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第一章:リスタート
小説のヒロイン
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緑色の瞳にばつが悪そうな光を浮かべて、アメリアが起き上がった。
「すみません、騒ぎで目が覚めていたんですけど、言い出しづらくて」
ぺろりと舌を出したアメリアの両手は、いつの間にか縄から抜けていた。随分と手際がいい。
「確かに、あれだけ騒いでいたら、言い出しづらいわよね」
さらわれて売られそうだというのに、やけに落ち着いている気がするけれど、寝たふりをしていた理由としては納得だ。
「ええっ? いつから起きていたんでございますですか?」
驚いて素っ頓狂な声を出すエミリーを、イザベラはたしなめた。
「しっ、エミリー。また声が大きくなりかけているわよ」
荷馬車が揺れている音がうるさいおかげで、多少は紛れてしまうだろうが、あまり大きな声はまずい。
「はうっ」
勢いよく自分の口を閉めたエミリーが、大きく顔をしかめた。どうやら勢い余って口の中を噛んでしまったらしい。
「ああもう、だから慌てなくていいんだってば」
貴女は少し落ち着きなさいと涙目のエミリーの背中をポンポンと叩くと、アメリアがくすくすと肩を揺らした。
「本当に、お二人は仲がいいんですね。ええと、エミリーさんがどうやって縄から抜けたのかイザベラ様に聞いていたあたりです。その後縄から抜ける方法も聞こえたので、外しておきました」
自由になった腕でアメリアがガッツポーズをとる。ついでに小さく首を傾げ、片目を閉じてのウィンク付きである。
流石は正規ヒロイン。少しあざとい気もするけれど仕草が可愛い。
そういえば、ここは麗子の時に読んでいた小説の世界なのよね。
それをふっと思い出し、じっとアメリアを見つめる。
美しさだけならイザベラの方が上だけれど、可愛らしい顔立ち。
素朴で明るく前向きで、誰に対しても一生懸命な性格が、メインのジェームス王子をはじめ、ヒーローたちのハートを掴んでいく。日本人ならではの楽観的なところも、ヒーローたちの好感度を上げる要因になっていた。
まさか自分がイザベラになるとは思ってもいなかった麗子も、ヒロインのアメリアを応援しながら読んでいたものだ。
いや、どちらかというとアメリア自身になりきって読んでいたのが正しい。
現実の麗子と違って、心からヒーローたちに愛されるアメリアになりきって。愛情に満たされた幸せを味わう。
読んでいる間だけは、現実を忘れられる。
幸せな主人公でいられる。
だから麗子は小説が好きだった。
しかしそれを、麗子は関係を持った男たちに言ってはいなかった。
男なんかに自分の弱みを見せたくなかったから。唯一の希望をそっと自分だけのものとしてしまっておきたかったから。
だが、裕助。彼だけは例外で、麗子の読書好きを知る唯一の男だった。なにせ裕助と知り合ったのは本がきっかけで、あの小説を麗子に勧めたのも彼だった。
『麗子さん。貴女が俺を選んでくれなくても、俺の気持ちは変わらないから』
そう言って渡してきた裕助の、あまりに真っ直ぐな瞳と声。軽く触れた指の温度に戸惑って、冷たく突き放した……。
「すみません、騒ぎで目が覚めていたんですけど、言い出しづらくて」
ぺろりと舌を出したアメリアの両手は、いつの間にか縄から抜けていた。随分と手際がいい。
「確かに、あれだけ騒いでいたら、言い出しづらいわよね」
さらわれて売られそうだというのに、やけに落ち着いている気がするけれど、寝たふりをしていた理由としては納得だ。
「ええっ? いつから起きていたんでございますですか?」
驚いて素っ頓狂な声を出すエミリーを、イザベラはたしなめた。
「しっ、エミリー。また声が大きくなりかけているわよ」
荷馬車が揺れている音がうるさいおかげで、多少は紛れてしまうだろうが、あまり大きな声はまずい。
「はうっ」
勢いよく自分の口を閉めたエミリーが、大きく顔をしかめた。どうやら勢い余って口の中を噛んでしまったらしい。
「ああもう、だから慌てなくていいんだってば」
貴女は少し落ち着きなさいと涙目のエミリーの背中をポンポンと叩くと、アメリアがくすくすと肩を揺らした。
「本当に、お二人は仲がいいんですね。ええと、エミリーさんがどうやって縄から抜けたのかイザベラ様に聞いていたあたりです。その後縄から抜ける方法も聞こえたので、外しておきました」
自由になった腕でアメリアがガッツポーズをとる。ついでに小さく首を傾げ、片目を閉じてのウィンク付きである。
流石は正規ヒロイン。少しあざとい気もするけれど仕草が可愛い。
そういえば、ここは麗子の時に読んでいた小説の世界なのよね。
それをふっと思い出し、じっとアメリアを見つめる。
美しさだけならイザベラの方が上だけれど、可愛らしい顔立ち。
素朴で明るく前向きで、誰に対しても一生懸命な性格が、メインのジェームス王子をはじめ、ヒーローたちのハートを掴んでいく。日本人ならではの楽観的なところも、ヒーローたちの好感度を上げる要因になっていた。
まさか自分がイザベラになるとは思ってもいなかった麗子も、ヒロインのアメリアを応援しながら読んでいたものだ。
いや、どちらかというとアメリア自身になりきって読んでいたのが正しい。
現実の麗子と違って、心からヒーローたちに愛されるアメリアになりきって。愛情に満たされた幸せを味わう。
読んでいる間だけは、現実を忘れられる。
幸せな主人公でいられる。
だから麗子は小説が好きだった。
しかしそれを、麗子は関係を持った男たちに言ってはいなかった。
男なんかに自分の弱みを見せたくなかったから。唯一の希望をそっと自分だけのものとしてしまっておきたかったから。
だが、裕助。彼だけは例外で、麗子の読書好きを知る唯一の男だった。なにせ裕助と知り合ったのは本がきっかけで、あの小説を麗子に勧めたのも彼だった。
『麗子さん。貴女が俺を選んでくれなくても、俺の気持ちは変わらないから』
そう言って渡してきた裕助の、あまりに真っ直ぐな瞳と声。軽く触れた指の温度に戸惑って、冷たく突き放した……。
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