強面で寡黙な騎士団長が実は婚約者です。

水無月瑠璃

文字の大きさ
3 / 8

3話

しおりを挟む


「…は?」

「いや、何となく気になりまして~」

突然質問を投げられられたイザークは面を喰らったようで目を瞬かせた。不躾にも程があるが酔って正常な判断力を欠いていたマリアは気づかない。正直に答える義務はないのに、真面目なイザークはたっぷり数分考え込んだ後恐る恐る口を開いた。

「…俺は……うちはそもそも社交を必要最低限しかしないから、伯爵夫人としての仕事も多くない…結婚後も仕事を続けても問題はない。如何わしい場所や集まりに行くことは世間体が悪いから許可は出来ないが、それ以外なら干渉するつもりはない」

マリアは半開きの翡翠色の瞳をカッ、と開く。

「…理想的過ぎる…団長さん絶対引く手数多ですよね。縁談を断られまくっているって噂流れてますけど、事実無根ですよね」

イザークがうっ…と押し黙った。曇りなき眼で見つめられ居心地悪そうに視線を彷徨わせている。表情に翳りが出たように見えるのは気のせいだろうか。

「…あなたが聞いたという噂は本当だ。相手方から持ち込まれた縁談だが、顔合わせの段階で全員が断る、途中で無理と叫んで逃げた者もいた」

「縁談を申し込んでおいて?」

怒りでグラスの持つ手に力が入ってしまう。イザークはとっつき易い雰囲気ではないし、眼光も鋭い上に物言いも些かきつい時がある。怖いと思う人の気持ちも分からなくはないが、だからと言って途中で逃げ出すなんて無礼にも程がある。しかし憤るマリアをイザークは宥めるように言う。

「…何もしてないのに睨まれたと子供の頃親戚の女児に泣かれたのが始まりだったと思う。それで女性に対し苦手意識を持ってしまい、元来の口下手と人相の悪さも相まって…今に至る。もう慣れてしまった」

イザークは自分が女性に怖がられることに関しては諦めているようだった。嫡男の彼はマリアと違って結婚しない訳にもいかない。しかし、悉く断られているせいで自信を無くしているのだ。仕事で多少話すだけの薄い関係性のマリアが何か言える立場ではない。仮にアドバイスをしても軽く聞こえるし、何様だと不快感を覚えられたら困る。が、何となく黙っていることも出来なかった。

「…団長さんのこと怖がらない人探せば近くにいると思いますよ」

先程イザークが慰めてくれた時の同じトーンで、軽い調子で返した。それが良かったのかイザークの目元がほんの少し柔らかくなった気がした。それから完全に、いや既に興が乗っていたマリアは更に馴れ馴れしくなった。「鉄仮面」「悪魔の騎士団長」と他の騎士のみならず役職持ちからも恐れられるイザーク(人相の悪さだけでなく部下や同僚を容赦なく扱く姿から)も酔って積極的に話しかけるマリアには普段の毅然とした態度は取れないようだ。そもそも女性慣れしていないのだろう。タジタジである。マリアも男慣れはしていないが、「あれ以来」イザークに対しては然程緊張しない。それが今は良くも悪くもマリアの大胆さに拍車をかけていた。

「…それで従妹ったら『あなたなんて恋人の1人も出来たことないんでしょ??ああ、色気のかけらも無いあなたじゃ無理よね』って鼻で笑うんですよ!そりゃ恋人もいたこともないしピカピカの処女ですけど、あの子も恋人いたことないのにあそこまで上から目線になれるのは最早尊敬しますよ!」

「ゲホッッッッ!」

恥じらいの無さにも拍車をかけており、処女発言にイザークが思い切り咽せた。苦しそうに咳き込むイザークを己の発言のせいだとイマイチ理解出来ていないマリアが背中を摩るが、ビクリと肩を跳ねさせる。

「大丈夫ですか?」

「ゲホ…だ、大丈夫だが…そ、そういうことは公共の場で言うのは控えるべきだ。誰が聞いているか分からない…」

「そういう…処女?」

「言った側から!」

酔いのせいか照れのせいか無表情ながらイザークの顔は赤くなっていた。心なしか怒っているようにも見える。

「さ、酒場でそういうプ、プライバシーに関わることを言うな!よからぬことを企む輩が寄って来る!」

「いや、無いですよ~」

険しい顔のイザークに笑いながら顔の前で手を振るマリアは対照的であった。

「あの子の意見に同意したくはないんですけど、モテないのは本当なので。学生時代も出仕してからも遊びで声かけられた事しかありません…ああ、でも」

言葉を切ったマリアがビールを一口飲んだ。

「はしたないですけど、そういうことに興味がない訳では無いんですよね…遊び目的の人は怖いので実行に移すつもりはありませんが…」

ひと昔は嫁入り前の娘は純潔であれ、という風潮があったが今は王族に嫁ぐ等の一部の場合を除き女性の処女姓は重視されない。政略結婚の駒として育てられ、自由な恋愛を望めない貴族の娘を憂い婚姻前の自由恋愛を許す、そういう考えが長い時を経て国中に浸透していった。また、婚前交渉が推奨されることにより婚姻前に身体の相性を確かめることが可能になった。身体の相性が悪いとそれがそのまま不仲に繋がり愛人を作る、婚外子が生まれるという家庭内引いては爵位継承に関して混乱が生まれてしまう。性に厳格であることが必ずしも良い結果に繋がるとは限らない。貴族の娘であるマリアが興味本位で誰かと関係を持ったとしても、白い目で見られることはないのである。

リリアナと叔母は世間の風潮と真逆の考えを持っているので、マリアが未経験であることを嘲笑ったリリアナも結婚するまで処女だったはず。同じ土俵に立って居たのに、当然のようにマリアを下に見ているのだ。全くもって理不尽。マリアは良い加減馬鹿にしているリリアナを見返したいという気持ちが湧いてきた。

「…何処かに身元の保証された安心安全な人いませんかね」

そうポツリと呟いたマリアは隣のイザークに視線を向けた。彼の顔は未だに赤かったが、マリアに見つめられて目を逸らすことはしなかった。この時、マリアは勿論イザークも多少酔っていたのだろう。気づいたら彼の前に空のグラスがズラリと並べられていた。マリアとイザークは互いの目を見つめ合う。そしてマリアが徐にイザークの手に自らの手を重ねた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

幼馴染の執着愛がこんなに重いなんて聞いてない

エヌ
恋愛
私は、幼馴染のキリアンに恋をしている。 でも聞いてしまった。 どうやら彼は、聖女様といい感じらしい。 私は身を引こうと思う。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

顔も知らない旦那様に間違えて手紙を送ったら、溺愛が返ってきました

ラム猫
恋愛
 セシリアは、政略結婚でアシュレイ・ハンベルク侯爵に嫁いで三年になる。しかし夫であるアシュレイは稀代の軍略家として戦争で前線に立ち続けており、二人は一度も顔を合わせたことがなかった。セシリアは孤独な日々を送り、周囲からは「忘れられた花嫁」として扱われていた。  ある日、セシリアは親友宛てに夫への不満と愚痴を書き連ねた手紙を、誤ってアシュレイ侯爵本人宛てで送ってしまう。とんでもない過ちを犯したと震えるセシリアの元へ、数週間後、夫から返信が届いた。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。 ※全部で四話になります。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした

柴田はつみ
恋愛
侯爵令嬢エラナは、父親の命令で突然、10歳年上の国王アレンと結婚することに。 幼馴染みだったものの、年の差と疎遠だった期間のせいですっかり他人行儀な二人の新婚生活は、どこかギクシャクしていました。エラナは国王の冷たい態度に心を閉ざし、離婚を決意します。 そんなある日、国王と聖女マリアが親密に話している姿を頻繁に目撃したエラナは、二人の関係を不審に思い始めます。 護衛騎士レオナルドの協力を得て真相を突き止めることにしますが、逆に国王からはレオナルドとの仲を疑われてしまい、事態は思わぬ方向に進んでいきます。

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

初恋に見切りをつけたら「氷の騎士」が手ぐすね引いて待っていた~それは非常に重い愛でした~

ひとみん
恋愛
メイリフローラは初恋の相手ユアンが大好きだ。振り向いてほしくて会う度求婚するも、困った様にほほ笑まれ受け入れてもらえない。 それが十年続いた。 だから成人した事を機に勝負に出たが惨敗。そして彼女は初恋を捨てた。今までたった 一人しか見ていなかった視野を広げようと。 そう思っていたのに、巷で「氷の騎士」と言われているレイモンドと出会う。 好きな人を追いかけるだけだった令嬢が、両手いっぱいに重い愛を抱えた令息にあっという間に捕まってしまう、そんなお話です。 ツッコミどころ満載の5話完結です。

処理中です...