絶砂の恋椿

ヤネコ

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功労者たち

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「さて、マリウス。君は農場を見て回ってどう思った?」
 農場からの帰り道を歩きながら、トゥルースはカメリオに訊ねる。自分から見た農場の問題点をトゥルースが聞きたがっていると気付いたらしいカメリオは、その諮詢にやや自信なさげに答えた。
「仕事は大変そうなのに……あんまり、強くなさそうな人ばかりだと思いました」
「確かに、砦の者達に比べると農場の者達は線が細い印象があるな」
 トゥルースも実際の農場を目の当たりにして初めて実感したことだが、農作業はなかなかの重労働だ。カメリオもまた、同じ事を感じ取ったのだろう。だが、農夫には砦の男達のように屈強な雰囲気の者は見当たらず、どちらかと言えば細身で小柄な者ばかりに見受けられた。遠目に見れば、農婦との見分けも付かないほどだ。
「俺くらいの年の男も、居ないように感じました。だから、くたびれやすいんじゃないかなって……」
「ああ、よく見ていたな」
 刺客を警戒してのことだろうか。カメリオが農作物ばかりではなく、それを生産する者達の年恰好にも細やかに注意を向けていたことに、トゥルースは嬉しく思いながら相づちを打つ。
「もっと、若くて強そうな……体力がある人が居れば仕事が捗ると思いました」
「しかし、体力がある男は皆、砦に入るだろうからな」
「それは――この島の男ならみんな、目指して当然……ですから」
 バハルクーヴ島に上陸する前のトゥルースをも魅了した砦の男達は、事実この島では尊敬を集める存在だ。襲い来る砂蟲から島を護る命知らずの戦士達に、この島に生まれた男が憧れ、砦での活躍を目指すのは必然なのだろう。純情な気質の者が多いこの島だからこそ、集めた尊敬には黄金にも勝る価値があるのかもしれない。
「だから、農場で働いてる人達は、なんて言うか……」
 そこまで口にして、カメリオはどこか申し訳なさげな顔をして言い淀む。トゥルースが視線で続きを促すと、カメリオは瞬きをして言葉を継いだ。
「多分、砦を目指したりもできなかった人達なんだろうなって……でも、そういう風に思うのも、偉そうだなって……思いました」
「君はグラートとの対話で、新たな視点を得たようだな」
「……そう、だと思います」
 ほんの少し前までは砦の男達の一員であったカメリオは、砦の男とは成れなかった男に対して、一種の哀れみを抱いていたようだ。だが、農夫達の真摯な働きぶりを目の当たりにし、自身のそれは傲慢な感情だと恥じ入ったらしい。
「君も子供の頃から、砦に入ることを目標にしていたのか?」
「はい。俺と幼なじみたちは、子供の頃から砦に入るって約束してて」
 しばらくは顔を合わせてもいないであろう、親しい者達を思い浮かべているのか。やや懐かしげな横顔を見せるカメリオに、トゥルースは少々の罪悪感を胸に覚えながら訊ねる。
「前にムーシュ捕獲作戦で協力してもらった、ヤノとエリコか」
「そうです。俺たち、鎚持ちになるのが夢で――」
「その夢を、俺が横から奪ってしまったのだな」
「それは……俺が、決めたことですから」
 トゥルースが継いだ言葉に、カメリオは首を横に振った。砦の男ではなくなった今のカメリオには、鎚持ちになる夢を叶えることも、かつてのように島民からの尊敬を集めることも適わない。年若いカメリオが手放した栄誉を惜しく思うことは当然であろうに、全くトゥルースへ恨みの眼差しを向けてこないカメリオの心根に、トゥルースは改めて清々しさを感じた。
「君は、気高いな」
「けだ……かい?」
「魂が、強く美しいということさ」
 耳慣れぬ言葉が賛辞であることを知ったためか、カメリオは面映ゆげに顔を顰める。トゥルースとしてはそれでも褒めたりぬ気持ちだが、ここは余計な言葉は継がず、唇を噛み締めるカメリオの純情な横顔を眺めることにした。頬を染め、どう言葉を返すか迷うカメリオは愛らしい。
「…………からかわないでください」
「俺は、君には嘘は吐かないよ」
 揶揄ったつもりはないのだが、カメリオは照れくさそうにむくれている。このどこか甘酸っぱいような空気をしばらく楽しむのも悪くはないとトゥルースが思っているところで、カメリオは慣れない様子で咳払いをすると、仕切り直すように話題を戻した。
「――だから! グラートさんが言ってた苦役刑囚は体力がある人から農場に紹介したらいいんじゃないかって、俺は思いました」
「そうか。参考になったよ」
 カメリオが照れ隠しのように一息で言葉を発したことを可愛らしく思いながら、トゥルースはその意見に頷いてみせた。事実、トゥルースとしても作業の能率を上げるという点ではカメリオの意見は一理あると考えている。だが、グラートがカメリオに当初見せた警戒と、その後の態度の一変が、トゥルースには気掛かりであった。
「戻ったら、農場の者の心情をよく知る者の意見も聞いてみよう。君も同席してくれ」
「そんな人……居るんですか?」
「顔をよく見てみるといい。彼は、なかなか父親に似ているようだからな」
 顔に疑問符を貼り付けたカメリオに、トゥルースはなるほどと心の中で仮説を立てた。この島の住人は海都の市民ほどは数は多くないが、交わらない者は年齢が近い者であっても交わらないらしい。行きとはまた別の好奇心が、トゥルースの心を擽った。
「――ミッケ、話しても構わないか?」
 商会支部に戻ったトゥルースは、執務室で書類と睨めっこをしているミッケに声を掛けた。カメリオには、応接室の準備を頼んでいる。
「えっ! 僕に、お話、ですか……?」
「仕事中にすまないが、君の意見も参考に聞きたくてな。応接室まで来てくれるか?」
 顔色を白くしたミッケは、どうやら何かしらの咎めを受けると誤解をしているようだ。父親のグラートと顔立ちは似ているが、父親とは真逆に随分と表情が分かり易いミッケを微笑ましく思いながら、トゥルースは彼を宥めた。
(父さん……いや、父さんに限っておかしなことは言わないだろうけど、一体トゥルース様に何を言ったのさ……)
 目に見えて混乱しているらしいミッケの口からは、小声で思考が漏れている。どうやら彼の癖らしいそれには敢えて触れずに、トゥルースは先導して応接室のドアを開けた。
「カメ――マリウス、なんでここに!?」
「ああ、ミッケさん! 確かに、グラートさんと似てますね」
「さあ、二人とも掛けてくれ」
 顔を見合わせるなり、それぞれに思ったことを素直に口に出す二人に、トゥルースはにこやかに着席を促す。すんなりとトゥルースと向き合って掛けたカメリオと、その隣に渋々と腰掛けたミッケに、トゥルースは質問を投げかけた。
「早速だが――君たちは、傭兵をどう思う?」
「えぇ……?」
「傭兵を……どう思う、ですか?」
 思いも寄らぬ質問だったのだろう。ミッケは、トゥルースの言葉に間髪入れずに口の中で小さく呻いた。カメリオも、トゥルースの質問は予想外であったらしく、小首を傾げてトゥルースの言葉を復唱する。
 トゥルースは、揃って不思議そうな顔をしている青年達――共に商会に入るまで、人生の道が交わることが無かった二人をにこやかに見据えて言葉を継いだ。
「思ったことを、そのまま俺に聞かせてくれ」
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