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義兄が私と似た表情です。つまり何かしでかすと思います-2
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このまま、クレイン王子との婚約を受け入れてしまえば。
ロゼッタがなにもしなければ、きっとロゼッタは王子と結婚する。
王子は自分のリィリィへの恋心を隠したまま、ロゼッタを大切にしてくれるだろう。
リィリィも王子を諦め、誰かほかの、リィリィを大切にしてくれる人と結婚するだろう。
そんな未来を、ロゼッタは選ぶことができる。
その未来を選んでも、きっと誰も困らない。
それなのに、ロゼッタは、あえて危険をおかしてまで、クレイン王子との婚約を回避しようとしている。
それは、単に、自分が王族になりたくないという、前世の記憶からの忌避だけではない。
もっともっと単純に、自分の友人に、幸せになってほしいという、愚かなほどあまったれた願いからだ。
(ほんとうに。前世の自分が知ったら、きっとわたくしの正気を疑うでしょうね)
あの時の自分は、生きるのに必死だった。
誰かに心を許せば、死ぬかもしれない。
そんな毎日を、幼いころから老いて死ぬまで、ずっと暮らしていた。
あの人生を、生き抜いたことの後悔はない。
あの時の自分を恥じることは、今の世でもきっとない。
自分の命を、人生を守り抜いた。
それは、誇ってよいことのはずだ。
けれど、今世では、命の危険はずっと遠いところにある。
気を休めても、誰かに殺される心配は、ほとんどない。
誰かに心を許し、誰かに愛情を向けられ、慈しみあうことができる。
家族から注がれる愛情で、そんな気持ちをゆっくりと育んできていた5歳のロゼッタに、さらなる光を注いだのがリィリィだった。
自分と同じく前世の記憶を持つ、愛すること、人を信じることをためらわない少女。
彼女の前世は自分の前世とはかけはなれた穏やかなものだったのだろうと、言葉のはしばしから感じられた。
そんな彼女が「あなたも前世の記憶があるの?」とおたがいにしかわからない不安をもわけあって、幼いころからずっと友としてそばにいてくれた。
それがどれほどロゼッタの心を救ってくれたのか、今世で生きる助けになってくれたのか、きっと他の人にはわからない。
そんな友人が、自分のために、恋をあきらめようとしている。
彼女にとっては、きっと大切な恋だろうに。
その道を選べば、幸せになれると知っているのに。
リィリィは、馬鹿だ。
そしてそんなリィリィを友として愛しているロゼッタも、馬鹿になろうとしている。
ロゼッタは、鏡の中の自分に微笑みかけた。
「お嬢様……?」
もの思いにふけるロゼッタを気遣うように、周囲の侍女たちが声をかけてくる。
ロゼッタは、小さな笑みをうかべて、立ち上がった。
「ふふ。とてもかわいらしくしてくれて、ありがとう。すこし気恥ずかしいけれど、とても嬉しいわ。……パーティまで、まだ時間があるでしょう? ひとりにしてくれるかしら。なんだか緊張して、疲れてしまったみたいなの」
「まぁ。お薬かなにかをお持ちいたしましょうか?」
「いいえ、だいじょうぶよ。すこし休んでいれば、いつもどおりになるわ。そうね、30分ほどしたら、お茶と果物を持ってきて」
「かしこまりました。アクセサリーだけでも外しましょうか? すこしはお身体がらくになるかと存じますが」
「だいじょうぶよ。せっかくかわいらしくしてくれたんだもの。このままで堪能したいの。だいじょうぶ、ほんとうにすこし緊張しているだけだから」
ロゼッタが笑って言うと、侍女たちは心配そうにしながらも、しずしずと部屋を出た。
これで、30分はひとりになれるはずだ。
ロゼッタは、侍女たちの気配がなくなったのを確認すると、机の奥深く、隠し扉の中にある毒薬をそっと取り出した。
(誰にもわたくしがみずから毒をあおったことを知られてはいけない。誰かに疑いがむくようなことがあってはいけないから……)
この毒は、即効性があるものではない。
だから、毒をあおってから、毒が入っていた瓶を片付けたり、自然に死んだように見せかけることもできる。
その意味でも、優れた毒なのだ。
とはいえ、ロゼッタが長くこの瓶を持っていれば、誰かに気づかれる危険も増すだろう。
それに、クレイン王子との婚約期間は短ければ短いほど、人のうわさにもなりにくくてよい。
「今夜にでも、飲んだほうがいいのかもしれない……」
ロゼッタは、手の中の瓶を見て、つぶやいた。
その時、ロゼッタの部屋の扉がきゅうに開く。
「ロゼッタ? 気分が悪いようだと、侍女が話しているのが聴こえたのだが」
ノックもせず、ロゼッタの部屋に顔を出したのは、セーゲルだった。
ロゼッタがなにもしなければ、きっとロゼッタは王子と結婚する。
王子は自分のリィリィへの恋心を隠したまま、ロゼッタを大切にしてくれるだろう。
リィリィも王子を諦め、誰かほかの、リィリィを大切にしてくれる人と結婚するだろう。
そんな未来を、ロゼッタは選ぶことができる。
その未来を選んでも、きっと誰も困らない。
それなのに、ロゼッタは、あえて危険をおかしてまで、クレイン王子との婚約を回避しようとしている。
それは、単に、自分が王族になりたくないという、前世の記憶からの忌避だけではない。
もっともっと単純に、自分の友人に、幸せになってほしいという、愚かなほどあまったれた願いからだ。
(ほんとうに。前世の自分が知ったら、きっとわたくしの正気を疑うでしょうね)
あの時の自分は、生きるのに必死だった。
誰かに心を許せば、死ぬかもしれない。
そんな毎日を、幼いころから老いて死ぬまで、ずっと暮らしていた。
あの人生を、生き抜いたことの後悔はない。
あの時の自分を恥じることは、今の世でもきっとない。
自分の命を、人生を守り抜いた。
それは、誇ってよいことのはずだ。
けれど、今世では、命の危険はずっと遠いところにある。
気を休めても、誰かに殺される心配は、ほとんどない。
誰かに心を許し、誰かに愛情を向けられ、慈しみあうことができる。
家族から注がれる愛情で、そんな気持ちをゆっくりと育んできていた5歳のロゼッタに、さらなる光を注いだのがリィリィだった。
自分と同じく前世の記憶を持つ、愛すること、人を信じることをためらわない少女。
彼女の前世は自分の前世とはかけはなれた穏やかなものだったのだろうと、言葉のはしばしから感じられた。
そんな彼女が「あなたも前世の記憶があるの?」とおたがいにしかわからない不安をもわけあって、幼いころからずっと友としてそばにいてくれた。
それがどれほどロゼッタの心を救ってくれたのか、今世で生きる助けになってくれたのか、きっと他の人にはわからない。
そんな友人が、自分のために、恋をあきらめようとしている。
彼女にとっては、きっと大切な恋だろうに。
その道を選べば、幸せになれると知っているのに。
リィリィは、馬鹿だ。
そしてそんなリィリィを友として愛しているロゼッタも、馬鹿になろうとしている。
ロゼッタは、鏡の中の自分に微笑みかけた。
「お嬢様……?」
もの思いにふけるロゼッタを気遣うように、周囲の侍女たちが声をかけてくる。
ロゼッタは、小さな笑みをうかべて、立ち上がった。
「ふふ。とてもかわいらしくしてくれて、ありがとう。すこし気恥ずかしいけれど、とても嬉しいわ。……パーティまで、まだ時間があるでしょう? ひとりにしてくれるかしら。なんだか緊張して、疲れてしまったみたいなの」
「まぁ。お薬かなにかをお持ちいたしましょうか?」
「いいえ、だいじょうぶよ。すこし休んでいれば、いつもどおりになるわ。そうね、30分ほどしたら、お茶と果物を持ってきて」
「かしこまりました。アクセサリーだけでも外しましょうか? すこしはお身体がらくになるかと存じますが」
「だいじょうぶよ。せっかくかわいらしくしてくれたんだもの。このままで堪能したいの。だいじょうぶ、ほんとうにすこし緊張しているだけだから」
ロゼッタが笑って言うと、侍女たちは心配そうにしながらも、しずしずと部屋を出た。
これで、30分はひとりになれるはずだ。
ロゼッタは、侍女たちの気配がなくなったのを確認すると、机の奥深く、隠し扉の中にある毒薬をそっと取り出した。
(誰にもわたくしがみずから毒をあおったことを知られてはいけない。誰かに疑いがむくようなことがあってはいけないから……)
この毒は、即効性があるものではない。
だから、毒をあおってから、毒が入っていた瓶を片付けたり、自然に死んだように見せかけることもできる。
その意味でも、優れた毒なのだ。
とはいえ、ロゼッタが長くこの瓶を持っていれば、誰かに気づかれる危険も増すだろう。
それに、クレイン王子との婚約期間は短ければ短いほど、人のうわさにもなりにくくてよい。
「今夜にでも、飲んだほうがいいのかもしれない……」
ロゼッタは、手の中の瓶を見て、つぶやいた。
その時、ロゼッタの部屋の扉がきゅうに開く。
「ロゼッタ? 気分が悪いようだと、侍女が話しているのが聴こえたのだが」
ノックもせず、ロゼッタの部屋に顔を出したのは、セーゲルだった。
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