デートをしよう!

むらさ樹

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デートの締めはおみやげと

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さて、そんな遊園地デートも終盤になってきた。


「閉園まで後30分足らずだ。
まだ乗ってないのは……あれだな」


グルリと大きく1周したこの遊園地。

陽も陰りチカチカと電飾が点いた頃、一番に目を引いたのはこの遊園地を一望出来るほどの大きな観覧車だ。


「これは外せないだろ」

「大地くん、それお化け屋敷の時にも言ったよ」

「これはこれ、それはそれ。
さ、早く行くぞ」


閉園時間も近付いてくると人も帰りだし、アトラクションも殆ど待ち時間なく乗れる。

フリーパスを係員に見せると、俺たちは早速観覧車のひとつに乗り込んだ。



「1周するのに15分くらいかかるらしいぞ」

「そうなんだぁ。
じゃあゆっくり、最後を満喫できるねっ」


遊園地デートのフィニッシュと言えば、やっぱり観覧車だ。
これが、最後の締めになるんだな。



ゆっくり ゆっくりと上昇していく観覧車の中。

最初は全種類制覇! なんて気張ってたけど、こうやって遊園地も最後となり、しかも一度乗ってしまえば終わるまで座ってればいい観覧車かと思えば、急に力が抜けてきた。



「はぁぁ。
いっぱい遊んだねぇ」


外の景色を見ながら、翼が言った。


「ん……。
だけど、それもこれで終わりだな」

「………………」


それっきり、何故かプツンと会話が途切れてしまった。

疲れが出たのかな。
あれだけ走り回ったんだもんな。
それとも、ただ座ってるだけの観覧車が退屈だとか。



「…………………」


遊園地デートのラストは観覧車には違いないが、だからって何をするとか……そういえば俺もよく知らないよな。

翼は……今、何を考えてるんだろう……。





何も会話がないまま観覧車も半分が終わり、俺たちが乗っている部分が頂点へと届いた。


「わ、てっぺんに来た」


ようやく沈黙を破ったのは、翼だった。


「これで折り返しか。
下りたらデートも終わりだな」

「そう、だね……」


いつもなら、こっちが何も言わなくてもマシンガントークをかます翼なのに。
今はそれだけ言うと、また会話は途切れそうになった。

翼、どうしたんだろうな。



「……なぁ、どうだった?」

「えっ」

「今日の遊園地だよ」

「……うん、楽しかったよ」

「の割には、何か元気なくなってるじゃん。
やっぱ疲れた?」

「え? 元気だよっ
ただ……」


ずっと窓の外を見ていた翼が俺の方に顔を向け、何だか切なそうな笑顔を見せた。


「終わっちゃうのが、何か寂しいっていうのかな……」


そうだな。
俺も観覧車に乗った瞬間から力抜けてきたのは、それと同じ気持ちだったからかな。


「……ずっとこのままでいれたらいいのにね……」

「ん、翼いま何か言ったか?」

「……ううん」




だんだんと地上に近付き、デートのラストである観覧車も終わりを迎えようとしていた。



「なぁ」

「ん?」

「西園寺先輩から誘われたデートって……」


あんなにいろんな女子生徒からキャーキャー言われてるような人なのに、翼はいつどんな風に声をかけられたんだ?

デートって、どこに行くつもりなんだ?
いつ、行く約束したんだ?

訊いてみたい事が今になって次々と出てきた。

だけどそれを俺が根ほり葉ほり訊くのって、やっぱりおかしいよな。
翼はただ、デートの練習に付き合ってくれって言ってきただけなんだ。

それ以上の事を言わなかったって事は、それ以上聞く必要ない……んだよな……。



「あ、いや……何でもない。
あ、もう降りる準備しないと係員さんが、ほらっ」


俺はデートさえしてあげればいいんだ。
そしてそのデートは……これで終わりなんだ。




係員の指示で、俺たちは観覧車から降りた。

それからまた何も言葉を交わさないまま、今度は出口に向かって足を進めた。



あのエントランスを出たら、遊園地デートも終わりだ。
とりあえずだいたいの乗り物には乗ったし、一応ノルマはクリアでいいだろう。

だけど、今日は本当にデートって言える事がちゃんと出来ただろうか。
ただ単に、幼なじみのふたりが遊園地で遊んだだけじゃないだろうか。

デートって……何だっけ?


朝、開園直後にくぐったゲートが目の前まで迫ってきた。

いよいよ、これで終わりか……。



「!」


出入り口のゲートを前に、ふと視線がそれた。

……そうだ!



「翼、ちょっとここで待っててくれないか?」

「え?
どうしたの?大地くん」

「いいからいいから。
すぐに戻るっ」



そう言って俺は、大分暗くなった外を照らす外灯の下に翼を置いて、ちょっとある所に足を運んだ。


デートって言ったら、これだ。
翼にデートを教えてあげる為にも、これはしなくちゃならないぞっ

気に入ってもらえるかどうかは、別だけどな。









「お待たせ」


5分くらい経ったかな。
おとなしく外灯の下で待っていた翼のもとに、俺は走って戻った。



「どこに行ってたの?」

「ん?
あぁ、あのな……」


俺はポケットからそれを出そうとした時、



ヒュルルルル…


  パーン


薄暗い空の上を照らす、大きな花火が上がった。


「えっ、あっ
花火だぁ」


振り返った翼は、その大輪の花を見上げた。


  パーン

 パパーン
      ドーン


次々と上がっていく色とりどりの花火。

これは閉園時間を告げる、最後の遊園地の催しだ。


赤や緑、黄色が咲く度に、それを見上げる翼も同じように光った。



「スゴいスゴい!!
スゴいキレイだよ! 大地くん!」


大きく咲く大輪やバラバラと散る星形の花火。

ファンタジックな外観の遊園地が、ラストに空まで幻想を見せた最高の瞬間だった。



「……翼」

「え?」


キラキラと反射する翼の顔の前に、俺はポケットからさっき買ったばかりのものを出した。

かわいらしい花の形がいくつか付いた、ビーズのストラップだ。


「大地くん、これ……?」

「おみやげだよ。
今日のデートの」


花火の勢いも増し、いよいよクライマックスを迎えようとしていた。

花火の光で、同じように赤や黄色に輝くビーズのストラップ。
それを翼は、そっと両手で受け取った。



「かわいい!」

「どんなのが翼の好みかわかんなくてな。
そんなんでよかったか?」

「うん! スゴくいいよっ!
それに、スゴい嬉しいーっ!!」


そう言うと、あろうことか翼はストラップを握ったまま急に俺に抱き付いたんだ。



「つ、翼っ!」


抱き付いたまま、顔を俺の胸にうずめて動かない翼。

よく見ると、ほんの僅かだが小さく肩が震えているようだった。



「翼っ
……泣いてんのか?」


そう俺が言うと、翼はゆっくり顔を上げて俺を見た。
そしてその目には、花火の光と同じ色が反射してキラキラ輝いていたんだ。

顔を上げて俺を見つめる翼の目を、俺は指で拭ってやった。



「何泣いてんだよ。
おみやげ、そんなに気に入らなかったとか?」

「違うの!
私スゴい嬉しくて、それで……っ」


拭ったばかりの翼の目から、またどんどんと七色に輝く光の粒が溢れてきた。



「楽しかったよ。
今日1日、ずっと大地くんと一緒で、ホントに……っ」


涙目になって俺にそう言ってくれた翼に、ドキンとした。
俺だって、本当に、楽しかったって思った。

何だか走ってる事が多かったデートだったけど、でも本当に……楽しかったんだ!

俺の人生初のデートは幼なじみとの練習って形だったけどさ。デートって何していいかわかんなくなって、とりあえず一緒に笑って一緒に走って、一緒に食べて。
とにかく翼と一緒に過ごしてきた。

そしたら、こんなキレイな花火で最後を締めくくれて、こんなしょぼいおみやげで喜んでくれて。


こんなデートって思ってたけど……

大成功じゃないか!!

誰が何て言おうが、これは俺たちにとって完璧なデートなんだ!!



ヒュルルルルル……


      パーン
        パンパーン



最後の花火が、上がった。

今までで一番空高く、今までで一番大きな、七色の花火が――――――



「大地くん……」


大きな最後の花火が花開いた瞬間、翼はそっと目を閉じた。


「!」


閉じた瞳から、最後の涙が一筋こぼれ落ちる。

だけど、翼はそれでもまだ目を開けなかった。


まさか、このシチュエーションって……。


大きく花開いた花火が空に溶け込み、だんだんとその光も消えかかった。

これで、この遊園地も閉園時間になる…………



……まだだ。
デートのラストは、おみやげでも花火でもない。

恋人同士のふたりが最後に交わす、キス――――――



目を閉じ、俺の身体に抱き付いたままの翼がその柔らかそうな唇を俺に向けている。

本当に翼にそのつもりがあってしているのかは、俺にはわからない。

雰囲気でそうなってしまっただけかもしれない。
それか、単に眠くなっただけとか……?

だけどっ



「翼……」


俺は翼の小さな肩を抱いた。

これは、翼に頼まれて付き合ってやってる練習のデートだ。
だけどいくら練習でも、デートの締めは今この雰囲気からして間違いなく……っ


俺は、翼の顔に近付いた。

ちゃんと、最後まで教えてやらなきゃ。
じゃないと、デートは終わらない。


俺を待っている翼の顔にゆっくりと近付いた俺は……



「ん…………」


その小さな翼の唇に、自分の人差し指を軽く当てた。

ふわっと指の腹に感じた、翼の柔らかい唇。

最後に上がった花火もその光を失い、空は夜の色になっていった。


『只今をもちまして、閉園となります。
本日もご来園、ありがとうございました』


花火が終わり、園内に閉園のアナウンスが流れた。

最後まで花火を見ていた人たちも、ゾロゾロと出入り口のゲートをくぐって出て行っている。



「大地くん……」


俺の指の感触に気付いた翼が、ゆっくりと目を開けた。



「コラコラ。
キスってのは、唇が離れるまでは目を開けちゃダメなんだぞ。
これ大事な事だから、絶対守れよ」


なんて、それらしい事を偉そうに言いながら俺は、翼の唇に当てた指を離した。


「あ、うん……」


いくら俺でも、練習で翼のファーストキスなんか奪ったりしねぇよ。

ちゃんと本番の為に、取っておかなきゃ……だろ?






その後、俺たちはまた手をつなぐと、遊園地を出た。
それからまっすぐ先にある駅に行き、家に帰る為の電車に乗った。



過ぎてしまえば、あっと言う間の一日だったなぁ。

電車の中ではやっぱり疲れたみたいで、翼は俺の肩に頭をもたれながら眠っていた。

翼は、ちゃんとデートを学べたかな?
練習なんだけど、俺にとっては充実したデートだったよ。

明日からは、また学校だ。
また制服に身を包んで教室で授業を受けて……そんな毎日が始まる。


「今日の感じじゃ、きっと本番でも上手くいくよ。
よかったな、翼。
当日は、もっと楽しんで来いよ……」



家までもうすぐだ。

今日は、最高の一日だったよ。
ありがとな、翼――――――。





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