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7話
しおりを挟む不快なアラーム音が遠くで聞こえる。うーん、と夢現の中にいた灯里は突然ガクガクと揺さぶられ目を覚ます。寝ぼけ眼の視界にいるのは上半身裸の樹。そして知らない部屋、樹の部屋だ。記憶の飛ぶタイプではない灯里は昨夜何があったか忘れてない。樹の顔を見られないほど恥ずかしがるかもと思いきや、終わってしまえばそうでもなかった。驚くほど普通に樹の顔を見ることが出来ている。いや、顔に出ないよう無意識に制御してるだけかもしれない。
「起きろ、一度部屋戻るんだろ」
「…そうだった、ありがとう」
寝起きのせいなのか昨夜のせいなのか、掠れた声で礼を言うと樹の眉がピクリと動くが特に触れることはなかった。全裸のままベッドを出ると手早く服を着て、バスタオルをポイと灯里に投げる。受け取った灯里は全裸で樹の部屋の中を歩き回る勇気はなくバスタオルを巻き、フラフラとした足取りで洗面所に向かう。
カラスの行水で風呂場を出て昨日着てた服をまた着る。後で着替えるからそれまでの我慢。リビングに戻るとパンと目玉焼きがテーブルに2人分用意されていた。
「俺はシャワー浴びる」
そう言い残すとさっさとリビングを出て行った。これは食べて良いということだろう。有り難く頂くことにした。
シャワーを浴びて戻った樹が朝食を食べ、灯里を送った足で会社に向かうと言う彼が一度寝室に戻り、鞄を持ってくる。灯里も持ってきた荷物を全て持ち、樹と共に部屋を出た。
車で20分ほど走らせると灯里の住むマンションに到着する。助手席から降りる前に灯里は「色々ありがとう…時間あるなら寄ってく?」と無意識のうちに誘っていた。自分でも何故こんなことを言ったか分からず、しかし誘われた樹の方が困惑している。真剣な顔で悩み、そして首を振った。
「せっかくだけど止めとくわ」
「そう」
急に誘われても困るだろう、とショックを受けることなくそのまま車から降りようとしたら。
「部屋入ったらまた手出すからな、絶対」
「…ん?」
「流石にこれ以上はな。それに、お前の部屋にあるゴムなんて使いたくねぇし」
朝から何の話をしているんだ、と樹の話についていけない灯里に樹は急にキスしてきた。カチンと固まってる隙に柔らかい舌が入り込み、口の中を蹂躙する。あっという間に息が上がった灯里を解放すると、至近距離で囁いてきた。
「お前が今どう思ってるのか聞かないけど…無かったことにしたり避けたりするなよ?」
念を押すように言う樹にコクコク頷いた灯里は逃げるように車から出る。バタン、とドアが閉まると樹の車は発車しあっという間に見えなくなった。自分の唇に触れると、妙に熱かった。
*********
「大事な話がしたい」と昼休みに浩介にメッセージを送ると「分かった、いつが良い」と返信が来たので「今日」と返信する。すぐさま「分かった」と返ってきた。恐らく灯里の方が仕事が終わるのが早いから、待ち合わせは浩介の会社から少し離れたカフェになった。向こうも何を話すのか察しているから、会社の人に見られる危険の少ない場所を選んでいる。
穏便に済めばいいけど、と灯里は短いメッセージを眺めていた。
「お待たせ」
ホットコーヒーを手に持った浩介が灯里の席にやって来て向かいに座る。浩介の表情は暗く、緊張してるようにも見えた。やはり灯里の話の内容を察しているのだ。高校時代から付き合い、知り合った時を含めれば長い時を過ごして来た相手。そんな相手に引導を渡すことに心が傷まないわけではない。そもそも、灯里だって浩介を頭ごなしに責められる立場ではないのだ。それでもこれ以上浩介と共に居続けることは出来ない。灯里の信頼と気持ちを裏切ったのは浩介なのだから。
「浩介、私と別れて。理由は分かってるでしょ?昨日目、合ったよね」
単刀直入に別れを切り出された浩介は傷ついたような顔をする。傷ついていたのは灯里の方なのに、被害者の顔をしないで欲しい。浩介は絞り出したような声で弁明する。
「…彼女とはその…魔が差しただけなんだ。俺は灯里のことが好きだから別れたくない、もう一回チャンスが欲しい」
頭を下げて懇願する浩介を冷ややかな目で見つめる灯里。吐き捨てるように告げた。
「魔が差した、ね。あの彼女とは本当に昨日が初めてなの?」
浩介は頭を上げない。会う頻度が減っていたことから、鎌をかけてみたが当たっていたようだ。魔が差したというのが本当ならすぐに顔を上げ灯里の顔を真っ直ぐ見れるはず。それが出来ないのは、そういうことだ。灯里はフーッ、と溜息を吐いた。
「私さ、4年前に2度目はないって言ったの覚えてる?あの時はお酒も絡んでて浩介が物凄く反省してて、私もあなたのこと好きだったから許した。けど今回は無理。昨日の彼女とは初めてじゃないんでしょ?自分の意思で浮気したのなら、これ以上は付き合えない。それに、私も付き合い続ける資格ないから」
「資格?何それどういう意味」
ずっと黙っていた浩介が顔を上げた。その表情は疑問に満ちている。灯里は決別の一言を言い放った。
「昨日、別の男と寝たの。私も浩介と同じになったんだよ。だから別れた方が良いの」
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