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7話
しおりを挟む「ありがとう、ございます」
「泣きたい時は泣いてください。正直、無理して笑ってるな、って心配していたので」
花村には葉月の強がりがバレていたらしい。裏切られたことは誰にも言ってない。迷惑料をもらったからではない。話を知った友達は葉月の肩を持ってくれるだろうが、惨めな形で裏切られたことを知られたくなかった。味方のフリをして、内心「捨てられても仕方ない」と裏切った友人のように嘲笑してるのではないか、と疑いの目で見てしまうからだ。恐らく長年の幼馴染と友人に裏切られたことで軽い人間不信に陥っていたのだろう。
誰にも愚痴を溢すことが出来ず、心の中に色々溜まっていたが花村に聞いてもらったことで軽くなった。葉月はカウンターの端の目立たない席であること、花村が上手く周囲の視線からガードしてくれたことも相まって割と思い切り泣いた。完全に迷惑な客だがオーナーが花村の友人だから見逃してもらってるのだろう。後で謝罪しよう、と記憶の片隅で思った。
葉月は目元からハンカチを離し、あることを思い出した。シャワーを浴びてもう外に出ないからと、必要最低限のメイクしかしていないことを。しかし、これが幸いした。もしいつものようにメイクをしていたら、今の葉月の顔は酷い有様になっていただろう。葉月は濡れたハンカチを手に苦笑いを浮かべる。
「ごめんなさい、ハンカチ洗って返し…」
言葉を途中で切った。葉月の滞在してるホテルには洗濯機がない。長期滞在する旅行客はフロントに電話をしてクリーニングに出すのである。ハンカチ等の小物は自室で洗うことも可能だろうが、自分のものではなく借り物をそんな風に洗えない。
「…泊まってるホテル洗濯機ないので、クリーニングに出しますね」
「そんな手間のかかること、安物なので差し上げますよ」
なんて事を言い出したので葉月は固辞したが、花村も引き下がらない。このまま押し問答を続けるのもどうかと思ったので、一旦受け入れた、ふりをした。
(明日出せば明後日には帰ってくるよね。ハンカチ一枚じゃ逆に迷惑だろうから、自分のものも出した方が良いかな…)
その場合返すという名目で花村に会うことが出来る、と葉月の気分は少し高揚している。泣いてスッキリしたこともあって、鬱々とした気持ちは何処かに飛んでいった。晴れ晴れとした表情で花村を見る。
「店長さん、長々と話に付き合わせてしまったのでお詫びに奢ります。私今軍資金たくさんあるんで」
誇らしげに胸を張る葉月に花村は迷う素振りを見せるが、断るのも悪いとこちらを慮ってくれたようでゆっくりと頷いた。
「ではお言葉に甘えて…あ、高原さんはノンアルにしてくださいね」
「えー」
「そんな顔しても駄目です。二日酔いになったら明日寝て過ごすことになりますよ」
花村の指摘に葉月はグッと押し黙った。観光も出来ずホテルにずっと篭ってるなんて、1週間もあるとはいえ勿体ない。彼は正論しか言わないので反論出来ないのだ。
葉月は花村の言い分を受け入れてノンアルを頼む。花村の方はオーナーがいつの間にか置いたであろうグラスが半分まで減っていた。メニューを見たら、それはかなり度数の高い酒だった。彼も葉月と同じかそれ以上に酒に強いらしい。グビグビと飲む彼を見つめた。彼は顔色一つ変わらない。今飲んでいるやつを飲み終わるとオーナーを呼び、常連らしい慣れた動作で酒を注文した。
奢りと言われてもやはり花村は遠慮しているようで、あまり飲んでないように見える。とはいえ頼むものが悉く度数の高いものなので、4杯も飲めば普通の人ならとっくに酔っ払っているはずだが彼は平然としていて、葉月に当たり障りのない話題を振ってくれる。旅行客だと言った葉月にこの辺で有名な観光スポットやあまり人の来ない穴場スポット、美味しい店を教えてくれた。
「店長さん、お詳しいんですね」
「地元はここから離れてますが両親がこっちに移ってから長いので、そこそこ詳しいんですよ」
聞けば花村の両親は5年前に早期退職して、こっちに引っ越して念願だった喫茶店を開いたらしい。地元はここから離れた同県の中心部でそれまで住んでいた家は売り払い移り住んだこと、今回はお盆休みに合わせて有給も取ったので数週間はこっちにいる予定だということ、県内の大学出身でオーナーも同じ大学出身だということ、そして年齢は葉月の5つ上の30であること等、かなりプライバシーに関わる情報も葉月に聞かせてくれた。葉月の年齢を知ると「お若いですね」と社交辞令を言うのも当然忘れない。葉月も釣られて東京からの旅行客だと自らの素性を明かした。
(ほぼ初対面人間に色々話して良いのかなー、まあ旅行終わったら会わないから、店長さんも口が軽くなるのかな)
葉月はノンアルを飲みながら、呑気なことを考えていた。フワフワと花村との気の張らない会話を何処か夢見心地で楽しんでいる。フニャフニャと警戒心を欠片も感じさせない笑顔で相槌を打ち、こちらからも話を振る。酒のおかげか、彼の纏う雰囲気のおかげかほぼ初対面の男性なのに葉月は緊張しなかった。
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