣化コピーの固有魔術が刻まれ、俺だからこそアイリスの力を引き出せた。それが俺でなければできない事で……結果が着いて来ているのだから、胸を張っても良いのだろうか?
「……やっぱ胸を張れるような事ではねえよ」
「中々強情だね」
「そりゃ強情にもなるって。中々受け入れがたいんだ」
そもそもこの力が強いか弱いか。この力を得た俺が有能か無能か以前の話。
「あのハゲも言ってたけど、このスキルは他人が積み上げた努力を掠め取る。やってる事は誉められた事じゃなくて……まあ、そういう力が刻まれるってのがどういう事かを考えると、あんまり良い気分じゃねえよな」
俺がそういう人間だから、そんなスキルが刻まれた。
それで胸を張れるかと言われれば俺は張れない。
寧ろ凄い凄くないよりもこれが酷く重い。
だけどアイリスは言う。
「ユーリ君はアレだね。自分の事を良く理解していないんじゃないかな?」
「理解……してるつもりなんだけどな」
「いや、出来てないよ……少なくともキミにそういうスキルが刻まれるに至った理由は、キミが考えているようなネガティブな理由じゃない筈だ」
「そう……かな?」
「そうだとボクは思ってる」
そう言って貰えて、アイリスがそう言うならそんな気がして。
そう思いたくて。
だけど俺の一体どういう所が反映されてこの力が刻まれたのだろうかと。
そんな事を考え始めた所で、アイリスが自分なりの根拠のような物を述べだす。
「ユーリ君はさ、魔術の才能が無いよね」
「なんで俺急にディスられてんの?」
「いや、別に悪口言ってる訳じゃなくてね……あ、いや、これ駄目だ。どう聞いても悪口にしか聞こえない! ごめ、あの、そういうのとはちがくて……とにかくごめん!」
「あ、いや、分かる! それは分かる分かってる! いや、緩急鋭すぎるからちょっと動揺したけどその辺は分かる! なんか、なんかあるんだよな!」
「あ、うん……まあ、そんな感じ」
「だ、だよな」
逆にそうじゃなかったら困る。後で一人で泣いちゃうよ?
「それで……俺の魔術の才能がどうした?」
「あ、うん……そうだね。じゃあ……改めて」
改めてアイリスは言う。
「まあ……えーっと……」
「俺に魔術の才能が無い。それで?」
「……それでも、ユーリ君はこの学園に入学してきた。知ってると思うけど結構倍率高いんだよ? それでも才能ある優秀な人達を押しのけて補欠合格にまで漕ぎ着けた。それは相当な努力をしないと絶対に出来ない事だと思う。それこそそれ相応のね。そして今だって頑張っているのをボクは知っている」
「……」
「例えどれだけ時間が掛かっても。やるだけやって思うような感じにならなくても。それでもユーリ君は最低限形にしてきた。今だって人よりも誰よりも必死にそういう事をやっている。例えうまく行かなくても。うまく行かなくても。うまく行かなくても諦めずのに誰よりもだ。ボクはそれを知っている」
そして、とアイリスは言う。
「既存の魔術を覚えるって言うのは模倣だよ。先人のコピーだ。それをうまく形に出来なくてもそれでも最低限形にするのは、ある意味劣化コピーと言っても良いのかもしれない」
そして纏めるように、アイリスは言う。
「良い意味で劣化コピーはキミの頑張ってきた証じゃないのかい?」
「……」
実際の所、アイリスが言ってくれた言葉が正しいかどうかは分からない。
才能があろうとなかろうと、誰でも各々がやれる範囲での努力は積み重ねている筈で。
俺がやって来た事は別に、俺だけがやってきた特別な事ではないから。
有り余る才能がある兄貴ですらやっているような、やれるまでやるという当たり前の努力を積み重ねてきただけなのだから。
だから不十分だ。
ただそうだったら良いなというような話。
希望的な仮説止まり。
それでこの固有魔術が刻まれたのかどうかなんてのは分からない。
そもそもきっと答えは存在するのだろうけど、その答えを俺達が知る事は出来ないんだから、どれだけ推測しようとも、仮説を立てようとも、そこから先へ進む事は出来ない。
……それでも。寧ろ、はっきりとした事が分からないからこそ。
「もう一度言う。ユーリ君はちゃんと凄いよ。だから卑屈になるな。堂々としていこう。ボクの友達は凄いんだって、ボクにも胸を張らせてくれ」
そう思う事にしようって、前向きな事を考える事ができた。
俺の卑屈な考えよりも。
正論のように聞こえるハゲやあの連中の言葉よりも。
俺の事をちゃんと見てくれている、俺が信じたい友達の言葉を受け入れようと思った。
受け入れたいと思った。
それはもしかするとただの現実逃避なのかもしれないけれど……それでも。
それでもそれが逃避だとしても、きっと悪い物では無いと思う。
そんな事を言って貰えた。言わせるくらい心配を掛けているんだ。
「そっか……お前がそう言ってくれるならそうなんだろうな。よし! そういう事にしとこう! 折角色々うまく行ったんだ。暗い事考えんのは終わり!」
前向きに受け入れて頑張っていかないと、アイリスに失礼だ。
だからちゃんとアイリスにとって自慢できる友達でいたいと思う。
「俺はすげえって事で。堂々とドヤっていくよ」
そう言って俺はアイリスに向けてピースサインを出す。
当然虚勢だ。頑張ってそう振る舞っているだけ。だけどそれでいい。
それでいいんだ。
「よし、その調子だ。いつもの感じに戻ったね」
「お前のおかげだよ」
「どういたしまして」
そう言って笑うアイリスの笑顔だけは裏切りたくない。
だから一体どんな代物をどんな理由で刻もうとも、この感情はより深く刻み込め。
その為にも俺は凄いんだって思い込む努力をしよう。
「……さて」
一通り俺の沈んでいた気持ちを引っ張り上げる為のやり取りを終えたアイリスは言う。
「とりあえずボクの術式とキミのスキルでボク達は追試を突破した……まあ色々と揉めてた感じだけど、多分大丈夫だろう」
「だな。で、ブルーノ先生だったよな? あの先生も言ってたけど、いくらでも立証が可能なんだ。最悪もうちょっと揉めてもゴリ押せるだろ」
「だね。つまりボク達の大勝利って訳だ」
「そういう事。文句の付けようのねえ大勝利だよ」
「だったら祝勝会しないとね」
「祝勝会?」
「おいおいすっとぼけるなよ。キミが最初に言い出したんだぞ」
「あぁ……言ったな。言ってたわ」
なんかもう色々と大変な状況だったからさ、そんな事言ってたのすっかり忘れてた。
「っしゃあ! じゃあ祝勝会すっか!」
「おー!」
正直具体的に何処で何をするとかは全く考えていないけれど、ちゃんと祝っておかないとな。
折角アイリスが認められたんだからさ。
それと……自分も凄いから勝ったんだと少しでも思い込む為にもさ、何かやっておいた方が良い。
「で、どうする? どっか良い感じの所に飯でも食いに行く?」
「いいね。でも料理作るだけ作って部屋でゆっくり祝勝会ってのも良くないかい?」
「確かに。外で飯食ってて顔会わせたくねえ連中と鉢合わせたりしたりしてもやだしな……これ部屋でやった方が良いか」
競技場を後にしながら、今日これからの事を二人で話していく。
とりあえずは主に祝勝会の話だ。
「じゃあそれでいこうか」
「あ、でもちょっと待ってくれ。俺料理できねえから手伝える事以外基本アイリスに任せる感じになるんだけど、なんつーか、祝勝会なのにお前大変じゃねえ?」
「いや、ボク趣味料理だし大丈夫……なんて事言ってもキミは気にするだろうしね。よし、買い物したら荷物は八割程持ってくれ」
「全部じゃなくて良いのかよ」
「料理の方少し手伝ってくれるんだろう? これで良い感じにバランス取れるじゃないか」
「なるほど、天才じゃん」
「天才だろう?」
そう言って少しドヤって胸を張るアイリスと、そのまま買い出しへと向かう事にした。
結局そうして決められたバランスの取れた役割分担は、いざその後時間を潰してから買い物に行った時、自然な流れで俺が全部荷物持ってた辺りで崩壊したし、その後の調理もそもそも手伝う隙が無かったりしてた訳で、完全に無駄になった訳だけど。
……まあ、バランスは取れてた訳で。
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