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海都から来た男
2―5
トゥルースという男は、日頃の行いのせいか心中願望がある女の引きが強い。今回は女ではなく、新たな配下となる髭達磨だが。固唾を呑んで見守るタルズの耳に、トゥルースの切ないような返事が聞こえる。
「俺は……お前達と生きたい」
「俺等だって生きてえさ。だがよ、商会様は俺等を一応子分にしちゃいるが、一度だって親分らしいことをしてくれちゃいねえ。口先だけの親分には、ついて行くことはできねえんだ」
この孤島における果ての見えない砂蟲との戦いは、ガイオから、バハルクーヴ島を守る男達から、多くのものを奪っていった。全てを掬い上げるには、ガイオの太い腕でも限界があった。カームビズ商会は海都からは遠く、旨みが少ないこの島を、元が取れる以上には顧みることは無かった。
「だからこそ、俺を使ってくれ」
海都から放逐されこそすれ、トゥルースは次期商会長と目された男である。番頭としての地位も剥奪された訳ではない。砂蟲の繁殖期にあっても死に逸れた強運は、いずれ海都の商会本部に知れるものとなるであろう。強い運を持つ商人の元には、太い商いが巡ってくる。商会を動かすには、充分な餌となるとトゥルースは考えている。
「ガイオ、お前が、お前達がその背中に護ってきたものを、俺にも護らせてほしい。俺は、そのためにここに来たんだ」
トゥルースは、熱い眼差しでガイオの目を見つめ、彼の手を強く握った。
因みに、ガイオの瞳も光の当たり方によっては榛色に見える薄茶色だ。舞台袖から二人の問答を見守っていたタルズは、はっとして口許を抑えた。
(旦さん、よっぽど女に懲りたんでやすな……あんな、筋肉達磨で顔面髭まみれのおっさんを公衆の面前で口説くなんて)
トゥルースの熱い眼差しに暫し絡め取られたかのようなガイオであったが、瞬きをして力強い眼差しでトゥルースを見つめ返した。
「へっ……その言葉、証明できるか?」
「俺の、行動で証明してみせよう」
トゥルースは、きっぱりと言い切ってみせた。ガイオはくしゃりと髭面をしがめたような笑みを浮かべると、振り返って高々と声を上げた。
「おめえら! ようやく商会も俺等を顧みる気になったようだぜ!」
何時になく晴れ晴れとしたその声に、砦の男達も呼応するように歓声を上げる。トゥルースの演説よりも遥かに反応が良いのには、ガイオも苦笑いだ。
だが、これまで壇上のトゥルースと聴衆たる砦の男達との間に存在した磨り硝子のような隔たりは、歓声の熱量によって溶けて消えつつある。砦の親分たるガイオへの厚い信頼が、男達にトゥルースという海都から来た男の言葉に、耳を傾けようという気を起こさせたのだ。
「俺は、この島から海都までの航路を、誰もが砂蟲に怯えることなく、自在に行き来できるようにすると約束する! お前達、お願いだ。俺に力を貸してくれ!!」
トゥルースの呼び掛けにも、砦の男達は大半が力強い歓声を以て応えた。エリコなどは、指笛まで吹いている。珍しく呆気に取られたヤノと、感情の持っていきどころがわからなくなっているカメリオは、奥歯を噛み締めることしかできない。
「ちっ……」
また、カメリオ達とは離れた一角に居る男達も、苦々しげな表情で壇上を見つめていた。彼らは皆、ガイオを子供の頃から慕う者達であった。彼の苦労も、背負ってきたものの重さも充分理解していた。だが、子供の頃から親として慕う男が、こうも呆気なくも自分達を蔑ろにしてきた商会の人間に恭順したというのが、許せなかったのだ。
「親分……なんでだよ」
情けないような声を出した男は、その困惑をじわりと憎しみに変えてトゥルースを睨んだ。お前が俺達の親父を舌先三寸で骨抜きにした。ペテン師め。彼の眼差しには、やるせない怒りが籠もっている。
「もう、あの野郎のお喋りも終わりだろ。飯行こうぜ、飯」
トゥルースを睨んでいる男の隣に佇んでいた男が、彼を慰めるように肩を叩き、移動を促す。もう、この場には彼も居たくはなかったのだ。周りに居た幾人かの男達も、同調するように壇上から背を向ける。
「エンサタさんの店か?」
「いやっ……あそこは、酒は飲ませてくれねえからな」
男達には、酒が必要であった。自らの心に折り合いをつけるためにも、心の内に湧くざらざらとした感情を洗い流すためにも、命の水による洗濯を必要としたのだ。
「飯はうめえんだけどな、あそこ」
「エンサタさんも美人だしな」
「う、うるせえっての」
喧噪に紛れて町中へと消える一団を見つめる者の粘い視線に気付く者は、誰一人として居なかった。
「俺は……お前達と生きたい」
「俺等だって生きてえさ。だがよ、商会様は俺等を一応子分にしちゃいるが、一度だって親分らしいことをしてくれちゃいねえ。口先だけの親分には、ついて行くことはできねえんだ」
この孤島における果ての見えない砂蟲との戦いは、ガイオから、バハルクーヴ島を守る男達から、多くのものを奪っていった。全てを掬い上げるには、ガイオの太い腕でも限界があった。カームビズ商会は海都からは遠く、旨みが少ないこの島を、元が取れる以上には顧みることは無かった。
「だからこそ、俺を使ってくれ」
海都から放逐されこそすれ、トゥルースは次期商会長と目された男である。番頭としての地位も剥奪された訳ではない。砂蟲の繁殖期にあっても死に逸れた強運は、いずれ海都の商会本部に知れるものとなるであろう。強い運を持つ商人の元には、太い商いが巡ってくる。商会を動かすには、充分な餌となるとトゥルースは考えている。
「ガイオ、お前が、お前達がその背中に護ってきたものを、俺にも護らせてほしい。俺は、そのためにここに来たんだ」
トゥルースは、熱い眼差しでガイオの目を見つめ、彼の手を強く握った。
因みに、ガイオの瞳も光の当たり方によっては榛色に見える薄茶色だ。舞台袖から二人の問答を見守っていたタルズは、はっとして口許を抑えた。
(旦さん、よっぽど女に懲りたんでやすな……あんな、筋肉達磨で顔面髭まみれのおっさんを公衆の面前で口説くなんて)
トゥルースの熱い眼差しに暫し絡め取られたかのようなガイオであったが、瞬きをして力強い眼差しでトゥルースを見つめ返した。
「へっ……その言葉、証明できるか?」
「俺の、行動で証明してみせよう」
トゥルースは、きっぱりと言い切ってみせた。ガイオはくしゃりと髭面をしがめたような笑みを浮かべると、振り返って高々と声を上げた。
「おめえら! ようやく商会も俺等を顧みる気になったようだぜ!」
何時になく晴れ晴れとしたその声に、砦の男達も呼応するように歓声を上げる。トゥルースの演説よりも遥かに反応が良いのには、ガイオも苦笑いだ。
だが、これまで壇上のトゥルースと聴衆たる砦の男達との間に存在した磨り硝子のような隔たりは、歓声の熱量によって溶けて消えつつある。砦の親分たるガイオへの厚い信頼が、男達にトゥルースという海都から来た男の言葉に、耳を傾けようという気を起こさせたのだ。
「俺は、この島から海都までの航路を、誰もが砂蟲に怯えることなく、自在に行き来できるようにすると約束する! お前達、お願いだ。俺に力を貸してくれ!!」
トゥルースの呼び掛けにも、砦の男達は大半が力強い歓声を以て応えた。エリコなどは、指笛まで吹いている。珍しく呆気に取られたヤノと、感情の持っていきどころがわからなくなっているカメリオは、奥歯を噛み締めることしかできない。
「ちっ……」
また、カメリオ達とは離れた一角に居る男達も、苦々しげな表情で壇上を見つめていた。彼らは皆、ガイオを子供の頃から慕う者達であった。彼の苦労も、背負ってきたものの重さも充分理解していた。だが、子供の頃から親として慕う男が、こうも呆気なくも自分達を蔑ろにしてきた商会の人間に恭順したというのが、許せなかったのだ。
「親分……なんでだよ」
情けないような声を出した男は、その困惑をじわりと憎しみに変えてトゥルースを睨んだ。お前が俺達の親父を舌先三寸で骨抜きにした。ペテン師め。彼の眼差しには、やるせない怒りが籠もっている。
「もう、あの野郎のお喋りも終わりだろ。飯行こうぜ、飯」
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「エンサタさんの店か?」
「いやっ……あそこは、酒は飲ませてくれねえからな」
男達には、酒が必要であった。自らの心に折り合いをつけるためにも、心の内に湧くざらざらとした感情を洗い流すためにも、命の水による洗濯を必要としたのだ。
「飯はうめえんだけどな、あそこ」
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