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第一章:リスタート
奴隷落ちルートの影
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男はイザベラたちをさらった犯人の一人だろう。
三人もの人間を同時にさらったのだ。犯人は複数のはず。少なくとも三人はいる。
イザベラはじっと男を観察した。シャツとズボンというごく普通の格好で、一見すると商人のよう。
まくった幌の向こう側は御者台のようで、幌の隙間からだとよく見えないが、男の隣にはもう一人いるようだ。
「貴方は誰。なんの目的で私たちをさらったの。どうするつもり?」
正直に答えて貰えるかは分からないが、聞かない手はない。
「質問の多いお嬢さんだな」
答える代わりに、はははと笑い声を立ててから男が幌の向こうに戻った。
「頭ぁ、二人起きたぜぇ。一人はまだだ」
幌の外で男が声を張り上げる。幌がまた上がって、違う男が顔を出した。
男はちらっとイザベラたちを眺めると、すぐにひっこもうとする。
「待って! なんの目的で私たちを拐ったの。どうするつもり!」
少しでも情報が欲しい。イザベラは男を引き留め、もう一度質問をした。
「目的なんざ金しかねぇよ。どうするつもり、か」
男は面倒臭そうに顔をしかめてから、顎に手を当てる。
「サンチェス公爵家に身代金をふんだくるのもいいけどよぉ。金も取れずに掴まるのがオチだからな。もっと安全に確実な方法をとるのさ」
サンチェス公爵家の名が出て、イザベラは顔を強張らせた。彼らはイザベラの素性を知っていてさらったのだ。
そんなイザベラの態度に男がニヤリと笑う。
「ははっ、あの高飛車な貴族の嬢ちゃんが依頼してきた時はよぉ。面倒臭ぇと思ってたが、ラッキーだったぜ」
「高飛車な貴族の嬢ちゃん……というのは、マリエッタのこと?」
「何だ、分かってたのかよ」
やはり。
イザベラは唇を噛んだ。
『令嬢は、令嬢でも、私じゃありませんわ! さっさとお放しなさいっ』
あの時のマリエッタの言葉。あれに引っ掛かっていた。
令嬢は令嬢でもマリエッタじゃない。マリエッタ以外の令嬢……ということはあの男たちはイザベラを狙った犯行で、マリエッタはそれをあらかじめ知っていたことになる。
だったらなぜマリエッタが知っていたのか。それはあの男たちを動かしていたのがマリエッタだから。
そんなに自分はマリエッタに嫌われていたのかと、気分が沈んだ。
「まあそんなに気落ちすんなよぉ。あの嬢ちゃんからの依頼は『軽く脅して痛い目をみせてやったらお駄賃をあげる』、だ。お駄賃だぜ、お駄賃! けっ、馬鹿にしやがって。ガキの使いかよ」
口を大きく曲げて、呆れたように男が手を振った。
「まぁ、世間知らずの嬢ちゃんのお陰でよ、簡単に公爵令嬢がさらえるんだ。俺らはせっかくだからよぉ、もっと儲かる商売やろうと思ったわけよお」
男の言葉にイザベラは顔を上げた。
もっと儲かる商売。その言葉に嫌な響きを感じる。
「モリス伯爵って知ってるか? 俺らの界隈じゃ有名な、いい趣味をもった貴族でよぉ。そのモリス伯爵がよ、あんたのことを持ちかけたら大金用意してくれてなぁ」
ひゅっ、と小さく喉が鳴った。手足の先が冷たくなる。体が小刻みに震え始めた。
モリス伯爵。それは奴隷落ちしたイザベラを買った貴族の名だった。
三人もの人間を同時にさらったのだ。犯人は複数のはず。少なくとも三人はいる。
イザベラはじっと男を観察した。シャツとズボンというごく普通の格好で、一見すると商人のよう。
まくった幌の向こう側は御者台のようで、幌の隙間からだとよく見えないが、男の隣にはもう一人いるようだ。
「貴方は誰。なんの目的で私たちをさらったの。どうするつもり?」
正直に答えて貰えるかは分からないが、聞かない手はない。
「質問の多いお嬢さんだな」
答える代わりに、はははと笑い声を立ててから男が幌の向こうに戻った。
「頭ぁ、二人起きたぜぇ。一人はまだだ」
幌の外で男が声を張り上げる。幌がまた上がって、違う男が顔を出した。
男はちらっとイザベラたちを眺めると、すぐにひっこもうとする。
「待って! なんの目的で私たちを拐ったの。どうするつもり!」
少しでも情報が欲しい。イザベラは男を引き留め、もう一度質問をした。
「目的なんざ金しかねぇよ。どうするつもり、か」
男は面倒臭そうに顔をしかめてから、顎に手を当てる。
「サンチェス公爵家に身代金をふんだくるのもいいけどよぉ。金も取れずに掴まるのがオチだからな。もっと安全に確実な方法をとるのさ」
サンチェス公爵家の名が出て、イザベラは顔を強張らせた。彼らはイザベラの素性を知っていてさらったのだ。
そんなイザベラの態度に男がニヤリと笑う。
「ははっ、あの高飛車な貴族の嬢ちゃんが依頼してきた時はよぉ。面倒臭ぇと思ってたが、ラッキーだったぜ」
「高飛車な貴族の嬢ちゃん……というのは、マリエッタのこと?」
「何だ、分かってたのかよ」
やはり。
イザベラは唇を噛んだ。
『令嬢は、令嬢でも、私じゃありませんわ! さっさとお放しなさいっ』
あの時のマリエッタの言葉。あれに引っ掛かっていた。
令嬢は令嬢でもマリエッタじゃない。マリエッタ以外の令嬢……ということはあの男たちはイザベラを狙った犯行で、マリエッタはそれをあらかじめ知っていたことになる。
だったらなぜマリエッタが知っていたのか。それはあの男たちを動かしていたのがマリエッタだから。
そんなに自分はマリエッタに嫌われていたのかと、気分が沈んだ。
「まあそんなに気落ちすんなよぉ。あの嬢ちゃんからの依頼は『軽く脅して痛い目をみせてやったらお駄賃をあげる』、だ。お駄賃だぜ、お駄賃! けっ、馬鹿にしやがって。ガキの使いかよ」
口を大きく曲げて、呆れたように男が手を振った。
「まぁ、世間知らずの嬢ちゃんのお陰でよ、簡単に公爵令嬢がさらえるんだ。俺らはせっかくだからよぉ、もっと儲かる商売やろうと思ったわけよお」
男の言葉にイザベラは顔を上げた。
もっと儲かる商売。その言葉に嫌な響きを感じる。
「モリス伯爵って知ってるか? 俺らの界隈じゃ有名な、いい趣味をもった貴族でよぉ。そのモリス伯爵がよ、あんたのことを持ちかけたら大金用意してくれてなぁ」
ひゅっ、と小さく喉が鳴った。手足の先が冷たくなる。体が小刻みに震え始めた。
モリス伯爵。それは奴隷落ちしたイザベラを買った貴族の名だった。
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