君がいないと、息が出来ない

遥彼方

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夏祭り。君と行くのは仕方なく、なんだから

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「はい、これでよし。ふふ、よく似合うわぁ」
「ありがとう、お母さん」

 私はくいっと体を捻って自分の姿を鏡に映す。

 鏡に映るのは、白地に青と紫の朝顔の柄が描かれた浴衣を着こんだ私。帯はピンクっぽい紫と青紫の二色のリバーシブル。
 ピンクのグロスリップでいつもよりぷるんとした唇、アップにした髪には丸くボリュームのある花の髪飾り。たらした後れ毛が揺れて、なんだか気恥ずかしかった。

 正面は見てたから、今度は後ろ姿を確認。
 うん、素敵。浴衣はね。

 今日は地元の夏祭り。お母さんに浴衣を着つけてもらい、髪もアップにして和風の飾りを挿している。

 浴衣を着るのはいつぶりだろう。
 小学生の頃はよく着ていた。けど高学年になって今まで着ていた浴衣が小さくなってしまった時、新しい可愛い服を買ってもらって、それから着ていなかったな。

 高校生活最初の夏祭り、私は彩菜と一緒にお手軽な値段の浴衣を買った。今着ているのがそれだ。

 彩菜は今年、中学の同級生の鎌田くんに夏祭りに誘われた。鎌田くんは中学二年生の時、彩菜の隣の席になった子だ。彩菜は先輩に振られてから少しして、大人しいけれど優しい彼を好きになった。
 友達としての付き合いらしいけど、高校も違うのに連絡を取り合って会っているそうだから脈はあると思う。

 というか今日、告白とかもあるんじゃないかな。

 彩菜は先輩に失恋した経験から、少し臆病というか慎重になってるけど、鎌田くんも彩菜のこと好きなんじゃないかと私は思ってる。
 でなきゃ普通、高校が別になったら会わなくなるって。

 今日だって鎌田くんから誘われたらしいし。告白されるのは十分あり得ると思う。
 ふふふ。後で聞かなきゃ。

 大慌てで浴衣を買いに行く彩菜に付き合って色々みていたら、つい私も欲しくなって買ってしまった。

 鏡の前でくるりと一回り。
 おかしくないかな。大丈夫だよね。

 そんな私を眺め、お母さんがふふふと笑った。

「なあに、そんなにデートが楽しみなの?」
「デッ、デートなんかじゃないったら!」

 お母さんの爆弾発言で、ぶわっと私の顔へ血が上った。大声で否定する。

 もう、お母さんったら変な事いわないでよ。『はいはい』って、本当に分かってる?

 ピンポーン。

「来た!」

 玄関のチャイムの音が響く。私は跳ねるように向きを変え、だだだだっと走って玄関のドアを開けた。後ろでお母さんがあらあら、と意味深に笑っているけど聞こえないふりをする。

「はーい」

 玄関に用意していた下駄へと足を滑り込ませ、ドアを開ける。

「よ」

 ドアを開けた先には手を上げた君がいて、いつもの短い挨拶をした。

「よ」

 私も手を上げていつもの挨拶。

「? どうしたの?」

 そのまま玄関を出ようとしたのに、君が手を上げたまま動かない。その姿勢のまま固まって、ぽかんと私を見ていた。
 どうしたのかと首を傾げると、一緒に後れ毛も揺れて首筋にかかり、やっぱりくすぐったかった。

「な、なんでもねぇし」

 フリーズが解けた君が早口でもごもごと言う。
 少し君らしくない、はっきりとしない態度だけど。まあいいや。

「それじゃ、お母さん、行ってきます」

 私は後ろを振り返って声をかけ、玄関を出る。

「はーい、いってらっしゃい。あまり遅くならないようにね。徹くん、千尋をお願いね」
「はい!」

 玄関先まで出てきたお母さんに、君が返事をするのを待ってから、ドアを閉めた。

 家の前の道を少し進んでから、前を行く君がぼそっと呟く。

「馬子にも衣装だな」
「なによ、それ」

 私はむーっと頬を膨らませる。

 なによ。せっかく可愛い浴衣を着てテンション上がってたのに。

「……似合ってるよ、ばーか」

 背を向けたままの君がぼそりと発した声に、ふくれっ面だった私の頬が弛んだ。

 えへへ。似合ってるって思ってくれたんだ。

 むっとしていた事など忘れて、ウキウキと君の横へ駆け寄る。手に持っている巾着が跳ね、カラコロと下駄が鳴った。


 彩菜は鎌田くんとデートもどき。
 すみれは家の用事で夏祭りには来れない。
 一人きりの夏祭りはなんだか寂しくて、私は君を誘った。

「そういうわけでさ。一緒に行く人がいないから仕方なく、なんだからね」

 私がそう念を押すと、君はやれやれと腕組みをした。

「しゃあねぇな。仕方がないから付き合ってやるよ」

 そんなやり取りで約束をした、今日の夏祭り。

 そう。仕方がないから君を誘った。君も仕方なく一緒に行く気になった。それだけの夏祭り。

 幼い頃は両親と一緒だったし、大きくなってからは友達と行くようになった。だからこんな風に君と二人だけで行くのは、実のところ初めてだったりする。

 闇夜に浮かぶ提灯。並んだ屋台。沢山の人と熱気。祭りの喧騒。
 一歩進むたびにそれらが近づいてきて、心が躍る。

 そう。心が浮き立つのは、この雰囲気のせいなんだから。

「なに食べよっかなー」
「食い物しか頭にねーのかよー」

 ハーフパンツのポケットに手を突っ込んだ君が、くくっと喉を鳴らす。

「あったり前でしょ。祭りと言えば屋台。屋台と言えば焼きそばでしょー、わたあめでしょー、あとかき氷!」
「たこ焼きと焼き鳥もな!」
「それ、それ!」

 カラコロ、カラコロ。下駄が鳴る。私と君の声も弾む。

 軽やかに弾んで、はしゃぐ私と君は祭りの渦へと飲まれていった。
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