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第三部 石橋山の戦い
32 箱根へ
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「海か」
大庭景親はその発想に切れ味をおぼえた。
素晴らしい発想だ。
だからこそ、ほんものだと思えた。
「よし! ではまず三浦を押さえよう! 畠山重忠に使いを出せ! そしてわれらもこんな山を出て、このあたりの海を探す!」
景親は勇んで山を下りて行った。
景時も「早くしろ」と叫んで、郎党たちを下山させる。
大庭の兵がすべて、山から去ったのを見届けたのち、鵐の窟に一礼して、景時は行った。
……しばらくのち、窟の中から何人かの影が出て、去って行った。
*
頼朝らが土肥の椙山を出ると、土肥実平に「このあたりに修験者はいないか」と問いただした。
「修験者……そういえば」
実平が椙山から箱根の方を指差すと、その方向にうっすらと、小さな道が浮かび見えた。
「この道を通って、箱根の方から、よく修験者が来ます」
「よし」
その道を行こう、と頼朝は歩き出した。
土肥実平はあわてて、その道でいいのですか、と聞いた。
「いいのだ」
「でも」
「忘れたか、箱根の別当が誰かを」
箱根の別当(寺の長)行実は、頼朝の従兄弟であると伝えられる。
ちなみに、行実の弟の智蔵坊良暹は山木兼隆の祈祷師をしており、頼朝に敵対し襲撃を策していたが、行実が事前にそのことを告げたため、頼朝は難を逃れている。
「行実どのですか……でも、従兄弟というだけで、味方しましょうや」
良暹のような例もある。
人間、変心することもある。
実平はそれを危惧したが、頼朝は「手は、打ってある」と言った。
「箱根と伊豆山の両権現は結びつきが強い。互いに、修験者の行き交う場所である」
「伊豆山……」
たしか、頼朝と妻・政子の逢瀬の場所だったと聴く。
そして、その政子が今、どこにいるかと言えば。
「まさか……伊豆山権現に人質としてお預けに? 娘御の、大姫さまと共に?」
「お、前から誰か来たぞ」
実平は、おのれの問いはさておきと、刀に手をかけた。
大庭の兵でないとしても、目撃者は少ない方がいい。
最悪、口封じを覚悟した実平の視線の先に、見知った顔が見えた。
「……義時どの? 北条の?」
「……おお、これはこれは土肥どの。いかにもさよう、北条小四郎義時でござる」
「息災だな、義時」
頼朝は微笑を浮かべながら、義時のそばまで寄って、その手を取った。
「よく、来てくれた」
「……次はもっとわかりやすくお命じくだされ」
苦笑する義時に、頼朝は「いつ、誰に聞かれているかわからんからな」と悪びれずに答えた。
あっけに取られている実平に気づき、義時が説明する。
頼朝は、箱根権現と結びつきが強い伊豆山権現に政子と大姫を人質として預けた。
伊豆山権現はそれを受けて、北条の領地の治安と、そして箱根権現へのつなぎを請け負った。
「実際は、伊豆山から箱根、箱根からここまで走ったのは、それがしでござるがな」
「政子と大姫は伊豆山から動かせぬ。その時、箱根権現への人質になれるのが、義時だったからな」
平然と頼朝が言ってのけ、義時はさすがに憮然とする。
まあそう怒るなと頼朝は義時の肩を抱いた。
「そうまでしたからこそ、箱根権現の従兄弟どの――別当の行実どのも、この頼朝に味方する気になったのであろう。義時、お手柄だぞ」
「……そうですか」
義時はまだ納得いかないが、それでも政子にこの「流れ」を聞かされた時は、膝を打った。
伊豆山権現と箱根権現の結びつきは強い。
それでも、伊豆山に政子と大姫を預けたとして、箱根の方はどうかという、不公平感は残る。
鎌倉時代においては二所権現と称せられるほどの伊豆山と箱根だが、しこりを生まないために、頼朝は義時を送り込むようにしむけたのだ。
何も言わずに。
「まあたしかに、良暹どののような、頼朝どのをよく思わない方にも、『こうして人質を預けたのだから』と行実どのは説得していましたな」
「そうまでして人質となったのに、よく箱根はあっさりと義時どのを寄越しましたな」
これは実平の言葉である。
それを聞くと義時は微笑して振り向いた。
そこには、ひとりの僧侶が、修験者たちに囲まれて立っていた。
「箱根の別当、行実の弟、永実と申します」
永実は行実の弟で、良暹の兄にあたる。
伝説によると、椙山に頼朝を探しに来てそこで北条時政と会い、「頼朝どのは討たれた」と告げられると、「ならなぜあなたは生きている。頼朝どのが死したなら、あなたも生きてはいないはず。私を試しているのか」と言い返して頼朝に会えたという人物である。
つまり、それだけ聡明と伝えらえる男である。
行実は、その永実が義時の見張りとしてついていく、という体で送り出したのだ。
「そこまでして、この頼朝を受け入れて下さるとは、感謝いたします」
「何、これだけのことを企図される頼朝どの、奇貨居くべしと兄は申しております。感謝には及びませぬ」
つまりは、箱根は頼朝へ「賭ける」と決めた。
賭けに勝ったあとに分け前をもらうため、礼は不要ということである。
「では行きましょうぞ、箱根へ」
永実が手招きするようなしぐさをして、頼朝一行をうながす。
修験者たちが、一行を守るように囲む。
実平は、そのさらに後方に位置した。
万一ということもあり得る。
そのような警戒心の持てる、得難い武士だった。
「……いや待てよ」
歩き出したところで、ふと実平は気づく。
そういえば、海に行くのではなかったか。
頼朝が振り向く。
「先の、梶原景時の言で、大庭の関心は海に向いた。というか、海に向かうといううわさを、今ごろ、伊豆山の方の修験者がばらまいていよう」
だから敢えて山に行くのだ、と頼朝は言った。
海に行くという真の目的を餌にして、その隙に山に入って休息する。
ほとぼりが冷めたら、その時こそ海へ向かうのだ。
「……それに、ほとぼりが冷める前に、大庭はもう、この頼朝どころではなくなる」
予言めいたことをつぶやく頼朝。
その背を追って、実平は歩いた。
大庭景親はその発想に切れ味をおぼえた。
素晴らしい発想だ。
だからこそ、ほんものだと思えた。
「よし! ではまず三浦を押さえよう! 畠山重忠に使いを出せ! そしてわれらもこんな山を出て、このあたりの海を探す!」
景親は勇んで山を下りて行った。
景時も「早くしろ」と叫んで、郎党たちを下山させる。
大庭の兵がすべて、山から去ったのを見届けたのち、鵐の窟に一礼して、景時は行った。
……しばらくのち、窟の中から何人かの影が出て、去って行った。
*
頼朝らが土肥の椙山を出ると、土肥実平に「このあたりに修験者はいないか」と問いただした。
「修験者……そういえば」
実平が椙山から箱根の方を指差すと、その方向にうっすらと、小さな道が浮かび見えた。
「この道を通って、箱根の方から、よく修験者が来ます」
「よし」
その道を行こう、と頼朝は歩き出した。
土肥実平はあわてて、その道でいいのですか、と聞いた。
「いいのだ」
「でも」
「忘れたか、箱根の別当が誰かを」
箱根の別当(寺の長)行実は、頼朝の従兄弟であると伝えられる。
ちなみに、行実の弟の智蔵坊良暹は山木兼隆の祈祷師をしており、頼朝に敵対し襲撃を策していたが、行実が事前にそのことを告げたため、頼朝は難を逃れている。
「行実どのですか……でも、従兄弟というだけで、味方しましょうや」
良暹のような例もある。
人間、変心することもある。
実平はそれを危惧したが、頼朝は「手は、打ってある」と言った。
「箱根と伊豆山の両権現は結びつきが強い。互いに、修験者の行き交う場所である」
「伊豆山……」
たしか、頼朝と妻・政子の逢瀬の場所だったと聴く。
そして、その政子が今、どこにいるかと言えば。
「まさか……伊豆山権現に人質としてお預けに? 娘御の、大姫さまと共に?」
「お、前から誰か来たぞ」
実平は、おのれの問いはさておきと、刀に手をかけた。
大庭の兵でないとしても、目撃者は少ない方がいい。
最悪、口封じを覚悟した実平の視線の先に、見知った顔が見えた。
「……義時どの? 北条の?」
「……おお、これはこれは土肥どの。いかにもさよう、北条小四郎義時でござる」
「息災だな、義時」
頼朝は微笑を浮かべながら、義時のそばまで寄って、その手を取った。
「よく、来てくれた」
「……次はもっとわかりやすくお命じくだされ」
苦笑する義時に、頼朝は「いつ、誰に聞かれているかわからんからな」と悪びれずに答えた。
あっけに取られている実平に気づき、義時が説明する。
頼朝は、箱根権現と結びつきが強い伊豆山権現に政子と大姫を人質として預けた。
伊豆山権現はそれを受けて、北条の領地の治安と、そして箱根権現へのつなぎを請け負った。
「実際は、伊豆山から箱根、箱根からここまで走ったのは、それがしでござるがな」
「政子と大姫は伊豆山から動かせぬ。その時、箱根権現への人質になれるのが、義時だったからな」
平然と頼朝が言ってのけ、義時はさすがに憮然とする。
まあそう怒るなと頼朝は義時の肩を抱いた。
「そうまでしたからこそ、箱根権現の従兄弟どの――別当の行実どのも、この頼朝に味方する気になったのであろう。義時、お手柄だぞ」
「……そうですか」
義時はまだ納得いかないが、それでも政子にこの「流れ」を聞かされた時は、膝を打った。
伊豆山権現と箱根権現の結びつきは強い。
それでも、伊豆山に政子と大姫を預けたとして、箱根の方はどうかという、不公平感は残る。
鎌倉時代においては二所権現と称せられるほどの伊豆山と箱根だが、しこりを生まないために、頼朝は義時を送り込むようにしむけたのだ。
何も言わずに。
「まあたしかに、良暹どののような、頼朝どのをよく思わない方にも、『こうして人質を預けたのだから』と行実どのは説得していましたな」
「そうまでして人質となったのに、よく箱根はあっさりと義時どのを寄越しましたな」
これは実平の言葉である。
それを聞くと義時は微笑して振り向いた。
そこには、ひとりの僧侶が、修験者たちに囲まれて立っていた。
「箱根の別当、行実の弟、永実と申します」
永実は行実の弟で、良暹の兄にあたる。
伝説によると、椙山に頼朝を探しに来てそこで北条時政と会い、「頼朝どのは討たれた」と告げられると、「ならなぜあなたは生きている。頼朝どのが死したなら、あなたも生きてはいないはず。私を試しているのか」と言い返して頼朝に会えたという人物である。
つまり、それだけ聡明と伝えらえる男である。
行実は、その永実が義時の見張りとしてついていく、という体で送り出したのだ。
「そこまでして、この頼朝を受け入れて下さるとは、感謝いたします」
「何、これだけのことを企図される頼朝どの、奇貨居くべしと兄は申しております。感謝には及びませぬ」
つまりは、箱根は頼朝へ「賭ける」と決めた。
賭けに勝ったあとに分け前をもらうため、礼は不要ということである。
「では行きましょうぞ、箱根へ」
永実が手招きするようなしぐさをして、頼朝一行をうながす。
修験者たちが、一行を守るように囲む。
実平は、そのさらに後方に位置した。
万一ということもあり得る。
そのような警戒心の持てる、得難い武士だった。
「……いや待てよ」
歩き出したところで、ふと実平は気づく。
そういえば、海に行くのではなかったか。
頼朝が振り向く。
「先の、梶原景時の言で、大庭の関心は海に向いた。というか、海に向かうといううわさを、今ごろ、伊豆山の方の修験者がばらまいていよう」
だから敢えて山に行くのだ、と頼朝は言った。
海に行くという真の目的を餌にして、その隙に山に入って休息する。
ほとぼりが冷めたら、その時こそ海へ向かうのだ。
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