婚約破棄、感謝いたします! 毒舌鑑定令嬢は一歩も動かず国を豊かにして二度寝したい 〜氷の皇帝を『研磨』したら、愛が重すぎて眠れません〜

小林 れい

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第三巻:美食と内政編

第二十二話:【覚醒】千年前の種子を鑑定。……これ、果物じゃなくて「宝石」ね。

「――陛下。わざわざ北の極地から運び込ませたこの泥の塊、鑑定結果を教えてあげましょうか? ……『最高にワクワクする、私の快眠のためのご馳走』よ」

 帝立温室の石造りの作業台の上。リセットは、古代の地層から掘り出されたばかりの、化石のように硬く固まった「黒い土塊」を指先でなぞっていた。  傍らには、彼女を片時も離したくないエドワルドが、物珍しそうにその土塊を覗き込んでいる。

「リセット、それはただの干からびた種に見えるが……。千年も前のものが、本当に芽吹くのか? 私の魔力を注ぎ込んでも、ビクリともしなかったぞ」

「当然よ、陛下。あなたの魔力は鑑定の結果『圧が強すぎる不純物』だもの。そんな力任せな注ぎ方をしたら、この繊細な子が驚いて死んでしまうわ。……いい? 古代の種が求めているのは、暴力的な魔力じゃない。『純粋な共鳴(カット)』よ」

 リセットは瞳を黄金色に輝かせ、種子の深層へと意識を沈めた。

【鑑定対象:古代種・休眠状態】 【真実:絶滅したはずの魔導果実『クリスタル・ストロベリー(宝石苺)』。】 【状態:表面に厚い『時間の殻』が形成されている。特定の周波数の振動を与えれば、細胞が再起動する。】 【評価:一口食べれば精神を極限までリラックスさせる、天然の『最強睡眠導入剤』。】

「……見つけたわ。研磨(カット):時間剥離」

 リセットは、髪から抜いた一本の銀のピンを、種子の中心点へと正確に突き立てた。  パキィィィィン!  という澄んだ音が温室に響き渡る。土塊が砕け、中から現れたのは、淡いピンク色の光を放つ、透き通ったルビーのような種だった。

 リセットが、用意しておいた高純度の魔力水(彼女の安眠のオーラを溶かし込んだもの)を垂らすと、種は瞬く間に根を張り、目に見える速さで蔓を伸ばし始めた。

「な……信じられん。季節外れの温室で、伝説の果実が……!」  エドワルドが驚愕する中、蔓には真っ白な花が咲き、数分のうちに、ガラス細工のように透き通った、淡く輝く苺が実を結んだ。

 温室中に、甘く、それでいてどこか清涼感のある、嗅ぐだけで脳がとろけるような香りが充満する。

「……ふぅ。お掃除……じゃなくて、栽培完了。……さあ、陛下。毒味をしてくださる? 鑑定の結果、毒性はないけれど、あまりの美味しさに理性が不純物として蒸発してしまう恐れがあるわ。……ま、元から理性なんてないあなたには関係ないかしら」

「……言うようになったな」

 エドワルドは苦笑しながら、一粒の宝石苺を摘み、リセットの唇へと運んだ。 「……ん、……!」  果肉が舌に触れた瞬間、リセットの脳内に衝撃が走った。  甘い。けれど、けっしてしつこくない。噛むたびに溢れ出す果汁が、全身の神経を優しく撫で上げ、日頃のストレス(主に皇帝)を洗い流していくようだ。

「……鑑定、修正。……これ、危険だわ。一口で『一週間の熟睡』に匹敵する幸福感が押し寄せてくる。……陛下、この苺は門外不出よ。もしこれが他国に渡ったら、世界の安眠バランスが崩壊するわ」

「ああ、その通りだ。……だがリセット、すでに遅いかもしれない。……鑑定してみろ。温室の外に潜む、この香りに惹きつけられた『不純なネズミ』たちを」

 エドワルドの瞳が、一瞬で冷徹な捕食者のそれへと変わった。  温室の影から、気配を殺した数人の影――王国の隠密部隊が、最新の隠れ蓑を纏って忍び寄っていた。彼らの狙いは、この「帝国の新資源」を盗み出し、王国のジークフリート王子へ届けることだ。

「……はぁ。やっぱり、私の美食(おやつ)を邪魔するゴミが湧くのね。……陛下、動かないで。私の苺の香りを、血の臭いで汚したくないの。……鑑定、および研磨(カット):五感遮断」

 リセットは苺を一粒口に含んだまま、温室の空気を指先で軽く弾いた。  彼女が放ったのは、苺の香りを増幅させ、特定の対象にのみ「強烈な睡眠魔力」を流し込む波動だ。

「が……はっ……」 「な、なんだ、この眠気……は……」  温室に飛び込もうとしていた隠密たちが、一歩も進めぬまま、まるで糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ち、盛大にいびきをかき始めた。

「……お掃除完了。……陛下、あの不純物たちは、あのアホ王子へ送り返しておいて。……ただし、この苺の種を『王国の土に植えれば、一生目が覚めない呪いの草が生える』っていう偽の鑑定結果を添えてね」

「……ククッ、君は本当に、悪魔よりも恐ろしい……。そして、誰よりも魅力的だ」

 エドワルドは、苺の果汁で濡れたリセットの唇を、自分の指先でなぞった。  彼の瞳の奥には、宝石苺よりも熱く、濃厚な独占欲が渦巻いている。

「リセット。君がこの苺で安眠を得るというのなら、私は君という甘い果実を、夜が明けるまでじっくりと『熟成』させてもらうよ。……独占禁止法? 私の辞書に、そんな不純な言葉はない」

(((……鑑定結果:最悪。……苺の安眠効果より、陛下の『覚醒効果』の方が勝っちゃってるじゃない。……私の二度寝、またしても糖分不足で遠のいたわ……!)))

 伝説の「宝石苺」を復活させたリセット。  それは帝国の新たな特産品となるだけでなく、彼女の周囲をさらに「重たい愛」で満たしていくのであった。
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