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5話
しおりを挟む神木宗一郎29歳、出身地東京、飲食店をいくつか経営、それなりの財産を所有、趣味、好きなものetc。彼の詳細なプロフィールだ。確かに神木のこと何も知らないとは言ったが、今明かすのは力技過ぎないか。「何も知らない相手でなければ、前向きに考えてくれるんですよね?」と彼の切れ長の瞳が語っている、いや圧をかけている。
そういう問題?と疑問符を頭に浮かべる一沙は神木の語る生い立ちを聴き入った。
神木の両親は仲が悪く、暴力を奮い碌に働かない父親に愛想を尽かした母親は逃げた、息子を置いて。中学の頃、父親が借金を残して蒸発、神木は父親が借金をしていた某暴力団の事務所に連れて行かれ「人生終わったな」と絶望したという。だがその場にいた如何にも地位の高そうな男に「見込みがある」と何故か気に入られ、神木を引き取り教育を受けさせてくれた。元々頭の良かった神木は有名大学を卒業後就職して経験を積み、その後は育ての親から任された会社を軌道に乗せ収益を増やしていき、今に至ると。
「…神木さん」
「はい」
「4つ上だったんですね」
「気になるところそこですか?」
神木が苦笑し、「やはり面白い人だ」と付け加える。もっと衝撃的な事実があったのに聞くのが年齢のこととは、一沙自身もズレてると思う。気を取り直して再び質問する。
「神木さんは、その…」
「ヤクザですね」
さらりと言ってのける神木からは隠そうという気が微塵も感じられない。一沙もかなりの衝撃を受けているのだが、その一方で納得している自分もいる。
彼には常々只者ではないオーラがあると感じてきた。もう1人の隣人、噂好きの奥さんは神木のことを「下手に踏み込んだら火傷するタイプよ、彼は」と評していた。そりゃヤクザ相手に深追いしたらタダでは済まないだろう、と一沙は妙に冷静だった。普通ならば恐怖心を覚えてもおかしくない状況なのに。
(もしかしたら夏でも長袖なのは)
服の下に見られては困るものがあるからなのか、と気にはなったが根掘り葉掘り聞くのもどうかと思い辞めた。しかし神木のことは得体の知れない、何を考えてるか分からない人だと感じていたがより一層その思いが強くなった。
「…神木さん何故正直に話したんですか?隠し続けることも出来ましたし、明かすにしても後の方が良かったんじゃないですか」
仮に一沙が神木と交際し、心を通わせたところで明かしていれば恐らく一沙は逃げようとはしなかっただろう。ヤクザと関わってしまった恐怖心からではなく、愛情に飢えてる人間が自分を愛してくれる人間から離れるのは容易ではないからだ。相手が誰であれ。その方が神木にとっても都合が良いはずなのに。今のタイミングなら一沙は彼から逃げることも可能だ。
「桐島さんには隠し事をしたくない、誠実でいたいんです。俺は確かに桐島さんのことが好きですし一緒になりたいとは思ってますよ?でも無理強いはしたくないから逃げ道は用意したかったんです」
「逃げ道?」
穏やかではない単語が飛び出し思わず聞き返すと、彼は穏やかな雰囲気を一瞬で消し獰猛な肉食獣を思わせる笑みを浮かべる。背筋がゾクっとし、目が逸らせない。
「ヤクザなんて冗談じゃない、と思うのならこの場で完膚無きまでに振ってください。そうしたら諦める…のは簡単ではありませんが努力しますしあなたの前から消えます。ですが、もし少しでも希望があると俺が判断したら…後から別れたいと願っても他に好きな奴が出来ても、絶対に逃がさないしそんな相手が出来たら消します」
「消すって」
「文字通りですよ?人1人消すくらい簡単ですから」
平然と恐ろしいことを口にする神木に、一沙はやはりヤクザなのだと思い知らされる。その口ぶりから、実行したこともあるのだろう。
優しいなんてとんでもない、彼は多分一沙が出会ってきた中で1番恐ろしい男だと直感する。仮に一沙が無理だと拒絶したところで、本当に逃がしてくれるのか怪しいが。
(そこに嘘はなさそう。ここでキッパリ断れば神木さんは二度と私に関わらない)
その方が良いのだ。だってヤクザである。自棄になっているとはいえ流石に反社会的勢力と関わりを持つのは駄目だ、と理性が警鐘を鳴らす。
だが。
(…)
「神木さん」
「はい」
「私神木さんのこと良く知らないですし、好きかどうかもまだ分かりません。なので結婚は無理ですが…普通にお付き合いからなら…」
すると彼は一沙の返事が意外だったのか目を瞬かせている。彼も断ると思っていたのかもしれない。逃がさないと言いながら逃げ道を用意してくれている。恐ろしい人なのは事実だが、傷付いていた一沙に声をかけてくれた優しい人であることも事実。
ヤクザであることは一沙の中で些末な問題になっている。好きだと言ってくれるなら、愛してくれるのなら大した問題ではない。一沙はまともではない、と自嘲する。
だが、まともでいて「良い子」でいても誰も一沙を必要としなかった。なら一般的な常識なんて投げ捨ててやる、と一沙は決心する。神木はそんな一沙の膝に置かれた手に自らの手を重ね合わせてきた。
「本当に良いんですか」
「…はい、神木さんこそ良いんですか?好きか分からないのにOKしてるし、そもそも裏切られたばかりでもう他の人に、何て…」
「傷心に付け込んだのは俺の方です。気にする必要はない…これが最後のチャンスですよ?俺と付き合ってくれるんですか?後から後悔しても遅いですよ?」
何度も確認してくる神木は逃がさない何て物騒な言葉を使っている割に、一沙を力ずくでどうこうしようと考えていない。ヤクザだと隠すことも出来たのに、誠実であろうとしてくれた。陰で一沙を裏切っていた元彼とは大違いだ。
一沙はきっと神木のことを好きになってしまう予感がしていた。男なんて、恋愛なんて懲り懲りだと辟易していたのは本当で今もその気持ちは消えてない。
が、目の前の正直な男のことは信じてみても良い気になった。彼ならば一沙の願いを叶えてくれるはずだ、と直感しているからだ。打算塗れだが神木も承知しているだろう。今は悪いとは思わなかった。
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