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「相川友也……。知ってる?」
伊月が、猫のようにじっと知花を見つめる。
知花は、考える間もなく首を横にふった。
「いえ。ぜんぜん心当たりないです」
「ほんとに? すぐ答えなくちゃって思わなくていいから、ちゃんと思い出して」
あまりにもすぐに知花が答えたからか、伊月は諭すように言う。
その目には心配の色がうかんでいて、知花は肩の力が少しぬけた。
「ううん、ほんとうに知らない人だと思う。私、中学校も高校も女子校だし、お稽古ごととかバイトも女子ばっかりのとこだし、他校の人と積極的に交流するタイプでもないし。男子の知り合いってほとんどいないんだよね」
「ふうん……」
伊月は納得したようにうなずいたが、すぐに「でもね」と続けた。
「久保さんに心当たりはなくても、知り合いって可能性はなくはないと思う。同級生とかのわかりやすい知り合いじゃなくて、よく行く店の店員とか、バイト先のお客さんとか」
「伊月。お前ね、怖がらせてどうするの」
顔色を変えた知花を見て、梶があきれたように言った。
「ごめんね。けど、ごまかしてもしょうがないから。心当たりがないか、もうちょっと考えてくれないかな。返事は、すぐにじゃなくていいから」
「こっちでも、この名前で久保さんと接点ありそうなやつがいないか調べてみるわ。うちの研究会、OBやOGも顔が広い人が多いし」
「はい……。お願いします」
らんらんと目を光らせる伊月をフォローするように、梶が片手をあげて知花に頭をさげた。
知花はぺこりと頭を下げて、机の下で手をぎゅっと握り締めた。
自分がよく行くお店の店員さんや、バイト先のお得意様の顔を思い出す。
お得意様のお名前はすぐに思い出せた。
その中に「相川友也」という名前はなくて、ほっとする。
けれど、安心はできないのだ。
どこの誰かも知らない「相川友也」という人が、この封筒の怪異のキーポイントを握っているのは疑いようもない。
彼が、どこの誰なのかわかれば、この怪異の正体に一歩近づけるはずなのだから。
(それに……、考えてみれば、私はほんとうにこの『相川友山』っていう人を知らないって言いきれないかも……)
伊月に指摘されて、改めて考えた。
よく行くお店の店員さん、毎日のように通学の時にバスで一緒になる人。
彼らの名前を知花は知らず、彼らが「相川友也」でないと言い切ることもできない。
それだけではない。
お店のお得意様だって、本人が名乗っている名前が本名なのかわからない。
知花が働くケーキ屋さんでは、名前や連絡先を聞くのは予約などがあった場合だけだ。
それだって前金でお金をいただくので、証明書などで名前を確認することもない。
それに「相川友也」がただ道ですれ違ったことがあるだけの人や、SNSで繋がっている人だという可能性もある。
知花は男性とはSNSでもあまり関わらないようにしているけれど、それだって相手が同世代の女子に成りすましていれば気が付いていないだけという可能性もある。
考えすぎだとわかっているのに、背筋が寒くなった。
知花が「男子の知り合いってほとんどいない」と言った時に顔を輝かせたハルは、知花がどんどん顔色を青くしているのを見て、心配そうな顔になった。
「えっと、その……。確かにこの相川って人は、すげー気になるけどさ。この人も、久保さんと同じで、勝手に名前を書かれただけかもしれねーじゃん。だからさ、この封筒とかカードのことも調べるってのはどうかな」
「確かに、それもいいかもね」
ハルは、相川という謎の男から焦点をずらせようと、口を開いた。
怪異の謎が気になるらしく、他人への配慮を忘れている伊月も、ハルの言葉に素直にうなずいた。
「この真っ赤な封筒、目にとまりやすい呪術がかけられているのもあるけど、色も派手で目立つよね。封筒もカードも同じ色で、なんの柄も入っていない。なにか意味がある可能性はあるかも」
「だろ? ……っても、なんの心あたりもないんだけどな」
にっと笑ったハルは、けれどすぐに肩を落とした。
それを見て、「あ!」と声をあげたのは、瑠奈だった。
「これって、あれじゃないの? 冥婚のやつ!」
これまで、瑠奈は自分だけ赤い封筒が見えないこともあり、ずっと黙って話を聞いていた。
知花のことを心配する気持ちはあるが、霊的な知識も、力もないため、できることはなにもない。
それでもこの場に残ったのは、少し男子が苦手に見える知花の気が楽になればいいと思ってのことだった。
けれど、ここにきて自分の知識が役に立ちそうだと張りきって口をはさむ。
「めいこん……?」
意味もわからず繰り返し、ハルはこてりと首をかしげた。
瑠奈は「そう!」と力強くうなずいた。
自信満々に、瑠奈が言う。
梶は懐疑的な口調で、肩をすくめた。
「冥婚っていうのは、生きている人間と死んでいる人間の結婚のことな。習俗としては古くから神話なんかの形で世界各地に残っているし、日本でもわりと最近まで残っていた地方もある。けど、海野さんが言いたいのはそういう一般的なことじゃないよな」
「うん。ちょっと前に流行していたやつ」
「路上に落ちていた赤い封筒を拾ったら、死者の写真なんかが入っていて、拾った男と結婚させるってやつだよな? けど、あれは台湾の伝統習俗とはいえ、メジャーな話でもない。一時的に話題にはなったけど、それだけで怪異まで起こせるような力を持つってのは考えにくいな」
意気込んで言う瑠奈の言葉を、梶は一蹴した。
「台湾で赤い封筒っていうなら、紅包かな。けど、あれは色も形もちょっと違わない? 中華圏のものだけあってアジアンっていうか、朱が混じったような色だった気がする。金でお祝いの言葉とか絵とか描いてあるのも多いはずだし」
詳しくないから確かとは言えないけど、と付け加えながら、伊月も瑠奈の言葉を否定した。
知花は、改めて封筒とカードを見る。
その色は確かに赤といってもワインレッドよりの赤で、封筒がポストカードサイズの洋形2号と言われるものだということもあり、どこか洋風に見えた。
梶と伊月の指摘は、正しいように知花には思えた。
けれど瑠奈は、ピンクの唇をむぅととがらせて言った。
「いや、ぜんぜん話が違うんですけど? 死者の写真ってなに? 台湾の習俗とかも、知らないんですけど? 私が言いたいのは、去年の年末にはやっていたおまじないだよ! 自分の名前と片思いの相手の名前を赤い紙に書いて、赤い封筒に入れたら、ご先祖様とかが応援してくれて両想いになれるってやつ!」
伊月が、猫のようにじっと知花を見つめる。
知花は、考える間もなく首を横にふった。
「いえ。ぜんぜん心当たりないです」
「ほんとに? すぐ答えなくちゃって思わなくていいから、ちゃんと思い出して」
あまりにもすぐに知花が答えたからか、伊月は諭すように言う。
その目には心配の色がうかんでいて、知花は肩の力が少しぬけた。
「ううん、ほんとうに知らない人だと思う。私、中学校も高校も女子校だし、お稽古ごととかバイトも女子ばっかりのとこだし、他校の人と積極的に交流するタイプでもないし。男子の知り合いってほとんどいないんだよね」
「ふうん……」
伊月は納得したようにうなずいたが、すぐに「でもね」と続けた。
「久保さんに心当たりはなくても、知り合いって可能性はなくはないと思う。同級生とかのわかりやすい知り合いじゃなくて、よく行く店の店員とか、バイト先のお客さんとか」
「伊月。お前ね、怖がらせてどうするの」
顔色を変えた知花を見て、梶があきれたように言った。
「ごめんね。けど、ごまかしてもしょうがないから。心当たりがないか、もうちょっと考えてくれないかな。返事は、すぐにじゃなくていいから」
「こっちでも、この名前で久保さんと接点ありそうなやつがいないか調べてみるわ。うちの研究会、OBやOGも顔が広い人が多いし」
「はい……。お願いします」
らんらんと目を光らせる伊月をフォローするように、梶が片手をあげて知花に頭をさげた。
知花はぺこりと頭を下げて、机の下で手をぎゅっと握り締めた。
自分がよく行くお店の店員さんや、バイト先のお得意様の顔を思い出す。
お得意様のお名前はすぐに思い出せた。
その中に「相川友也」という名前はなくて、ほっとする。
けれど、安心はできないのだ。
どこの誰かも知らない「相川友也」という人が、この封筒の怪異のキーポイントを握っているのは疑いようもない。
彼が、どこの誰なのかわかれば、この怪異の正体に一歩近づけるはずなのだから。
(それに……、考えてみれば、私はほんとうにこの『相川友山』っていう人を知らないって言いきれないかも……)
伊月に指摘されて、改めて考えた。
よく行くお店の店員さん、毎日のように通学の時にバスで一緒になる人。
彼らの名前を知花は知らず、彼らが「相川友也」でないと言い切ることもできない。
それだけではない。
お店のお得意様だって、本人が名乗っている名前が本名なのかわからない。
知花が働くケーキ屋さんでは、名前や連絡先を聞くのは予約などがあった場合だけだ。
それだって前金でお金をいただくので、証明書などで名前を確認することもない。
それに「相川友也」がただ道ですれ違ったことがあるだけの人や、SNSで繋がっている人だという可能性もある。
知花は男性とはSNSでもあまり関わらないようにしているけれど、それだって相手が同世代の女子に成りすましていれば気が付いていないだけという可能性もある。
考えすぎだとわかっているのに、背筋が寒くなった。
知花が「男子の知り合いってほとんどいない」と言った時に顔を輝かせたハルは、知花がどんどん顔色を青くしているのを見て、心配そうな顔になった。
「えっと、その……。確かにこの相川って人は、すげー気になるけどさ。この人も、久保さんと同じで、勝手に名前を書かれただけかもしれねーじゃん。だからさ、この封筒とかカードのことも調べるってのはどうかな」
「確かに、それもいいかもね」
ハルは、相川という謎の男から焦点をずらせようと、口を開いた。
怪異の謎が気になるらしく、他人への配慮を忘れている伊月も、ハルの言葉に素直にうなずいた。
「この真っ赤な封筒、目にとまりやすい呪術がかけられているのもあるけど、色も派手で目立つよね。封筒もカードも同じ色で、なんの柄も入っていない。なにか意味がある可能性はあるかも」
「だろ? ……っても、なんの心あたりもないんだけどな」
にっと笑ったハルは、けれどすぐに肩を落とした。
それを見て、「あ!」と声をあげたのは、瑠奈だった。
「これって、あれじゃないの? 冥婚のやつ!」
これまで、瑠奈は自分だけ赤い封筒が見えないこともあり、ずっと黙って話を聞いていた。
知花のことを心配する気持ちはあるが、霊的な知識も、力もないため、できることはなにもない。
それでもこの場に残ったのは、少し男子が苦手に見える知花の気が楽になればいいと思ってのことだった。
けれど、ここにきて自分の知識が役に立ちそうだと張りきって口をはさむ。
「めいこん……?」
意味もわからず繰り返し、ハルはこてりと首をかしげた。
瑠奈は「そう!」と力強くうなずいた。
自信満々に、瑠奈が言う。
梶は懐疑的な口調で、肩をすくめた。
「冥婚っていうのは、生きている人間と死んでいる人間の結婚のことな。習俗としては古くから神話なんかの形で世界各地に残っているし、日本でもわりと最近まで残っていた地方もある。けど、海野さんが言いたいのはそういう一般的なことじゃないよな」
「うん。ちょっと前に流行していたやつ」
「路上に落ちていた赤い封筒を拾ったら、死者の写真なんかが入っていて、拾った男と結婚させるってやつだよな? けど、あれは台湾の伝統習俗とはいえ、メジャーな話でもない。一時的に話題にはなったけど、それだけで怪異まで起こせるような力を持つってのは考えにくいな」
意気込んで言う瑠奈の言葉を、梶は一蹴した。
「台湾で赤い封筒っていうなら、紅包かな。けど、あれは色も形もちょっと違わない? 中華圏のものだけあってアジアンっていうか、朱が混じったような色だった気がする。金でお祝いの言葉とか絵とか描いてあるのも多いはずだし」
詳しくないから確かとは言えないけど、と付け加えながら、伊月も瑠奈の言葉を否定した。
知花は、改めて封筒とカードを見る。
その色は確かに赤といってもワインレッドよりの赤で、封筒がポストカードサイズの洋形2号と言われるものだということもあり、どこか洋風に見えた。
梶と伊月の指摘は、正しいように知花には思えた。
けれど瑠奈は、ピンクの唇をむぅととがらせて言った。
「いや、ぜんぜん話が違うんですけど? 死者の写真ってなに? 台湾の習俗とかも、知らないんですけど? 私が言いたいのは、去年の年末にはやっていたおまじないだよ! 自分の名前と片思いの相手の名前を赤い紙に書いて、赤い封筒に入れたら、ご先祖様とかが応援してくれて両想いになれるってやつ!」
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