絶砂の恋椿

ヤネコ

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贄の男

7―3

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 翌日、カメリオはガイオより移籍の承諾を伝えられた。砦から商会への移籍はこれまでに例が無く、諸々の準備が整うまではまだ砦の預かりになることを続けて伝えたガイオは、畏まった表情のカメリオをじっと見据えた。
「覚悟はできてるんだろうな?」
「……もちろん」
 この先、カメリオが相手取るのは砂蟲の暴威ではなく人間の悪意だ。カメリオから直談判された夜に諭したように、自分と同じ形をした存在の命を刈り取る覚悟を、ガイオは改めて問うた。
 カメリオは戦う相手の急所を狙うことに躊躇が無い。戦士としてそれは長所ではあるが、活力を奪ったその先にある死を軽んじるようでは、野の獣と変わらない。ガイオは、カメリオには砦を離れても戦士であってほしかった。
「カメリオ、砦を離れてもおめえは俺の大事な息子だ。迷う事があったら必ず俺を頼れよ」
「俺も、親分に……立派な息子だって誇ってもらえる働きをしてみせるよ」
 カメリオは感傷に滲んだ下瞼を瞬きでいなし、ガイオの目を見つめ返した。涙の膜に煌めく瞳は年相応の幼さだけではなく、意志の強さを宿している。
「それから……そうだな、他の野郎どもにもちゃんと挨拶しとけ」
「わかった」
 素直に頷くカメリオに、ガイオはふとした疑問を訊ねた。
「ところでおめえよ……商会の連中みてえな、堅っ苦しい喋り方はできるのかよ?」
「……なんとか、なる……ますよ?」
 カメリオは母エンサタの旅行客向けの言葉遣いを思い出しつつ返事をしたが、やはりたどたどしい。腕は人並外れて立つものの、まだ成人して一年ばかりのこの青年が、砦の男達に対して冷淡な視線を隠さない青瓢箪達と上手くやれるか、ガイオは心配になった。
「その、なんだ。腹立つ野郎が居ても……ちっと撫でるだけにしとけよ」
「大丈夫だよ。あの人達、俺が思ってたより嫌な感じじゃなかった」
 商会の人間のうち、直接言葉を交わしたのはトゥルースとズバイルのみだが、先日の朝食の席における雰囲気は、概ね好意的なものだった。カメリオの返事を楽観的なものと受け取ったのか、下瞼に皺を寄せるガイオに、カメリオは表情を引き締めて告げた。
「親分。今まで……ありがとう」
「馬鹿野郎……今生の別れでもあるめえし」
「……そうだね」
 しんみりとガイオとの対話を終えたカメリオは、砦の男達に挨拶をして回った。口さがない者は尻には気を付けろだのとカメリオをからかったが、皆温かくカメリオを見送ってくれた。カメリオは、改めて自分が慣れ親しんだ場所から離れることを自覚した。
 日が落ちての帰り道、カメリオは自分の影に頭を引き摺られるような心地で、とぼとぼと足を進める。
「萎れてんじゃねえ。シャンとしろ」
「ヤノ」
 薄暮でも不機嫌さが眉間に見て取れるヤノに、カメリオはバツが悪そうに応えた。気丈に振る舞っていたつもりのカメリオであったが、弱気の虫が顔を出していたのがヤノにはお見通しだったらしい。
「昨日俺に見せた根性はどうしたよ?」
「ちょっと寂しくなっただけだよ」
 昨夜の組み合いで、カメリオはヤノに勝利した。上背も体格もカメリオを勝るヤノに尻餅をつかせるのは並大抵のことではなかったが、自身の覚悟を示す一心でカメリオは力を振り絞った。尤も、全力を尽くした代償は重く、今朝のカメリオは酷い筋肉痛と共に目覚めを迎えたのだが。
「護衛のお前が舐められたら、あの番頭を狙ってる連中を調子づかせるからな。忘れんなよ」
「うん。気合い、だよね」
 叱るのにも似た言葉は、ヤノなりの励ましであることはカメリオにもわかっている。改めて気合いを入れ直したカメリオに、ヤノは言葉を継いだ。
「あの番頭がスケベったらしいことしてきたら、タマ蹴り潰してでもやめさせろよ?」
「護衛するのに?」
「それはそれだ。おかしな野郎は示しつけねえとつけ上がるからな」
 砦の中で育ったヤノは、そうした悪ふざけには腕力で対処することが身に染み付いている。色恋に潔癖なためか、男の粘い視線の意図に疎いカメリオに改めて警戒を促したのだ。
「わかった。変なことされそうになったら……思いっきりつねる」
「……手加減すんなよ」
 真剣な顔で間の抜けた代替案を出してくるカメリオに、ヤノは毒気を抜かれた顔で応えた。やがて、二人の足取りは市場区域の入り口へと差し掛かった。
「それじゃ、また明日」
「おう、夜更かしすんなよ」
 カメリオには発破を掛けたものの、彼の背を見送るヤノの表情は、何時になく感傷に包まれていた。幼い頃から共にあった弟分と、そう遠くはない日に道を違えることは、ヤノとしても寂しくはあったようだ。
「寂しいくらいは言ったって、兄貴分の威厳は保たれるんじゃねぇか?」
 何処からか現れたエリコの言葉は、ヤノの表情を面映げなものに変える。取り繕うにもこうも胸の内を見透かされては、ヤノも苦笑するしかなかった。
「つくづくタイミングがいいな? テメエは」
「愛の力ってヤツだな」
「ばあか」
 エリコの軽口に軽口を返したヤノは、気怠げにその場へ座り込んだ。ヤノもまた、カメリオと組み合った後の強い疲労がその身に残っていたのだ。
「ウダウダ考えるのは性に合わねえ」
「俺らは砂蟲を狩って、あいつは番頭に群がる刺客どもをはたき落とす――だな」
 エリコはヤノの隣に腰掛け、足元に溜まった砂を踵で追い遣る。青年達の身をじわじわと炙るのは、焦燥感だ。
 砦の中では年少の彼等は、鎚持ちのように直接砂蟲と対峙する訳ではない。物見櫓で彼等が刹那の時間でも早く砂蟲を発見することも、砂蟲を羽交い締めにし、その生き血を吸った鈎罠を錆び付かせぬよう整備することも、砦という一集団が砂蟲を討滅するに、決して疎かにはできないことも彼等は理解している。だが、もどかしかった。
「――走ってくる」
「今からかよ? ああ、俺も付き合うぜ」
 ままならない現実と理想に橋を渡すのは時だ。だからこそ、そこに至るまでの時は持て余す情熱を鍛錬に中てるというヤノの独特な思考を、エリコは好ましく思っている。因みに、最もこれに影響を受けたのは言わずもがなカメリオだ。
 無心に走れば、このもどかしさを埋める糸口も見つかるかもしれない。走り出すヤノの背を追うエリコは、拳を強く握りしめた。
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