訳ありメイドは女嫌いなはずの主人に求愛される

水無月瑠璃

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2話

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それを手に取り内容を確認すると、ある顧客について書かれた書類だった。名前はルーク・カーライト、男、年齢は21、職業はライター、希望内容は週に3回家中の掃除と洗濯、食事の準備、ただし仕事部屋には絶対立ち入らないで欲しい……。

「若い女性が苦手なので若いメイドは不可、って」

いくつか書かれた希望条件の中ででかでかと書かれたその一文がセレナの目を引いた。

「……私絶対対象外じゃないですか」

セレナは今20、十分若い。このルークという客の求める条件には合わない。まさかこの男性の元に行けというのだろうか。視線を書類から所長に移すと彼女はにっこりと笑っている。どうやらセレナの予想は当たっているようだ。

「申し訳ありませんがお断りします、テレザさんはどうですか?確か最近42になられたはずなので、この方の希望に合うと思いますが」

「彼女、今受け持ってる顧客で手一杯だって断られたのよ。というか軒並み断られた後だから。最近依頼が増えていて皆忙しいのよね。引き受けてくれそうなのセレナしかいないの」

「いや……お断りした方が良いですよ。若いメイドが来たらこの方激怒しますよ」

「でもね、お客様結構切羽詰まっていたというか……一度お電話で色々伺ったんだけど、元々家事が苦手な上に仕事に熱中すると食事も忘れて家の中がすぐにゴミ貯めになってしまうらしいの。今までもメイドを雇っていたそうだけど、懸想してお客様をストーキングしたり仕事部屋に勝手に入ったりする問題のあるメイドにばかり当たってしまったそうよ。中には勝手に合鍵を作って留守中に家に侵入していたメイドもいたとか。全員がお客様と年の変わらないメイドだったそうよ」

話を聞いていてゾワッと鳥肌が立つ。セレナはルークという人が若いメイドを拒否している理由を察した。そんな目に遭えば若い女性自体を忌避しても仕方がない。

「そんな事情があるのなら尚更お断りするべきです。他のところなら年配のメイドを派遣してくれるかもしれませんし、所長から紹介して差し上げては?」

「でもカーライト様、うちのメイドはお客様からの評判が良いとどこかで聞いて連絡をくださったようでね。藁にも縋る思いでうちを選んでくれたのだから、力になりたいのよ。何よりメイドが全員が全員依頼人に色目を使うどころか、犯罪行為に手を染めるろくでもない人間ばかりだという偏見もなくしてもらいたいわ。セレナは良くも悪くも人に興味がないし、何より真面目でしょ?私としては、こういう事情を抱えたお客様も安心して任せられるの」

「いえ、荷が重いです。そもそも私男性苦手です」

恐怖症という訳ではないが、あることがきっかけで男性に苦手意識を持っている。そういう理由からセレナの担当は全員女性だ。ここに勤め始めてから男性と話した回数は数えるほどだ。

「でもねぇ、これからは男性の依頼者も増えるしいつまでも男性を避け続けることも難しいわよ。良い機会だし試しに顔合わせだけでも、ね?お願い!」

どうしてもルーク・カーライトを逃したくない所長はセレナに頭を下げていた。この様子を見るとルーク・カーライトは結構な上客なのかもしれない。経済的に余裕がないとメイドを依頼することは難しいからだ。

セレナとしては、所長の言う通りいつまでも男性客を避けることも難しいと感じていた。ルーク・カーライトは女性が苦手、セレナは男性が苦手。異性が苦手なもの同士、意外と上手くやっていける可能性もある。セレナは会話も出来ないほど男性が苦手なわけではないので、仕事をする上で支障が出ることもない。

「……分かりました、一度お客様の元に伺います。ですがその上で追い返されたら、即帰ります」

「うん、それで良いわ。じゃあ明日の9時からよろしくね。その書類にお客様の自宅住所書いてあるから確認しておいて」

「分かりました」

所長は口では言わないがセレナがルーク・カーライトと正式な契約を交わすことを望んでいるのが伝わってくる。過度な期待をされても困るのだが、一々口にはしない。

(女性が苦手な人には男性の家政夫の方が良いんだろうけど、殆どいないのが実情だものね)

家事は女の仕事という風潮が根強く、他国では家政夫が徐々に増えてるらしいがこの国では皆無に等しい。ルーク・カーライトも家政夫がいれば苦労することもなかったのだろう、と少しだけ同情した。
ともかく仕事は仕事、セレナは明日の初顔合わせのために気合いを入れた。




******



翌朝の8時45分にセレナは書類に記された住所を頼りにルーク・カーライトの自宅の前に着いた。彼が住んでいるのは王都の外れ、閑静な住宅街にあるこじんまりとした邸だった。確か年齢は21だったか、その年齢でアパートではなく邸に住んでいるということはセレナの想像以上の上客。所長が頭を下げた理由に納得が出来た。彼女からすればセレナには絶対に契約をもぎ取って欲しいところだろう。しかし、セレナは望み薄だと思っていた。

セレナは扉の前に立ち、呼び鈴を鳴らす。暫くすると扉が開き、誰かが出てきた。

「はい……誰あんた?」

出て来たのは漆黒の髪を無造作に流し、ブルーグレーの切れ長の双眸を持つ容姿端麗な男だった。セレナは顔立ちよりも、珍しいその瞳の色に目を惹かれた。そして、彼はかなり背が高くセレナが見上げないと目線を合わせられない。鼻筋の通った端正な顔立ちがセレナの姿を確認した瞬間、しかめ面になり冷ややかな目でセレナを睨んでいる。早くもこちらを拒絶する姿勢を見せる男性にセレナは臆さず、自己紹介をした。

「初めまして。メリエーラ派遣所から参りましたセレナと申します。ルーク・カーライト様でお間違いないでしょうか」

「ああ、そうだけど……俺若いメイド無理って言ったと思うんだけど?あんた俺と年変わらなそうだよね。悪いんだけど若いメイドは断ることにしているんだ、帰ってくれない?」

取り付く島もないとはこのことだろう。若い女はみんな同じだろう、と決めつけて初対面のセレナに対しても嫌悪感を露わにし、ブルーグレーの瞳がこちらを見下しているのがありありと伝わって来た。セレナは彼に対し苛立ちのような気持ちが湧いてきた。確かの彼の境遇には同情するが、己の偏見だけでセレナも引いては仲間も客に邪な気持ちを抱き、問題を起こす人間だと思い込んでいる。話は終わったとばかりに扉を閉めようとするルークにセレナは気づいたら声をかけていた。

「お待ちください……失礼ながらお客様は『若いメイド』に対しての偏見が深いように思われますが誠に遺憾です」

「は?」

「お客様の事情に関しては所長から伺っております。あのような経験があればメイド、引いては女性に対して嫌悪感を抱くのも仕方ないと思います。ですが、メリエーラ派遣所にはお客様が出会ったプロ意識の欠片もない、己の欲望のまま行動する愚か者は一人もおりません。私を含め皆、責任と誇りを持って職務に取り組んでいます」

「何?だから自分と契約しろってこと?」

ルークは熱心に語るセレナを冷たい眼差しで見ている。彼にとってはセレナの訴えも自分を売り込むためのセールストークにしか聞こえないようだ。セレナは諦観の気持ちを抱えたまま、ふっと口角を上げた。

「いえ、契約するかどうかはお客様の自由です。所長からは一度顔を見せて、難しそうなら帰って良いと言われています。ただ、お客様の言葉に思うところがあり失礼だと承知しておりましたがお話させていただきました。気が済みましたのでこれにて失礼いたします」

深くお辞儀をして邸を後にしようとしたセレナだが、最後にこう言い残した。

「自分の職場という贔屓目もありますが、メリエーラ派遣所より評判の良いところは中々ありません。お客様もどこかでうちの評判を聞いて依頼してくださったと聞いています。ですが、お客様が拒否されているのに無理強いすることは出来ませんから……お客様が良いメイドと巡り合えることを祈っております」

言外に「うちを逃したら前と似たようなメイドにあたる可能性がある」と仄めかしながらセレナはルークの邸から去って行った。


(流石に態度が悪かったかな……まあ、もう会うこともないから良いかな)

午後の仕事を終え宿舎に帰る道中、セレナはルークに対する失礼な言動を少し後悔していた。セレナはルークが女性を厭う理由を全て知っているわけではない。メイドの件以外にも女性を拒絶するに至る何かがあったのかもしれない。それを知らない立場のセレナに好き勝手言われ、気分を害しただろう。仕方がない、セレナとルークは合わなかった、それだけだ。期待をしてくれていた所長には申し訳ないが、そもそもセレナには荷が重かった。もっとコミュニケーション能力が高い同僚メイドなら、あの如何にも面倒臭そうな男と上手いことやれた気がする。今更考えても、セレナにはどうすることも出来ないのでルークのことは頭の片隅に追いやった。

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