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功労者たち
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「あの……質問なんですが、僕の回答は、その、評価に響いたりしますか?」
親指をもじもじと擦り合わせながら、ミッケは不安げにトゥルースに訊ねる。
トゥルース着任まで上司らしい上司が不在であったミッケからすれば、こうして自分より立場が上の存在と差し向かい――隣には一応カメリオも居るが――で話すのは、先の面談から数えてようやく二回目だ。緊張から生じる不安は当然とも言えよう。
「君の回答がどんなものでも、この仕事に協力してくれた点のみを評価すると約束しよう」
「それは、その……悪口みたいになっても、大丈夫ということですよね?」
「この島で生まれ育った君の、傭兵に対して感じる率直な意見を聞きたい。本音であればあるほど、俺を助けると思ってくれ」
ミッケが向けてくる不安げな視線に、トゥルースは視線を真っ直ぐに合わせて応える。これから傭兵の悪口を言うと殆ど白状していることからも察せられる通り、ミッケは傭兵にあまり良い感情を抱いていないらしい。だが、ここで行うのはトゥルースの予想の確認作業ではなく、農家に生まれ育ったミッケの本音を聞くことだ。
「マリウスも、ミッケと違う意見だからと尻込みせずに君の考えを聞かせてくれ」
「……わかりました」
トゥルースの言葉に何かを感じ取ったらしいカメリオは、表情を引き締めて頷く。カメリオは根が素直なだけに、農場での体験を受け、自身から見て弱い者――ここでは農夫側の視点を持つミッケ――の意見に引き摺られることが考えられる。だが、トゥルースとしてはこれまでのカメリオの視点で見た、彼の傭兵観が知りたかった。
しばし沈黙が応接室を支配したところで、ミッケは思い切ったように言葉を発した。
「僕は――傭兵って人たちそのものが、ずるいと思ってます」
「ずるい、か。彼等が気ままなその日暮らしをしているからか?」
「はい。自分の生まれた島を捨てて、やりたいことしかやってない人が許されてるなんて……真面目に暮らしてる人が、馬鹿みたいじゃないですか」
トゥルースの問いに、ミッケは眉間に皺を寄せて答える。どうやら根深いらしい傭兵への不信感を吐露する続きをトゥルースが視線で促せば、ミッケは苦い物を口にしたような表情のまま、言葉を吐き出した。
「それにあの人たち、いつもダラダラしてるし、昼間から酒浸りだし……自分より弱そうな傭兵をいじめて遊んでるし、居心地が悪くなれば他の島に逃げるし――最悪ですよ」
「そうか。君は、これまで傭兵と対面したことはあるか?」
「僕が直接話したことはないんですけど、父さん――父親が農場で仕事をしてるので、あの人たちが役立たずなのは知ってます」
普段はおとなしいように見えるミッケの口から存外に強い言葉が次々と飛び出したのに、ミッケの隣に腰掛けたカメリオが目を丸くしたのを視界に確認しながら、トゥルースはミッケが抱く傭兵への悪印象の理由を確かめる。
「ミッケ、君が傭兵を役立たずだと感じた理由を聞かせてくれるか?」
「えっと、農繁期に農場で傭兵を雇うことは、トゥルース様もご存知だと思うんですけど……その時に、農業に全然詳しくなくてもできるように農場の人がわかりやすく教えるんです。でも、全然やる気が無いんですよ」
まるで当事者のように怒るミッケは、幼い頃から苦労する父親や農夫たちの姿を目の当たりにしていたのだろう。ミッケの口ぶりは、トゥルースが知る限りでも何時になく険しさを帯びている。
「その原因を、君はどう見る?」
「そうですね……一番はやっぱり、仕事を受けるだけでも賃金が出るからでしょうね」
「二番目は?」
「あの人たちは……農場の人を見下してるんですよ」
言葉に次いで深く吐いた溜め息には、ミッケ自身の、或いは農夫たちにわだかまる傭兵への不満が籠もっていた。カメリオは、やや気まずげな顔でミッケの横顔を見つめている。
「君から見て、どういった点が農場の者が見下されていると感じるんだ?」
「……農場には真面目でおとなしい人が多いから、馬鹿な連中ほど自分らの方が偉いと勘違いしてるんです」
ミッケは、横目でちらりとカメリオを睨め付けた。どうやら彼の不満の対象は、傭兵のみには留まらないようだ。
「あの……俺も、話していいですか?」
「ああ。君の考えも聞かせてくれ、マリウス」
トゥルースの返事に、カメリオは少し安堵したような顔で頷いた。自分と異なる意見を持つ者の隣で発言するのは、やはり勇気が要るのだろう。ミッケも、カメリオの言葉をどこか神妙な顔で待っている。
「俺は、砦に居た頃に傭兵と一緒に仕事することがわりとあって……その人たちは荒っぽいけど、悪い人たちじゃなかったです」
「砦では、破砕鎚を遣う傭兵も砂蟲狩りに加わるんだったな?」
「そうです。狩りの後は、そのまま砦の一員になる人も居ました」
以前にカメリオから公衆浴場で聞いた話を思い出しながら、トゥルースは相槌を打つ。どうやらカメリオは、傭兵もミッケが思うような者ばかりではないと言いたいようだ。
「この間の、鼠の手下になってた人らも……後から話してみたらちゃんと話せるって、俺は思いました」
おそらく、砦に居た頃のカメリオが砂蟲狩りを通じて接した傭兵とは、この島に来る傭兵の中でも稼ぐ力と適応力がある者――上澄みと呼んで良い者だろう。反対に、ムーシュの手下となっていた傭兵は欲心は強いが稼ぐ力が弱い者だ。同じ傭兵でも正反対な者たちとそれぞれ交流を持ったカメリオは、ミッケの方を向いて言葉を継いだ。
「俺……傭兵はミッケさんが思ってるほど最悪じゃないって、思います」
「それは、マリウスがまだ砦の連中の感覚だからだろ?」
カメリオの言葉を売り言葉だと受け取ったのか、ミッケは珍しく語気を荒らげる。トゥルースは敢えて仲裁はせず、二人の青年の遣り取りを見守る。
「人をどう思うかに、砦も商会も関係ないでしょう」
「関係あるさ。君も、砦の連中も、何かあれば腕尽くで解決できるんだからな」
ミッケは歯痒そうにカメリオを睨む。睨まれたカメリオも、喧嘩を売られたと受け取ったらしく、鋭い眼光でミッケを睨み返した。
「……腕尽くの何が悪いって言うんですか」
「わ、悪いとは言ってないだろ。けどな、みんながみんな……君らみたいに、腕尽くで面倒事を解決できるわけじゃないんだ」
「…………!」
カメリオの眼光に怯みながらも言い返したミッケの言葉に、カメリオは反論の言葉を詰まらせたようだ。
事実、以前までのカメリオは商会の人間には冷ややかな目を向けていたし、男でありながら砂蟲に対抗できない島民のことは哀れな、或いは透明な存在として扱っていた。
年若いカメリオからも侮られる者たちを根無し草の傭兵たちが敬う訳もなく、話せば――ここには拳での語り合いも含む――理解できるというのは、カメリオや砦の男達のような強者の理屈に過ぎない。
「腕力が無いと見下されるって、どう考えてもおかしいと思わないか?」
「それは、わかります。でも……舐めてる相手の話は聞けないって、思うのもわかります」
「舐め……いや、言い方があるだろ?」
砦で砂蟲狩りに参加した傭兵は砦の男達を率いるガイオの侠気に感服した者であり、新設された療養所に居る怪我人はムーシュ捕縛の際にカメリオたちから打ち据えられた者で、苦役刑囚は運良く鎚での一撃を喰らわなかったものの、カメリオの強さをよく知っている者だ。
自身や砦の男達が相手との対話を当たり前にできていたのとは逆に、弱い者は対話すらままならない場合があることに、カメリオは思い至ったらしい。
「農場で働いてる人たちのことは、俺……あんな弱そうなのにすごいって思ったし、そのすごさが伝われば、腕尽くじゃなくても舐められないはずです」
「要するに君も、傭兵が横着なのは農場の人が見下されてるからって言いたいのか?」
顔を顰めたミッケに、カメリオはこくりと頷く。それぞれ傭兵に対しての感情は異なるものの、農場の者と傭兵との間に横たわる問題の原因については、二人とも同じ結論に至ったようだ。
二人の青年達による討論を見守るトゥルースの脳裏を過るのは、畦道に跪いたグラートの言葉だった。
親指をもじもじと擦り合わせながら、ミッケは不安げにトゥルースに訊ねる。
トゥルース着任まで上司らしい上司が不在であったミッケからすれば、こうして自分より立場が上の存在と差し向かい――隣には一応カメリオも居るが――で話すのは、先の面談から数えてようやく二回目だ。緊張から生じる不安は当然とも言えよう。
「君の回答がどんなものでも、この仕事に協力してくれた点のみを評価すると約束しよう」
「それは、その……悪口みたいになっても、大丈夫ということですよね?」
「この島で生まれ育った君の、傭兵に対して感じる率直な意見を聞きたい。本音であればあるほど、俺を助けると思ってくれ」
ミッケが向けてくる不安げな視線に、トゥルースは視線を真っ直ぐに合わせて応える。これから傭兵の悪口を言うと殆ど白状していることからも察せられる通り、ミッケは傭兵にあまり良い感情を抱いていないらしい。だが、ここで行うのはトゥルースの予想の確認作業ではなく、農家に生まれ育ったミッケの本音を聞くことだ。
「マリウスも、ミッケと違う意見だからと尻込みせずに君の考えを聞かせてくれ」
「……わかりました」
トゥルースの言葉に何かを感じ取ったらしいカメリオは、表情を引き締めて頷く。カメリオは根が素直なだけに、農場での体験を受け、自身から見て弱い者――ここでは農夫側の視点を持つミッケ――の意見に引き摺られることが考えられる。だが、トゥルースとしてはこれまでのカメリオの視点で見た、彼の傭兵観が知りたかった。
しばし沈黙が応接室を支配したところで、ミッケは思い切ったように言葉を発した。
「僕は――傭兵って人たちそのものが、ずるいと思ってます」
「ずるい、か。彼等が気ままなその日暮らしをしているからか?」
「はい。自分の生まれた島を捨てて、やりたいことしかやってない人が許されてるなんて……真面目に暮らしてる人が、馬鹿みたいじゃないですか」
トゥルースの問いに、ミッケは眉間に皺を寄せて答える。どうやら根深いらしい傭兵への不信感を吐露する続きをトゥルースが視線で促せば、ミッケは苦い物を口にしたような表情のまま、言葉を吐き出した。
「それにあの人たち、いつもダラダラしてるし、昼間から酒浸りだし……自分より弱そうな傭兵をいじめて遊んでるし、居心地が悪くなれば他の島に逃げるし――最悪ですよ」
「そうか。君は、これまで傭兵と対面したことはあるか?」
「僕が直接話したことはないんですけど、父さん――父親が農場で仕事をしてるので、あの人たちが役立たずなのは知ってます」
普段はおとなしいように見えるミッケの口から存外に強い言葉が次々と飛び出したのに、ミッケの隣に腰掛けたカメリオが目を丸くしたのを視界に確認しながら、トゥルースはミッケが抱く傭兵への悪印象の理由を確かめる。
「ミッケ、君が傭兵を役立たずだと感じた理由を聞かせてくれるか?」
「えっと、農繁期に農場で傭兵を雇うことは、トゥルース様もご存知だと思うんですけど……その時に、農業に全然詳しくなくてもできるように農場の人がわかりやすく教えるんです。でも、全然やる気が無いんですよ」
まるで当事者のように怒るミッケは、幼い頃から苦労する父親や農夫たちの姿を目の当たりにしていたのだろう。ミッケの口ぶりは、トゥルースが知る限りでも何時になく険しさを帯びている。
「その原因を、君はどう見る?」
「そうですね……一番はやっぱり、仕事を受けるだけでも賃金が出るからでしょうね」
「二番目は?」
「あの人たちは……農場の人を見下してるんですよ」
言葉に次いで深く吐いた溜め息には、ミッケ自身の、或いは農夫たちにわだかまる傭兵への不満が籠もっていた。カメリオは、やや気まずげな顔でミッケの横顔を見つめている。
「君から見て、どういった点が農場の者が見下されていると感じるんだ?」
「……農場には真面目でおとなしい人が多いから、馬鹿な連中ほど自分らの方が偉いと勘違いしてるんです」
ミッケは、横目でちらりとカメリオを睨め付けた。どうやら彼の不満の対象は、傭兵のみには留まらないようだ。
「あの……俺も、話していいですか?」
「ああ。君の考えも聞かせてくれ、マリウス」
トゥルースの返事に、カメリオは少し安堵したような顔で頷いた。自分と異なる意見を持つ者の隣で発言するのは、やはり勇気が要るのだろう。ミッケも、カメリオの言葉をどこか神妙な顔で待っている。
「俺は、砦に居た頃に傭兵と一緒に仕事することがわりとあって……その人たちは荒っぽいけど、悪い人たちじゃなかったです」
「砦では、破砕鎚を遣う傭兵も砂蟲狩りに加わるんだったな?」
「そうです。狩りの後は、そのまま砦の一員になる人も居ました」
以前にカメリオから公衆浴場で聞いた話を思い出しながら、トゥルースは相槌を打つ。どうやらカメリオは、傭兵もミッケが思うような者ばかりではないと言いたいようだ。
「この間の、鼠の手下になってた人らも……後から話してみたらちゃんと話せるって、俺は思いました」
おそらく、砦に居た頃のカメリオが砂蟲狩りを通じて接した傭兵とは、この島に来る傭兵の中でも稼ぐ力と適応力がある者――上澄みと呼んで良い者だろう。反対に、ムーシュの手下となっていた傭兵は欲心は強いが稼ぐ力が弱い者だ。同じ傭兵でも正反対な者たちとそれぞれ交流を持ったカメリオは、ミッケの方を向いて言葉を継いだ。
「俺……傭兵はミッケさんが思ってるほど最悪じゃないって、思います」
「それは、マリウスがまだ砦の連中の感覚だからだろ?」
カメリオの言葉を売り言葉だと受け取ったのか、ミッケは珍しく語気を荒らげる。トゥルースは敢えて仲裁はせず、二人の青年の遣り取りを見守る。
「人をどう思うかに、砦も商会も関係ないでしょう」
「関係あるさ。君も、砦の連中も、何かあれば腕尽くで解決できるんだからな」
ミッケは歯痒そうにカメリオを睨む。睨まれたカメリオも、喧嘩を売られたと受け取ったらしく、鋭い眼光でミッケを睨み返した。
「……腕尽くの何が悪いって言うんですか」
「わ、悪いとは言ってないだろ。けどな、みんながみんな……君らみたいに、腕尽くで面倒事を解決できるわけじゃないんだ」
「…………!」
カメリオの眼光に怯みながらも言い返したミッケの言葉に、カメリオは反論の言葉を詰まらせたようだ。
事実、以前までのカメリオは商会の人間には冷ややかな目を向けていたし、男でありながら砂蟲に対抗できない島民のことは哀れな、或いは透明な存在として扱っていた。
年若いカメリオからも侮られる者たちを根無し草の傭兵たちが敬う訳もなく、話せば――ここには拳での語り合いも含む――理解できるというのは、カメリオや砦の男達のような強者の理屈に過ぎない。
「腕力が無いと見下されるって、どう考えてもおかしいと思わないか?」
「それは、わかります。でも……舐めてる相手の話は聞けないって、思うのもわかります」
「舐め……いや、言い方があるだろ?」
砦で砂蟲狩りに参加した傭兵は砦の男達を率いるガイオの侠気に感服した者であり、新設された療養所に居る怪我人はムーシュ捕縛の際にカメリオたちから打ち据えられた者で、苦役刑囚は運良く鎚での一撃を喰らわなかったものの、カメリオの強さをよく知っている者だ。
自身や砦の男達が相手との対話を当たり前にできていたのとは逆に、弱い者は対話すらままならない場合があることに、カメリオは思い至ったらしい。
「農場で働いてる人たちのことは、俺……あんな弱そうなのにすごいって思ったし、そのすごさが伝われば、腕尽くじゃなくても舐められないはずです」
「要するに君も、傭兵が横着なのは農場の人が見下されてるからって言いたいのか?」
顔を顰めたミッケに、カメリオはこくりと頷く。それぞれ傭兵に対しての感情は異なるものの、農場の者と傭兵との間に横たわる問題の原因については、二人とも同じ結論に至ったようだ。
二人の青年達による討論を見守るトゥルースの脳裏を過るのは、畦道に跪いたグラートの言葉だった。
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