もうこれ以上 君を奪われたくないから

10

「おやすみなさい」



「はい。おやすみ、ひとみ」



お母さんの美味しいご飯を食べて、あったかいお風呂に入る。

それからリビングで家族が集まったら、みんなでテレビを見て笑うの。


平凡なんだけど、そんな毎日が送れる日々がとても幸せなんだよね。




夜も10時を過ぎたので、わたしはまだテレビを見ている両親にあいさつをして、リビングを出た。



「オレも、そろそろ寝ようかな」



そんなわたしの後をついて来るように、お兄ちゃんも腰を上げた。



「最近朝晩寒いからな。あったかくして寝ろよ」



「わかってるよぉ。
お兄ちゃんも、お腹出して寝ちゃダメだよ」



「バーカ。
そんな事するわけないだろ？」



一緒に階段を上がりながらクスクスと笑うと、わたしはお兄ちゃんと部屋の前で別れた。



「おやすみ、お兄ちゃん」



「あぁ、おやすみ。いい夢見ろよ、ひとみ」




何だかんだ言って、本当に優しいんだから。


そこんとこ、大好きなんだよ。


…なんて、口に出して言わないんだけどね。








「ふぅ…………」



部屋の明かりを消してベッドに入ると、わたしは目を閉じた。



変な話なんだけど、寝る前になると、ちょっと不安になる。



…もしこのまま眠り続けて、目が覚めなくなったらどうしよう。

もし目を覚ました時、お父さんもお母さんも、お兄ちゃんもいなくなっていたらどうしよう。


別に何の根拠もない話なんだけどね。でも寝る前になると、そんな不安感に襲われる事があるの。



「んー、ダメダメっ
もっと楽しい事を考えて寝なきゃ。
そうだ。寝る前に佐伯先生からもらった安定剤、飲んでおこうかなぁ」



わたしはやっとあったまった布団を開いてベッドから降りると、今日処方された薬の袋を取り出した。



取り出した錠剤を手のひらに乗せると、いつも手元に用意している水筒に口を付け、ゴクリと安定剤を飲み込んだ。



「────────…」



ヒドく不安感に襲われると全身がゾワゾワ感じるだけじゃない。

胸はドキドキ、息は乱れ。頭痛に頭を抱えながら、手足はガタガタ震えてくる。


だからそうなる前にと、すぐに薬が飲めるように水筒は常に薬と一緒に用意しているのだ。




「………………はぁ…」



しばらく胸に手をあてて静かにしていると、だんだんと気持ちが落ち着いてきたような気がした。




…いつまで続くんだろう、こんな事。



あまり深く考えないようにしている事だけど、でも時折ふっと思ってしまうの。





「…さて、と」



気持ちも落ち着いたところで、わたしは改めてもう一度ベッドにと上がろうとした。


その時──…



「…………………っ」



カーテンの隙間から見えたソレに、わたしは手を伸ばしてカーテンと窓を開けた。



ガラガラ…



開けた窓の外は真っ暗で、空には小さな星が散りばめられていた。



だけどわたしの向けた視線は、そのすぐ下。



誰も住んでいないのだから、当然明かりの灯る事はない隣の空き家。


カーテンはいつも閉まったままで、もうずっとあの状態だ。



「……………………」



何がどうって事はない普通の家なんだけど、どうしてそんなに気になってしまうんだろう。


その答えが出るわけもないのに、でもわたしは気にせずにはいられなかったの。





「──────えっ」



いつまでも見ているわけにはいかない。空気は冷たく、身体を冷やしそうだ。

そう思いながら窓を閉めようと手をかけた時だった。


あの空き家のカーテンの閉まったガラスドアが、ほんの僅かだけ開いているように見えるの。



「…あれ、気のせいかなぁ………」



隣の様子を見るのは初めてじゃない。
だけど昨日までは開いてるなんて、全然気付かなかったのに。

いつから、開いてたんだろう。


誰も住んでいない空き家のガラスドアに隙間なんて、まるで泥棒かお化けの仕業──…



「やだぁっ」



自分で言って怖くなり、わたしは勢いよく窓とカーテンを閉めた。



空き家に泥棒だなんて、何言ってんだか。



その後、潜り込むようにベッドに入ると、わたしはそのまま静かに眠りについた。




だけど、どうしても気になるあの家。


もし隙間があるなら、入れたりしないかな…────────






────────
────
──…