絶砂の恋椿

ヤネコ

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贄の男

7―2

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 ガイオがトゥルースの自室に招かれていた頃、登り始めた月が照らす砦の物見櫓には、三人の青年の姿があった。
「……だからよ、どうしてそうなるんだ?」
「だから……あの番頭が放っといたら殺される奴だから、俺が守るんだって」
 苛立ちを眉間に刻んでカメリオに問うヤノに、カメリオもまた、わかってもらえないもどかしさに表情を険しくしながら言い返す。
 カメリオによるガイオへの直談判は、ヤノにとっては寝耳に水の話であった。トゥルースのせいで爆死の危機に瀕したというのに、カメリオは彼を守りたいと譲らない。真っ直ぐな正義感はカメリオの美徳だとヤノも認めているが、おいそれとは看過できない話だ。
「お前ら、話が通らないからって苛つくのは悪い癖だぜ? ほら、離れろって」
 元々口喧嘩より拳で決着をつけるのが得意な二人だ。今にも殴り合いに発展しかねない空気に、エリコは二人の間に体を捩じ込んで仲裁に掛かる。
 エリコもまた、カメリオの言葉には少なからず驚きを感じていた。刺客に狙われ、島内の傭兵も買収されていたとなれば、トゥルースが自らの護衛を砦の男達に求めるのは自然な話であろう。だが、それにカメリオが立候補するとは、流石にエリコも予想はしていなかった。
「――で、カメリオはあの番頭の護衛になるつもりなんだな?」
「うん。急に決めて二人に相談しなかったのは、ごめん」
「俺は反対だ」
 いくらか態度を軟化させたカメリオに対して、ヤノは頑なだ。心情としてはヤノに近いエリコはヤノを視線で宥めつつ、カメリオに言い聞かせる。
「昨日でわかったろ? 海都の連中はデタラメだからよ……お前も殺されるかもしれねぇんだぞ?」
「放っといたら危ないのがわかってて、見殺しにはできないよ」
 カメリオの目は、覚悟の色を帯びている。勢いで決めた、という訳ではなさそうだ。エリコはなにか言いたげなヤノを制して、そもそもの話を問うた。
「お前、あの番頭のこと嫌ってたじゃねぇか。そんな奴の為に命張るってのかよ?」
「……あの番頭が悪いことしたって思ってないのは腹立つけど、俺、死なせたくないんだ」
「バハルクーヴ島のために、か?」
「そんな立派な理由じゃないよ……ただ、生きてる相手じゃなきゃ、殴ることもできないじゃないか」
 言葉を紡ぐカメリオの表情は、彼の複雑な心中を映すかのように曇っている。エリコはカメリオが、トゥルースに対して生死不明な彼の父親を重ねていることを察した。カメリオの父親のことは、エリコもよくは知らない。だが、鎚持ちとして砦の男達と共に砂蟲を狩っていたことは、亡き父から聞いていた。生きてさえいれば――エリコもまた、その願いの重さの意味をよく知っている。
「ま、俺もあの番頭に死なれちゃ困るし、砦の中じゃお前が適任なんだろうけどよ……」
「まどろっこしいのは抜きだ」
 エリコが言葉を継ぐのを待たずに、ヤノはカメリオとの距離を詰めた。ヤノもまた、カメリオの複雑な心中を言外に理解したようだ。
「本気であの野郎の護衛になるってんなら、俺を負かしてみろ」
「わかった。手加減抜きだからね」
 直截に告げるヤノに、カメリオも応える。仲裁から審判役に回らざるを得なくなったエリコは、溜め息を吐いて二人に言いつけた。
「結局こうなるのかよ……蹴り、殴り、投げは無しだぞ。明日も早ぇんだからな」
 取っ組み合いを始めた青年達を、月は優しく見守っている。その静かな光は、バハルクーヴ島から遠く離れた、海都にも分け隔てなく届いていた。
「今日も鳥は来なかったよ……待ち遠しいね? パルヴェネ」
「そうね、兄様。鼠は手こずっているのかしら?」
 出窓に腰掛けた男の髪は、月明かりを受けて白金のように輝いている。乳飲み子を抱き、男を兄と呼んだ女の髪もまた、同じ色をしていた。声色以外は、よく似た兄妹だ。
「可愛い甥っ子になかなか父親の顔を見せてやれない僕は、伯父さん失格だな」
「いいえ、兄様。この子の為に父親を取り戻そうとしてくださる兄様の慈愛の心……この子もきっと、喜んでくれるはずよ」
 妹の微笑みに、男――クーロシュは深い笑みを返す。血で血を洗う争いを制し、若くして一家の頭領となった彼は、自身によく似た双子の妹パルヴェネを殊の外溺愛している。身ごもった妹の相手がカームビズ商会長の子トゥルースと聞いたクーロシュは、これを歓迎した。猛禽の横顔を持つ色男は、妹に似合いだとクーロシュはトゥルースに近づいた。そして、クーロシュもまた、この砂の大地に夢を抱き、絵空事じみた大望を語る男を愛するようになった。
「僕たちのお婿さんに来ていたら、多少の浮気は許してあげたけどね」
「あの人は商人だもの。兄様の真心がわからなかったのだわ」
 パルヴェネを含め、十二人の女に子を産ませたことにより修羅場の渦中にあったトゥルースに、クーロシュはパルヴェネとの婚姻を持ち掛けた。だが、トゥルースは彼女と子を成した際に交わした契約書を理由に、これを撥ね除けた。面子を潰されたクーロシュは、トゥルースを憎む彼の異母兄弟達と共謀し、トゥルースを追い込んだ。
「彼も上手く遠くへ逃げたつもりだろうけど――僕も、手の長さはそれなりにあるからね」
「あの穀潰しも、役に立ったのね」
 一家の後ろ楯の力でカームビズ商会に入会したものの、僻地バハルクーヴ島に左遷された親族の男を、パルヴェネは嫌悪していた。恥ずかしげもなく金や嗜好品を無心してくる男の始末役として島へ送り出した下男の名は、パルヴェネの記憶には無い。だが、彼に新たに与えられた使命――トゥルース抹殺を果たした暁には、バハルクーヴ島から連絡鳥が飛んでくることは、兄クーロシュから聞かされている。
「元の形をしていなくったって構わないわ。あの人が帰ってくるのなら」
「そうだね。悪くしても……パルヴェネが好きだったあの瞳だけでも、回収させよう」
 強い意志を秘めた鬱金色の瞳を、クーロシュも愛していた。だが、クーロシュが愛したその瞳は、クーロシュの想いには応えなかった。屈辱に煮詰められた愛憎は、強い所有欲へと変貌した。
「早く帰っておいで? トゥルース」
 空に浮かぶ月に、クーロシュは呼び掛ける。その声は彼の横顔同様に、穏やかなものであった。
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