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山の天気は変わりやすい
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翌日も昨日よりは雲が多いもののやはり快晴だった。昨日、なんとか滑れるようになったので、今日は班ごとに自由に滑ることになっている。
「今日も暑そう」
「体中が痛い」
「私もー」
雪の上に体育座りをしたまま、こそこそと会話した。
蛍光色がひしめく集合場所で、白い雪景色の中、明らかに目立つ集団と化して先生の長話や注意事項を聞く。
私はこっそりとあくびを噛み殺した。眠い。
先生の話が長くてつまらないのもあるけど、それ以上に昨日はちっとも眠れなかった。
体はだるくて頭も重い。ぼんやりと働かない思考の中、聞くともなし聞いている先生の声が耳を通り過ぎていく。
最後に先生に促され、インストラクターの人が慣れた人ならではの注意事項を付け加えた。
「今は晴天ですが、天気が突然変わることもあります。雪が肌につくと体温で溶けます。気温が低いと溶けた雪が鼻や頬にくっついたまま凍ります。放っておくと凍傷、いわゆるしもやけですね。そのしもやけになるので、もしも途中で雪が降ってきたら時々頬や鼻をかいて氷を落として下さい」
こんなにいい天気なのに?
私は空を見上げた。
青い色が広がる中に浮かぶ雲は結構な速度で流れていたけど、他に天気が悪くなるような要素は見当たらない。雲の色も黒くないし。
遠くの山がちょっと白っぽく霞んで見える。その程度。
この時私たちは大げさだな、とか、最悪の事態を言ってるだけで無関係だろうとのんびりしていた。
実際にインストラクターの人も、一応注意しておくか、という様子だった。だって先生に何かないですかって言われるまではただ楽しんでください、で終わらせようとしてたから。
それから先生が話を締めくくり、解散。班ごとに自由行動になった。
「なんか曇ってきたね」
有栖川さんがゴーグルをくいと押し上げて空を見上げた。ストックを両手に持った立ち姿はなんだかカッコいい。実際に初日から彼女は普通に滑れた。ちなみに私はまだ八の字から抜け出せてない。多分、この修学旅行中では無理だと思う。
空は曇って風も吹いてきたから、肌に当たる空気は少し温度を下げている。けど動いて暑い私たちは、そんなに寒さを感じずに滑り下りていく。
「ひゃあ」
初心者コースを滑っていた私は、変な声を上げてすっころんだ。
速度が出たことが怖くて、つい体が強張ってしまうのだ。
焦らなくてもいいって頭では分かってるんだけど、こうなるともう駄目だ、こける、そう思ってしまって腰が引ける。そうすると板だけが前へ進んでしまって本当に転ぶ。
「大丈夫?」
少し前で待っている有栖川さんが後ろを振り返って聞いてくれた。
同じ初心者からのスタートとはいえ二日目となると、速く滑れる子とゆっくり慎重にしか滑れない子とが出てきていた。うちの班だと、有栖川さんともう一人の子は転ぶことを怖がらないで滑るから、上達が早い。
私とすみれ、もう一人の子はどうにかこうにか、へっぴり腰で一応滑れる程度だった。当然、すいすい滑れる人との差は大きい。
「私たちゆっくり滑るから先に行っててもいいよ」
待ってもらってばかりなのが申し訳なくなって私はそう提案した。すみれたちも頷く。申し訳なさだけじゃなくて、速く滑れる人に合わせようとするとすごく疲れるっていうのもある。
特に私は寝不足でちょっと気分も悪かった。
「そう? じゃあ一度下りてからまた上から滑ってくるね」
周りを見ると同じようにゆっくり滑る子とさっさと滑る子に分かれていた。それを確認した有栖川さんはゴーグルを戻すと、もう一人の子と滑っていった。
二人の姿を見送って、私たちはほっと息を吐く。先に行ってもらった方が何度も待っていてもらうよりも気が楽だった。
すいすい滑る二人の背中がみるみる遠ざかっていく。あの調子なら私たちが下へ滑るまでに上から追いついてくるかもね。
「よし、私たちはのんびりいこうか」
「そうだね」
そうして私たちは休憩をはさみつつ、ゆるゆると下りた。
有栖川さんたちと合流してはまた先にいってもらう。それを二回繰り返してのリフト。
「寒いー」
「ほんと!」
リフトに揺られながら私たちは叫んだ。
ぱらぱらと雪が降り始めたと思ったら風も吹き始めた。滑っているときならいいけどリフトに乗っていると寒い。
「時間的にもあと一回下までいったら終わりにしよ」
「賛成!」
リフトから降りるとまたゆっくりと斜面を滑った。それでもこの時はまだ大したことなかった。ただ雪が降っていてゴーグルが曇るとか、うっかり首元に吹き込んできて寒いとかその程度。
ところが初心者コースの半分を下りたくらいで、雪が激しくなった。
「なにこれー」
「前が見にくい」
「凄い吹雪」
空は灰色で雪は風と一緒に顔面に飛んでくる。今降っている雪だけじゃなくて、積もっている雪も風で舞い上がり頬に当たって痛いくらい。
時々がしがしと頬をこすると薄い氷が剥がれ落ちた。
びっくり、吹雪ってこんなに激しいものなの?
ちょっと、真っ白で見えないんですけど!
すぐ前にいるすみれは見えるけど、他は真っ白。
ウェアが蛍光色でよかった。白っぽかったら絶対見えない。それでも一メートル以上離れると姿がぼやける。
そんな中をゆっくりと滑る。木の陰は黒く見えるから、そっちへ行かなければコースから外れないでいけるとは思うんだけど、心細い。
大丈夫、大丈夫。
コースはそんなに長くないし、他の班の子も滑ってる。
時々私たちの横を他の班の子が滑って追い越していった。だからこのまま滑っていけば集合場所までいける。
ぴしぴしと頬に当たる雪と風が熱を奪う。動いているというのに、体温が上がらない。私は寒さと疲労と、昨日の夜更かしでボーっとしてきた。動きが鈍って速度が緩み、前を行くすみれとの距離が空いた。
ああ、追いつかなきゃなー、と軽く考えていたら、目の前を行くすみれの姿がふっと消えた。
「うそっ」
私は焦る。一生懸命に目を凝らしたけど、すみれの姿どころかコース横に生えている木々も、リフトを支える柱も見えない。
「すみれ! いる?」
一気に不安になって叫んだけど、答えがなかった。吹雪は一段と強さを増していて、風がごうごううなる音しか聞こえない。
どうしよう、まさかこんなところで遭難?
嫌な想像が頭に浮かんでしまう。
そんなわけない。さっきまですみれはすぐ目の前にいたんだから。
ちょっと離れたから見えなくなっただけ。追いつけばいいのよ。
そう、自分で自分に言い聞かせる。私は泣きそうになりながらストックに力をこめた。
「今日も暑そう」
「体中が痛い」
「私もー」
雪の上に体育座りをしたまま、こそこそと会話した。
蛍光色がひしめく集合場所で、白い雪景色の中、明らかに目立つ集団と化して先生の長話や注意事項を聞く。
私はこっそりとあくびを噛み殺した。眠い。
先生の話が長くてつまらないのもあるけど、それ以上に昨日はちっとも眠れなかった。
体はだるくて頭も重い。ぼんやりと働かない思考の中、聞くともなし聞いている先生の声が耳を通り過ぎていく。
最後に先生に促され、インストラクターの人が慣れた人ならではの注意事項を付け加えた。
「今は晴天ですが、天気が突然変わることもあります。雪が肌につくと体温で溶けます。気温が低いと溶けた雪が鼻や頬にくっついたまま凍ります。放っておくと凍傷、いわゆるしもやけですね。そのしもやけになるので、もしも途中で雪が降ってきたら時々頬や鼻をかいて氷を落として下さい」
こんなにいい天気なのに?
私は空を見上げた。
青い色が広がる中に浮かぶ雲は結構な速度で流れていたけど、他に天気が悪くなるような要素は見当たらない。雲の色も黒くないし。
遠くの山がちょっと白っぽく霞んで見える。その程度。
この時私たちは大げさだな、とか、最悪の事態を言ってるだけで無関係だろうとのんびりしていた。
実際にインストラクターの人も、一応注意しておくか、という様子だった。だって先生に何かないですかって言われるまではただ楽しんでください、で終わらせようとしてたから。
それから先生が話を締めくくり、解散。班ごとに自由行動になった。
「なんか曇ってきたね」
有栖川さんがゴーグルをくいと押し上げて空を見上げた。ストックを両手に持った立ち姿はなんだかカッコいい。実際に初日から彼女は普通に滑れた。ちなみに私はまだ八の字から抜け出せてない。多分、この修学旅行中では無理だと思う。
空は曇って風も吹いてきたから、肌に当たる空気は少し温度を下げている。けど動いて暑い私たちは、そんなに寒さを感じずに滑り下りていく。
「ひゃあ」
初心者コースを滑っていた私は、変な声を上げてすっころんだ。
速度が出たことが怖くて、つい体が強張ってしまうのだ。
焦らなくてもいいって頭では分かってるんだけど、こうなるともう駄目だ、こける、そう思ってしまって腰が引ける。そうすると板だけが前へ進んでしまって本当に転ぶ。
「大丈夫?」
少し前で待っている有栖川さんが後ろを振り返って聞いてくれた。
同じ初心者からのスタートとはいえ二日目となると、速く滑れる子とゆっくり慎重にしか滑れない子とが出てきていた。うちの班だと、有栖川さんともう一人の子は転ぶことを怖がらないで滑るから、上達が早い。
私とすみれ、もう一人の子はどうにかこうにか、へっぴり腰で一応滑れる程度だった。当然、すいすい滑れる人との差は大きい。
「私たちゆっくり滑るから先に行っててもいいよ」
待ってもらってばかりなのが申し訳なくなって私はそう提案した。すみれたちも頷く。申し訳なさだけじゃなくて、速く滑れる人に合わせようとするとすごく疲れるっていうのもある。
特に私は寝不足でちょっと気分も悪かった。
「そう? じゃあ一度下りてからまた上から滑ってくるね」
周りを見ると同じようにゆっくり滑る子とさっさと滑る子に分かれていた。それを確認した有栖川さんはゴーグルを戻すと、もう一人の子と滑っていった。
二人の姿を見送って、私たちはほっと息を吐く。先に行ってもらった方が何度も待っていてもらうよりも気が楽だった。
すいすい滑る二人の背中がみるみる遠ざかっていく。あの調子なら私たちが下へ滑るまでに上から追いついてくるかもね。
「よし、私たちはのんびりいこうか」
「そうだね」
そうして私たちは休憩をはさみつつ、ゆるゆると下りた。
有栖川さんたちと合流してはまた先にいってもらう。それを二回繰り返してのリフト。
「寒いー」
「ほんと!」
リフトに揺られながら私たちは叫んだ。
ぱらぱらと雪が降り始めたと思ったら風も吹き始めた。滑っているときならいいけどリフトに乗っていると寒い。
「時間的にもあと一回下までいったら終わりにしよ」
「賛成!」
リフトから降りるとまたゆっくりと斜面を滑った。それでもこの時はまだ大したことなかった。ただ雪が降っていてゴーグルが曇るとか、うっかり首元に吹き込んできて寒いとかその程度。
ところが初心者コースの半分を下りたくらいで、雪が激しくなった。
「なにこれー」
「前が見にくい」
「凄い吹雪」
空は灰色で雪は風と一緒に顔面に飛んでくる。今降っている雪だけじゃなくて、積もっている雪も風で舞い上がり頬に当たって痛いくらい。
時々がしがしと頬をこすると薄い氷が剥がれ落ちた。
びっくり、吹雪ってこんなに激しいものなの?
ちょっと、真っ白で見えないんですけど!
すぐ前にいるすみれは見えるけど、他は真っ白。
ウェアが蛍光色でよかった。白っぽかったら絶対見えない。それでも一メートル以上離れると姿がぼやける。
そんな中をゆっくりと滑る。木の陰は黒く見えるから、そっちへ行かなければコースから外れないでいけるとは思うんだけど、心細い。
大丈夫、大丈夫。
コースはそんなに長くないし、他の班の子も滑ってる。
時々私たちの横を他の班の子が滑って追い越していった。だからこのまま滑っていけば集合場所までいける。
ぴしぴしと頬に当たる雪と風が熱を奪う。動いているというのに、体温が上がらない。私は寒さと疲労と、昨日の夜更かしでボーっとしてきた。動きが鈍って速度が緩み、前を行くすみれとの距離が空いた。
ああ、追いつかなきゃなー、と軽く考えていたら、目の前を行くすみれの姿がふっと消えた。
「うそっ」
私は焦る。一生懸命に目を凝らしたけど、すみれの姿どころかコース横に生えている木々も、リフトを支える柱も見えない。
「すみれ! いる?」
一気に不安になって叫んだけど、答えがなかった。吹雪は一段と強さを増していて、風がごうごううなる音しか聞こえない。
どうしよう、まさかこんなところで遭難?
嫌な想像が頭に浮かんでしまう。
そんなわけない。さっきまですみれはすぐ目の前にいたんだから。
ちょっと離れたから見えなくなっただけ。追いつけばいいのよ。
そう、自分で自分に言い聞かせる。私は泣きそうになりながらストックに力をこめた。
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