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第二話 袋路の魔鏡館
②
しおりを挟む「霊体は鏡の中を通れるの」
なんだその常識。
いや、もうなにも言うまい……。
「鏡同士を対面させると特にね。次から次へと移って、結界を通り抜ける。普通では入れないところにまで乗り込んで、人間を脅かして、恐怖心を溜めて厄介な悪霊になる……と、言えば少しはわかりやすいかしら」
「は、はい……。ありがとうございます」
「……アナタ、顔に出やすいわね。全然ピンときてないと見た」
「うっ……すいません」
「だから、実物見せた方が早いって言ってるじゃん」
「それにしても、もう少し事前説明は必要よ。『魔鏡』の主はね、どんどん悪化する資金難を全部魔物とか悪霊のせいにしたの。強引な経営方針で、恨みもそこそこかってたのにね」
「認めるのが怖かったんだろうねぇ。人に嫌われるってのは、誰でもこわいことさ」
「だからと言って、姿のないものに責任転嫁するのはよくないわ。何の変哲もない浮遊霊も、悪意にまみれるとイヤな方向に成長しちゃうの」
「人間も悪霊に取り付かれると道を外れるけど、幽霊も悪い人間の近くにいると影響を受けるんだ。な? おもしろいだろ?」
「おもしろいって、いうか……」
「朱に交われば赤くなるって諺、幽霊も人間も変わらないのよね」
二人がかりで説明してくれてありがたいけど……!
誰も説明してくれなかった前の支社のことを思えばありがたいけど……!
内容が内容だけに、あいまいな笑いしか返せなくて申し訳ない……。
「ま、そんなわけで大した力を持ってないはずの鏡と、何も知らない通りすがりの幽霊が館の中でコトコト煮込まれて魔鏡の館の完成ってワケ。別に、わかりやすく『魔鏡』ってものものしいアイテムがあるわけじゃない」
「そうなんですか……」
ちょっとだけホッとした。
『魔鏡』なんて言うものだから、きっととんでもない曰くつきのものなのかと……。
「わかりやすい因縁がないぶん、簡単に祓うこともできないんだなぁ、コレが。言いがかりみたいなもんで悪霊化されたから、幽霊たちも見境無く人間を襲うんだ。まだ、ちゃんとした特定の誰かを恨んでいるほうが対処しやすいのによ。だから、朝くんみたいなタイプはきっと好かれるだろうさ。手足バラバラにされないように気をつけろよ」
……前言撤回。
やっぱり全然、ホッとなんてできない。
「……そんな場合も、あるんですか」
「大体、こんなもんだよ。曰く付きの一品なんてある方が珍しいさ」
「じゃあ、どうやって除霊するんですか?」
「俺は除霊できないよ?」
「じゃあ、番場さんですか?」
自然と番場さんへ視線が向く。
「私も、最近は力が衰えてきてそんなことできないわ。里見くんよりかはマシだけどね。除霊って言うよりも……調査ね、今回は」
「……番場さんの方が霊感あるなら、どうしてウチに依頼を……?」
「そりゃもちろん、俺の素晴らしい手練手管が……」
「悪しき慣習よ」
調子に乗ろうとした所長を、番場さんがピシャリと遮った。
「まだ里見くんがこんなんじゃなかった頃、私のところの社長が彼にお世話になったの」
「こんなんじゃ……ってヒドいなぁ、番場ちゃんは」
「私、これでも里見くんより年上なの。せめてちゃん付けはやめてちょうだい。……じゃ、そろそろ行きましょうか」
「おぅ。朝くん、行くぞ~」
結局、具体的にどうなるかは分からないままだった……。
僕は一体、どうなるんだろう?
「袋路は空気が淀むからな。ひと味違うのが体験できるぜぇ。着任早々、良い経験できそうで羨ましいこって」
雑草まみれの細い道の向こうにあるらしい『魔鏡の館』からは、気のせいだろうけれどなんとなくイヤな予感がする。
や、やっぱり僕は……と、言いかけたところで二人に両脇を挟まれる形で連行されてしまった。
『魔鏡の館』はその名の通り、扉を開けた瞬間からヒビの入った大きな姿見が出迎えてくれた。
事前に説明されていたけれど、いきなり自分の姿が見えると驚いてしまう。
「……ッ!」
大きな門扉を抜けてしばらく歩くと、百坪はある二階建ての本邸が見えた。
手入れがされていないからおどろおどろしいけれど、全盛期は門から本邸までの間に綺麗な庭園が広がっていただろう。本邸の奥には小さな小屋がいくつかある。物置だったり、ゲストルームとして利用されていたのかもしれない。
怪奇現象が起きるのは本邸らしく、主な訴えは『誰かが見ている』というもの。
視線なんて不確かなもの、確かに気持ち悪いけどそんなに気持ち悪いんだろうか? なんて疑っていた自分の無知を叱りたい……。
「こ、これは……確かに……」
『視線』を感じる、という経験があるだろうか。
僕には何度かある。
電車で向かいの席の人の視線を感じて顔を上げたり、街角でなんとなく振り返ったらすれ違った人も振り返っていて、なんだか気まずくなったり。
「なんか、見られているような……感じが、しますね」
「そう? 視線なんて所詮気のせいだろ? 人間の脳がこじつけてるんだって。偶然『目があった』のを偶然じゃなくて必然だと思いこむんだ。視線にそんな力はないはず」
ガラスの破片が十分に掃除できていないらしく、持参していた物件調査用の簡易スリッパ越しに時々チクチクした痛みが足裏に走った。
物件を汚さないための新しいスリッパを持ち歩いてよかった……。いつもなら忘れるところだけど、今日はしっかり持ってきたのだ。
僕がイヤな予感を感じた、玄関入ってすぐのヒビの入った姿見については、二人とも気にとめていない様子でズンズン歩みを進める。
今は誰も生活している様子はないけれど、テーブルやタンスなど大きな家具は残っていた。
どれほどの時間、放置されていたのかわからないほど埃が積もっている。
「人間の視線は、ね。幽霊の視線は微力な電気を帯びているから、ちょっと敏感な人は感じちゃうのよ」
「電気、ですか。なんだか急にリアルな話ですね」
「心霊写真とかでも、なんか電気が走ったりプラズマ? みたいなんが映るじゃん?」
「アレって本当だったのか……」
「ほとんど作り物だけどさ。たま~に、ヤバい本物が映るよな、ああいうのは」
玄関入ってすぐにホールがあり、正面に立てられていた姿見を筆頭に、右を見ても左を見ても鏡だらけだった。
ホールからは左右に廊下が伸びていて、右側が浴室や洗面所、台所に勝手口などの生活スペース、左側が30畳ほどの畳の和室、広縁を挟んでさらに十畳ずつの和室が並んでいる。一番奥の和室には立派な床の間があって、館の主はそこに一番大きな鏡を置いて愛でていたらしい。
僕たちはまず、その一番大きな鏡を目指して左に歩みを進める。
「そういや、最近心霊写真特集とかやらなくなったよなぁ。俺たちが子供の頃は夏になったらイヤってほど放送してたのに」
「作り物が蔓延した結果、投稿のハードルが下がって本物を放送しちゃったのよ」
「そりゃヤバい。普通、本物持ってる奴は警戒して投稿なんてしないのにな。皆がやってるなら、ってことでイヤな予感しつつ送っちゃうから~」
「【本物は投稿しないで下さい】ってテロップを流すべきよね」
「ははっ、そんなんしたらテレビ局の商売あがったりだぜ」
そんな雑談をしながら歩く所長と番場さんの後ろをついて行く。
二人には、廊下に所狭しと並んでいる薄汚れた鏡の群れや、何者かの視線についてなんとも思わないのだろうか。
こんなにもビンビンに誰かに見られているのに……。
いや、見られてるって思うのは気のせいだっけ?
いやいや、確かさっきの話だと、幽霊の視線には小さな電気があるから、人間でも敏感な人は感じるんだっけ?
と、言うことは……、僕が今、感じているのは、つまり……。
「うっ……」
ダメだ、幽霊かも……なんて考えるな!
そういう恐怖心が、一番良くないって所長に言われたばかりじゃないか……!
所長に教えてもらった結界のおかげなのか、今日はなんだか身体の調子が良かったのに、歩いているうちに段々胸が苦しいというか、足取りが重くなってきた。
目の前で日常を続けてくれている二人がいるから、まだ正気を保てている。
「あ、あの……」
「お?」
「え?」
それでも、払っても払っても不安は降り積もる。
少しでも解消したくて、二人の背中に声をかけた。
もう広い和室は抜けて、広縁を歩いている。
まだ昼間なのに、伸び放題の雑草のせいで広縁から見える庭も薄暗い。
さすがに庭に鏡はないだろう、と思って目を凝らしていたら草むらにキラリと光るものが見えてあわてて目を逸らした。
鏡の中に何かが見えてもイヤだし、怯えている自分自身の姿を見るのはもっとイヤなのだ。
「どうした? もう怖くなっちゃった?」
「いや、そんなことはないんですけど……」
振り返った二人の顔がノッペラボウだったり、いつもと違う様子だったらどうしようかと思ったけれど、いつもと同じく涼しい表情でちょっと安心した。
「強がるなって~」
「割れた鏡が多くて気味が悪いわね」
「番場ちゃんでもそんなこと思うんだ?」
「幽霊に対する気味悪さじゃなくて、単純に不衛生なのよ。こんなところじゃ、鏡がなくても悪霊が溜まるわ」
「やっぱり、汚いところって悪いものが集まるんでしょうか」
最近、最後に部屋の掃除をしたのはいつだっただろう。
仕事の忙しさ、うまくいかなさを言い訳にかなりサボっていた気がする。
それもまた、自分で自分の首を絞めていたんだな……。
「もちろん。だから、俺はいつも事務所綺麗にしてるじゃん? モデルルームみたいだったっしょ?」
「はい」
「本当? 信じられないわ。そんなにマメな男じゃなかったのにね」
「昔のことはいいじゃんか」
番場さんは所長とは古いつき合いらしい。
所長はずっとこんな調子だと思っていたけれど、前は違ったのかな。
また今度、機会があれば聞いてみよう。二人はまた僕に背を向けて歩き始める。
「綺麗な部屋だと快適に過ごせるよなぁ」
「そうでしょ? 私の言ったとおりじゃない」
「番場ちゃん、ありがとね~……」
順調に歩いていた所長が、もうすぐ広縁を抜けようかというところで足を止めた。
「ぶっ!?」
急に立ち止まるものだから、堅い背中にぶつかってしまう。
「いたた……所長?」
思いっきり当てた鼻の頭をさすりながら聞く。
所長は答えない。
いつもなら、一を聞いたら十も二十も返してくるのに……?
「里見所長?」
もう一度聞く。
やっぱり反応はない。
今度は肩を揺すろうとしたら……伸ばした手を番場さんに止められた。
「えっ?」
「やめときなさい」
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