君がいないと、息が出来ない

遥彼方

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先輩との練習は密度が濃いです

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 日曜日。私はお茶でいっぱいにした水筒と、おにぎりとスポーツ飲料を2本入れたクーラーボックスを自転車のカゴに突っ込み、ラケットバックを背負って家を出る。
 今日も晴天で暑い。帽子をかぶっていても強い日差しが私の目を刺激した。

「先輩、おはようございます!」

 私がコートに着くと、先輩はもう来ていてベンチに腰かけていた。
 10分前だけど、遅かったかな。

「おはよう」

 先輩は私に気付くとベンチから立って片手を上げた。私も先輩が置いている横に荷物を置いてラケットとボールを出す。

 市営のテニスコートは有料だけど、地区が運営しているテニスコートは無料で借りることが出来る。日曜日なこともあって私たちの他にも、小学生が何人かコートを使っていた。彼らは反対側のベンチに荷物を置いていた。

 パコーン。パコーン。

 小学生、3年生くらいの男の子と4年生くらい女の子が打ち合っていた。小さな体でしっかりと腰を使って打つ球は結構力強い。しっかり引き付けてためを作り、打っている。

「わ、あの子たち。あんなに小さいのに上手いですね」

 私は驚いて目を丸くした。
 下手をすると私よりも上手いんじゃない?

「ああ、女の子の方はうちの妹なんだ。男の子の方は同じクラブの子」
「そうなんですか」

 言われてみると女の子の方は先輩に似ている。
 うん、きっと将来は美人さんだ。先輩の妹だもの。

「こんにちは」

 私はラリーが途切れるのを待ってから二人に声をかけた。

「こんにちは」
「こんにちはー」

 女の子がはきはきと、男の子が少し緊張した挨拶を返す。

「私は佐藤千尋っていいます。今日は井上先輩に練習に誘ってもらったの。よろしくお願いします」

 少し腰をかがめて手を差し出した。

「井上穂波ほなみです。よろしくお願いします」
神田一誠かんだいっせいです。よろしくお願いします」

 二人とも元気よく握手してくれた。可愛い~。

 まずは乱打から。クロスに入って打ち合う。
 先輩の球は鋭いしパワーがあるけど、少し力をゆるめてくれてるのと同じところに返球してくれるから思ったよりも打ちやすかった。30分くらい打ったら休憩する。

 うひゃあ、たった30分なのにずっと打ち続けているから密度が濃い。部活だったら順番待ちだもの。
 私はごくごくと水筒のお茶を喉に流し込んだ。ふい~、生き返るなあ。

「佐藤さん、そろそろいける?」
「はい!」

 見れば小学生の二人はもうコートに入っている。私は勢いよくベンチから腰を上げた。

 存分に乱打した後は、試合をすることにした。ずっと打ち合うのは体力が続かないからだ。
 流石に私と先輩が組んだら不公平になるので、先輩と一誠くん、私と穂波ちゃんでペアになった。

 先輩のサーブはとんでもない。センターラインぎりぎりや外側のサービスラインを狙ってくる。球も速いからいいコースをつかれると反応できない。私は何度もやられてしまった。
 一誠くんも結構いいサーブを打つんだ。でもまだ安定して入れられないしコースも素直だから落ち着いて返せば大丈夫。
 そして穂波ちゃん。やっぱり先輩の妹だ。先輩と同じく穂波ちゃんも前衛で、思い切りや反応がすごくいい。ただ、背が足りないだけ。弓なりに打ち上げられたら届かないもんね。でも今回先輩は高く打ち上げる球は打たなかったから、穂波ちゃんはばんばんボレーしにいった。

 お昼がきたら、穂波ちゃんと一誠くんは先に帰った。私と先輩は昼休憩もとって、午後からも細かく休憩を挟みつつ練習した。

 今もベンチに座って休憩中。

 汗は後から後からふき出してくる。背中はぐっしょりと濡れ、頬に張り付いた髪の毛が気色悪い。タオルと汗拭きシートで拭きとると少しましになった。
 動いているときはそう思わないけれど、こうやってベンチに座っていると足が重い。これはきっと明日筋肉痛だ。

 ああ、喉がカラカラ。
 空になった水筒をうらめしく振るけど、ちゃぷんともいわない。持ってきていたスポーツ飲料も底をついた。後は家に帰るまで我慢だね。

「ジュース一本奢るよ。今日付き合ってくれたお礼」
「えっ、悪いですよ」
「いいから、いいから」

 先輩は慌てて立ち上がりかけた私の肩を叩いて座らせると、コートの外にある自動販売機に向かった。

 がこん。

 ペットボトルを取り出して戻ってくる。

「はい」
「ありがとうございます」

 私はありがたく既に汗をかいた冷たいペットボトルを受け取る。ふたを開けて口を付けるとごくごくと喉を上下させて飲んだ。一気に半分くらい飲み干して、ふーっと息を吐く。

「美味しーっ」
「ははは。いい飲みっぷり」

 先輩も私の隣に腰を下ろすとペットボトルのふたを開けた。ぐいっと大きく口に含んでから飲み込む。

「今日はありがとう。疲れたでしょ?」
「やあ、練習不足を実感しました。先輩はすごいですね」
「いや、これだけやっても県止まりだからさ。俺はテニスの才能はないんだよ」

 両手でペットボトルを持った先輩が、膝に肘をついた体勢でコートの先を見る。

「ただ好きでやってきたけど、それだけなんだ」

 コートの向こうは地域のグラウンドだけど、先輩はそこを見ていない気がした。

「俺は小学校の頃からずっとやってきたけど、入賞したこともない。今回は県大会に上がれたけど、そこから先は自信もない」

 少し目を伏せて微笑んでいる先輩は、いつもより小さく見えた。
 日に焼けた横顔にきゅっとなる。私はなんだかいてもたってもいられなくなって、気がつくと立ち上がっていた。

「好きなだけじゃ、駄目なんですか?」
「え?」

 急に立ち上がった私を、先輩が見上げた。

「テニスが好きなだけじゃ駄目なんですか。結果を残さなくちゃいけませんか」

 先輩が何度も目をしばたたかせる。

「テニスが好きってだけでいいじゃないですか。私もそれですよ」

 びっくりしている先輩がなんだか可愛くて、私はくすりと笑った。

「私、あんまり上手くないですけど楽しいです、テニス」

 ぎゅっと握った拳を上げて力こぶを作る仕草をする。

「先輩は楽しいですか? テニス」

 それから首を傾けて、先輩に問いかけた。私の問いに先輩の焦げ茶色の瞳が一つ、大きく揺れてからぴたりと止まった。

「楽しい。そうだな、楽しいよ」

 先輩が自分に言い聞かせるように、ゆっくりと「楽しい」を舌の上で転がした。それからふっと笑う。

「ありがとう。佐藤さん」

 今度の笑みはいつもと同じ、先輩らしい大きく見えるものだった。
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