琥珀の夢は甘く香る ~アンバーの魔女と瞳に眠る妖魔の物語~

遥彼方

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依頼1ー熱気と闇を孕む商業国ナナガ

言い合いの果てに

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「愛されてるか、本当の君を見ているか、そんなの分かんないだろ! 言っても聞いてもいないんだから。子供なら子供らしく言えばいい。ぶつければいい。全部それからじゃないか!」
 妖魔の敵意を正面から受け、ポルクスは捲し立てる。

「それが出来るのなら、苦労などしてはいませんわ!! 何なのですか、貴方は! 偉そうに、何様のつもりですの!!」

 穴の中の妖魔の目がギラギラと光った。怒りが渦を巻いて不可視の何かがポルクスへ放たれる。咄嗟に空いている手を前方に翳した。ずぐりと嫌な感覚がして、手の平に直径一センチほどの穴が貫通する。

「ポルクス!? 何が!?」
 コハクの視力は闇の中、瞳の力が使えないため妖魔の気配も読めない。声から分かる妖魔の感情の昂まりと、微かな血の臭い、ポルクスの手から伝わった強張りにコハクは焦る。もう一度ポルクスの手を引くが、力強く握り返されただけだった。

 遅れてやってきた激痛と、上げかけた悲鳴を噛み殺してポルクスは続ける。

「何様も何も、僕はただの新米隊員だよ。だからどうした。人に意見するのに地位も名誉も力も関係ないだろ。君もへんに大人ぶって、自分の感情を全部なかったことになんてするな。醜い自分も綺麗な自分も全部引っくるめて自分だろ」
 勢いというか昂った感情に流されて、自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。

「僕と、リルさんと君と、皆で一緒にぶつかりに行こう! 素直な気持ちを言おう。寂しがるのも苦しむのも全部それからだ」

「……否定されたら?」

「そしたら一緒に悲しむ。一緒に泣く。そんでどうしたらいいか一緒に考える。それぐらいなら僕にも出来るから」
 痛みに握り締めていた手を開いて、穴の中の妖魔に差し出した。

「そんな暗いところにいないで出ておいで」
 眉間に寄っていた皺を伸ばして、食い縛っていた口元を弛め、精一杯に微笑んだ。

 穴の中からそろそろと、黒く可愛らしい鼻面が覗き、やがて小さな子猫が顔を出した。ピンと立った髭、黒々とした天鵞絨のような毛並みに美しいエメラルドの瞳の子猫は、穴から這い出すと顔と尻尾をつんと上げてポルクスの側に寄った。

「私の名は満空ミソラよ」
「よろしく、ミソラ」

  姿を現した妖魔の名前を聞いたら、一気に我慢の限界がきた。名前も聞いたし、ずっと感じていた妖魔からのプレッシャーも消えた。もう目を逸らしても大丈夫だろう。

「痛ったああああああっ!」
 コハクの手を離し、傷口を押さえてその場に踞り、盛大に悲鳴を上げた。

『ごめんなさいね、ポルクス』
 子猫が小さく鳴いて、柔らかい前足をポルクスの傷付いた手に触れた。痛みがすっと引いてポルクスはきょとんとした。

「あれ? 治った」
 握ったり開いたりしてみるが、穴など開いていなかったかのように痛みも何もない。傷があった痕跡は、手の平にべっとりとこびりついた血だけだった。

『私の能力は穴を開けることと、埋めることですわ。理解しまして?』
 子猫はポルクスの前に座り、小生意気にすまして言った。

「あ、うん。ありがとう」
 ミソラに開けられた穴なのだから、礼を言わなくてもいい気もしたが、やはり何かしてもらったら感謝するべきだと思う。

『礼には及びません』
 子猫は何食わぬ顔でポルクスの膝に乗って丸くなった。そっと撫でてみると、ふわふわとしていて子猫そのものだった。

「本当に妖魔を従わせるとはな」
 ホムラは感慨深く呟き、刀を一振りすると焔を上げて掻き消えた。上手いやり方とはお世辞にも言えなかったが、結果は結果だ。

「コハク、ハルに黙って見てろと言ったままだろう」
 見えないコハクの代わりに、ホムラへ盛んに目で訴えてくるハルがうっとおしくて、投げやりにコハクへ促した。コハクが本気で命令すれば、やり遂げるかコハクが解除するまで従い続ける。それが使役されている妖魔というものだ。滅多にコハクはそれをやらないが。

「ごめんね、ハル。もういいわ」
 コハクの一言を聞いた途端、呪縛の解けたハルはポルクスに詰め寄った。

「大丈夫か!? 痛いところは? 気分は?」
 ハルの剣幕に押されて、ポルクスはこくこくと首を振って平気だとアピールする。

「ホムラの馬鹿野郎! 何で黙って見てやがった!」
 ポルクスの無事を確かめるとハルの怒りはホムラへ向く。ホムラは面白くなさそうにハルを一瞥して冷笑を浮かべた。

「何故私がコハク以外の人間を気にかけなければならない」
 ハルの眉間にぐっと皺が寄り、犬歯が剥き出しになる。

「ああああ! 腹立つ! いっつもいっつも余裕ぶったその態度が気に食わない。俺はホムラのそういう所が大っ嫌いだね!」

 耳を前へ倒し、ハルは尻尾をピンと立てた。犬が怒っているときに見せる仕草そのものだ。それを見てポルクスはハルの本当の姿を思い出した。こんな時に暢気なのだが、最初から犬っぽいとは思っていたけれど、本当に犬だったんだなあとしみじみ思う。

「はっ! 誰がお前に好かれようなんて思うか、馬鹿犬」
 ホムラはそんなハルを一笑に付して、コハクへ手を差し出した。

「二人とも止めなさい!ごめんなさい、ポルクス。怪我までさせてしまったわ」
 ホムラに手を誘導してもらって、コハクは血がこびりついたポルクスの手を握った。回復していない視力の代わりに、手から伝わる感触で傷がないか確かめる。何もしないで諦めたくないという、コハクの願いから彼を危険に晒してしまった。

「最初にちゃんと危険だって言ってくれてたじゃないですか。僕がやるって言ったんですから、コハクさんが気にすることじゃないですよ。それよりもコハクさん。目が見えないんですか?」
  くすぐったさに手を引っ込めながら、ポルクスはコハクへ聞いた。

「これは一時的なものよ。大したことじゃないわ」
 ポルクスの心配そうな声音に、コハクは小さく笑みを浮かべた。

「この馬鹿犬がコハクに無理させたからだろう? お前は燃費が悪いのだから、すっこんでればいいものを」
「ぐうぅっ!」
 ホムラの冷たい正論に何も言えなくなり、ハルは毛を逆立てて彼を睨んだ。
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