君がいないと、息が出来ない

遥彼方

文字の大きさ
19 / 36

笑顔の追及に降参

しおりを挟む
 夏休みも終わり、二学期が始まった。先輩たちは引退して部活には来なくなったけど、時々下駄箱などですれ違う。
 井上先輩ともそうしてばったり会うことがあって、そんな時は手を振ってくれる。私も手を振り返したり、会釈をしたり、たまに軽く立ち話をしたりもする。大体は先輩が私を呼び止めて部活のことなどを聞いてくるのだ。
 その度に私はなんだか申し訳ないような気分になる。先輩の告白への答えは保留にしたまま、ずるずると時が過ぎていった。

 そんな風に二学期も終わる頃のいつもの昼休み。すみれがずばっと切り込んできた。

「ね、千尋。井上先輩となにかあったの」
「ぶっ、ごほっげほっ」

 唾がへんなところに入って、私はむせてしまった。

「なななな、なに、急に」

 私は盛大にどもりながらすみれに聞き返す。そんな私の様子に、にこやかな顔のすみれがふうんと頷いた。

「やっぱり何かあったんだ」
「ないない。何もないよ」
「ふふ。嘘でしょ?」

 私はぶんぶんと首を横に振るけど、すみれには変わらず笑顔が張り付いている。
 この笑顔はやばい。

「本当だって!」

 嘘だと決めつけるすみれへ私は力いっぱい否定する。

「分かった。じゃあ、今度の日曜日買い物に付き合って。彩菜も誘うから」

 にっこりと笑うすみれに、これは逃げられないな、と私は悟った。


 待ち合わせの後、近所のショッピングモールに向かう。彩菜とすみれとはよくこうやって買い物に行く。特に買わなくてもぶらぶらするだけで楽しかった。そんなにお小遣いもないから、しょっちゅうは買えないしね。

 この日も特に何か買うわけでもなく、ウインドウショッピングを楽しむ。時々セールになっている小物に目が行くけれど、メインは三人でのおしゃべりだ。

「それで、千尋。井上先輩となんか楽しそうなことになってるんだって?」

 すみれから話がいっているようで、彩菜が嬉しそうに聞いてきた。私の隣のすみれもにこにこ笑ってる。
 私は二人に挟まれた真ん中で、ああこれは言うしかないと観念した。

「なってないって。ただ」

 私は二人から視線を逸らして、自分のつま先を見つめる。
 うう、言いにくい。

「ただ?」
「ちょっと告白っていうか、付き合ってくれないかって言われただけで」

 ぼそぼそと口の中で答えを転がしたけど、聞き逃すまいとしていた二人にはばっちり伝わったらしい。

「うそーっ!」
「やっぱり何かあったんじゃない」

 私の隣で二人はきゃーっと黄色い声で盛り上がった。

「で? どうなの、千尋は」
「……それが、分かんないの」

 聞かれても答えを持たない私は困ってしまった。仕方なく正直な気持ちを話す。

「先輩のことはかっこいいって思うよ。テニスだって上手いし、優しいし」
「いいじゃん!」
「でも、好きっていうのかどうか分からないの」
「ああ~、そうかあ」

 彩菜は片手を額に当てて、大げさに天を仰ぐようなしぐさをした。

「でも先輩の事、嫌いじゃないのよね」

 すみれが私の顔をじっと見ながら言った。

「うん。どっちかというと好きだと思うけど、それが恋愛なのかどうか」

 適当に足を止めた雑貨屋で、並んでいるポーチへ目を落とすけど、色も柄も頭には入ってこない。そのまま私たちはゆっくりと雑貨屋のなかを巡った。

「返事はいつするの?」

 すみれが棚に飾ってあるかわいい観葉植物に目をやりながら、聞いてきた。

「ゆっくりでいいって。いつか聞かせてって」
「そう。特に決まってないのね」

 小さな陶器の入れ物に入った観葉植物を少し持ち上げてから、また棚に戻す。お店の人には悪いけれど、ただ見ているふりをしているだけだ。私たち三人とも、上の空の気分でお店の中を回った。

「ねえ、彩菜。好きってどんな感じ?」

 私は思い切って彩菜に聞いてみた。恋をしたことがある彩菜なら、ひょっとして分かるかもしれない。

「そうだなあ、なんかどきどきして、ふわふわしてて、ちょっとしたことが嬉しくて。でもきゅうっと切なくて、苦しい。振り回されちゃって、自分で自分の心がどうしようもない感じ」
「そんな感じ、先輩にはないな」

 はあ、と息を吐いて私は適当なマグカップを手に取った。断らなくてはいけないのかと思うと気分が沈む。

「やっぱりごめんなさいって言わなきゃだめだね」

 重たい気持ちそのままに暗い声を吐きだすと、彩菜が横から私の持っていたマグカップをひょいと取った。

「分かんないよ。もしかしたらそんな気持ちになるかもしれないじゃん」

 くるりとマグカップを回す。反対側を向いたマグカップには、私から見えていた柄とは違う柄が顔を出す。どうやら表側と裏側で柄が違っていたらしい。

「気持ちなんて変わるかもしれないでしょ」

 マグカップの表と裏を交互に見せながら、彩菜がウィンクをした。
 彩菜は新しく好きな人が出来たところだった。今度は同じクラスの鎌田くん。隣の席で時々勉強を教えてくれるらしい。

「他に好きな人とかいないの? 例えば藤河君とか」
「なんでそこで徹が出てくるの」

 私はさっきとは違う溜め息を吐いた。

 もう、何回この話題が出て、何回否定したのか分からない。その度に迷うことなく答えは同じだ。

「徹とは幼なじみ。昔から親同士が仲が良くて家族みたいな付き合いなの。それだけ。うんざりだよ、その質問」
「そっか。ごめん、ごめん。だってすごく仲が良さそうだしさ。毎日一緒に帰ったりしてるでしょ? つい、ね」

 すみれと彩菜が顔を見合わせてから、二人でねえ? と言い合った。

「ゆっくりでいいって言ってくれてるんだから、返事をするぎりぎりまでよく考えたらいいんじゃないかな」

 すみれの提案に彩菜がうんうんと頷く。

 つまりは今まで通り、気持ちを保留にしたままでいること。
 その結論しか出せなくて、私はまた、はあ、と重たい息を吐いた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

仮面王の花嫁

松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。 しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

処刑を望んだ悪役令嬢ですが、幼なじみの騎士が手放してくれません

藤原遊
恋愛
「私は処刑される運命の悪役令嬢――そう信じて、死を望んでいた。 けれど、幼なじみの騎士は『この命に代えても守る』と離してくれなくて……?」 侯爵令嬢アメリアは、幼い頃から「悪役令嬢」として囁かれてきた。 その冷たい視線と噂の中で、彼女は静かに己の役目を受け入れていた――。 けれど、すべてを遠ざけようとする彼女の前に現れたのは、まっすぐに想いを示す幼なじみの騎士。 揺らぐ心と、重ねてきた日々。 運命に逆らえないはずの未来に、ほんの少しの希望が灯る。 切なく、温かく、甘やかに紡がれる悪役令嬢物語。 最後まで見届けていただければ幸いです。 ※ 攻略対象の叔母である悪役令嬢に転生したけれど、なぜか攻略対象の甥に激重に愛されてます にて、親世代の恋愛模様を描いてます。

処理中です...