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第一部
6話
しおりを挟む静香の担当は清水学だけではない。他にも何人か担当しており、その中には地方在住で直接顔を合わせたこともない作家もいる。PC、スマホがあればどこに居ても打ち合わせが出来る、便利な時代に生まれてよかったと思う。
今日は東北在住の作家からメールで送られてきた原稿、メールのチェックや関東に住んでいる作家との打ち合わせがあった。PCに向き合って作業していると、編集部に残っている先輩が「お久しぶりです」と声を上げていた。何だろうと声のする方に目を向けると、茶髪で高身長、目鼻立ちの整った男性が先輩と談笑し、他の編集にも挨拶をしている。
彼は新條孝人しんじょうたかと、清水学が大賞を取った賞で金賞を受賞した同期デビューの作家。ミステリーを中心に書く清水と違い新條は幅広いジャンルを書いている。以前著作が映画化されることが決定した際、うちの出版社が出している書籍について扱っている雑誌で顔出しのインタビュー記事を掲載したところ、口コミで「イケメン作家」と話題になった。本人も抵抗はないらしく、ちょくちょく顔出しの仕事にも応じている。
気さくな性格で時折編集部に顔を出し、新人にも分け隔てなく接してくれている。静香も数回話したことはあるが、物腰柔らかで話しやすいと感じていた。新條が仕事で会社に来るたびに女性社員は色めきだつし少々騒がしくなる。あれほどの美形なら騒ぐのも仕方がない。
顔を出したことで「実力もないのに顔で読者を釣っている」等とネットで叩かれたこともあったが、それから暫く経った頃、これまで書いたことのなかった恋愛小説を執筆、各方面から多大なる評価を得てそう言った妬みの声を黙らせたのだ。
(ミステリー特化の清水先生もオールラウンダーの新條先生、どちらも凄い。確か時々ドラマの脚本もしてるんだっけ、いつ寝てるのかな)
ちなみに清水は著作の映像化は全て断っている。自作に他の人間の手が入るのは嫌、だそうで。映像化するにあたってはどうしても変更しなければいけない箇所は出てきてしまう。それすらも無理だと断固拒否の姿勢を崩さず、なまじ看板作家相手なのであまり強く言えないと。
(…まさか映像化の件、説得しろとは言わないよね。サイン会も拒否しているのに…あれどっちの方が難易度低いんだろう)
顔出しNGの作家にサイン会の打診をするのと、映像化の打診をするのは果たしてどちらの方が望みがあるのか。結局のところ聞いてみないと分からない。編集長からも「聞くだけ聞いてくれ」と頼まれているので聞く予定ではある。
待ちぼうけ以来櫻井はというと、ほんの少しだけ態度は軟化した。ほんの少しだけで、こちらがちゃんと原稿をチャックしているかを試しているのかキャラクターが絶対言わない台詞を喋らせたり、必要以上に過激な描写を追加して指摘…ということが多々あった。他社の編集にも同じことをしているらしく、「面倒くさい、無理」となる人が出るのもしょうがないと思えた。よく仕事が無くならないなと不思議だ。最早スリルを楽しんでいる節すらあるのではと邪推してしまう。新手のMかもしれない。
静香は元々清水学のファンでもあったので、彼の著作はほぼ全て目を通している。「このキャラはこの場面でこのような台詞は言わないのでは」「ここの描写はいるのですか」と指摘すると、何で分かるんだと言わんばかりに顔を顰め「わざと書いた」と悪びれもせずに答えあっさり修正を受け入れてはくれたが。それが気に喰わないのか一々突っかかるし、意趣返しで真顔(申し訳程度の微笑を浮かべて)でジーっと見つめていると顔を逸らされる。構って欲しくて気を引こうとする子供に見えなくもないので、思いの外面倒くささは感じないのが救いだ。弟がいるからそう思うのか自分でも良く分からない。少なくとも完全に拒絶はされていないと見ている。
(これは順調ということでいいのかな…原稿の進捗も問題ないどころか予定より早いし)
デビュー当時「若き天才」と称されていた清水学だが、その二つ名に間違いはない。筆も早く現在著作は30作品を超えているし新刊を出すたびに一定の売り上げを出す。編集長の言葉を借りるわけではないか「金の成る木」で居続けるかは編集の手腕にかかっているのだ。そう考えるとプレッシャーがのしかかってしまう。
「おーい、雨宮」
物思いにふけっていると新條と話していた先輩から名前を呼ばれ、咄嗟に立ち上がる。声のする方を向くと先輩が手招きしているので、小走りで向かった。
「先輩、何のご用で?」
「ああ、新條先生が清水先生の新しい担当に挨拶したいって。雨宮だよな、今の担当」
頷くと先輩は「じゃあ先生、私はこれから打ち合わせなので。失礼します」と新條に言い残し編集部を出て行ってしまった。残された静香に新條は柔和な笑顔を向ける。
「雨宮さん久しぶり」
「お久しぶりです、新條先生」
新條は殆ど話したことのない静香の顏と名前を憶えている。仕事柄相手の顏と名前を覚える必要性に駆られるためとはいえ、あまり得意ではない静香に取っては羨ましい限りだ。
「清水の新しい担当になったんだって?」
「はい、数か月前から。新條先生清水先生と仲が良いのですか」
新條は28、櫻井は26、そして同じ賞からデビューしている。年も近い同期作家、仲が良くてもおかしくはないが。あのハリネズミのように周囲を拒絶している櫻井とコミュニケーション能力の高い新條はあまり結びつかない。しかし、コミュニケーション能力が高くないと櫻井の心の壁を超えるのは難しいのかもしれない。
「うん、友達。と思ってるのは俺だけかもしれないけど」
どういう意味だ、と怪訝そうな顔になった静香に新條は説明してくれる。
「デビュー当時のあいつ、今より尖っててさ。同期としても年上としてもなんか放って置けなくて。向こうは迷惑がるのも無視して構い続けて今に至るんだ。口では友達じゃないって言われるし、遊びに行っても不機嫌な顔されるけど今では根負けして何だかんだ付き合ってくれている」
「それは…凄いですね」
その言葉は両方にかかっている。今より尖っていたという櫻井、そんな櫻井に邪険にされながらも構い続けてる新條。しかし櫻井のことだ、構おうとする新條に容赦なく辛辣な言葉を浴びせたのは想像に難くない。それでも折れることなく関わり続け、最終的に櫻井が折れている。新條はしつこ…ポジティブなのかもしれない。というか今より尖っていたとはどの程度なのだろうか。もしや先輩作家の作品を大勢の前で酷評したり…流石にそれはないかと自分で否定した。昭和の文豪じゃあるまいし。詳しく聞くのも怖いので触れないことに決めた。それよりも気になるのは。
「…お2人ってどんな会話をなさるんですか」
「え?普通だよ、近況とか共通の趣味の事とか。あと若い作家の集まり誘ったり。凄く嫌そうな顔で断られるけど」
そりゃそうだろう、と静香は思う。櫻井の交友関係や人づきあいについて詳しいことは何も知らないが、友好を深めることを目的とした集まりは避けそうである。寧ろ誘う新條の勇気を称賛する。これは思ったより仲が良いのかもしれない。
「最近は雨宮さんの事も話題に出るよ」
「…はい?」
思いもよらぬ発言に反応が遅れた。同時に嫌な予感が過ぎる。櫻井のことだ、自分に対する不満や愚痴を新條に聞かせているに違いない。こちらも言いたいことを遠慮なく言ってしまっているので、いい印象を抱かれているとは思っていない。それでも面白半分で櫻井が自分のことを新條にどう話しているのか聞いてみた。
「…清水先生、私のことをどう新條先生に話されているんですか、大体想像が付きますけど」
可愛げがない、失礼、頑固…当てはまるものが多い。どう思われていようと関係ない、静香が出来ることをやるしかないのだから。微かに眉間に皺を寄せた静香に新條は意味深な笑みを向ける。
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