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義兄が私と似た表情です。つまり何かしでかすと思います-1(ロゼッタ)
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次の日。
王宮でのパーティのために着飾られながら、ロゼッタはつい口からもれそうになるため息をそっと飲み込んでいた。
「ロゼッタ様。髪型はどのように結い上げましょうか。ドレスがすこし落ち着いた雰囲気ですし、あわせて落ち着いた感じで結い上げますか? それとも、かわいらしく仕上げましょうか」
「そうね……」
どちらでもいいと言いかけた言葉を飲み込んで、ロゼッタは鏡の中の自分を見た。
落ち着いたブルーのシンプルなドレスは、豪奢な刺繍がほどこされ、ロゼッタを上品な女性に見せていた。
釣り上がり気味の大きな目や、肉感的な体つきも、他人事として見るのならば、女性として魅力的に見えるだろう。
けれど、大人しいドレスを着てなお、華やかで強気に見える自分が、ロゼッタにはいとわしく思えた。
それは、前世で、兄たちに命を狙われる運命をたどった自分と重なるように思えた。
「……かわいらしい感じにできるかしら」
「お任せください!」
ロゼッタからのリクエストに、侍女たちはがぜん張り切ったようで、相談しながらコテやアクセサリーを選ぶ。
「いかがでしょうか」
やりきったというように、侍女が満面の笑みで、ロゼッタに問う。
「素敵ね」
ロゼッタがにこと笑うと、侍女たちは誇らしげな笑みをうかべた。
この家では、侍女さえもが善良で、ロゼッタのことを慕ってくれているようだ。
鏡の中のロゼッタは、顔のまわりにゆるく巻いた髪をふわふわとたらし、後ろでまとめた髪も同様にゆるくまかれ、ふんわりとした印象の白と空色の造花でできた髪飾りをあちこちに飾られていた。
落ち着いたドレスとかわいらしい印象の髪型をつなぎあわせるかのように、アクセサリーはダイアモンドと真珠で花をかたどったかわいらしいイヤリングとネックレスとリングが揃いのもので、ロゼッタをかわいらしくも落ち着いた淑女のように飾ってくれている。
(こうしていると、わたくしもすこしはかわいらしく見えるものね)
ロゼッタは、耳の前でくるくると巻かれた髪を指でそっと触れる。
もちろん、自分にはリィリィのような愛くるしさはない。
けれど家族に愛され、友に恵まれ、使用人からも慕われている自分は、周囲が敵だらけで日々を緊張と人を支配することに注力していた前世の自分とは、やはり違うのだろう。
(前世でも結婚する前は、かわいらしく装ったこともあるけれど。あの時は、ドレスや髪ばかりがかわいらしくて、鏡にうつったわたくし自身は、剣呑としているのが隠せなかった。夫となる人とも完全な政略結婚で、いつ寝首をかかれるかわからない関係だったから仕方なかったのだけど)
前世の夫も、悪い人ではなかったと思う。
ただ彼は、ロゼッタを殺して自分が王になることを、自分の役割だと思っていた。
真面目な人だった。
そのように実家で育てられ、そしてその与えられた使命を、ロゼッタとの結婚生活でも忘れなかった人だった。
その生真面目さは、どこかクレイン王子に似ているように、ロゼッタには思える。
実際には、王子と前世の夫は、どこかが似ているわけではない。
だから、こんなふうにロゼッタが考えてしまうのは、けっきょくのところ、ロゼッタがクレイン王子との結婚を回避したいがゆえなのかもしれない。
けっきょく、前世の夫とは、子をもうけた後、別れてしまった。
ロゼッタが自ら手を下さなかったのは、それでも愛情があったからかもしれない。
とはいえ、積極的に守るための手もまわさなかったので、しばらくすると彼はロゼッタの派閥のものたちの手にかかって死んでしまった。
ロゼッタの子への影響力を懸念されたのだろう。
苦い思い出だ。
ロゼッタが結婚にあまやかな期待を持てないのは、まちがいなく前世の記憶があるからだ。
命の危機ととなりあわせの結婚生活は、今世ではありえないことのはずだとわかっているのに、他の少女たちのような期待をもてない。
冷静に考えて、クレイン王子と結婚しても、王子はロゼッタを殺そうとはしないだろう。
たとえリィリィを愛していたとしても、今世の王族は、ロゼッタが生きた時代の王族とはかけはなれた善良さを求められて育っている。
彼はきっと結婚さえしてしまえば、リィリィへの愛を胸に隠したまま、ロゼッタを愛そうとするだろう。
それを受け入れてしまえば、ロゼッタもいつかは彼を愛するようになるのかもしれない。
優しく幸せな結婚生活を送れるのかもしれない。
けれど。
その陰では、リィリィは泣くのだろう。
結婚も、愛も、ロゼッタには夢を見られない。
結婚は、すべきだからする、ただそれだけのものだ。
そこに夢や希望を抱いて、夫に裏切られた女性たちを、ロゼッタは前世でさんざん見てきた。
いまさら夢を抱くのは難しい。
それなのに、とロゼッタは胸をそっと抑えた。
鏡の中の自分は、いつもよりすこしはかわいらしく見える。
前世で築いた自分の鎧が、今世の生活で揺らいでいるのがうかがえる。
リィリィは、きっとクレイン王子以外の男性と結婚しても、幸せになれる。
いま彼女は、王子をロゼッタのために諦めようと、別の男性との婚約を望んでいる。
リィリィを愛する男性は多いし、その中には素敵な男性もたくさんいた。
リィリィもまた、王子と結婚できなくても、他の素敵な男性と結婚し、その中で愛情を育んでいくことはできるだろう。
王子はロゼッタと結婚し、リィリィは別の男性と結婚する。
それだって、全員がそれなりに幸せになれるはずだと、ロゼッタは思う。
そしてこのままなにもしなければ、自分たちはそんな未来を手に入れるだろうと。
それなのに、自分が危ない橋を渡る必要があるのだろうか。
仮死状態になるだけだとはいえ、毒薬をあおり、愛してくれる家族に危険を呼ぶようなことをする必要があるのだろうか。
王宮でのパーティのために着飾られながら、ロゼッタはつい口からもれそうになるため息をそっと飲み込んでいた。
「ロゼッタ様。髪型はどのように結い上げましょうか。ドレスがすこし落ち着いた雰囲気ですし、あわせて落ち着いた感じで結い上げますか? それとも、かわいらしく仕上げましょうか」
「そうね……」
どちらでもいいと言いかけた言葉を飲み込んで、ロゼッタは鏡の中の自分を見た。
落ち着いたブルーのシンプルなドレスは、豪奢な刺繍がほどこされ、ロゼッタを上品な女性に見せていた。
釣り上がり気味の大きな目や、肉感的な体つきも、他人事として見るのならば、女性として魅力的に見えるだろう。
けれど、大人しいドレスを着てなお、華やかで強気に見える自分が、ロゼッタにはいとわしく思えた。
それは、前世で、兄たちに命を狙われる運命をたどった自分と重なるように思えた。
「……かわいらしい感じにできるかしら」
「お任せください!」
ロゼッタからのリクエストに、侍女たちはがぜん張り切ったようで、相談しながらコテやアクセサリーを選ぶ。
「いかがでしょうか」
やりきったというように、侍女が満面の笑みで、ロゼッタに問う。
「素敵ね」
ロゼッタがにこと笑うと、侍女たちは誇らしげな笑みをうかべた。
この家では、侍女さえもが善良で、ロゼッタのことを慕ってくれているようだ。
鏡の中のロゼッタは、顔のまわりにゆるく巻いた髪をふわふわとたらし、後ろでまとめた髪も同様にゆるくまかれ、ふんわりとした印象の白と空色の造花でできた髪飾りをあちこちに飾られていた。
落ち着いたドレスとかわいらしい印象の髪型をつなぎあわせるかのように、アクセサリーはダイアモンドと真珠で花をかたどったかわいらしいイヤリングとネックレスとリングが揃いのもので、ロゼッタをかわいらしくも落ち着いた淑女のように飾ってくれている。
(こうしていると、わたくしもすこしはかわいらしく見えるものね)
ロゼッタは、耳の前でくるくると巻かれた髪を指でそっと触れる。
もちろん、自分にはリィリィのような愛くるしさはない。
けれど家族に愛され、友に恵まれ、使用人からも慕われている自分は、周囲が敵だらけで日々を緊張と人を支配することに注力していた前世の自分とは、やはり違うのだろう。
(前世でも結婚する前は、かわいらしく装ったこともあるけれど。あの時は、ドレスや髪ばかりがかわいらしくて、鏡にうつったわたくし自身は、剣呑としているのが隠せなかった。夫となる人とも完全な政略結婚で、いつ寝首をかかれるかわからない関係だったから仕方なかったのだけど)
前世の夫も、悪い人ではなかったと思う。
ただ彼は、ロゼッタを殺して自分が王になることを、自分の役割だと思っていた。
真面目な人だった。
そのように実家で育てられ、そしてその与えられた使命を、ロゼッタとの結婚生活でも忘れなかった人だった。
その生真面目さは、どこかクレイン王子に似ているように、ロゼッタには思える。
実際には、王子と前世の夫は、どこかが似ているわけではない。
だから、こんなふうにロゼッタが考えてしまうのは、けっきょくのところ、ロゼッタがクレイン王子との結婚を回避したいがゆえなのかもしれない。
けっきょく、前世の夫とは、子をもうけた後、別れてしまった。
ロゼッタが自ら手を下さなかったのは、それでも愛情があったからかもしれない。
とはいえ、積極的に守るための手もまわさなかったので、しばらくすると彼はロゼッタの派閥のものたちの手にかかって死んでしまった。
ロゼッタの子への影響力を懸念されたのだろう。
苦い思い出だ。
ロゼッタが結婚にあまやかな期待を持てないのは、まちがいなく前世の記憶があるからだ。
命の危機ととなりあわせの結婚生活は、今世ではありえないことのはずだとわかっているのに、他の少女たちのような期待をもてない。
冷静に考えて、クレイン王子と結婚しても、王子はロゼッタを殺そうとはしないだろう。
たとえリィリィを愛していたとしても、今世の王族は、ロゼッタが生きた時代の王族とはかけはなれた善良さを求められて育っている。
彼はきっと結婚さえしてしまえば、リィリィへの愛を胸に隠したまま、ロゼッタを愛そうとするだろう。
それを受け入れてしまえば、ロゼッタもいつかは彼を愛するようになるのかもしれない。
優しく幸せな結婚生活を送れるのかもしれない。
けれど。
その陰では、リィリィは泣くのだろう。
結婚も、愛も、ロゼッタには夢を見られない。
結婚は、すべきだからする、ただそれだけのものだ。
そこに夢や希望を抱いて、夫に裏切られた女性たちを、ロゼッタは前世でさんざん見てきた。
いまさら夢を抱くのは難しい。
それなのに、とロゼッタは胸をそっと抑えた。
鏡の中の自分は、いつもよりすこしはかわいらしく見える。
前世で築いた自分の鎧が、今世の生活で揺らいでいるのがうかがえる。
リィリィは、きっとクレイン王子以外の男性と結婚しても、幸せになれる。
いま彼女は、王子をロゼッタのために諦めようと、別の男性との婚約を望んでいる。
リィリィを愛する男性は多いし、その中には素敵な男性もたくさんいた。
リィリィもまた、王子と結婚できなくても、他の素敵な男性と結婚し、その中で愛情を育んでいくことはできるだろう。
王子はロゼッタと結婚し、リィリィは別の男性と結婚する。
それだって、全員がそれなりに幸せになれるはずだと、ロゼッタは思う。
そしてこのままなにもしなければ、自分たちはそんな未来を手に入れるだろうと。
それなのに、自分が危ない橋を渡る必要があるのだろうか。
仮死状態になるだけだとはいえ、毒薬をあおり、愛してくれる家族に危険を呼ぶようなことをする必要があるのだろうか。
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