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21話
しおりを挟む一沙の所属する部署は残業はほぼ無い。今日も定時に帰れることになった。PCの電源を落とし帰る準備を始める。チラリと山崎の席を確認すると彼もまた机周りを整理しているので、同じく定時に退社するのだ。残業してくれれば、その隙にさっさと帰ることが出来るのだがこればかりはしょうがない。一沙は神木に「今終わりました」とメッセージを送り準備を終えるとすぐさま部署を出た。山崎が自分を見ていたことには気づいていたけれど、気づかない振りをした。行く途中でスマホを操作すると、やはりすぐにメッセージが届いている。
「変に目立つと悪いから近くの駐車場で待ってます」
神木から届いたメッセージを読んだ一沙は彼の配慮をありがたく思う。彼がエントランスで一沙を待っていたら確実に目立つ。地味な一社員で通っている一沙が注目の的になってしまうのは色々面倒なので避けたかった。
自意識過剰だと受け取られかねない文章だが、神木が言っていると思うと違和感がない。しかし、この文面からすると騒がれるのは日常茶飯事なのかもしれない。美形過ぎるのも考えものだと同情した。
エレベーターを降り、エントランスを抜けて出入り口から外に出る。神木の指定してきた駐車場はここから歩いて数分かからない距離にある。車を待ってない一沙にとっては縁遠い場所だ。免許は持っているがペーパードライバー。地方に引っ越さない限り車を所有してなくても不便はない。神木が「行きたいところがあるなら俺が連れて行くよ」と一沙を今以上に甘やかそうとしてくるので、一沙が車を運転する機会はこの先もないと思う。
駐車場は通勤ルートから外れたところにあるが、昼食を食べる店を探す際に通る時もある。だから迷うことなく真っ直ぐにたどり着くことが出来た。時間も時間なので停まっている車の数は多くない。一沙はすぐに背の高い人影を見つけ、小走りで近づいて行く。ヒールの足音に気づいた人影が声を上げた。
「一沙、お疲れ様」
「宗一郎さん、迎えに来てくださってありがとうございます」
暗くて良く見えなかった神木の顔がこの距離だと良く見える。神木は一沙に向かってふわりと微笑み。そんな彼を見ると一沙の中に蓄積された疲れが吹き飛んで行く感じがした。単純なものである。
「俺が迎えに来たかっただけだから気にしないで」
神木はさらりとこういうことを言う。一沙はその度にドギマギさせられるのだ。経験豊富だからこそ成せる技だろう。一沙と出会ってからは女性と親しくしたことはないという自己申告を信じてはいるが、それ以前のことは知らない。モテていただろうし人並みに遊んでいたのは確実だ。出会う以前のことに嫉妬しても仕方ないと分かっているが、時折胸にモヤモヤとしたものが生まれる。それでも神木が今好きなのが一沙だというのは揺るぎない事実。だから嫉妬することも過去の女性関係を詮索することもしない。
考え事をしていた一沙は神木の視線が自分ではなく、遠くに向けられていることに気づいた。
(何かある?)
一沙が神木を見上げると彼の視線がみるみる鋭くなる。ますます彼の視線の先に何があるのか気になった一沙が振り返ろうとした時だった。神木が一沙の両頬を手で包むと身を屈めてくる。何を、と訊ねる隙もないまま彼の端正な顔が目の前に迫り…唇が重なっていた。
(っっっ!!!)
一沙は何が起きたか分からず、目を見開いて文字通り固まっていた。神木は薄らと目を開けたまま、触れるだけの軽…くないキスをしてくる。頬を手で押さえられているため顔を逸らすことは出来ない。「ここ外!誰かに見られる!」と一沙が目必死に訴えるが神木は全く意に介さず、寧ろキスが深くなった。唇の僅かな隙間からスルリと入り込んで来た彼の舌が一沙の口の中を甘く脅かし、まともな思考力も溶けていく。
ここが外だということも忘れ、神木とのキスに酔いしれそうになる。が、ギリギリで理性を手放したわけではない。変な声が出ないように堪える一沙に神木はお構いなしに容赦無く攻めてくる。気持ちが良い、と下腹部も疼き足腰にも力が入ってこなくなった一沙は神木のシャツをギュッと握ってしがみ付いた。
側から見たら外でいちゃついているカップルだ。恥ずかしくて堪らないはずなのに一沙はもう、夢中になっていた。舌を絡ませ合う卑猥な音が聞こえていないことを祈るが、別に聞かれてもいいとすら思う自分も居た。銀糸を引いて彼の唇が解かれた時、名残惜しそうな顔をしたのは一沙の方だった。神木もそんな一沙に中てられたのか瞳には情欲の光が宿っており、またも下腹部が疼く。ついさっき見た険しい表情のことなど頭から抜け落ちている。
神木は一沙の手を引き停めて合った車に乗せると再び深いキスを繰り返し、互いに貪り合う。流石にここでこれ以上は出来ないと神木は車を発進させた。帰ったら確実に抱かれるだろう。一沙もそれを望んでいたから何も言わなかった。
駐車場から出ていく神木の車をじっと眺めている人影があったことに一沙は気づくことはなかった。
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