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笑顔の追及に降参
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夏休みも終わり、二学期が始まった。先輩たちは引退して部活には来なくなったけど、時々下駄箱などですれ違う。
井上先輩ともそうしてばったり会うことがあって、そんな時は手を振ってくれる。私も手を振り返したり、会釈をしたり、たまに軽く立ち話をしたりもする。大体は先輩が私を呼び止めて部活のことなどを聞いてくるのだ。
その度に私はなんだか申し訳ないような気分になる。先輩の告白への答えは保留にしたまま、ずるずると時が過ぎていった。
そんな風に二学期も終わる頃のいつもの昼休み。すみれがずばっと切り込んできた。
「ね、千尋。井上先輩となにかあったの」
「ぶっ、ごほっげほっ」
唾がへんなところに入って、私はむせてしまった。
「なななな、なに、急に」
私は盛大にどもりながらすみれに聞き返す。そんな私の様子に、にこやかな顔のすみれがふうんと頷いた。
「やっぱり何かあったんだ」
「ないない。何もないよ」
「ふふ。嘘でしょ?」
私はぶんぶんと首を横に振るけど、すみれには変わらず笑顔が張り付いている。
この笑顔はやばい。
「本当だって!」
嘘だと決めつけるすみれへ私は力いっぱい否定する。
「分かった。じゃあ、今度の日曜日買い物に付き合って。彩菜も誘うから」
にっこりと笑うすみれに、これは逃げられないな、と私は悟った。
待ち合わせの後、近所のショッピングモールに向かう。彩菜とすみれとはよくこうやって買い物に行く。特に買わなくてもぶらぶらするだけで楽しかった。そんなにお小遣いもないから、しょっちゅうは買えないしね。
この日も特に何か買うわけでもなく、ウインドウショッピングを楽しむ。時々セールになっている小物に目が行くけれど、メインは三人でのおしゃべりだ。
「それで、千尋。井上先輩となんか楽しそうなことになってるんだって?」
すみれから話がいっているようで、彩菜が嬉しそうに聞いてきた。私の隣のすみれもにこにこ笑ってる。
私は二人に挟まれた真ん中で、ああこれは言うしかないと観念した。
「なってないって。ただ」
私は二人から視線を逸らして、自分のつま先を見つめる。
うう、言いにくい。
「ただ?」
「ちょっと告白っていうか、付き合ってくれないかって言われただけで」
ぼそぼそと口の中で答えを転がしたけど、聞き逃すまいとしていた二人にはばっちり伝わったらしい。
「うそーっ!」
「やっぱり何かあったんじゃない」
私の隣で二人はきゃーっと黄色い声で盛り上がった。
「で? どうなの、千尋は」
「……それが、分かんないの」
聞かれても答えを持たない私は困ってしまった。仕方なく正直な気持ちを話す。
「先輩のことはかっこいいって思うよ。テニスだって上手いし、優しいし」
「いいじゃん!」
「でも、好きっていうのかどうか分からないの」
「ああ~、そうかあ」
彩菜は片手を額に当てて、大げさに天を仰ぐようなしぐさをした。
「でも先輩の事、嫌いじゃないのよね」
すみれが私の顔をじっと見ながら言った。
「うん。どっちかというと好きだと思うけど、それが恋愛なのかどうか」
適当に足を止めた雑貨屋で、並んでいるポーチへ目を落とすけど、色も柄も頭には入ってこない。そのまま私たちはゆっくりと雑貨屋のなかを巡った。
「返事はいつするの?」
すみれが棚に飾ってあるかわいい観葉植物に目をやりながら、聞いてきた。
「ゆっくりでいいって。いつか聞かせてって」
「そう。特に決まってないのね」
小さな陶器の入れ物に入った観葉植物を少し持ち上げてから、また棚に戻す。お店の人には悪いけれど、ただ見ているふりをしているだけだ。私たち三人とも、上の空の気分でお店の中を回った。
「ねえ、彩菜。好きってどんな感じ?」
私は思い切って彩菜に聞いてみた。恋をしたことがある彩菜なら、ひょっとして分かるかもしれない。
「そうだなあ、なんかどきどきして、ふわふわしてて、ちょっとしたことが嬉しくて。でもきゅうっと切なくて、苦しい。振り回されちゃって、自分で自分の心がどうしようもない感じ」
「そんな感じ、先輩にはないな」
はあ、と息を吐いて私は適当なマグカップを手に取った。断らなくてはいけないのかと思うと気分が沈む。
「やっぱりごめんなさいって言わなきゃだめだね」
重たい気持ちそのままに暗い声を吐きだすと、彩菜が横から私の持っていたマグカップをひょいと取った。
「分かんないよ。もしかしたらそんな気持ちになるかもしれないじゃん」
くるりとマグカップを回す。反対側を向いたマグカップには、私から見えていた柄とは違う柄が顔を出す。どうやら表側と裏側で柄が違っていたらしい。
「気持ちなんて変わるかもしれないでしょ」
マグカップの表と裏を交互に見せながら、彩菜がウィンクをした。
彩菜は新しく好きな人が出来たところだった。今度は同じクラスの鎌田くん。隣の席で時々勉強を教えてくれるらしい。
「他に好きな人とかいないの? 例えば藤河君とか」
「なんでそこで徹が出てくるの」
私はさっきとは違う溜め息を吐いた。
もう、何回この話題が出て、何回否定したのか分からない。その度に迷うことなく答えは同じだ。
「徹とは幼なじみ。昔から親同士が仲が良くて家族みたいな付き合いなの。それだけ。うんざりだよ、その質問」
「そっか。ごめん、ごめん。だってすごく仲が良さそうだしさ。毎日一緒に帰ったりしてるでしょ? つい、ね」
すみれと彩菜が顔を見合わせてから、二人でねえ? と言い合った。
「ゆっくりでいいって言ってくれてるんだから、返事をするぎりぎりまでよく考えたらいいんじゃないかな」
すみれの提案に彩菜がうんうんと頷く。
つまりは今まで通り、気持ちを保留にしたままでいること。
その結論しか出せなくて、私はまた、はあ、と重たい息を吐いた。
井上先輩ともそうしてばったり会うことがあって、そんな時は手を振ってくれる。私も手を振り返したり、会釈をしたり、たまに軽く立ち話をしたりもする。大体は先輩が私を呼び止めて部活のことなどを聞いてくるのだ。
その度に私はなんだか申し訳ないような気分になる。先輩の告白への答えは保留にしたまま、ずるずると時が過ぎていった。
そんな風に二学期も終わる頃のいつもの昼休み。すみれがずばっと切り込んできた。
「ね、千尋。井上先輩となにかあったの」
「ぶっ、ごほっげほっ」
唾がへんなところに入って、私はむせてしまった。
「なななな、なに、急に」
私は盛大にどもりながらすみれに聞き返す。そんな私の様子に、にこやかな顔のすみれがふうんと頷いた。
「やっぱり何かあったんだ」
「ないない。何もないよ」
「ふふ。嘘でしょ?」
私はぶんぶんと首を横に振るけど、すみれには変わらず笑顔が張り付いている。
この笑顔はやばい。
「本当だって!」
嘘だと決めつけるすみれへ私は力いっぱい否定する。
「分かった。じゃあ、今度の日曜日買い物に付き合って。彩菜も誘うから」
にっこりと笑うすみれに、これは逃げられないな、と私は悟った。
待ち合わせの後、近所のショッピングモールに向かう。彩菜とすみれとはよくこうやって買い物に行く。特に買わなくてもぶらぶらするだけで楽しかった。そんなにお小遣いもないから、しょっちゅうは買えないしね。
この日も特に何か買うわけでもなく、ウインドウショッピングを楽しむ。時々セールになっている小物に目が行くけれど、メインは三人でのおしゃべりだ。
「それで、千尋。井上先輩となんか楽しそうなことになってるんだって?」
すみれから話がいっているようで、彩菜が嬉しそうに聞いてきた。私の隣のすみれもにこにこ笑ってる。
私は二人に挟まれた真ん中で、ああこれは言うしかないと観念した。
「なってないって。ただ」
私は二人から視線を逸らして、自分のつま先を見つめる。
うう、言いにくい。
「ただ?」
「ちょっと告白っていうか、付き合ってくれないかって言われただけで」
ぼそぼそと口の中で答えを転がしたけど、聞き逃すまいとしていた二人にはばっちり伝わったらしい。
「うそーっ!」
「やっぱり何かあったんじゃない」
私の隣で二人はきゃーっと黄色い声で盛り上がった。
「で? どうなの、千尋は」
「……それが、分かんないの」
聞かれても答えを持たない私は困ってしまった。仕方なく正直な気持ちを話す。
「先輩のことはかっこいいって思うよ。テニスだって上手いし、優しいし」
「いいじゃん!」
「でも、好きっていうのかどうか分からないの」
「ああ~、そうかあ」
彩菜は片手を額に当てて、大げさに天を仰ぐようなしぐさをした。
「でも先輩の事、嫌いじゃないのよね」
すみれが私の顔をじっと見ながら言った。
「うん。どっちかというと好きだと思うけど、それが恋愛なのかどうか」
適当に足を止めた雑貨屋で、並んでいるポーチへ目を落とすけど、色も柄も頭には入ってこない。そのまま私たちはゆっくりと雑貨屋のなかを巡った。
「返事はいつするの?」
すみれが棚に飾ってあるかわいい観葉植物に目をやりながら、聞いてきた。
「ゆっくりでいいって。いつか聞かせてって」
「そう。特に決まってないのね」
小さな陶器の入れ物に入った観葉植物を少し持ち上げてから、また棚に戻す。お店の人には悪いけれど、ただ見ているふりをしているだけだ。私たち三人とも、上の空の気分でお店の中を回った。
「ねえ、彩菜。好きってどんな感じ?」
私は思い切って彩菜に聞いてみた。恋をしたことがある彩菜なら、ひょっとして分かるかもしれない。
「そうだなあ、なんかどきどきして、ふわふわしてて、ちょっとしたことが嬉しくて。でもきゅうっと切なくて、苦しい。振り回されちゃって、自分で自分の心がどうしようもない感じ」
「そんな感じ、先輩にはないな」
はあ、と息を吐いて私は適当なマグカップを手に取った。断らなくてはいけないのかと思うと気分が沈む。
「やっぱりごめんなさいって言わなきゃだめだね」
重たい気持ちそのままに暗い声を吐きだすと、彩菜が横から私の持っていたマグカップをひょいと取った。
「分かんないよ。もしかしたらそんな気持ちになるかもしれないじゃん」
くるりとマグカップを回す。反対側を向いたマグカップには、私から見えていた柄とは違う柄が顔を出す。どうやら表側と裏側で柄が違っていたらしい。
「気持ちなんて変わるかもしれないでしょ」
マグカップの表と裏を交互に見せながら、彩菜がウィンクをした。
彩菜は新しく好きな人が出来たところだった。今度は同じクラスの鎌田くん。隣の席で時々勉強を教えてくれるらしい。
「他に好きな人とかいないの? 例えば藤河君とか」
「なんでそこで徹が出てくるの」
私はさっきとは違う溜め息を吐いた。
もう、何回この話題が出て、何回否定したのか分からない。その度に迷うことなく答えは同じだ。
「徹とは幼なじみ。昔から親同士が仲が良くて家族みたいな付き合いなの。それだけ。うんざりだよ、その質問」
「そっか。ごめん、ごめん。だってすごく仲が良さそうだしさ。毎日一緒に帰ったりしてるでしょ? つい、ね」
すみれと彩菜が顔を見合わせてから、二人でねえ? と言い合った。
「ゆっくりでいいって言ってくれてるんだから、返事をするぎりぎりまでよく考えたらいいんじゃないかな」
すみれの提案に彩菜がうんうんと頷く。
つまりは今まで通り、気持ちを保留にしたままでいること。
その結論しか出せなくて、私はまた、はあ、と重たい息を吐いた。
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