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第一部 以仁王の挙兵
07 令旨の真贋
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源行家のもたらした、全国の源氏へ挙兵をうながす令旨のことを知った頼朝は、「精進潔斎する」と言って、すぐには行家の前に現れなかった。
「盛長と亀のおかげだ。考える時間ができた」
これが、いやおうなく行家と接する展開だったなら、こうして落ち着いて考える時間はなかっただろう。
頼朝はすぐに安達盛長の娘、亀に命じて、六郎を呼んだ。
亀はすごく厭そうな顔をしたが、頼朝はかまわず「早く」と言った。
亀は京畿の人間が嫌いである。
六郎のような、軽薄そうな男は、特に。
「お召しにより」
六郎が来るが早いが、頼朝は令旨について話した。
「以仁王が発したというが、ほんとうか」
「……三日ほど時間をいただければ」
京にいる三善康信(母が頼朝の乳母の妹)から、月に三度、頼朝に定期的に文を送ってきている。
ちょうどこの前、その定期便が来たばかりだ。
だが、次の文が発せられているはず。
六郎はそれを伊豆から京へ向かって逆行して捕まえて、持って帰るのに三日と見た。
「それでいい。頼んだ」
康信の文は、証拠となるが、対処は頼朝自身が考えなくてはならない。
ほんものか、にせものか。
その双方について、対応を。
だが頼朝が見るところ、令旨はほんものである。
行家なる叔父とは面識がないが、会話の端々で、源氏でないと言えないことを言っている。
少なくとも、行家はほんものだ。
であるなら、熊野に潜伏していた行家を出すほど、それは重要事項なのだ。
「行家とやら、浅薄なきらいがあるが、それでも、わざわざ熊野から出るほどの価値があると見たのか」
人間、命の危険を冒すなどという真似をするには、それ相応の価値を見出さないと、しない。
「であれば、令旨はほんもの。であれば、この頼朝はどう対するべきか」
普通に考えれば、辞退すべきである。
今や、平家の勢いは山を抜き、世を蓋う。
それに逆らうなど、愚かな者のすることである。
「ただ、場合によっては、平家相手に勝ちを拾うまでいかなくとも、自立を許されるのではないか」
全国の源氏が一斉に立てば、さしもの平家も対応が困難になる。
一か所一か所潰して行けばというものではなく、全国一斉同時にだと、どこへ兵を動かすかが焦点になる。
そうなると、まず懐柔しては、という流れも出て来る。
「そういう、利はある。これをどうするかで……」
あの平清盛を、どうにかできるだろうか。
平清盛。
伊勢平氏正盛流。
祖父・正盛の代から父・忠盛と重ねて成り上がり、ついには相国(太政大臣)と成りおおせた男。
この男は単に権力欲だけではない、何かがある。その野望はとどまるところを知らず、何せ、福原京のように、都ひとつを作ってしまうほどである。
「このような男を相手に、迂闊に敵対してみろ。即座に官符を発行し、全国の武士たちを召して、大軍をもって、押しつぶしに来るであろう」
頼朝の危惧は、まさにそこにある。
あの清盛が腰を上げて、たとえば古の征夷大将軍のように、「夷」たる頼朝を討つとしたら、どうなるか。
「ひとたまりもない」
それこそが、頼朝が令旨ににわかに応じない理由である。
頼朝ひとりが立ち上がれば、頼朝を討てば、この「平家への叛乱」は終わる。それをもって、全国の源氏へ「見せしめ」となるだろう。
ただ、全国の源氏が一斉に立ち上がったなら、まだ平家の討伐対象はひとつにしぼれずに、立ち往生し、全国の源氏に対し、「より有利な従属」を提案してくる目がある。
「ただそれも、一時しのぎとしての従属──和睦であり、それによって騒動が落ち着いたところで、清盛は、まずこの頼朝を討つだろう」
裏切者。
そう言って。
そう言われることはわかっている。
──生きたいか。
──生きたいか、鬼武者。
──なら鬼武者……どうするかは、わかっているな。
あの相国入道は、平治の乱のあとに捕まった頼朝に対し、そう言って伽を要求した。
鬼武者とは、頼朝の幼名である。
父・義朝は、頼朝が鬼武者の頃に、さる貴人に彼を差し出し、栄達したといわれるほどである。
「…………」
頼朝は生きることを選んだ。
死にたくはなかった。
そして、これによって生きることができたのならば、自分の好きに生きてやると決めていた。
案の定、清盛は頼朝を生かすことにした。
それには実は、平氏政権を固めるための道具としての思惑があった。
あとで頼朝は考えた上でそれを知ったが、抱かれたことに悔いはない。
「つまり、私は清盛の思惑に乗ったのではない。対価を払ったのだ」
そして払った以上は、好きに生きる。
別に高望みはしない。
好きに生きられればいい。
清盛は裏切りと捉えるだろうが、それについては、もう対価を払ったのだ。
あとは……。
*
三日後。
「以仁王……ではない、最勝親王の令旨である!」
大上段にかまえた行家を見て、頼朝は、こんな奴を使いに寄越してほんとうに大丈夫かと以仁王が心配になった。
なるほど、言うことは真に迫っているし、惹きつけられる者はいるだろう。
だが、どうも胡散臭い。
その胡散臭さに引いてしまう者も、いるのではないか。
「如何に、如何に!」
如何にと言われても、何をすることは無い。
流人の身で決起したところで、誰もついて来る者はいない。
その現実を伝えるだけだ。
大体、令旨というもの自体が怪しい。
親王でもないのに(自称していたが)、令旨を称するなど、その証左である。
そう思っていたら、行家はとんでもないことを言い出した。
「頼朝どの、こたびの令旨、おそれおおくも後白河院が一枚噛んでいる」
「…………」
「言葉も無いようじゃの」
行家は頼朝の沈黙を、驚愕のゆえと受け止めた。
無理もない。
これは、以仁王から「奥の手」として、頼朝に使えと言われて教えられた策だ。
――頼朝の受け答えが鈍かったらこう言え。これが効く。
そう言う以仁王は、悪辣な笑みを浮かべていた。
「盛長と亀のおかげだ。考える時間ができた」
これが、いやおうなく行家と接する展開だったなら、こうして落ち着いて考える時間はなかっただろう。
頼朝はすぐに安達盛長の娘、亀に命じて、六郎を呼んだ。
亀はすごく厭そうな顔をしたが、頼朝はかまわず「早く」と言った。
亀は京畿の人間が嫌いである。
六郎のような、軽薄そうな男は、特に。
「お召しにより」
六郎が来るが早いが、頼朝は令旨について話した。
「以仁王が発したというが、ほんとうか」
「……三日ほど時間をいただければ」
京にいる三善康信(母が頼朝の乳母の妹)から、月に三度、頼朝に定期的に文を送ってきている。
ちょうどこの前、その定期便が来たばかりだ。
だが、次の文が発せられているはず。
六郎はそれを伊豆から京へ向かって逆行して捕まえて、持って帰るのに三日と見た。
「それでいい。頼んだ」
康信の文は、証拠となるが、対処は頼朝自身が考えなくてはならない。
ほんものか、にせものか。
その双方について、対応を。
だが頼朝が見るところ、令旨はほんものである。
行家なる叔父とは面識がないが、会話の端々で、源氏でないと言えないことを言っている。
少なくとも、行家はほんものだ。
であるなら、熊野に潜伏していた行家を出すほど、それは重要事項なのだ。
「行家とやら、浅薄なきらいがあるが、それでも、わざわざ熊野から出るほどの価値があると見たのか」
人間、命の危険を冒すなどという真似をするには、それ相応の価値を見出さないと、しない。
「であれば、令旨はほんもの。であれば、この頼朝はどう対するべきか」
普通に考えれば、辞退すべきである。
今や、平家の勢いは山を抜き、世を蓋う。
それに逆らうなど、愚かな者のすることである。
「ただ、場合によっては、平家相手に勝ちを拾うまでいかなくとも、自立を許されるのではないか」
全国の源氏が一斉に立てば、さしもの平家も対応が困難になる。
一か所一か所潰して行けばというものではなく、全国一斉同時にだと、どこへ兵を動かすかが焦点になる。
そうなると、まず懐柔しては、という流れも出て来る。
「そういう、利はある。これをどうするかで……」
あの平清盛を、どうにかできるだろうか。
平清盛。
伊勢平氏正盛流。
祖父・正盛の代から父・忠盛と重ねて成り上がり、ついには相国(太政大臣)と成りおおせた男。
この男は単に権力欲だけではない、何かがある。その野望はとどまるところを知らず、何せ、福原京のように、都ひとつを作ってしまうほどである。
「このような男を相手に、迂闊に敵対してみろ。即座に官符を発行し、全国の武士たちを召して、大軍をもって、押しつぶしに来るであろう」
頼朝の危惧は、まさにそこにある。
あの清盛が腰を上げて、たとえば古の征夷大将軍のように、「夷」たる頼朝を討つとしたら、どうなるか。
「ひとたまりもない」
それこそが、頼朝が令旨ににわかに応じない理由である。
頼朝ひとりが立ち上がれば、頼朝を討てば、この「平家への叛乱」は終わる。それをもって、全国の源氏へ「見せしめ」となるだろう。
ただ、全国の源氏が一斉に立ち上がったなら、まだ平家の討伐対象はひとつにしぼれずに、立ち往生し、全国の源氏に対し、「より有利な従属」を提案してくる目がある。
「ただそれも、一時しのぎとしての従属──和睦であり、それによって騒動が落ち着いたところで、清盛は、まずこの頼朝を討つだろう」
裏切者。
そう言って。
そう言われることはわかっている。
──生きたいか。
──生きたいか、鬼武者。
──なら鬼武者……どうするかは、わかっているな。
あの相国入道は、平治の乱のあとに捕まった頼朝に対し、そう言って伽を要求した。
鬼武者とは、頼朝の幼名である。
父・義朝は、頼朝が鬼武者の頃に、さる貴人に彼を差し出し、栄達したといわれるほどである。
「…………」
頼朝は生きることを選んだ。
死にたくはなかった。
そして、これによって生きることができたのならば、自分の好きに生きてやると決めていた。
案の定、清盛は頼朝を生かすことにした。
それには実は、平氏政権を固めるための道具としての思惑があった。
あとで頼朝は考えた上でそれを知ったが、抱かれたことに悔いはない。
「つまり、私は清盛の思惑に乗ったのではない。対価を払ったのだ」
そして払った以上は、好きに生きる。
別に高望みはしない。
好きに生きられればいい。
清盛は裏切りと捉えるだろうが、それについては、もう対価を払ったのだ。
あとは……。
*
三日後。
「以仁王……ではない、最勝親王の令旨である!」
大上段にかまえた行家を見て、頼朝は、こんな奴を使いに寄越してほんとうに大丈夫かと以仁王が心配になった。
なるほど、言うことは真に迫っているし、惹きつけられる者はいるだろう。
だが、どうも胡散臭い。
その胡散臭さに引いてしまう者も、いるのではないか。
「如何に、如何に!」
如何にと言われても、何をすることは無い。
流人の身で決起したところで、誰もついて来る者はいない。
その現実を伝えるだけだ。
大体、令旨というもの自体が怪しい。
親王でもないのに(自称していたが)、令旨を称するなど、その証左である。
そう思っていたら、行家はとんでもないことを言い出した。
「頼朝どの、こたびの令旨、おそれおおくも後白河院が一枚噛んでいる」
「…………」
「言葉も無いようじゃの」
行家は頼朝の沈黙を、驚愕のゆえと受け止めた。
無理もない。
これは、以仁王から「奥の手」として、頼朝に使えと言われて教えられた策だ。
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