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義兄のことは慕わしく思っていますが、敵にまわすと厄介です -2
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ロゼッタは、母である公爵夫人の部屋を訪れた。
「お母様。わたくしをお呼びと伺いましたので、参上いたしました」
「まぁ、ロゼッタ。具合がよくないようだと聞いたのだけど、だいじょうぶ?」
扉を開けたとたん、侍女の取次よりもはやく、母がロゼッタのほうへ歩いてきた。
「ええ。すこし緊張していただけで、具合が悪いということではないのですよ」
ロゼッタは、母を安心させるように微笑みかけながら、母にロゼッタが具合が悪いなどと吹き込んだのは誰なのかと考えていた。
ロゼッタの侍女か、セーゲルか。
考えられる候補は、どちらかでしかないけれど。
「そんなことを言って。あなたはだいじょうぶと言いながら無理ばかりするのですから、信用なりませんよ。さぁ、お母様にお顔を見せてちょうだい」
母は、そう言いながら、ロゼッタの頬に指で触れ、じぃっとロゼッタの顔を覗き込む。
「お、お母様。ほんとうにだいじょうぶですわ……」
すこし冷たい母の指が、ロゼッタの頬に降れている。
そのほんの少しの接触しているところから、母のロゼッタへの愛情が伝わってくる。
もうロゼッタは16歳で、子どもという年齢でもない。
それでも、母にかかれば、ロゼッタはまだ小さな子どものような扱われ方だ。
自分を見つめる愛情たっぷりの母親の視線に、ロゼッタは狂おしい幸福感を抱く。
この人のことも、ロゼッタはとても大切に思っている。
自分の望ましい未来のため、大切な友であるリィリィのため、家族には迷惑をかけてしまう。
けれど、それでもロゼッタが家族のことを大切に思っている気持ちも嘘ではなかった。
母は、ロゼッタの顔をじっと見て、いちおう満足したのだろう。
頬に触れていた指を離した。
その指が離れたことに、気恥ずかしかったロゼッタはほっとしたけれど、同時にいちまつの寂しさを覚える。
今夜、毒を仰いで、仮死状態になれば、きっと母にもとても心配をかける。
そして生き返ったとして、もうこの身は王子妃になれるような健康状態ではないとみなされるだろう。
それどころか、格下の家に嫁ぐことさえできなくなる可能性が高い。
母は、ロゼッタがそのような価値のない娘になっても、こんなふうに優しく触れてくれるだろうか。
もしかすると、今この時が、母にこんなふうに優しく触れてもらえる最後の機会かもしれない、と。
そんなロゼッタの不安を見透かしたわけでもないだろうが、母の手は、ロゼッタの頬を離れると、ロゼッタの手を取った。
「ねぇ、ロゼッタ。もしかすると、あなたはクレイン王子との婚約を望んではいなかったのかしら」
「まさか、そんなことはございませんわ。わたくしは、公爵家の娘ですもの。この国の最高位の貴族の家に生まれた娘として、王族に婚姻を打診されて、望まないなどということはありえません。きちんと自らの責務を果たします」
優しい母の目にうながされて、ロゼッタは自分の心にある建前を口にした。
仮死毒をみずから飲んでまでクレイン王子との婚約を避けようとしているのに、嘘ばかりの話を母にすることに罪悪感はある。
けれど、これもロゼッタの本音のひとつだった。
もしロゼッタがリィリィの日記を見なければ、ロゼッタはクレイン王子との婚約がいやだと思いつつも、こんな思い切った手段にはでなかっただろう。
公爵家の娘として受けた教育、前世での価値観、そのどちらもが貴族の娘が、王族から望まれた婚姻を自分の感情ひとつで退けるのは不敬だという価値観が強く根付いている。
だからこそ、クレイン王子との婚約話が進む中で、もっとはやくに回避の手をとらなかったのだ。
ロゼッタは悠然と笑って応え、母は納得したと思った。
けれど母は、悲し気に眉をひそめてほほ笑んだ。
「わたくしが尋ねたのは、責務のお話ではないのよ。あなたの気持ちを聞きたいと言っているの」
そう言って、母はロゼッタの手をひき、ソファに並んで座るよううながした。
「お母様。わたくしをお呼びと伺いましたので、参上いたしました」
「まぁ、ロゼッタ。具合がよくないようだと聞いたのだけど、だいじょうぶ?」
扉を開けたとたん、侍女の取次よりもはやく、母がロゼッタのほうへ歩いてきた。
「ええ。すこし緊張していただけで、具合が悪いということではないのですよ」
ロゼッタは、母を安心させるように微笑みかけながら、母にロゼッタが具合が悪いなどと吹き込んだのは誰なのかと考えていた。
ロゼッタの侍女か、セーゲルか。
考えられる候補は、どちらかでしかないけれど。
「そんなことを言って。あなたはだいじょうぶと言いながら無理ばかりするのですから、信用なりませんよ。さぁ、お母様にお顔を見せてちょうだい」
母は、そう言いながら、ロゼッタの頬に指で触れ、じぃっとロゼッタの顔を覗き込む。
「お、お母様。ほんとうにだいじょうぶですわ……」
すこし冷たい母の指が、ロゼッタの頬に降れている。
そのほんの少しの接触しているところから、母のロゼッタへの愛情が伝わってくる。
もうロゼッタは16歳で、子どもという年齢でもない。
それでも、母にかかれば、ロゼッタはまだ小さな子どものような扱われ方だ。
自分を見つめる愛情たっぷりの母親の視線に、ロゼッタは狂おしい幸福感を抱く。
この人のことも、ロゼッタはとても大切に思っている。
自分の望ましい未来のため、大切な友であるリィリィのため、家族には迷惑をかけてしまう。
けれど、それでもロゼッタが家族のことを大切に思っている気持ちも嘘ではなかった。
母は、ロゼッタの顔をじっと見て、いちおう満足したのだろう。
頬に触れていた指を離した。
その指が離れたことに、気恥ずかしかったロゼッタはほっとしたけれど、同時にいちまつの寂しさを覚える。
今夜、毒を仰いで、仮死状態になれば、きっと母にもとても心配をかける。
そして生き返ったとして、もうこの身は王子妃になれるような健康状態ではないとみなされるだろう。
それどころか、格下の家に嫁ぐことさえできなくなる可能性が高い。
母は、ロゼッタがそのような価値のない娘になっても、こんなふうに優しく触れてくれるだろうか。
もしかすると、今この時が、母にこんなふうに優しく触れてもらえる最後の機会かもしれない、と。
そんなロゼッタの不安を見透かしたわけでもないだろうが、母の手は、ロゼッタの頬を離れると、ロゼッタの手を取った。
「ねぇ、ロゼッタ。もしかすると、あなたはクレイン王子との婚約を望んではいなかったのかしら」
「まさか、そんなことはございませんわ。わたくしは、公爵家の娘ですもの。この国の最高位の貴族の家に生まれた娘として、王族に婚姻を打診されて、望まないなどということはありえません。きちんと自らの責務を果たします」
優しい母の目にうながされて、ロゼッタは自分の心にある建前を口にした。
仮死毒をみずから飲んでまでクレイン王子との婚約を避けようとしているのに、嘘ばかりの話を母にすることに罪悪感はある。
けれど、これもロゼッタの本音のひとつだった。
もしロゼッタがリィリィの日記を見なければ、ロゼッタはクレイン王子との婚約がいやだと思いつつも、こんな思い切った手段にはでなかっただろう。
公爵家の娘として受けた教育、前世での価値観、そのどちらもが貴族の娘が、王族から望まれた婚姻を自分の感情ひとつで退けるのは不敬だという価値観が強く根付いている。
だからこそ、クレイン王子との婚約話が進む中で、もっとはやくに回避の手をとらなかったのだ。
ロゼッタは悠然と笑って応え、母は納得したと思った。
けれど母は、悲し気に眉をひそめてほほ笑んだ。
「わたくしが尋ねたのは、責務のお話ではないのよ。あなたの気持ちを聞きたいと言っているの」
そう言って、母はロゼッタの手をひき、ソファに並んで座るよううながした。
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