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20話
しおりを挟む自分の席に戻ったら彩がやって来た。山崎に変なことをされなかったかどうかしきりに心配している。変なことはガッツリ言われたが、ここではとても口に出来ない。今日は弁当を持って来ていたので休憩室に移動してから話すことにした。
休憩室は大きな窓がある日当たりの良い空間で簡単な飲み物を提供してくれるカフェスペースもある。そのため来る時間が遅いと座れないこともあるが、今日は運が良く席がまばらに空いていた。そのうちの一つに座ると彩は改めて、声のトーンを落として何があったか聞いてくる。一沙は山崎の名前を出さないように浮気を持ちかけられ、断ったら暴言を吐かれたと明かすと「うっわ、最低を通り越して気持ち悪い。そんなに常識と倫理観欠けてる人だったんだ、やっばい」と辛辣に扱き下ろす。確かに気持ち悪かった。掴まれた手首はウェットティッシュで何度も拭いたくらいだ。
「仕事でも関わりたくないよ~でも一沙大丈夫?あの人みたいにプライドだけは無駄に高い奴って絶対また絡んでくるよ」
一度捨てた相手に縋った挙句に拒絶されたのだ。プライドが高いならもう関わらないと思いたいが、寧ろ執着される危険もあると気付かされる。
「次絡んできたら部長に報告するって脅しておいたけど」
「馬鹿な人って何するか分からないからね。あの人一沙の家知ってるんでしょ?待ち伏せとかされない?」
「怖いこと言わないでよ」
あれで引き下がったと安心していた一沙は背中に冷たいものが走った。相手が妊娠している、結婚を控えた身で何かしでかすとは思いたくないが既に山崎に対する信用は皆無。
「神木さんに伝えておいた方がいいよ。もし家まで押しかけられた時に備えて部屋に避難させてもらったりさ」
山崎は当然神木の素性は知らない。彼は投資目的でマンションを購入しており、本来ならあのマンションに住む必要はない。ひとえに住み続けているのは一沙が理由で…これは今関係ない。兎も角お願いすれば避難場所として提供してくれるとは思うが。
「…宗一郎さん過保護なんだよね。正直に話したら心配して迎えに行くって言い出しそう」
「良いじゃん、何か問題ある?」
「毎日忙しそうにしてるから、私の問題で煩わせたくないの」
「下手に隠してバレた時の方が厄介じゃない?こういう些細なことがきっかけですれ違ったりするんだよ。ちゃんと話しなね」
彩の忠告は最もだ。心配をかけたくないからと山崎との間に何があったかを隠し、仮に彼に露呈してしまった場合。隠し事をされた、信用されてないのだと神木が傷ついてしまう。隠し事をされたと怒ることはないと思うが、罰としてお仕置きめいたことはされる予感がしていた。「傷ついたから一沙が癒して?」と笑顔のまま、容赦ない責め苦を味わわされるのも想像出来る。一沙が気絶しても延々と続けるのだ、絶対。すれ違いよりこっちの方が怖い。
1ヶ月経ってマシになったが付き合い始めた頃は毎日意識が飛ぶほど激しく、長時間抱かれた。翌日寝起きから疲れてる一沙を見て平日は1、2回に変えてくれたので本当に助かった。その分休日は夜が更けても解放されないけれど、一沙は本気で困ってるわけではないので抗議をすることはない。
(…山崎さんに何かしたりしないよね)
元彼の名前が出ると神木の周囲の温度が一気に下がる。一沙の家族よりも元彼のことを酷く嫌っているのだ。浮気を持ちかけられ、暴言を吐かれたと神木が知ったら…。物理的に手を出さないかとても心配になった。
(けど言わないわけにもいかない、宗一郎さんにも迷惑をかけるかもしれないんだから)
迷ったのは一瞬で一沙は神木に山崎との間に起こったあれこれを包み隠さず、メッセージで伝えた。するといつものようにすぐ返信が来る。
「沈める?それとも二度と顔を合わせないよう遠くに飛ばす?どっちが良い?」
1分も経ってないのに文字を打つのが早い、と別のことを考えて一瞬現実逃避してしまった。それくらい彼から来たメッセージの文面は過激だった。
(沈めるってあれ?東京湾に沈めるっていう…遠くに飛ばすって何?マグロ漁船に乗せられるとか?違うか…)
完全に映画で少し齧った程度の知識だ。所詮フィクション、本当に実行出来るわけないと笑い飛ばしたいが、神木なら本気でやる気がして恐ろしい。山崎のことは正直大嫌いでできれば顔も見たくない。でも…。
「どっちも駄目です。あんな人のために宗一郎さんの手を汚して欲しくないです」
神木は恐らく手を汚すことに躊躇いがない。だとしても山崎のために彼が時間と労力を使うことは嫌だった。一沙の中に山崎を慮る気持ちは一ミリもないし、山崎のことで彼の手を煩わせたくないだけ。これは偽らざる本心だ。薄情だと自分でも思うが、事実だからしょうがないと開き直る。
メッセージを送るとすぐに返事が来た。
「分かった、一沙がそれで良いなら何もしない。心配だから今日は迎えに行くよ。仕事終わったら教えて」
あっさりと山崎を物理的に処分する案は消えたようだ。そしてやはり迎えに来てくれるらしい。
「神木さんから返信来た?何だって?」
弁当のミートボールを飲み込んだ彩が興味津々で訊ねてくる。流石に沈める云々を話すわけにはいかず、その部分は隠して迎えに来てくれる旨だけ伝えた。
「やっぱり迎えに来てくれるんだ、優しいね」
「私もそう思う」
彩は神木の返信に感心したと言わんばかりに同意を求めて来たので、一沙は頷いた。迷惑をかけて申し訳ないという気持ちはやはり消えない。それでも厚意に甘えてしまう一沙はずるいのかもしれない。人に甘えることが苦手な一沙からしたら、これでも進歩している。遠慮することなく神木に甘えられる日が来るのだろうか。その時には一沙と神木はどうなっているのか。
想像するのは少し楽しかった。
「就業中は兎も角終わった途端絡んできそうだから、気を付けないとね」
一沙の警戒心を煽って脅してくる彩に苦笑しつつ、何も起こらないことを祈った。
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