不遇女子、お隣さんに求婚される。

水無月瑠璃

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4話

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「ん?」

何を言われたのか分からなかった一沙は目を瞬かせ、隣の座る神木を見返した。彼は至極真面目な顔をしている。

「…どう、とは」

「俺、ずっと前から桐島さんのこと気になってたんですよ。今日ちゃんと話してみて、やっぱり良いなって。付き合ってもらえませんか…結婚を前提に」

「えーと…へ、結婚⁈」

理解が追いついてないうちから放たれた結婚という単語にいよいよ一沙は混乱を隠せなくなってくる。混乱をもたらした張本人は涼しい顔で、それでいて強い目力で一沙を見据えていた。何故だろう、肉食動物に睨まれたように追い詰められていると感じるのは。だが思考停止に陥りそうな一沙はどうにかして言葉を絞り出す。

「ちょ、ちょっと待ってください。付き合うとか結婚とか、いきなりどうしたんですか?酔ってます?」

「俺酒強いんで酔ってません。素面ですし本気です。好きです桐島さん」

一沙の頬はじわじわと紅潮し始める。酒のせいだけではないのは明白だ。ストレートに告白されて一沙はシンプルに照れていた。冗談かと疑っていたが、彼の様子を見るにその可能性は限りなく低い。

「好き?挨拶しかしたことない、ちゃんと話したのは今日が初めてですよね?どこに好きになる瞬間ありました?」

「そうですね、きっかけは桐島さんが引っ越しの挨拶に来た時です。気を悪くしないで欲しいのですが初めてお会いした時、何て幸の薄そうな人だろうと興味を惹かれたんです。仕事柄色んな人間に会うんですが、桐島さんには苦労してきた人間特有のオーラと言いますか雰囲気があったんです。まだお若いのに大変そうだな、と失礼ながら同情してまして…」

申し訳なさそうに告げる神木に一沙は驚きを隠せなかった。一目見ただけで自分のことを見抜かれていたという事実に。

一沙は就職を機に一人暮らしをし始めたのだが、疎んでるくせに実家を出ることを許さない両親の反対を押し切って出てきたので色んな意味で疲弊していたのだ。挨拶に行ったのもその時期。引っ越しの件以外でも妹との格差に長年苦しめられてきたのが、雰囲気に出ていたのだろう。

「かといってたかが隣人に馴れ馴れしく声をかけられたら気持ち悪いだろうと思い、挨拶するだけに留めていたのですが。徐々に生き生きとした表情に変わっていったので、安心していたんですよ」

ストレスを与える家族のいない環境、好きな仕事に優しくも厳しい上司に互いに尊重し合える同期、そして教育係だった元彼との交際。この数年間は今までと比べて家族に煩わされることが減って、自分で言うのもあれだが生き生きしていたと思う。

その代わり実家への送金を欠かすと、すかさず嫌味の電話がかかってきたが瑣末な問題だった。今にして思えば彼らは家族として扱わない癖に、家族という大義名分を振り翳し一沙を詐取していただけだったのだ。何と愚かだったのだろうと自嘲する。

「ですが今日の桐島さんはいつもの雰囲気は見る影もなく、憔悴し深く傷つている様子で。強引な真似だと自覚していましたが、放っておくことは出来ませんでした」

酒の力を借りて無理に陽気に振る舞っていた一沙の本心がバレていた。一沙は神木に恐ろしさすら覚えている。失礼だが、神木が得体の知れない人に見えてきてしまう。そもそも彼に関して一沙は何も知らない。何も知らない相手に好きだと告白されている、不可解な状況。

「私、酔って愚痴ってただけですよ。何処に惚れる要素あります?」

ホイホイ男の部屋に行って愚痴を吐き散らす女。鬱陶しく思っても惚れることはまずないと断言出来る。

「元彼や家族に対する溜まりに溜まった不満を吐き出してる時の生き生きとした顔、決別を決心した時の晴々とした顔。どれも魅力的に写りました…もっと他の顔を見てみたいと思うようになりましたよ」

神木は徐に手を伸ばすと一沙の頬に触れ、熱の籠った眼差しを向けてくる。一沙の心拍数は自然と上がり、火傷しそうな程彼の眼差しは熱い。

恋愛は懲り懲りだと言った癖に舌の根も乾かぬうちに、ちょっと心動かされそうになってる自分の何とチョロいことか。裏切られたばかりなのに、もう別の男に。

「…愛して欲しいとおっしゃってましたよね。俺があなたを愛します。妹に惑わされた奴らのように裏切り、傷付けたりしません、絶対に」

真っ直ぐな眼差し。彼が本当に人を騙すことに長けている人間だったら、大した演技力だと脱帽してしまう。手酷く裏切られたばかりの一沙の心が、もう動かされている。

待て待て、と一沙の僅かに残った理性が待ったをかける。流されては駄目だ、簡単に頷いたら後悔するはず。

「き、気持ちは嬉しいんですが…私神木さんのこと何も知りませんし神木さんも私のこと何も知りませんよね。それで付き合うとか、け、結婚なんて簡単に決めるのは良くないです」

「…ああ、そうか。俺のこと何も知りませんよね。失念してました」

そう呟いた神木一沙の頬から手を離し、一転して真面目な顔で語り出す。

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